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第16部 信拠
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「さて、それでは話を始めましょうか」
そう口火を切ったのは、田辺だった。
浜岡、ソファに座る斉藤と貴子の三人を一度見回してから、浜岡が用意した書類を、ぞんざいにテーブルへ投げた。
これからする最初の話しには、あまり必要がないと判断した。それに、主だった内容は既に浜岡が喋っていたのだろう。貴子が浜岡を見る鋭く熱い視線を捉えた田辺は、リビングに到着した開口一番、そう口にする。
斉藤を一瞥し、田辺がソファに腰を落とし、浜岡はその背後に立った。主役は田辺だという意味だ。
「貴子さん、もう浜岡さんからお聞きしているとは思いますが、これは僕の口から言わなければいけません」
貴子にとっては、もっとも聞きたくない言葉が、他ならぬ田辺から告げられた。
あまりにも、残酷な現実と向き合わされ、貴子は悄然とする。久し振りの再会を喜んだ時、あの時も、田辺が父親を訪ねた理由の裏には、そんな思惑があったのだと思うと、非常に業腹だと言わざる終えない。
俯いた状態から目線だけを上げた貴子が低く言った。
「......田辺さんも父を疑っているんですね?」
「......はい」
田辺が短く答えた瞬間、貴子は大理石のテーブルを荒々しく掌で叩く。ふうふう、と小刻みに肩で息を繰り返し、浜岡を烈火の如く睥睨する。
「どうしてですか......父は誰よりも今回の事件で心を痛めているから頑張っているんですよ!それなのに......それなのに、友人の田辺さんがそんな目で父を見ていたなんて......もう、私は何を信じたら良いんですか......誰を信じたら良いんですか......!」
声を圧し殺しながらも、力の籠った語尾だった。睨目つける眼差しが、田辺の胸の奥を深く突き刺す。
唯一の味方でいてくれる筈だった田辺にまで裏切られ、もはや、向けられていた人懐こい笑顔など垣間見ることは叶わない。鬱蒼とした森の中にでも放り込まれたような強い不安感で一杯になっているのだろう。貴子の熱の入った口調を、田辺は森に降る雨を防ぐ木々の葉となり、受け止めるしかなかった。
それでも、やはり、全てを掴むことは出来ず、誰を信じたら良い、という言葉の重みに顔をしかめる。まだ、貴子は高校生だ。それも、母親を理不尽に奪われた過去もある。それだけに、貴子の一言は、田辺にはキツいものだった。
「......貴子さん、これは、僕にとっても辛い話しではあります。だからこそ、僕は一人の友人として、彼を止めなければならないと考えています」
「いや......!いや......!聞きたくない!」
貴子の取り乱し様に、斉藤が割って入ろうとしたが、その肩を浜岡が抑え、首を横に振った。今の貴子を落ち着かせることが出来るのは、田辺だけだ。余計な口を挟むのは、逆効果にしかならない。胸を抉られた傷口は、赤の他人が埋められるものではない。
貴子の大人びた雰囲気から、普段と変わらない対応をした浜岡自身も、仕掛けが裏目に出たと反省した。いくら年相応以上の応対が出来ようと、精神的に、貴子はまだ子供だった。幼子が得心のいかない時のように、髪を掴んで唾を飛ばしながら、貴子が叫ぶ。
「なんなのよ!皆、ミンナ、みんな!そんなに私のお父さんを悪者にしたいの!?私のお父さんが......お父さんがなにをしたっていうのよ!」
「そうではありません!貴子さん、僕の話しを訊いて下さい!」
田辺が伸ばした右手を、貴子は力強く弾いた。
「触らないで!」
そう口火を切ったのは、田辺だった。
浜岡、ソファに座る斉藤と貴子の三人を一度見回してから、浜岡が用意した書類を、ぞんざいにテーブルへ投げた。
これからする最初の話しには、あまり必要がないと判断した。それに、主だった内容は既に浜岡が喋っていたのだろう。貴子が浜岡を見る鋭く熱い視線を捉えた田辺は、リビングに到着した開口一番、そう口にする。
斉藤を一瞥し、田辺がソファに腰を落とし、浜岡はその背後に立った。主役は田辺だという意味だ。
「貴子さん、もう浜岡さんからお聞きしているとは思いますが、これは僕の口から言わなければいけません」
貴子にとっては、もっとも聞きたくない言葉が、他ならぬ田辺から告げられた。
あまりにも、残酷な現実と向き合わされ、貴子は悄然とする。久し振りの再会を喜んだ時、あの時も、田辺が父親を訪ねた理由の裏には、そんな思惑があったのだと思うと、非常に業腹だと言わざる終えない。
俯いた状態から目線だけを上げた貴子が低く言った。
「......田辺さんも父を疑っているんですね?」
「......はい」
田辺が短く答えた瞬間、貴子は大理石のテーブルを荒々しく掌で叩く。ふうふう、と小刻みに肩で息を繰り返し、浜岡を烈火の如く睥睨する。
「どうしてですか......父は誰よりも今回の事件で心を痛めているから頑張っているんですよ!それなのに......それなのに、友人の田辺さんがそんな目で父を見ていたなんて......もう、私は何を信じたら良いんですか......誰を信じたら良いんですか......!」
声を圧し殺しながらも、力の籠った語尾だった。睨目つける眼差しが、田辺の胸の奥を深く突き刺す。
唯一の味方でいてくれる筈だった田辺にまで裏切られ、もはや、向けられていた人懐こい笑顔など垣間見ることは叶わない。鬱蒼とした森の中にでも放り込まれたような強い不安感で一杯になっているのだろう。貴子の熱の入った口調を、田辺は森に降る雨を防ぐ木々の葉となり、受け止めるしかなかった。
それでも、やはり、全てを掴むことは出来ず、誰を信じたら良い、という言葉の重みに顔をしかめる。まだ、貴子は高校生だ。それも、母親を理不尽に奪われた過去もある。それだけに、貴子の一言は、田辺にはキツいものだった。
「......貴子さん、これは、僕にとっても辛い話しではあります。だからこそ、僕は一人の友人として、彼を止めなければならないと考えています」
「いや......!いや......!聞きたくない!」
貴子の取り乱し様に、斉藤が割って入ろうとしたが、その肩を浜岡が抑え、首を横に振った。今の貴子を落ち着かせることが出来るのは、田辺だけだ。余計な口を挟むのは、逆効果にしかならない。胸を抉られた傷口は、赤の他人が埋められるものではない。
貴子の大人びた雰囲気から、普段と変わらない対応をした浜岡自身も、仕掛けが裏目に出たと反省した。いくら年相応以上の応対が出来ようと、精神的に、貴子はまだ子供だった。幼子が得心のいかない時のように、髪を掴んで唾を飛ばしながら、貴子が叫ぶ。
「なんなのよ!皆、ミンナ、みんな!そんなに私のお父さんを悪者にしたいの!?私のお父さんが......お父さんがなにをしたっていうのよ!」
「そうではありません!貴子さん、僕の話しを訊いて下さい!」
田辺が伸ばした右手を、貴子は力強く弾いた。
「触らないで!」
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