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君子危うきに近寄らず

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「アリア様⁉︎」

 ユキが驚愕しながら、アリアに縋り付く。

「自然と私を売り払おうとしないでください‼︎」

「あら、ユキ、まだあなたを売り払うとは言ってないじゃない。それとも、何か売り払われるような覚えでもあるのかしら?」

 ユキが早まったか? といった顔をする。

「い、いえ、私はちゃんと御屋敷のお仕事もこなしていますし、売り払われる覚えは」

「まぁ、あなたのことなんだけどね」

「アリア様⁉︎」

 アリアは羊皮紙と青いインクを取り出すと、慣れた手つきで売買契約書を書きはじめる。

「アリア様⁉︎ 待ってください! 捨てないで!」

「ちょっと揺らさないでちょうだい。文字がぶれるじゃない」

 ユキはアリアの手を覆うとガッチリとホールドし、続きを書くのを妨害する。

「離しなさい」

「アリア様。ーー思い出してください。私達の出会ったあの雨の日を」

 ユキは静かに語り始める。

「あの日はとても冷たい雨が降っていました。私は寒さに身を震わせながら、果物屋さんの軒下で雨が止むのを待っていました」

「ーーそうね。あなた、商品買わずにずっとその場所を陣取ってたから、お店の人に迷惑がられてたわね」

 アリアは、なんとかホールドを外そうとするが、びくともしない。

「業を煮やした店主に追い出され、雨に打たれながら途方に暮れる私に、アリア様は仰いました。『ウチ来る?』と」

「なんか、思い出の中の私軽くないかしら?」

 アリアは、ため息をつくと手から力を抜く。

「アリア様のお屋敷に招かれた私は、決めたのです。このお方に生涯仕えようと」

「そうね。気持ちは嬉しいわ」

 ユキは目を潤ませながら、ぱっと笑顔をつくる。

「その日から我が家は、一日に一回は必ず何処かの部屋が爆発するようになったのよね」

 ユキの頬を汗が流れる。

「お父様が大事にしている陶器コレクションも半分くらいゴミになったかしら」

 ユキが目を逸らす。

「そういえば、あなたが当番を引き受けてくれた日の食事は今でも忘れられないわね。屋敷の使用人の九割が使い物にならなくなったものね」

 ユキがヒューヒューと吹けない口笛を吹こうとする。

「ねぇ。ユキ。この屋敷であなたを雇い続けるのはもう難しいのよ。ーーお父様が『何処かへ捨ててきなさい』だなんて言うのよ? 酷いわよね。ーーそんなの酷すぎる。だからせめて、あなたの次の雇い先くらい私にまかせてくれない? あなたへの最後の情けを、私にかけさせてほしいのよ」

「アリア様・・・・・・」

 アリアは潤んだ瞳に無理に微笑みを浮かべる。
 その笑顔を見たユキのホールドが解けた瞬間、パッと手を離すと、売買契約書をガリガリと書ききる。そして

「はい! アスハさん! はやく! こちらにサインをお願いします! 今ならいけます!」

「書くわけないだろっ‼︎⁉︎」

 アスハにも流石に地雷はわかった。
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