感染

saijya

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第14話

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 そのサインに東は更に激昂したようだが、人が道具も無しに飛び越えられる距離ではない。
 埋まらない距離は、東から冷静さを奪っている。武器も無しに声を張るなど、現状では自殺に等しい。戦車を囲む暴徒達が一斉に雄叫びをあげ、より狙いやすい東へ目標を変更し、館内へと吸い込まるように消えていく。
 満杯になったダムから溢れだした水のように、暴徒の波が凄まじい速度で人間を津波のごとく飲み込んでいく光景は、達也の双眸を釘付けにし、判断を遅れさせた。 

「古賀さん、早く逃げろ」

 軽く叩かれたように、達也は小さく震えた。そうだ、いつまでもここにいる訳にはいかない。
 暴徒の一団の内、数名が二階にいる二人に濁りきった白目を向け咆哮している。二人のもとに辿り着くのも時間の問題だ。

「あ……ああ、そうだな。ほら、肩、かしてやるから急いで......」

 小金井は、そこで首を振った。

「いいや、逃げるのは古賀さんだけだ」

「何......言ってんだ?冗談言い合ってる場合じゃねえのは分かるんだよな?」

 小金井が正気なのかを疑念を抱くほど、信じられない言葉だった。
    心の底が激しく震盪するのを自覚しつつある達也に頷きかける。

「ここにいた人間は、全員が俺の仲間だったんだよ。置いてなんかいけない」

「お前の言い分も分かる。けどな、こんなこと言いたかねえけど……お前は、今、生きてんだぞ?」

「ああ、生きてるよ。だからさ、俺にしか出来ないんだよ」

 小金井は、二階へあがるエスカレーターで絡み合う暴徒の集団を指差した。強引に腹部を破られたような痛々しい傷口から、臓器が僅かに露出している。

「あの先頭にいる奴は、俺の親友だった。その後ろは、そいつの奥さんと子供だ。あのじいさんからは、小さい頃に、庭になってた柿を盗んで怒られたっけな......」

 次々に指差し、一人一人との思い出を短く語っていき、その人数が十人を越えると、小金井は達也に向き直った。

「全員、あの二人に破られた館にいた犠牲者で俺の知り合いなんだ。あの人達をキチンとした場所に送るのは......死者を正しい場所に送ってやることは、生きてる人間にしかできないんだよ」

 そう言って小金井は、ナイフを拾った。暴徒は、エスカレーターの中腹で、我先に二人を喰らおうとした結果、混雑を起こしている。

「......お前はそれで良いのか?」

「ああ、悔いはないよ。安部と東に、一発、でかいのをお見舞いできたしね」

「......そうかよ。分かった、お前の好きにしろ。ただな、一つだけ言わせてもらうぞ」

「......何?」

 達也は、一つ敬礼を挟んで言った。

「疑って悪かったな。さっきも言ったが、お前ほど、勇敢な男はいない」

 小金井は吹き出し、一頻り笑ったあと、バツが悪そうに立っている達也に左の拳を向ける。

「なら、勇敢な男から託すよ。もし、これから先、安部と東に会うことがあったら......」

 背後で床を強く踏む音がする。暴徒が二階に到着した。気づいていたが、達也は小金井の言葉を待ち続ける。
 仲間から恨まれようと、影で罵られようと、裏切り者と扱われようと、仲間の為に全てを擲つ男の最後を聞く為に、一言一句逃さぬ為に、達也は、その時をじっ、と待った。
 唇が震え、小金井が微笑んだ。

「こいつを一発、奴等の頬にぶちこんでやってくれ」

 達也は、右手を強く握り、眼前に突きだされた拳に当てた。

「確かに受け取ったよ、小金井」

 自分よりも小さいが熱い拳だった。小金井の怒り、優しさ、それら全てが凝縮されたような感情が詰まった拳頭だった。
 暴徒との距離がみるみる内に縮まっていく。小金井はナイフを握り直した。

「頼んだよ、古賀さん......行け!走れ!」

 達也は振り返らずに、三階への階段をひた走り、駐車場へと抜けていく。それを見届けると、小金井は振り向いてナイフを振り上げた。
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