216 / 419
第11話
しおりを挟む
「......の......やろう......!絶対に......行かせ......ねえ......」
息もあるのかどうかも分からない程に細いにも拘らず、彰一は安部の首に右手を添えた。
「ひいいいぃぃぃぃ!」
積もり積もった恐怖が爆発したかのような悲鳴をあげた安部は、包丁を一度手放して、掌で更に深く刃を押し込んだ。
ミリ......ミリ......ミチュ......グチュ......
確かに耳に届く音と、内蔵に到達したであろう重い手応えがある。だが、その度に、喉仏を締める力は増していく。
遂に、安部の精神も限度に達し、まるで子供のように両手で彰一を突き放し、仰向けになったところを、すかさず跨ぎ、馬乗りの態勢をとると同時に、彰一の首を奥歯が軋むほどの渾身の力で握り締める。
「この化物があ!死ね!死ね!死んでくれえ!」
それは、もはや、慟哭だった。
彰一の口から大量の血が出ようと、安部の腕を爪で傷をつけようと、決して弱める真似はしない。
命を奪われる恐怖、命を奪う恐怖、その二つを、安部は本当の意味で知ることになった。彰一の手が自然と床に落ちる。
「か......な......こ......」
死ねない。俺は、まだ死ねない。なのに、なんで自分の身体なのに、動かないんだよ……
鈍い思考でも、全身が弛緩していくのが分かる。外にいる死者が揺らし続けるシャッターの騒音も遠退いていく。
彰一が見えているのは、もはや、針の穴のような僅かな隙間だった。
そんな中でも、脳裏を過るのは、加奈子の笑顔、祐介の優しく強い意思をもつ顔、阿里沙の嬉そうな顔、浩太の頼もしい顔、真一の力強い顔だ。
......みんな、絶対に生き延びろよ......
やがて、彰一の眼界が黒一色で覆われた。
安部は、彰一が動かなくなったと確信して、飛び上がるように立ち上がった。しばらく、呆然と彰一の死体を眺めた後、両手を高々と挙げた。
「勝った......この死闘を制したのは、この私だ!やはり、神の選別は私を選んだ!」
東の助力がなくとも、この場面を乗り切ったことに、昂然と胸を張る男の姿がそこにはあった。確実に、強くなれた。命の躍動を感じる。
選ばれし人間は、やはり、神にどれだけ過酷な試練を与えられようと乗り切れるのだ。
理想を叶えられる、そんな高揚感に浸っていた安部は、シャッターの下部から多数の腕が侵入していることに気が付き、興が削がれたような表情で、投げた銃の回収に向かう為に、背中を向けた。
息もあるのかどうかも分からない程に細いにも拘らず、彰一は安部の首に右手を添えた。
「ひいいいぃぃぃぃ!」
積もり積もった恐怖が爆発したかのような悲鳴をあげた安部は、包丁を一度手放して、掌で更に深く刃を押し込んだ。
ミリ......ミリ......ミチュ......グチュ......
確かに耳に届く音と、内蔵に到達したであろう重い手応えがある。だが、その度に、喉仏を締める力は増していく。
遂に、安部の精神も限度に達し、まるで子供のように両手で彰一を突き放し、仰向けになったところを、すかさず跨ぎ、馬乗りの態勢をとると同時に、彰一の首を奥歯が軋むほどの渾身の力で握り締める。
「この化物があ!死ね!死ね!死んでくれえ!」
それは、もはや、慟哭だった。
彰一の口から大量の血が出ようと、安部の腕を爪で傷をつけようと、決して弱める真似はしない。
命を奪われる恐怖、命を奪う恐怖、その二つを、安部は本当の意味で知ることになった。彰一の手が自然と床に落ちる。
「か......な......こ......」
死ねない。俺は、まだ死ねない。なのに、なんで自分の身体なのに、動かないんだよ……
鈍い思考でも、全身が弛緩していくのが分かる。外にいる死者が揺らし続けるシャッターの騒音も遠退いていく。
彰一が見えているのは、もはや、針の穴のような僅かな隙間だった。
そんな中でも、脳裏を過るのは、加奈子の笑顔、祐介の優しく強い意思をもつ顔、阿里沙の嬉そうな顔、浩太の頼もしい顔、真一の力強い顔だ。
......みんな、絶対に生き延びろよ......
やがて、彰一の眼界が黒一色で覆われた。
安部は、彰一が動かなくなったと確信して、飛び上がるように立ち上がった。しばらく、呆然と彰一の死体を眺めた後、両手を高々と挙げた。
「勝った......この死闘を制したのは、この私だ!やはり、神の選別は私を選んだ!」
東の助力がなくとも、この場面を乗り切ったことに、昂然と胸を張る男の姿がそこにはあった。確実に、強くなれた。命の躍動を感じる。
選ばれし人間は、やはり、神にどれだけ過酷な試練を与えられようと乗り切れるのだ。
理想を叶えられる、そんな高揚感に浸っていた安部は、シャッターの下部から多数の腕が侵入していることに気が付き、興が削がれたような表情で、投げた銃の回収に向かう為に、背中を向けた。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる