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第4話
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肩で息を繰り返していた彰一は、深く嘆息をつくと、ベッドから降りた。
怒りのやり場があるというのは、幸せな事だ。それは、仲間を失った彰一が学んだ大切な事柄だった。
しかし、逆を言えば、ただの他者に対する甘えに他ならない。自分が傷付かない為の予防線を張る。そんなものは、現実から逃げることと同義だ。彰一は、こんな世界に落とされ、初めて気付いた。
界隈で有名な不良、周りには常に仲間がいる。安心できる空間に腰を据えて、仲間に危険が迫れば、すぐにでも駆け付け守る。
だが、彰一は守れなかった。結局、守っていたのは、自分一人だけだ。故に孤高であろうとした。
しかし、そう決めた矢先、またも守られた。あれから、彰一の中で、決壊寸前のダムに水を注いだように、何かが崩れてしまった。
そして、新たに作られたダムは、より強固なものとなって彰一の中心を埋めてしまう。
誰かを助ける為に、自分の犠牲を省みない人間になる。
今までの彰一では、死ぬ最後の瞬間でも口にしなかった目標だろう。
まるっきり、昔の自分と被ったからこそ、彰一は真一の怒りを理解出来た。だからこそ、自分を救ってくれた男が、周囲を危険に晒そうとする言動を繰り返すことが許せなかった。
ミーイズムは、破滅を招く。それだけは、どこにいても同じだ。
「......その人を助けに行くって選択があるだけ、アンタは幸せだ。だから、岡島さんに甘えるのは、もうやめろ。ここにいる全員が欠けることなく、その人を救助できる態勢が整うまで待ってくれよ。それには、勿論、真一さんの協力だって必要だ」
真一は、黙然としたまま、首を縦に動かした。やるべきことは分かっている。
「......悪い、浩太を呼んできてもらえるか?」
「......ああ、分かった」
部屋を出ていく彰一を見送り、真一は今も一人で戦い続けているであろう、達也を思い、胸中で呟いた。
ごめん、達也......
※※※ ※※※
穴生の鉄竜には鉄錆びの臭いが充満していた。これが、死臭というものなのだろうか。吐き気を催しそうな、嗅ぎ馴れない香りは、空気に流されない程に重い。
いや、もしかしたら、この臭いは、既に鼻腔へこびりついているのかもしれない。擦っても、洗っても、落ちない垢に、身体中はおろか、心までまみれてしまったのだろうか。
達也は、足元に転がる暴徒の成れの果てを見下ろした。
まるで安全ピンで羽を貫かれ、板に張り付けにされた昆虫のように、床に包丁とナイフで固定された上、無惨にも両足を切断されている暴徒は、尚も食らいつこうと懸命にもがいている。
込み上げてくる物を強引に呑み込んだ達也は、目を逸らしつつ、ブーツの踵で暴徒の頭を踏み砕いた。手にした血塗れのノコギリを床に落とし、片膝をついて暴徒の身体を眺めて、得心がいったように、なるほど、と口の中で言った。
暴徒の身体に刃を入れれば、抵抗をあまり感じず、骨が露出していた両足の切断も苦労はしなかった。どうも、一度、死んでいるのは間違いないようだ。骨が露出することにより柔らかくなり、筋肉も活動をしていないからか、容易に切り落とせた。
達也が行っていたのは、実験だった。どこまでやれば、暴徒は活動を停止するのか、他に弱点はないのか、などを注意深く観察し、腹を割き、喉を潰し、常人なら即死は免れないであろう心臓への一突きも、暴徒は難なく耐えきった。
怒りのやり場があるというのは、幸せな事だ。それは、仲間を失った彰一が学んだ大切な事柄だった。
しかし、逆を言えば、ただの他者に対する甘えに他ならない。自分が傷付かない為の予防線を張る。そんなものは、現実から逃げることと同義だ。彰一は、こんな世界に落とされ、初めて気付いた。
界隈で有名な不良、周りには常に仲間がいる。安心できる空間に腰を据えて、仲間に危険が迫れば、すぐにでも駆け付け守る。
だが、彰一は守れなかった。結局、守っていたのは、自分一人だけだ。故に孤高であろうとした。
しかし、そう決めた矢先、またも守られた。あれから、彰一の中で、決壊寸前のダムに水を注いだように、何かが崩れてしまった。
そして、新たに作られたダムは、より強固なものとなって彰一の中心を埋めてしまう。
誰かを助ける為に、自分の犠牲を省みない人間になる。
今までの彰一では、死ぬ最後の瞬間でも口にしなかった目標だろう。
まるっきり、昔の自分と被ったからこそ、彰一は真一の怒りを理解出来た。だからこそ、自分を救ってくれた男が、周囲を危険に晒そうとする言動を繰り返すことが許せなかった。
ミーイズムは、破滅を招く。それだけは、どこにいても同じだ。
「......その人を助けに行くって選択があるだけ、アンタは幸せだ。だから、岡島さんに甘えるのは、もうやめろ。ここにいる全員が欠けることなく、その人を救助できる態勢が整うまで待ってくれよ。それには、勿論、真一さんの協力だって必要だ」
真一は、黙然としたまま、首を縦に動かした。やるべきことは分かっている。
「......悪い、浩太を呼んできてもらえるか?」
「......ああ、分かった」
部屋を出ていく彰一を見送り、真一は今も一人で戦い続けているであろう、達也を思い、胸中で呟いた。
ごめん、達也......
※※※ ※※※
穴生の鉄竜には鉄錆びの臭いが充満していた。これが、死臭というものなのだろうか。吐き気を催しそうな、嗅ぎ馴れない香りは、空気に流されない程に重い。
いや、もしかしたら、この臭いは、既に鼻腔へこびりついているのかもしれない。擦っても、洗っても、落ちない垢に、身体中はおろか、心までまみれてしまったのだろうか。
達也は、足元に転がる暴徒の成れの果てを見下ろした。
まるで安全ピンで羽を貫かれ、板に張り付けにされた昆虫のように、床に包丁とナイフで固定された上、無惨にも両足を切断されている暴徒は、尚も食らいつこうと懸命にもがいている。
込み上げてくる物を強引に呑み込んだ達也は、目を逸らしつつ、ブーツの踵で暴徒の頭を踏み砕いた。手にした血塗れのノコギリを床に落とし、片膝をついて暴徒の身体を眺めて、得心がいったように、なるほど、と口の中で言った。
暴徒の身体に刃を入れれば、抵抗をあまり感じず、骨が露出していた両足の切断も苦労はしなかった。どうも、一度、死んでいるのは間違いないようだ。骨が露出することにより柔らかくなり、筋肉も活動をしていないからか、容易に切り落とせた。
達也が行っていたのは、実験だった。どこまでやれば、暴徒は活動を停止するのか、他に弱点はないのか、などを注意深く観察し、腹を割き、喉を潰し、常人なら即死は免れないであろう心臓への一突きも、暴徒は難なく耐えきった。
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