感染

宇宙人

文字の大きさ
上 下
72 / 419

第5話

しおりを挟む
    扉の前で響いていた咀嚼音もなくなり、ようやくあの生き地獄のような時間が過ぎたのかと、彰一は息をついた。祐介は、変わらず畳の上で大の字になって涙を流しているが、それも仕方のないことだろう。
 閂の役割をしているパイプを抜くしか、この武道場を出る手段がないが、逆を言えば、そこさえ抜かれなければ、異常者達もこちらに侵入することはないという意味だ。
    ひとまずの安全を確立できたことを冷静に考え、彰一は言った。

「このまま、クソ共がどこかに行くのを待つしかないだろうな」

 祐介も、阿里沙も、加奈子も何も返さない。ただ、早くこの時間が終わるように願い、虚空へ虚ろな瞳を流しているだけだ。
 悪態をつき、彰一は窓から玄関を見下ろした。一階に集まっていた避難者の肉に群がる異常者達の数は、まだまだ増えているようだ。
    黒崎は、最近になって、急に大型のマンションの建設や、大型デパートの進出が増えたからか、さほど広くはないにしろ、その人口は増えてきていた。工業都市の一面もあり、出稼ぎに来ていた他県の人間もいる。それが、そのまま異常者の数を表しているのかと思うと、立ち眩みがしそうだった。警察署内にいるだけでも五十人は容易に越えるだろう。まるで、出口が見えない冷たい洞窟にでもいるような感覚だった。暗い穴から吹く風の空気はひどく寒い。

「......なあ、どうしてこうなったんだと思う?」

 それが、祐介が発した質問だと理解したのは、数秒後だった。だが、その問いかけの解答を誰も持ち合わせてはいない。彰一が首を振って、声量を抑えつつ言った。

「知るかよ。少なくとも、俺達は巻き込まれただけだろうが」

 祐介は上半身だけをあげて、右手にあるM360を見つめる。形見となった拳銃は、なぜかすぐに祐介の手に馴染んだ。

「拳銃なんてさ、悪意の塊みたいなもんじゃないか?強盗や殺人、テロに処刑、戦争......いろんな場所や国で使われる。けど、俺達が実際に目にする機会は少ない。それだけ俺達は、悪意ってやつから遠ざかっていたのか?」

 祐介の言葉に、彰一は鼻を鳴らす。

「何をいきなり語り出してんだよ。お前、馬鹿か?」

「良いから答えてくれよ......頼むから......」

 模索しながら、見えないなにかに縋ろうと必死に足掻いている。その目に写らない何かを、つまりは、悪意を形にして欲しいとごねていた。その対象を異常者にすることで、崩れる寸前の自我に、ストッパーをつけようと手探りをしているのだろう、と臆度した彰一は、大儀そうに頭を掻いた。
   そんなことをして一体なんの意味があるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...