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第7話
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男の膝蹴りが腹部に突き刺さっているのを視認すると同時に、左の頬を通して奥歯が折れる感触が伝わる。
男が打ち上げた左拳が倒れながら見えた。
「ひゃはははは!どぉしたよ、筋肉自慢!」
男の声に、車内にいた新崎がハッチから顔を出し、驚愕の表情を浮かべた。
岩神が素手の闘いで倒されていることが意外だったのだろう。ましてや、相手は体格が格段に劣る。
新崎は、危機感から鋭く声をあげた。
「坂下!戦車を停めろ!」
轟音を響かせている戦車は、死人を呼び寄せる。すでに戦車を追いかけている人数は多く、瞬く間に戦車は囲まれた。男は新崎の登場に、待ってました、とばかりに口角をひりあげ、車上を駆け出す。
新崎は男の狙いを察した。戦車そのものを乗っ取ろうとしている。
男の蹴りでハッチの蓋に挟まれる前に新崎は車内へと逃げた。
「......やっぱ、そう簡単にはいかねぇか」
ちらり、と岩神へ振り返る。この一連の行動はある事実を突きつけた。
岩神は捨てられたのだろう。生き残るには男に勝たなければならない。立ち上がる岩神に男が言った。
「お前、見捨てられちまったみてえだな」
「......うるせえ」
吐き捨てるように呟いた。
戦死扱いの厄介払いのような状況に絶望はしない。
今はただ、目の前の男への報復しか頭になかった。潰れた眼を掌で戻した岩神は冷たい視線で男を睨む。ここが、常識とはかけ離れた世界で良かった。戦車を囲む死人、眼球を潰されようとも問題にならず、こうして見殺しに近い扱いを受ける。生きるか死ぬかだけの世界に触れて、岩神は悟った。
これこそ、弱肉強食だ。
ならば、人を本当に殺すことにも躊躇いはない。力だけが正義だ。
岩神は踏み込み、拳を振り上げた。男が咄嗟にガードしたが、その腕ごと振り抜く。
男は虚をつかれたのだろう。ぐらついた隙に、岩神は腹部へ拳を叩きこむ。
「......良いじゃねえか」
身体が九の字になるほど深々と刺さっている。しかし、男は何食わぬ顔で岩神の髪を掴んで言った。
「殺すつもりだったろ?俺の未来なんざ考えもしなかったろ?伝わってきた殺意だけは群を抜いてたんだけどなぁ」
掴んだ髪をあげ、岩神は強引に男と眼を合わせられた瞬間に、全身から冷たい汗が吹き出す。側頭部に強い衝撃を加えられ、意識がぐらつき、全身に痺れが広がる。
眼を見て初めて気付いた。こいつは、見えているものが違いすぎる。胸から込み上げるざわつく感情、ザラザラとしたものが体内を巡り、息が荒くなる。
「お前に良いこと教えてやるよ。本当に喧嘩が強い奴ってのはな......」
されるがままに倒され、男に髪を持ったまま車上を引きずれる。出鱈目な握力は抵抗を嘲笑うように、更に強くなった。聞こえてきたのは、死人の騒ぎ声だ。
「やめろ……やめてくれ……俺はまだ……」
岩神は自らの身に起きた悲劇を涙を流して嘆く。
こいつは悪魔だ。いや、死神なのかもしれない。
車上の縁に立った男は、岩神を引き寄せる。
「時代や、場所に関係なく人を殺せる奴のことを言うんだよ」
腕に更なる力が込められ、岩神の腕が戦車からはみ出すと、死人の一人が遠慮もなく掴んだ時点で、岩神は解放された。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
戦車から引きずり下ろされた岩神の身体は、海に投げ出されたように波をうった。一波毎に右足、左足、と身体の一部が力任せに引きちぎられていき、やがて死人の海に飲み込まれ、断末魔だけを残し完全に見えなくなった。
男が打ち上げた左拳が倒れながら見えた。
「ひゃはははは!どぉしたよ、筋肉自慢!」
男の声に、車内にいた新崎がハッチから顔を出し、驚愕の表情を浮かべた。
岩神が素手の闘いで倒されていることが意外だったのだろう。ましてや、相手は体格が格段に劣る。
新崎は、危機感から鋭く声をあげた。
「坂下!戦車を停めろ!」
轟音を響かせている戦車は、死人を呼び寄せる。すでに戦車を追いかけている人数は多く、瞬く間に戦車は囲まれた。男は新崎の登場に、待ってました、とばかりに口角をひりあげ、車上を駆け出す。
新崎は男の狙いを察した。戦車そのものを乗っ取ろうとしている。
男の蹴りでハッチの蓋に挟まれる前に新崎は車内へと逃げた。
「......やっぱ、そう簡単にはいかねぇか」
ちらり、と岩神へ振り返る。この一連の行動はある事実を突きつけた。
岩神は捨てられたのだろう。生き残るには男に勝たなければならない。立ち上がる岩神に男が言った。
「お前、見捨てられちまったみてえだな」
「......うるせえ」
吐き捨てるように呟いた。
戦死扱いの厄介払いのような状況に絶望はしない。
今はただ、目の前の男への報復しか頭になかった。潰れた眼を掌で戻した岩神は冷たい視線で男を睨む。ここが、常識とはかけ離れた世界で良かった。戦車を囲む死人、眼球を潰されようとも問題にならず、こうして見殺しに近い扱いを受ける。生きるか死ぬかだけの世界に触れて、岩神は悟った。
これこそ、弱肉強食だ。
ならば、人を本当に殺すことにも躊躇いはない。力だけが正義だ。
岩神は踏み込み、拳を振り上げた。男が咄嗟にガードしたが、その腕ごと振り抜く。
男は虚をつかれたのだろう。ぐらついた隙に、岩神は腹部へ拳を叩きこむ。
「......良いじゃねえか」
身体が九の字になるほど深々と刺さっている。しかし、男は何食わぬ顔で岩神の髪を掴んで言った。
「殺すつもりだったろ?俺の未来なんざ考えもしなかったろ?伝わってきた殺意だけは群を抜いてたんだけどなぁ」
掴んだ髪をあげ、岩神は強引に男と眼を合わせられた瞬間に、全身から冷たい汗が吹き出す。側頭部に強い衝撃を加えられ、意識がぐらつき、全身に痺れが広がる。
眼を見て初めて気付いた。こいつは、見えているものが違いすぎる。胸から込み上げるざわつく感情、ザラザラとしたものが体内を巡り、息が荒くなる。
「お前に良いこと教えてやるよ。本当に喧嘩が強い奴ってのはな......」
されるがままに倒され、男に髪を持ったまま車上を引きずれる。出鱈目な握力は抵抗を嘲笑うように、更に強くなった。聞こえてきたのは、死人の騒ぎ声だ。
「やめろ……やめてくれ……俺はまだ……」
岩神は自らの身に起きた悲劇を涙を流して嘆く。
こいつは悪魔だ。いや、死神なのかもしれない。
車上の縁に立った男は、岩神を引き寄せる。
「時代や、場所に関係なく人を殺せる奴のことを言うんだよ」
腕に更なる力が込められ、岩神の腕が戦車からはみ出すと、死人の一人が遠慮もなく掴んだ時点で、岩神は解放された。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
戦車から引きずり下ろされた岩神の身体は、海に投げ出されたように波をうった。一波毎に右足、左足、と身体の一部が力任せに引きちぎられていき、やがて死人の海に飲み込まれ、断末魔だけを残し完全に見えなくなった。
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