140 / 419
第12話
しおりを挟む
今、銃を持っているのは、俺と安部さんだけだ。ならば、あの銃声は安部さんが鳴らしたことになる。銃を撃たなければならない状況下にあるということだ。
......何の為に?使徒はバリケードから入ってこれない。一階の連中は抵抗する素振りもなかった......いや、待て。俺は大切なことを失念しているんじゃないか?
東の脳裏に、以前、安部に言った言葉が甦る。
悪いものほど、感染していく速度は早い。募金活動なんかより、よっぽど早いぜ
そう、広がっていく速度は、圧倒的に悪意のほうが早い。しかし、なんにでも反対は存在する。こんな絶望しかない世界でも、それはいつまでも変わることはない。一階から響いてきた外を徘徊する死人には絶対に出せない、今を生きている人間だけにしか出せない、幾重にも重なった活発な喚声が東の背中を叩き、弾かれるように踵を返した。
「行かせるかよ!」
小金井が咄嗟に東の足にしがみついた。ガクン、と下がる視界には、一階にいる安部が、小金井の行動に活力を取り戻し、反旗を翻した一団に追われている姿がある。
「安部さん!離せよこのボケがあああぁぁ!」
東は、床に這ったまましがみつく小金井へ銃口を向け引き金を引いたが、間一髪、達也の蹴り上げで、弾丸はあらぬ方向へ飛んでいき、拳銃は一階へと落下していく。
「小金井の勇気や勇敢な行動は、確かに全員に伝わったみたいだな」
言いながら放った渾身の右フックは、東の頬を打ち抜いた。東の身体は、小金井の頭を突き入れた自動扉を抜け連絡通路へ転がる。東が痛みで唸っている隙に、達也は小金井を肩をかして立ち上がらせた。直後、連絡通路から怒声が轟ぐ。
「こ、が、ね、いぃぃぃぃぃぃ!!」
達也は絶句した。鍛えた自衛官同士ならまだしも、東は身長も低く、体格も劣る。右手には確かな手応えも残っているにも関わらず、もうダメージが抜けきったかのように駆け出した。
「小金井!下がれ!」
達也が次に繰り出した前蹴りは、空しく空を切った。東は、最小の動きで避けたのだ。達也の眼前にあるのは、東の右腕だった。助走をつけたラリアットが達也の喉を直撃する。バランスの悪い片足に加え、強引に腕の力だけで達也を地面に叩きつけた。
「ごはっ!」
東の体つきからは想像もつかない力の正体は、単純な腕力だ。達也が首に感じた東の腕は異様な盛り上がりをしていた。思い返してみれば、妙な点は幾つもある。人間の頭の重さは、ボウリングの球と同等とはいえ、強化プラスチックで作られたパネルを割ることは難しい。
それに加え、通常、人間は殴り合いの場面で知らぬ内にストッパーを掛けるものだが、東の暴力には微塵の加減もない。
「があああああああぁぁぁぁ!」
嗔恚に燃える余りに声が震えている。その矛先を向けられた小金井は、東の迫力になす統べなく組伏せられた。
二発、三発、と振り下ろされた拳は、全て小金井の急所に落とされていた。鼻、額、左目、四発目を達也が背後から拳を掴んで止め、間を開かずに背負い投げ、もう一度、連絡通路へと東を戻した。
......何の為に?使徒はバリケードから入ってこれない。一階の連中は抵抗する素振りもなかった......いや、待て。俺は大切なことを失念しているんじゃないか?
東の脳裏に、以前、安部に言った言葉が甦る。
悪いものほど、感染していく速度は早い。募金活動なんかより、よっぽど早いぜ
そう、広がっていく速度は、圧倒的に悪意のほうが早い。しかし、なんにでも反対は存在する。こんな絶望しかない世界でも、それはいつまでも変わることはない。一階から響いてきた外を徘徊する死人には絶対に出せない、今を生きている人間だけにしか出せない、幾重にも重なった活発な喚声が東の背中を叩き、弾かれるように踵を返した。
「行かせるかよ!」
小金井が咄嗟に東の足にしがみついた。ガクン、と下がる視界には、一階にいる安部が、小金井の行動に活力を取り戻し、反旗を翻した一団に追われている姿がある。
「安部さん!離せよこのボケがあああぁぁ!」
東は、床に這ったまましがみつく小金井へ銃口を向け引き金を引いたが、間一髪、達也の蹴り上げで、弾丸はあらぬ方向へ飛んでいき、拳銃は一階へと落下していく。
「小金井の勇気や勇敢な行動は、確かに全員に伝わったみたいだな」
言いながら放った渾身の右フックは、東の頬を打ち抜いた。東の身体は、小金井の頭を突き入れた自動扉を抜け連絡通路へ転がる。東が痛みで唸っている隙に、達也は小金井を肩をかして立ち上がらせた。直後、連絡通路から怒声が轟ぐ。
「こ、が、ね、いぃぃぃぃぃぃ!!」
達也は絶句した。鍛えた自衛官同士ならまだしも、東は身長も低く、体格も劣る。右手には確かな手応えも残っているにも関わらず、もうダメージが抜けきったかのように駆け出した。
「小金井!下がれ!」
達也が次に繰り出した前蹴りは、空しく空を切った。東は、最小の動きで避けたのだ。達也の眼前にあるのは、東の右腕だった。助走をつけたラリアットが達也の喉を直撃する。バランスの悪い片足に加え、強引に腕の力だけで達也を地面に叩きつけた。
「ごはっ!」
東の体つきからは想像もつかない力の正体は、単純な腕力だ。達也が首に感じた東の腕は異様な盛り上がりをしていた。思い返してみれば、妙な点は幾つもある。人間の頭の重さは、ボウリングの球と同等とはいえ、強化プラスチックで作られたパネルを割ることは難しい。
それに加え、通常、人間は殴り合いの場面で知らぬ内にストッパーを掛けるものだが、東の暴力には微塵の加減もない。
「があああああああぁぁぁぁ!」
嗔恚に燃える余りに声が震えている。その矛先を向けられた小金井は、東の迫力になす統べなく組伏せられた。
二発、三発、と振り下ろされた拳は、全て小金井の急所に落とされていた。鼻、額、左目、四発目を達也が背後から拳を掴んで止め、間を開かずに背負い投げ、もう一度、連絡通路へと東を戻した。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
10秒で読めるちょっと怖い話。
絢郷水沙
ホラー
ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる