241 / 419
第12話
しおりを挟む
顔に東の右手から流れる血が付着した。何がどうなっているのか、まるで理解が出来ない。
東の右手は、中指と薬指の間から真っ二つに割けてしまっている。人差し指は失われ、親指は皮一枚で繋がっている状態だった。見るも無惨な右手を振り回し、東は啼泣をあげ続けていた。
M360は、全国の警察官に提供された拳銃だ。
しかし、耐久性が低すぎるという致命的な欠点があり、改善が求められたほどの銃だった。都市部から回収をされたものの、地方はまだまだ倉庫に眠っていたのだろう。それを祐介の父親は使用していた。
銃の暴発、それが最悪の殺人鬼に深手を負わせた事故の正体だが、なによりも、祐介の人間として生きるという信念が、銃の使用をよしとせずにいたことこそが、今回の結果に繋がったのだろう。
だが、祐介の考えは違った。あまりにも近すぎた炸裂音、激しく揺れる鼓膜と、白濁とした意識の隅で、踞る東の背後から父親の気配を感じ取った。
守ってくれたんだな......親父......
ぐっ、と弛緩した腕に力を込めて立ち上がり、ハッチから伸ばされた亜里沙の手を握る。ようやく、祐介は車外へと脱出し、間髪入れず、倒れるようにハッチを閉めた。
耳を塞ぎたくなる東の金切り声が遠退き、溜め込んだ緊張を吐き出す。
「祐介君!大丈夫!?」
「ああ、なんとか......」
だが、安心してばかりではいられない。まだ、戦車に群がる死者をどう対処するか、という問題が残されている。
祐介は死者を俯瞰すると、ハッチにも目を預けた。深手を負っているとはいえ、あの狂った殺人鬼が、このまま終わる筈もない。
祐介は、体力を少しでも回復させることと、東が動きだした場合の緊急時の対応のために、ハッチに座りこんだ。
「阿里沙、本当に助かった......」
「ううん......それより、これからどうするの?」
もっともな意見に、祐介は首を振った。
さきほどまで、東から殺される覚悟をしていただけあって、これから先の展開を考えるだけの余裕などなかったのだろう。
二人の間に、沈黙が降る。そんなとき、祐介の肩を加奈子が叩いた。
何事かと振り返れば、加奈子が、それなりに大きなカバンを指差しており、祐介が阿里沙に向き直れば、阿里沙は首を傾げた。阿里沙も必死に祐介を助けようとしていたのだから、気付いていなかったようだ。
「......加奈子ちゃん、そのカバンを持ってきてくれる?」
祐介の声に加奈子は頷き、持ち上げようとしたが、かなりの重さがあるようで、腕を震わせていたが、やがて、浮かせることもなく、加奈子は手を離してしまった。
祐介は、阿里沙をハッチに座らせ、代わりにカバンを持ってみる。恐らく、十キロ以上はあるだろう。ハッチの上に重石のように乗せ、二人に視線を送りって、ジッパーに手をつけた。深く息を吸い込み、止めると、ジッ、と僅かにスライドさせ、小指ほどの穴を作る。そこから覗いてみるが、中身は確認できない。
東は、このカバンを発見している筈だ。しかし、無造作に置かれていた事実が祐介を不安にさせた。
不必要だと無視したのか、必要だからこそ、置いておいたのか、はたまた、罠の可能性も捨てきれない。
しかし、もしも、身体を守るプロテクターのようなものだとしたら、自らが囮になることで、状況の打破に繋がるかもしれない。
様々な要素が重なった不安は、祐介の手を遂には止めてしまった。
東の右手は、中指と薬指の間から真っ二つに割けてしまっている。人差し指は失われ、親指は皮一枚で繋がっている状態だった。見るも無惨な右手を振り回し、東は啼泣をあげ続けていた。
M360は、全国の警察官に提供された拳銃だ。
しかし、耐久性が低すぎるという致命的な欠点があり、改善が求められたほどの銃だった。都市部から回収をされたものの、地方はまだまだ倉庫に眠っていたのだろう。それを祐介の父親は使用していた。
銃の暴発、それが最悪の殺人鬼に深手を負わせた事故の正体だが、なによりも、祐介の人間として生きるという信念が、銃の使用をよしとせずにいたことこそが、今回の結果に繋がったのだろう。
だが、祐介の考えは違った。あまりにも近すぎた炸裂音、激しく揺れる鼓膜と、白濁とした意識の隅で、踞る東の背後から父親の気配を感じ取った。
守ってくれたんだな......親父......
ぐっ、と弛緩した腕に力を込めて立ち上がり、ハッチから伸ばされた亜里沙の手を握る。ようやく、祐介は車外へと脱出し、間髪入れず、倒れるようにハッチを閉めた。
耳を塞ぎたくなる東の金切り声が遠退き、溜め込んだ緊張を吐き出す。
「祐介君!大丈夫!?」
「ああ、なんとか......」
だが、安心してばかりではいられない。まだ、戦車に群がる死者をどう対処するか、という問題が残されている。
祐介は死者を俯瞰すると、ハッチにも目を預けた。深手を負っているとはいえ、あの狂った殺人鬼が、このまま終わる筈もない。
祐介は、体力を少しでも回復させることと、東が動きだした場合の緊急時の対応のために、ハッチに座りこんだ。
「阿里沙、本当に助かった......」
「ううん......それより、これからどうするの?」
もっともな意見に、祐介は首を振った。
さきほどまで、東から殺される覚悟をしていただけあって、これから先の展開を考えるだけの余裕などなかったのだろう。
二人の間に、沈黙が降る。そんなとき、祐介の肩を加奈子が叩いた。
何事かと振り返れば、加奈子が、それなりに大きなカバンを指差しており、祐介が阿里沙に向き直れば、阿里沙は首を傾げた。阿里沙も必死に祐介を助けようとしていたのだから、気付いていなかったようだ。
「......加奈子ちゃん、そのカバンを持ってきてくれる?」
祐介の声に加奈子は頷き、持ち上げようとしたが、かなりの重さがあるようで、腕を震わせていたが、やがて、浮かせることもなく、加奈子は手を離してしまった。
祐介は、阿里沙をハッチに座らせ、代わりにカバンを持ってみる。恐らく、十キロ以上はあるだろう。ハッチの上に重石のように乗せ、二人に視線を送りって、ジッパーに手をつけた。深く息を吸い込み、止めると、ジッ、と僅かにスライドさせ、小指ほどの穴を作る。そこから覗いてみるが、中身は確認できない。
東は、このカバンを発見している筈だ。しかし、無造作に置かれていた事実が祐介を不安にさせた。
不必要だと無視したのか、必要だからこそ、置いておいたのか、はたまた、罠の可能性も捨てきれない。
しかし、もしも、身体を守るプロテクターのようなものだとしたら、自らが囮になることで、状況の打破に繋がるかもしれない。
様々な要素が重なった不安は、祐介の手を遂には止めてしまった。
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる