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ガイドライン
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事務所に戻ると沢田と綱島がコンピュータの前で難しい顔をしていた。 ダイスケが何か問題があるのかと聞くと、綱島は
「最近になって増えてきたコメントなのですか・・・」と答え、続けた。
「韓国人を嫌いな虫や動物などに非人間化する者が増えるとともに、それを擁護したりダブルメモリーまでもその同類とみなしています。」
ダイスケは、綱島にこれから会議を開くように指示を出した。 ダイスケは、綱島から指摘された非人間化の書き込みに対し、強い口調で指摘した。
「ナチスやルワンダにおいて行われた民族浄化を目的とした大虐殺では、非人間化はプロパガンダの象徴として使われて来た 。敵対する種族を人類の嫌悪の対象であるゴキブリやネズミのような害虫や害獣に例え、それを退治することが国民の義務であると強制する。 しかも前日まで良好な関係にあった善良な隣人に対してさえも、敵対種族となれば同様の行動を求め、それに従わない場合は、自国民でも敵だと分類し同様の立場に追い込んでゆく。」
「でも、それでも隣人を助ける人たちは居るし、私は公然と行われる虐殺に断固立ち向かうわ。 だって相手も人間よ。 その先の人生があり、共有できる未来があるから。」と千鶴が激しい口調で言うと、
「本当にそうかしら?」と沢田が疑問を呈した。
「かつてドイツでゾフィー・ショールという名の女学生が行った白薔薇運動では反ナチスのビラを配っただけで処刑されました。 自分の信条に従い、間違っていることを間違っていると訴えると死が待ち受けている狂った世界では、抵抗できない人が当たり前だと思うわ。但し、組織を秘密裏に整え、十分に抵抗するに足る勢力にすれば、対抗組織として政権を倒しうるかもしれないわね。 そのためには国民は、選択肢を持てるように対抗勢力を育てておかないとならないのよ。」 深刻な表情で千鶴が
「日本でもそうかしら。今の日本には自民党という選択しかないもの。」と言った。
「まあ、そういうことだな。 我々も野党は駄目だとか言わずに、彼らの主張にも耳を傾けないといけないな。」とダイスケが答えると、
「悪夢の民主党政権はいらない。」と山田がにやりと笑った。
「でも、自民党が好き放題やったことを尻拭いして、自民党に飼い馴らされた官僚が仕事を怠ったことが、何もできない政府を生んだかもしれませんよ。」とダイスケが返した。
「ともかく我々は我々の目標に向かってまずは集会を成功させることに注力しましょう。そのためにも丁寧な対応をしていくだけだね。」と雪乃が言うと全員が頷いた。
集会前日に、公安1課課長の矢部から、五月は提出した報告書について確認したいことがあると呼び出しを受けた。 五月の前に座った矢部は、険しい表情で
「ある筋から『組織の監視を強化する必要があるのでは』との圧力があった。もちろん、僕は、君の報告書から懸念すべき事項は見受けられないと思っている。」と言った。 五月は驚きで言葉を失った。 矢部は、
「もちろん、直ちに何か対策を打つとかではないが、君の報告書を読んでいると君が少なからず組織に入れ込んでいるようにも感じるので、公安として正しい姿勢で取り組んでくれ。」と言い放つと、五月は小さく「はい。」と答えた。
事務所に向かう電車の中で五月は、このまま正体を隠し活動を続けることに強い罪悪感を覚えると共に、矢部が言っていた監視強化の意向について考えていた。 五月は公安官であることを明かし、ダブルメモリーに情報を流せばいいのではないかとも思った。 しかし、そのことが仲間たちのためにプラスに働くとは思えなかったし、この活動を続けられなくなることを五月は恐れていた。 とにかく明日の集会まではいつも通り振舞おうと強く思った。
沢田は、自分のSNSを見ながら悲しい気持ちになっていた。 今まで日本政府を褒め称えていた頃には見られなかった酷い書き込みが執拗に行われていた。 同志と思い今まで共に書き込みを行っていた見えない仲間たちが、元慰安婦の人たちや韓国国民の気持ちも理解しようとの意見を上げたのがきっかけとなり、牙をむいてきたのだ。 逆の立場で考えれば当然の仕打ちであった。 それでも後悔は無かった。 千鶴たちと共に日本人という民族と韓国人という民族とが互いの意見に耳を傾けて、解決できるものを一つずつ解決してゆけば、きっと良い未来が得られると確信するようになった。
さらにまだまだ解決しなくてはいけない問題が人類には山積みで、特に地球温暖化について何か自分でできることはないかと考えはじめると、酷い書き込みも気にならなくなっていた。 とにかく明日の集会がどんなことになるかと考えるとワクワクしていた。
ダイスケが綱島と共に会場の設営を終え、17時に事務所に戻ると、事務所は熱気に包まれていた。
「ダイスケ戻ったか。」と山田が声を掛けると、雪乃が嬉しそうにタイムスケジュールを渡してきた。
「もう、タイムスケジュールは決まっていたでしょう。」とダイスケが言うと、雪乃が
「最後に『歓喜の歌』をみんなで合唱するの。」と鼻高々に言った。 雪乃は『歓喜の歌』がフランス革命、東欧革命、ベルリンの壁崩壊後に喜びと共に歌われてきたものであり、まさに今、我々にとってぴったりなテーマ曲であると説明し、愛花に共に歌うよう促した。
愛花は、にこりとほほ笑むとその美声を披露した。 ダイスケは、愛花の美声に聞き入っていたが、綱島が「それは無理です。」と指摘した。
「何で無理なの?」と雪乃がむっとした顔で綱島に食って掛かると、
「だって、オーケストラも音源も用意できないんですよ。」と残念そうな顔で呟いた。
「これだから童貞は。」と雪乃が嫌味を言うと、周囲から笑いが起こった。ダイスケが
「では、今後我々が目的を達成した後に、歓喜の歌を含めた演奏会を行うことにしませんか?」と提案すると、雪乃が嬉しそうに頷いた。
ダイスケがみんなを集め、明日のためにミーティングを行うと声を掛けると、仲間たちは真剣な表情になった。
「明日はまず、愛花と千鶴とキムジウの歌からスタートして、綱島くん、千鶴ちゃん、ジウちゃんの順で話をしてもらう。 綱島くんにはダブルメモリーの団体が何のために設立され、何をしてゆくのか具体的に話してもらい、その後ジウちゃんが韓国人としての立場、千鶴ちゃんが日本人の立場から、自分の想いを話して欲しい。」と言うとみんなが頷いた。
「これまで、色々な事について語り合ってきたが、重要なのは断絶ではなく、会話であり共感と協調こそが、人類にとって争いを起こさない重要事項であるということは共有できていると思う。 だからこそ今まで、反論を持つ者とも言葉を交わしてきたし、沢田くんのような新たな仲間も加わってくれた 。これはどんなに重要なことであったのかよく考えて欲しい。 全く違うイデオロギーを持った者であっても共感できれば、どうにかなることの象徴なのだから。」 とダイスケが沢田を見ると恥ずかしそうに沢田が微笑んでいた。
「そして仲間が増えれば、より多くの仲間が対話を行い、一大ムーブメントとなり世界を変えることが出来ると真剣に信じている。 だが、変化のないことに腹を立てて暴力的な手法で解決しようとすれば、それは犯罪となるし不信を生むことになる。 暴言や反論に対しても耳を傾け、時間を掛けて会話を続け、解決の糸口を見つけることがより重要になる。 元慰安婦の人たちの言葉を重要な意見として聴き、会話し、出来る限りの救済を行って行くことが我々のまず目指す終着点であり、その過程で多くの人たちを巻き込んで発展してゆくことが、きっとより良い未来を作ることになると信じよう。」とダイスケが話し終えると、仲間から「うおー」と歓声が巻き起こった。
その日の夜、千鶴と千鳥は雪乃の家に泊まることになった。 なかなか寝付けない千鳥は、雪乃と向かい合いビールを飲みながら黙ったまま、テレビに耳を傾けていた。
おもむろに雪乃から
「千鶴にどんな大人になってもらいたいの?」と聞かれると、千鳥は、
「千鶴は、もう大人だし十分に私の期待を超えているわ。」と答えた。
「なんかとんでもないことに千鶴を巻き込んだような気がして。」と雪乃が弱音を吐くと、「お母さんが居たから、千鶴はしたいことが出来ているのよ。本当に良いことだと思う。 だって17歳の少女が、長年日本と韓国でいがみ合ってきた問題を解決しようとしているのだから。 さらに最近は、世界平和について真剣に考えて、色々と言ってくるのよ。 もう本当になんて娘を持ったのかしらって思っちゃうのよ。 感激してるわ。」とほほ笑んだ。それを聞いて雪乃は
「そうだな。 私もかつてそうだった。 が、いつの間にか社会の中で忙殺されて今はしがないおばあちゃんだ。 でもこれからは私も張り切って千鶴の成長を支えていくよ。」
その言葉にベッドの中で聞き耳を立てていた千鶴の頬に温かいものが流れていた。 千鶴は、小さな声で「ありがとう。」と呟いた。
その日の朝は、清々しい秋晴れで、11月に不似合いなほど暖かい日であった。 根岸森林公園に向かう電車の中は、重い空気が支配していた。 そんな中、山田がポツリと呟いた。
「ダイちゃん、やっぱり共通の歴史認識が必要じゃないのかな?」
「僕もそう思います。」と綱島が応え、雪乃も頷いた。
「今まで政府を含めみんな色々と手を尽くしてきたが、結局は見解の相違で作ることが出来なかったのも事実だよ。」と山田が言った。
「では、ガイドライン形式にしてみれば如何でしょうか?」とダイスケが言うと、千鶴が「ガイドライン形式?」と首を捻った。
「医療や規制などを標準化するために用いられる指針のことで、判断するための根拠の強さを数値で評価する文書のことですよね?」と綱島が言うと、ダイスケが
「そうだ、例えば、韓国の言う慰安婦の数と日本が言う慰安婦の数について共に記載し、その根拠となった文献等の資料を格付けることで、より正しい回答を見出すことを可能にするとともに、互いの言い分もよく知ることが出来るようになるかもしれない。」と答えた。
山田がニヤリとして、
「俺の得意分野だな、まさに。でも沢山の人が納得できるように、日本人と韓国人双方の多数の人によって作られるようにしなくていけないな。」と言うと、キムジウが
「そうね、でも不思議ね。 今までなかったのかしら?」と疑問を呈した。
すると山田が答えた。
「アジア女性基金で、日本が作成した資料が叩き台になるのでそれを基に作り上げればいいのかもしれない。 それは日本も韓国の政府も確認した資料などだから。」
「より多くの人がそれを目にするようになれば、より良い解決に向かうかもしれないね。」と千鶴がうれしそうに、力強く言った。
「最近になって増えてきたコメントなのですか・・・」と答え、続けた。
「韓国人を嫌いな虫や動物などに非人間化する者が増えるとともに、それを擁護したりダブルメモリーまでもその同類とみなしています。」
ダイスケは、綱島にこれから会議を開くように指示を出した。 ダイスケは、綱島から指摘された非人間化の書き込みに対し、強い口調で指摘した。
「ナチスやルワンダにおいて行われた民族浄化を目的とした大虐殺では、非人間化はプロパガンダの象徴として使われて来た 。敵対する種族を人類の嫌悪の対象であるゴキブリやネズミのような害虫や害獣に例え、それを退治することが国民の義務であると強制する。 しかも前日まで良好な関係にあった善良な隣人に対してさえも、敵対種族となれば同様の行動を求め、それに従わない場合は、自国民でも敵だと分類し同様の立場に追い込んでゆく。」
「でも、それでも隣人を助ける人たちは居るし、私は公然と行われる虐殺に断固立ち向かうわ。 だって相手も人間よ。 その先の人生があり、共有できる未来があるから。」と千鶴が激しい口調で言うと、
「本当にそうかしら?」と沢田が疑問を呈した。
「かつてドイツでゾフィー・ショールという名の女学生が行った白薔薇運動では反ナチスのビラを配っただけで処刑されました。 自分の信条に従い、間違っていることを間違っていると訴えると死が待ち受けている狂った世界では、抵抗できない人が当たり前だと思うわ。但し、組織を秘密裏に整え、十分に抵抗するに足る勢力にすれば、対抗組織として政権を倒しうるかもしれないわね。 そのためには国民は、選択肢を持てるように対抗勢力を育てておかないとならないのよ。」 深刻な表情で千鶴が
「日本でもそうかしら。今の日本には自民党という選択しかないもの。」と言った。
「まあ、そういうことだな。 我々も野党は駄目だとか言わずに、彼らの主張にも耳を傾けないといけないな。」とダイスケが答えると、
「悪夢の民主党政権はいらない。」と山田がにやりと笑った。
「でも、自民党が好き放題やったことを尻拭いして、自民党に飼い馴らされた官僚が仕事を怠ったことが、何もできない政府を生んだかもしれませんよ。」とダイスケが返した。
「ともかく我々は我々の目標に向かってまずは集会を成功させることに注力しましょう。そのためにも丁寧な対応をしていくだけだね。」と雪乃が言うと全員が頷いた。
集会前日に、公安1課課長の矢部から、五月は提出した報告書について確認したいことがあると呼び出しを受けた。 五月の前に座った矢部は、険しい表情で
「ある筋から『組織の監視を強化する必要があるのでは』との圧力があった。もちろん、僕は、君の報告書から懸念すべき事項は見受けられないと思っている。」と言った。 五月は驚きで言葉を失った。 矢部は、
「もちろん、直ちに何か対策を打つとかではないが、君の報告書を読んでいると君が少なからず組織に入れ込んでいるようにも感じるので、公安として正しい姿勢で取り組んでくれ。」と言い放つと、五月は小さく「はい。」と答えた。
事務所に向かう電車の中で五月は、このまま正体を隠し活動を続けることに強い罪悪感を覚えると共に、矢部が言っていた監視強化の意向について考えていた。 五月は公安官であることを明かし、ダブルメモリーに情報を流せばいいのではないかとも思った。 しかし、そのことが仲間たちのためにプラスに働くとは思えなかったし、この活動を続けられなくなることを五月は恐れていた。 とにかく明日の集会まではいつも通り振舞おうと強く思った。
沢田は、自分のSNSを見ながら悲しい気持ちになっていた。 今まで日本政府を褒め称えていた頃には見られなかった酷い書き込みが執拗に行われていた。 同志と思い今まで共に書き込みを行っていた見えない仲間たちが、元慰安婦の人たちや韓国国民の気持ちも理解しようとの意見を上げたのがきっかけとなり、牙をむいてきたのだ。 逆の立場で考えれば当然の仕打ちであった。 それでも後悔は無かった。 千鶴たちと共に日本人という民族と韓国人という民族とが互いの意見に耳を傾けて、解決できるものを一つずつ解決してゆけば、きっと良い未来が得られると確信するようになった。
さらにまだまだ解決しなくてはいけない問題が人類には山積みで、特に地球温暖化について何か自分でできることはないかと考えはじめると、酷い書き込みも気にならなくなっていた。 とにかく明日の集会がどんなことになるかと考えるとワクワクしていた。
ダイスケが綱島と共に会場の設営を終え、17時に事務所に戻ると、事務所は熱気に包まれていた。
「ダイスケ戻ったか。」と山田が声を掛けると、雪乃が嬉しそうにタイムスケジュールを渡してきた。
「もう、タイムスケジュールは決まっていたでしょう。」とダイスケが言うと、雪乃が
「最後に『歓喜の歌』をみんなで合唱するの。」と鼻高々に言った。 雪乃は『歓喜の歌』がフランス革命、東欧革命、ベルリンの壁崩壊後に喜びと共に歌われてきたものであり、まさに今、我々にとってぴったりなテーマ曲であると説明し、愛花に共に歌うよう促した。
愛花は、にこりとほほ笑むとその美声を披露した。 ダイスケは、愛花の美声に聞き入っていたが、綱島が「それは無理です。」と指摘した。
「何で無理なの?」と雪乃がむっとした顔で綱島に食って掛かると、
「だって、オーケストラも音源も用意できないんですよ。」と残念そうな顔で呟いた。
「これだから童貞は。」と雪乃が嫌味を言うと、周囲から笑いが起こった。ダイスケが
「では、今後我々が目的を達成した後に、歓喜の歌を含めた演奏会を行うことにしませんか?」と提案すると、雪乃が嬉しそうに頷いた。
ダイスケがみんなを集め、明日のためにミーティングを行うと声を掛けると、仲間たちは真剣な表情になった。
「明日はまず、愛花と千鶴とキムジウの歌からスタートして、綱島くん、千鶴ちゃん、ジウちゃんの順で話をしてもらう。 綱島くんにはダブルメモリーの団体が何のために設立され、何をしてゆくのか具体的に話してもらい、その後ジウちゃんが韓国人としての立場、千鶴ちゃんが日本人の立場から、自分の想いを話して欲しい。」と言うとみんなが頷いた。
