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第3話
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「摂食行動は視床下部を中心として、大脳皮質から脊髄までの神経ネットワークによって制御されている。神経ネットワークの中核には摂食行動を促進する神経細胞と、摂食行動を抑制する神経細胞と二つある。この内、促進する細胞が活性化したとなれば、話しは分かりやすい」
「では、歩き回るという点については?」
「最近の研究で明らかになったことだが、食事から遠ざかっていると、通常は食欲を抑制している神経細胞が全く別の行動である反復行動を司るようになるという発見があった。動物なら、毛ずくろいをするとかね。つまり、多目的な活動を排除され、ただ、一点のみに集中する」
「それが、人間の場合は?」
「さてね。それは、人体実験の領域だ。科学ではご法度だよ。ただ、人間というのは、リミッターが外れると基本的には三大欲求が顕著に表れる。それが、食欲に大きく振られた場合は、人が人を食べるような事態になってもおかしくはない、とあたしは思うよ」
「では、数を増やしている点については?」
「なんらかの感染作用があるのかもね。食べるという行動は、唾液をふんだんに分泌させる。唾液から感染する病気もあるくらいだしね。そこから脳細胞を活性化させる作用を持っていて、尚且つ、神経細胞を狂わす。まあ、そんな眉唾で未完成な研究があれば......」
九重は突然、言葉に詰まり、苦渋を味わうかのように、両目から光が消え去った。目に見える動揺に、田辺は眉を寄せて訪ねた。
「......大丈夫ですか?どこか具合でも?」
九重は、足元すら定まっておらず、やがて、壁に背中を預け、そのまま、ずるずると足を折って床に座り込んだ。
顔面蒼白になった九重に、取材ノートを投げ捨てた田辺が慌てて声を掛ける。
「九重さん!大丈夫ですか!九重さん!」
ガタガタと震える全身と顔色は、まるで死人だ。ただごとではない。なんらかの持病が発症したのかと判断した田辺が救急車を呼ぼうと、携帯電話を取り出すが、九重の手がそれを阻んだ。
「......九重さん?どうしたんですか?」
「......あるの......あるのよ......」
「ある?一体何があると?落ち着いて話して下さい!」
生唾を呑み、田辺は九重が次に発する言葉を待った。彼女は何か重大なことを言おうとしている。
前髪の奥で揺れる視線が田辺に定まり、大きく息を吸い込んで九重は言葉を吐き出した。
「あたしの研究の最終目標は、細胞の活性化を促し、人体にとって重要な肉体のパーツを全く新しいものに変える実験だった......」
「ええ、存じていますが......」
「詰まるところ、あたしの研究は、細胞を活性化させて、新しい命を生み出す実験とも言える......だけど、それは未完成だった。内臓は爆発的に増える細胞に耐えられない......必ず、逃げ場を失い、いずれ、悪性のものが脳へと到達する......」
そういった知識のない田辺にも、そこから先は察する事が出来た。両目を剥いて、九重の肩に両手を置く。
「それは……つまり、感染者に噛まれた者は傷口から唾液が入り、爆発的な細胞増加が発生する。その後、悪性の細胞が脳の一部を破壊し、運動を司る器官の異常を引き起こし……日頃、繰り返していた食事に対する衝動のリミッターが外れ、人間を襲っている......という事ですか?」
認めたくないのだろう。九重は、首を強く横に振った。しかし、田辺はそれを口にするしかなかった。
なんのために......確かめる為にだ。
「つまり、貴方の研究を盗んで、改良した人間がいる......?」
「では、歩き回るという点については?」
「最近の研究で明らかになったことだが、食事から遠ざかっていると、通常は食欲を抑制している神経細胞が全く別の行動である反復行動を司るようになるという発見があった。動物なら、毛ずくろいをするとかね。つまり、多目的な活動を排除され、ただ、一点のみに集中する」
「それが、人間の場合は?」
「さてね。それは、人体実験の領域だ。科学ではご法度だよ。ただ、人間というのは、リミッターが外れると基本的には三大欲求が顕著に表れる。それが、食欲に大きく振られた場合は、人が人を食べるような事態になってもおかしくはない、とあたしは思うよ」
「では、数を増やしている点については?」
「なんらかの感染作用があるのかもね。食べるという行動は、唾液をふんだんに分泌させる。唾液から感染する病気もあるくらいだしね。そこから脳細胞を活性化させる作用を持っていて、尚且つ、神経細胞を狂わす。まあ、そんな眉唾で未完成な研究があれば......」
九重は突然、言葉に詰まり、苦渋を味わうかのように、両目から光が消え去った。目に見える動揺に、田辺は眉を寄せて訪ねた。
「......大丈夫ですか?どこか具合でも?」
九重は、足元すら定まっておらず、やがて、壁に背中を預け、そのまま、ずるずると足を折って床に座り込んだ。
顔面蒼白になった九重に、取材ノートを投げ捨てた田辺が慌てて声を掛ける。
「九重さん!大丈夫ですか!九重さん!」
ガタガタと震える全身と顔色は、まるで死人だ。ただごとではない。なんらかの持病が発症したのかと判断した田辺が救急車を呼ぼうと、携帯電話を取り出すが、九重の手がそれを阻んだ。
「......九重さん?どうしたんですか?」
「......あるの......あるのよ......」
「ある?一体何があると?落ち着いて話して下さい!」
生唾を呑み、田辺は九重が次に発する言葉を待った。彼女は何か重大なことを言おうとしている。
前髪の奥で揺れる視線が田辺に定まり、大きく息を吸い込んで九重は言葉を吐き出した。
「あたしの研究の最終目標は、細胞の活性化を促し、人体にとって重要な肉体のパーツを全く新しいものに変える実験だった......」
「ええ、存じていますが......」
「詰まるところ、あたしの研究は、細胞を活性化させて、新しい命を生み出す実験とも言える......だけど、それは未完成だった。内臓は爆発的に増える細胞に耐えられない......必ず、逃げ場を失い、いずれ、悪性のものが脳へと到達する......」
そういった知識のない田辺にも、そこから先は察する事が出来た。両目を剥いて、九重の肩に両手を置く。
「それは……つまり、感染者に噛まれた者は傷口から唾液が入り、爆発的な細胞増加が発生する。その後、悪性の細胞が脳の一部を破壊し、運動を司る器官の異常を引き起こし……日頃、繰り返していた食事に対する衝動のリミッターが外れ、人間を襲っている......という事ですか?」
認めたくないのだろう。九重は、首を強く横に振った。しかし、田辺はそれを口にするしかなかった。
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