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第4部 証憑
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「親父!こっちも駄目みたいだ!」
車内で祐介は、外を指差した。市瀬峠の直前から入る裏道には、異常者の群れはなかったが、それも幸神に入るまでだった。半ばベッドタウン化が進みつつあるだけあり、逃げ遅れた住民も多いのだろう。
目的地である八幡西警察署までの距離は遠退く一方だ。父親は、坂道に作られた市営アパートの団地を抜け、黒崎自動車学校への峠を走ることを余儀なくされ、気を揉んでいるのか、ハンドルの操作が雑になっていく。前方に立ちはだかった男性の異常者を容赦なくはね飛ばした。
「くそ!この死に損ないどもが!」
父親の言葉に、祐介はなんとも言い難い違和感を覚えた。彼だって、数時間前までは生きた人間だったのだ。確かに、祐介にとっては母親、父親にとっては、最愛の女性を奪われたのだから、憎しみの対象にする理由は充分にある。けれど、感情のある快楽殺人鬼という訳ではない。
今置かれている状況は、祐介が学校や警官の父親から学んできた道徳観と、かけ離れすぎていた。全てが曖昧になった世界で、数年遅れてやってきた手紙を読むような、そんな空しさを感じた。
「祐介、どうした?」
父親が心配そうな声音で訊いた。車は黒崎自動車学校の入口に続く坂を登ろうとしていたが、左手にある住宅街から異常者が数名飛び出したことにより、黒崎中学校への下り坂に進路を変える。
右側にまだ、建築途中の一軒家があるが、張りたての外壁には、長い血の跡が、引きずったように残されていた。
「親父、どうしてこうなっちまったんだ?」
「......祐介?」
「親父、いつも言ってたよな?いつでも正義を成せってさ......なら、今、親父がした行動は正義なのか?」
祐介は、後ろを振り返った。異常者が数名追いかけてきていたが、緩やかなカーブを曲がると見えなくなった。
父親は、祐介の顔を、目を見据えられない。ただ、ハンドルを握る両手だけは、力強さが残っていた。前を向いたまま言った。
「祐介、正義というのは、生きることだ。生きて誰かを守ることだ......」
祐介の脳裏に、母親の顔が浮かんだ。
車は、九州年金病院を抜けて、先の信号を左折、市民図書館の先にある大きな交差点に差し掛かる。普段なら、交通渋滞が起きている二百号線の車道には、パニックが起きたのか、大型トラックが炎上し、周囲に焼け焦げた死体が点在していた。悲惨な光景だ。信号が乗用車の追突を受けて傾き、点滅している。どれどけの速度でぶつかったのだろうか。
まっすぐに通りを抜け、二人はついに八幡西警察署を眼界に捉えたが、父親は苦々しく舌打ちをした。
車内で祐介は、外を指差した。市瀬峠の直前から入る裏道には、異常者の群れはなかったが、それも幸神に入るまでだった。半ばベッドタウン化が進みつつあるだけあり、逃げ遅れた住民も多いのだろう。
目的地である八幡西警察署までの距離は遠退く一方だ。父親は、坂道に作られた市営アパートの団地を抜け、黒崎自動車学校への峠を走ることを余儀なくされ、気を揉んでいるのか、ハンドルの操作が雑になっていく。前方に立ちはだかった男性の異常者を容赦なくはね飛ばした。
「くそ!この死に損ないどもが!」
父親の言葉に、祐介はなんとも言い難い違和感を覚えた。彼だって、数時間前までは生きた人間だったのだ。確かに、祐介にとっては母親、父親にとっては、最愛の女性を奪われたのだから、憎しみの対象にする理由は充分にある。けれど、感情のある快楽殺人鬼という訳ではない。
今置かれている状況は、祐介が学校や警官の父親から学んできた道徳観と、かけ離れすぎていた。全てが曖昧になった世界で、数年遅れてやってきた手紙を読むような、そんな空しさを感じた。
「祐介、どうした?」
父親が心配そうな声音で訊いた。車は黒崎自動車学校の入口に続く坂を登ろうとしていたが、左手にある住宅街から異常者が数名飛び出したことにより、黒崎中学校への下り坂に進路を変える。
右側にまだ、建築途中の一軒家があるが、張りたての外壁には、長い血の跡が、引きずったように残されていた。
「親父、どうしてこうなっちまったんだ?」
「......祐介?」
「親父、いつも言ってたよな?いつでも正義を成せってさ......なら、今、親父がした行動は正義なのか?」
祐介は、後ろを振り返った。異常者が数名追いかけてきていたが、緩やかなカーブを曲がると見えなくなった。
父親は、祐介の顔を、目を見据えられない。ただ、ハンドルを握る両手だけは、力強さが残っていた。前を向いたまま言った。
「祐介、正義というのは、生きることだ。生きて誰かを守ることだ......」
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車は、九州年金病院を抜けて、先の信号を左折、市民図書館の先にある大きな交差点に差し掛かる。普段なら、交通渋滞が起きている二百号線の車道には、パニックが起きたのか、大型トラックが炎上し、周囲に焼け焦げた死体が点在していた。悲惨な光景だ。信号が乗用車の追突を受けて傾き、点滅している。どれどけの速度でぶつかったのだろうか。
まっすぐに通りを抜け、二人はついに八幡西警察署を眼界に捉えたが、父親は苦々しく舌打ちをした。
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