「これまで、色々な事について語り合ってきたが、重要なのは断絶ではなく、会話であり共感と協調こそが、人類にとって争いを起こさない重要事項であるということは共有できていると思う。 だからこそ今まで、反論を持つ者とも言葉を交わしてきたし、沢田くんのような新たな仲間も加わってくれた 。これはどんなに重要なことであったのかよく考えて欲しい。 全く違うイデオロギーを持った者であっても共感できれば、どうにかなることの象徴なのだから。」 とダイスケが沢田を見ると恥ずかしそうに沢田が微笑んでいた。
「そして仲間が増えれば、より多くの仲間が対話を行い、一大ムーブメントとなり世界を変えることが出来ると真剣に信じている。 だが、変化のないことに腹を立てて暴力的な手法で解決しようとすれば、それは犯罪となるし不信を生むことになる。 暴言や反論に対しても耳を傾け、時間を掛けて会話を続け、解決の糸口を見つけることがより重要になる。 元慰安婦の人たちの言葉を重要な意見として聴き、会話し、出来る限りの救済を行って行くことが我々のまず目指す終着点であり、その過程で多くの人たちを巻き込んで発展してゆくことが、きっとより良い未来を作ることになると信じよう。」とダイスケが話し終えると、仲間から「うおー」と歓声が巻き起こった。
その日の夜、千鶴と千鳥は雪乃の家に泊まることになった。 なかなか寝付けない千鳥は、雪乃と向かい合いビールを飲みながら黙ったまま、テレビに耳を傾けていた。
おもむろに雪乃から
「千鶴にどんな大人になってもらいたいの?」と聞かれると、千鳥は、
「千鶴は、もう大人だし十分に私の期待を超えているわ。」と答えた。
「なんかとんでもないことに千鶴を巻き込んだような気がして。」と雪乃が弱音を吐くと、「お母さんが居たから、千鶴はしたいことが出来ているのよ。本当に良いことだと思う。 だって17歳の少女が、長年日本と韓国でいがみ合ってきた問題を解決しようとしているのだから。 さらに最近は、世界平和について真剣に考えて、色々と言ってくるのよ。 もう本当になんて娘を持ったのかしらって思っちゃうのよ。 感激してるわ。」とほほ笑んだ。それを聞いて雪乃は
「そうだな。 私もかつてそうだった。 が、いつの間にか社会の中で忙殺されて今はしがないおばあちゃんだ。 でもこれからは私も張り切って千鶴の成長を支えていくよ。」
その言葉にベッドの中で聞き耳を立てていた千鶴の頬に温かいものが流れていた。 千鶴は、小さな声で「ありがとう。」と呟いた。
その日の朝は、清々しい秋晴れで、11月に不似合いなほど暖かい日であった。 根岸森林公園に向かう電車の中は、重い空気が支配していた。 そんな中、山田がポツリと呟いた。
「ダイちゃん、やっぱり共通の歴史認識が必要じゃないのかな?」
「僕もそう思います。」と綱島が応え、雪乃も頷いた。
「今まで政府を含めみんな色々と手を尽くしてきたが、結局は見解の相違で作ることが出来なかったのも事実だよ。」と山田が言った。
「では、ガイドライン形式にしてみれば如何でしょうか?」とダイスケが言うと、千鶴が「ガイドライン形式?」と首を捻った。
「医療や規制などを標準化するために用いられる指針のことで、判断するための根拠の強さを数値で評価する文書のことですよね?」と綱島が言うと、ダイスケが
「そうだ、例えば、韓国の言う慰安婦の数と日本が言う慰安婦の数について共に記載し、その根拠となった文献等の資料を格付けることで、より正しい回答を見出すことを可能にするとともに、互いの言い分もよく知ることが出来るようになるかもしれない。」と答えた。
山田がニヤリとして、
「俺の得意分野だな、まさに。でも沢山の人が納得できるように、日本人と韓国人双方の多数の人によって作られるようにしなくていけないな。」と言うと、キムジウが
「そうね、でも不思議ね。 今までなかったのかしら?」と疑問を呈した。
すると山田が答えた。
「アジア女性基金で、日本が作成した資料が叩き台になるのでそれを基に作り上げればいいのかもしれない。 それは日本も韓国の政府も確認した資料などだから。」
「より多くの人がそれを目にするようになれば、より良い解決に向かうかもしれないね。」と千鶴がうれしそうに、力強く言った。
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