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第6話
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それは、あの日、八幡西警察署で生きる希望を捨てない為に、祐介が提案した「生きて九州地方を脱出できた時にやりたいこと」での言葉だった。
彰一は顔を動かして、最後に祐介を見た。
「これはさ、俺の短い人生で唯一、憧れた人のことなんだよ。俺もその人みたいになりたいって思ってな......その仇があいつなら、願ってもないことだ」
「その人って......」
阿里沙の細い声に、彰一は首肯する。
「お前の親父だよ......祐介......」
祐介は堪らなくなった。歯を食い縛っても溢れる嗚咽を抑えきれない。それでも、祐介は声を振り絞る。
「だったら頼むよ......生きてくれよ彰一......親父の為にもさぁ.....」
彰一は、ふう、と吐息を挟むと、右手で祐介の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「加奈子が話せなくなった理由は、お前も知ってんだろ?俺がこのまま奴等みたいになって、今よりもショックを与えちまったら、九州地方を脱出した時に声を出せる可能性が無くなるかもしれねえんだぞ......けど、けどな......」
ごつん、と額をぶつけ、彰一は顔を下に向けた。
「一パーセントでも声を取り戻せる可能性があるんなら、俺にその可能性を奪わせないでくれ......加奈子の......これから先の未来を暗くさせるような真似を......俺にさせないでくれ......頼むよ、祐介......」
加奈子と阿里沙からは見えないが、祐介のズボンには小さな染みが出来ていた。熱をもったそれは、ポタポタと広がっていく。
祐介にだけしか見せない涙が何を訴えているのか、痛いほどに理解でき、祐介は強く唇を噛んだ。全身を震わせ、彰一の両肩に手を置いくと、声を震わせつつ、力強く、彰一へこう言った。
「分かった。分かったよ、彰一……あとのことは俺に任せてくれ」
静かに額を離した彰一は、次に加奈子を強く抱き締め、加奈子も、穴生での時のように、両腕を彰一の首に力一杯に回す。
「加奈子......お前、菓子ばっかりじゃなくて、飯も腹一杯食べて大きくなって、学校で笑い合える友達を沢山作れよ......そんでさ......」
顔を少し離して、彰一は一息に伝える。
「俺が悔しがるくらいに良い女になれよ......見本なら、そこにいるから」
首に回された腕に、僅かな力が加わるのを感じつつ、加奈子を抱いたまま、今度は阿里沙へ言葉を送る。
「阿里沙、浩太さんと揉めたときのこと、ありがとな。会った時期が違ってたら好きになってた……加奈子のこと、頼むよ」
「......うん、ありがとう。本当にありがとう」
頬を拭いながら、阿里沙が返すと、最後に加奈子を強く抱いた彰一の手から渡される。
そして、祐介が言った。
「......ありがとな、親友」
「......おう。そういえば、あの時、聞きそびれてたけど、お前のやりたい事ってなんだ?」
「......警官になること」
はにかみながら答えた祐介につられ、彰一は、短く微笑んだ。
「なれるよ、お前なら......」
優しくて、頼れる、そんなお前ならさ。
足音が一つ鳴った。
どうやら、安部は警戒を解いたようだった。それでも、一気に距離を縮めようとはしてこない様子が窺える。じわり、じわり、と歩いている。
阿里沙が、真一から貰った拳銃を渡そうとするが、彰一は首を振って、押し返した。不安顔な阿里沙へ笑ってやる。
そして、彰一は、胸中でこう呟いた。
もっと早く、この三人に出会ってれば、俺のこれまでも、まだ良い日々を送れていたのかもな。いや、今更そんなことを悔やんでも仕方がないか。それよりも、短い人生最後の時間を、こんな最高の仲間と、家族と過ごせたことを誇りに思う。今にして思えば、浩太さんに誤魔化さないで伝えておけば良かったな……けど、まあ、あの二人なら分かってくれてるか。浩太さん、真一さん三人をよろしく。
彰一は軽く天井を仰ぎ、すう、と息を吸い込んで叫んだ。
「行けええええええ!」
彰一は顔を動かして、最後に祐介を見た。
「これはさ、俺の短い人生で唯一、憧れた人のことなんだよ。俺もその人みたいになりたいって思ってな......その仇があいつなら、願ってもないことだ」
「その人って......」
阿里沙の細い声に、彰一は首肯する。
「お前の親父だよ......祐介......」
祐介は堪らなくなった。歯を食い縛っても溢れる嗚咽を抑えきれない。それでも、祐介は声を振り絞る。
「だったら頼むよ......生きてくれよ彰一......親父の為にもさぁ.....」
彰一は、ふう、と吐息を挟むと、右手で祐介の胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「加奈子が話せなくなった理由は、お前も知ってんだろ?俺がこのまま奴等みたいになって、今よりもショックを与えちまったら、九州地方を脱出した時に声を出せる可能性が無くなるかもしれねえんだぞ......けど、けどな......」
ごつん、と額をぶつけ、彰一は顔を下に向けた。
「一パーセントでも声を取り戻せる可能性があるんなら、俺にその可能性を奪わせないでくれ......加奈子の......これから先の未来を暗くさせるような真似を......俺にさせないでくれ......頼むよ、祐介......」
加奈子と阿里沙からは見えないが、祐介のズボンには小さな染みが出来ていた。熱をもったそれは、ポタポタと広がっていく。
祐介にだけしか見せない涙が何を訴えているのか、痛いほどに理解でき、祐介は強く唇を噛んだ。全身を震わせ、彰一の両肩に手を置いくと、声を震わせつつ、力強く、彰一へこう言った。
「分かった。分かったよ、彰一……あとのことは俺に任せてくれ」
静かに額を離した彰一は、次に加奈子を強く抱き締め、加奈子も、穴生での時のように、両腕を彰一の首に力一杯に回す。
「加奈子......お前、菓子ばっかりじゃなくて、飯も腹一杯食べて大きくなって、学校で笑い合える友達を沢山作れよ......そんでさ......」
顔を少し離して、彰一は一息に伝える。
「俺が悔しがるくらいに良い女になれよ......見本なら、そこにいるから」
首に回された腕に、僅かな力が加わるのを感じつつ、加奈子を抱いたまま、今度は阿里沙へ言葉を送る。
「阿里沙、浩太さんと揉めたときのこと、ありがとな。会った時期が違ってたら好きになってた……加奈子のこと、頼むよ」
「......うん、ありがとう。本当にありがとう」
頬を拭いながら、阿里沙が返すと、最後に加奈子を強く抱いた彰一の手から渡される。
そして、祐介が言った。
「......ありがとな、親友」
「......おう。そういえば、あの時、聞きそびれてたけど、お前のやりたい事ってなんだ?」
「......警官になること」
はにかみながら答えた祐介につられ、彰一は、短く微笑んだ。
「なれるよ、お前なら......」
優しくて、頼れる、そんなお前ならさ。
足音が一つ鳴った。
どうやら、安部は警戒を解いたようだった。それでも、一気に距離を縮めようとはしてこない様子が窺える。じわり、じわり、と歩いている。
阿里沙が、真一から貰った拳銃を渡そうとするが、彰一は首を振って、押し返した。不安顔な阿里沙へ笑ってやる。
そして、彰一は、胸中でこう呟いた。
もっと早く、この三人に出会ってれば、俺のこれまでも、まだ良い日々を送れていたのかもな。いや、今更そんなことを悔やんでも仕方がないか。それよりも、短い人生最後の時間を、こんな最高の仲間と、家族と過ごせたことを誇りに思う。今にして思えば、浩太さんに誤魔化さないで伝えておけば良かったな……けど、まあ、あの二人なら分かってくれてるか。浩太さん、真一さん三人をよろしく。
彰一は軽く天井を仰ぎ、すう、と息を吸い込んで叫んだ。
「行けええええええ!」
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