感染

宇宙人

文字の大きさ
上 下
192 / 419

第16部 信拠

しおりを挟む
「さて、それでは話を始めましょうか」

 そう口火を切ったのは、田辺だった。
 浜岡、ソファに座る斉藤と貴子の三人を一度見回してから、浜岡が用意した書類を、ぞんざいにテーブルへ投げた。
    これからする最初の話しには、あまり必要がないと判断した。それに、主だった内容は既に浜岡が喋っていたのだろう。貴子が浜岡を見る鋭く熱い視線を捉えた田辺は、リビングに到着した開口一番、そう口にする。
 斉藤を一瞥し、田辺がソファに腰を落とし、浜岡はその背後に立った。主役は田辺だという意味だ。

「貴子さん、もう浜岡さんからお聞きしているとは思いますが、これは僕の口から言わなければいけません」

 貴子にとっては、もっとも聞きたくない言葉が、他ならぬ田辺から告げられた。
    あまりにも、残酷な現実と向き合わされ、貴子は悄然とする。久し振りの再会を喜んだ時、あの時も、田辺が父親を訪ねた理由の裏には、そんな思惑があったのだと思うと、非常に業腹だと言わざる終えない。
    俯いた状態から目線だけを上げた貴子が低く言った。

「......田辺さんも父を疑っているんですね?」

「......はい」

 田辺が短く答えた瞬間、貴子は大理石のテーブルを荒々しく掌で叩く。ふうふう、と小刻みに肩で息を繰り返し、浜岡を烈火の如く睥睨する。

「どうしてですか......父は誰よりも今回の事件で心を痛めているから頑張っているんですよ!それなのに......それなのに、友人の田辺さんがそんな目で父を見ていたなんて......もう、私は何を信じたら良いんですか......誰を信じたら良いんですか......!」

 声を圧し殺しながらも、力の籠った語尾だった。睨目つける眼差しが、田辺の胸の奥を深く突き刺す。
 唯一の味方でいてくれる筈だった田辺にまで裏切られ、もはや、向けられていた人懐こい笑顔など垣間見ることは叶わない。鬱蒼とした森の中にでも放り込まれたような強い不安感で一杯になっているのだろう。貴子の熱の入った口調を、田辺は森に降る雨を防ぐ木々の葉となり、受け止めるしかなかった。
    それでも、やはり、全てを掴むことは出来ず、誰を信じたら良い、という言葉の重みに顔をしかめる。まだ、貴子は高校生だ。それも、母親を理不尽に奪われた過去もある。それだけに、貴子の一言は、田辺にはキツいものだった。

「......貴子さん、これは、僕にとっても辛い話しではあります。だからこそ、僕は一人の友人として、彼を止めなければならないと考えています」

「いや......!いや......!聞きたくない!」

 貴子の取り乱し様に、斉藤が割って入ろうとしたが、その肩を浜岡が抑え、首を横に振った。今の貴子を落ち着かせることが出来るのは、田辺だけだ。余計な口を挟むのは、逆効果にしかならない。胸を抉られた傷口は、赤の他人が埋められるものではない。
 貴子の大人びた雰囲気から、普段と変わらない対応をした浜岡自身も、仕掛けが裏目に出たと反省した。いくら年相応以上の応対が出来ようと、精神的に、貴子はまだ子供だった。幼子が得心のいかない時のように、髪を掴んで唾を飛ばしながら、貴子が叫ぶ。

「なんなのよ!皆、ミンナ、みんな!そんなに私のお父さんを悪者にしたいの!?私のお父さんが......お父さんがなにをしたっていうのよ!」

「そうではありません!貴子さん、僕の話しを訊いて下さい!」

 田辺が伸ばした右手を、貴子は力強く弾いた。

「触らないで!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...