200 / 419
第9話
しおりを挟む
大地は躊躇しつつ、新崎の表情を盗み見た。憔悴からきたのだろうか、随分と窶れているように思える。
さすがに、この光景を作り出した責任が勝ちすぎているのだろう、と大地は考えた。ならば、ここで諦めるのも頷ける話だ。
時間が経過すればするほど、死者が集まる時間を与えてしまうという焦慮が押し寄せ、そんな短絡的な答にたどり着いてしまった。日常で聞けば、おかしな箇所はすぐにわかる。焦りという魔物が大地から沈吟を奪ってしまっていた。
大地は、何も言わず、新崎に一度だけ敬礼し、戦車を飛び降りる。
向かってきた死者の一人を仕留め、前蹴りで倒し、後続の足止めをする。背中から襲ってきた死者は、新崎の援護射撃に倒れた。
......いける。新崎の援護があれば、俺はこの地獄から生還できる。振り返らず進め、信じろ、この時だけでも良い、信じて前だけを見ろ、疑うな。とにかく、止まらずに足だけを動かし続けた。
掴まれたら、死者の脆くなった腕ごと強引に引きちぎり、前方に迫った死者には、容赦なく弾丸を見舞った。まるで、その世界に自分だけになった気分だ。ブーツが床を踏む音以外には、何も聞こえない。銃声も、死者の呻きも、自身の咆哮さえも耳に入らない。がむしゃらとは、このことなんだろう。
その勢いあってか、出口まで残り数メートルとなった。それでも、大地は足を止めない。止める訳にはいかない。どれだけ前方を死者の壁に阻まれようとも、登りきってみせる。
そんな大地の足を止めたのは、背後から伸びた死者の腕だった。がっしりと襟を掴まれてはいるが、やはり、大地は構わずに進もうと足を出した。新崎の射撃技術なら、すぐに助けてくれる、そんな思いを抱きながら、更に一歩を踏み出す。
だが、一向に死者が身体を引く力が弱らない。嫌な予感に汗が噴き出し、足から力が抜けていき、鼻腔を掠めた鉄錆の匂いに、死者が口を開いていることを連想した大地は、背後の死者を振り向き様に殴りつけ、大地の双眸から光が消えた。
車上には、誰もいなかった。いるはずの新崎の姿がどこにもなかった。
「嘘......だろ......おい......おい!新崎!」
一階ホールの報知器に集っていた死者は、音に寄せられてきていた。ほぼ全ての死者は、銃声も鳴らし続けていた大地を獲物として認識している。大地は、ここで理解することなる。つまり、自分は囮に使われたのだ。少し注意すれば気付けることだった。
悔しさのあまり、歯の隙間から嗚咽が漏れた。目の前で仲間を殺され、戦車の操縦を担い、利用されるだけされた結果がこれだ。
「ふざけんな......ふざけんな!ふざけんなよ!このクソッタレがぁぁぁぁぁぁぁ!」
背後から忍び寄った死者の息が掛かると息を呑み、反射的に振り払い銃口を向け、掃射を仕掛けた。だが、無情にも響いたのは、実に柔らかな戛然の音色だった。同時に、大地は数多の死者に押し倒され天井を仰いだ。
茹だるような熱が全身を駆け抜ける。それは、あまりにも大きな激痛からきたものだと理解するまでに時間は掛からなかった。
腹を開かれ、腕をもがれ、臓器を放り出されては口に運ばれる。四肢に身体を乗せられ、唯一、動かせる頭を振り回し、大地は金切声を響かせる。
涙で滲んだ眼球が一瞬だけ捉えたのは、二階への階段を駆け上がる新崎の背中だった。
「ぎいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
口内に、死者の両手が捩じ込まれ、口角が耳まで裂かれると、大地の叫声は、ぴたり、と止んだ。
さすがに、この光景を作り出した責任が勝ちすぎているのだろう、と大地は考えた。ならば、ここで諦めるのも頷ける話だ。
時間が経過すればするほど、死者が集まる時間を与えてしまうという焦慮が押し寄せ、そんな短絡的な答にたどり着いてしまった。日常で聞けば、おかしな箇所はすぐにわかる。焦りという魔物が大地から沈吟を奪ってしまっていた。
大地は、何も言わず、新崎に一度だけ敬礼し、戦車を飛び降りる。
向かってきた死者の一人を仕留め、前蹴りで倒し、後続の足止めをする。背中から襲ってきた死者は、新崎の援護射撃に倒れた。
......いける。新崎の援護があれば、俺はこの地獄から生還できる。振り返らず進め、信じろ、この時だけでも良い、信じて前だけを見ろ、疑うな。とにかく、止まらずに足だけを動かし続けた。
掴まれたら、死者の脆くなった腕ごと強引に引きちぎり、前方に迫った死者には、容赦なく弾丸を見舞った。まるで、その世界に自分だけになった気分だ。ブーツが床を踏む音以外には、何も聞こえない。銃声も、死者の呻きも、自身の咆哮さえも耳に入らない。がむしゃらとは、このことなんだろう。
その勢いあってか、出口まで残り数メートルとなった。それでも、大地は足を止めない。止める訳にはいかない。どれだけ前方を死者の壁に阻まれようとも、登りきってみせる。
そんな大地の足を止めたのは、背後から伸びた死者の腕だった。がっしりと襟を掴まれてはいるが、やはり、大地は構わずに進もうと足を出した。新崎の射撃技術なら、すぐに助けてくれる、そんな思いを抱きながら、更に一歩を踏み出す。
だが、一向に死者が身体を引く力が弱らない。嫌な予感に汗が噴き出し、足から力が抜けていき、鼻腔を掠めた鉄錆の匂いに、死者が口を開いていることを連想した大地は、背後の死者を振り向き様に殴りつけ、大地の双眸から光が消えた。
車上には、誰もいなかった。いるはずの新崎の姿がどこにもなかった。
「嘘......だろ......おい......おい!新崎!」
一階ホールの報知器に集っていた死者は、音に寄せられてきていた。ほぼ全ての死者は、銃声も鳴らし続けていた大地を獲物として認識している。大地は、ここで理解することなる。つまり、自分は囮に使われたのだ。少し注意すれば気付けることだった。
悔しさのあまり、歯の隙間から嗚咽が漏れた。目の前で仲間を殺され、戦車の操縦を担い、利用されるだけされた結果がこれだ。
「ふざけんな......ふざけんな!ふざけんなよ!このクソッタレがぁぁぁぁぁぁぁ!」
背後から忍び寄った死者の息が掛かると息を呑み、反射的に振り払い銃口を向け、掃射を仕掛けた。だが、無情にも響いたのは、実に柔らかな戛然の音色だった。同時に、大地は数多の死者に押し倒され天井を仰いだ。
茹だるような熱が全身を駆け抜ける。それは、あまりにも大きな激痛からきたものだと理解するまでに時間は掛からなかった。
腹を開かれ、腕をもがれ、臓器を放り出されては口に運ばれる。四肢に身体を乗せられ、唯一、動かせる頭を振り回し、大地は金切声を響かせる。
涙で滲んだ眼球が一瞬だけ捉えたのは、二階への階段を駆け上がる新崎の背中だった。
「ぎいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
口内に、死者の両手が捩じ込まれ、口角が耳まで裂かれると、大地の叫声は、ぴたり、と止んだ。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな文学賞で奨励賞受賞)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~
潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。【2025/3/11 完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる