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戦争とは
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みんなと別れて、ダイスケが部屋で煙草を吸っていると、インターフォンが鳴り、千鶴とキムジウが現れた。二人はドアを開け「あ、煙草臭い。」と言うので、雪乃の部屋に行き、話を聞くことになった。
「本当にすごいことになっているの。今日、学校ではヒーロー扱いだったし、知らない人からプロダクションに所属しないかと声を掛けられた。」と千鶴が言った。
キムジウも「どうしよう。」と心配な様子であった。
「スウェーデンのグレタさんやパキスタンのマララさんのことは知っているよね?」とダイスケが聞くと、二人は頷き
「グレタちゃんは、環境問題、マララちゃんは、教育を受ける義務について世界に伝えていったのね。」と答えた。
「二人とも自分の信念の為に声を上げて、それが世界に伝わっていった。それでもなお、世界は変わらないけれど、そのきっかけは作ったのだ。」とダイスケが言うと、
「分かった、頑張ってみる。」と二人は言った。
ダイスケは、「君たちは、既に気付いていると思うけど、船木という哲学者が著書の「現代思想史入門」の中で語っているよ。 『なるほど宇宙の謎に取り組んでいれば、国家間の紛争など、取るに足らないことに思えるのであろう。 国家間の対立に取りくんでいれば、会社の争いなど、取るに足らないことに思えるであろう。 会社の不正解決に取りくんでいれば、家族のいさかいなど、取るに足らないことに思えるであろう。 家族の人間関係のやりなおしに取り組んでいれば、一人ひとりの生など、取るに足らないことに思えるだろう。 しかしながら、関わる問題領域が広いからといって、問題への取り組みが深いと言うわけではではない。 広い方を優先すべきでもない。』と。 即ち、我々はこのような思想にのっとり、行動していけばいいと思う。」 ダイスケの言葉に力を得たのか、二人の顔に自信が宿った。
「ところで、ダイスケさんがこういう風に思ったきっかけはなに?」とキムジウが聞いてきた。ダイスケは皆に内緒だよと断って言った。
「僕はね、昔から宇宙人との遭遇について考えていた。今、人類をみて遥かに進んだ文明をもつ地球外知的生命体が、何を思うかについてだ。 千鶴ちゃんどう思う?」
「それは、とても残虐で、とても許されない行為を行う。 とても仲間にはできないと思うわね。」千鶴がそう言うと、キムジウが激しく同意した。
「だから、人類がそう思われないようになるための未来年表を書いてみた。 そうしたら、25世紀くらいになったら、そういう人類になれると予測できた。 但し、世界大戦が無いことが条件だけど。 しかも新たなイノベーションを起こすことができる人材が必要となる。 それがアインシュタインやニュートンと言った人物以上の人である必要があるかどうかは分からないが、でもより多くの子供たちが適正な社会で、適切な教育を受けることでそのチャンスが多くなるだろう。 そのような人材を生み出す可能性が上がるのではないかと思う。」とダイスケは語った。
「そんな予測をしていたのだったら、なんで、今まで動かなかったの?」と前にも言われた質問が千鶴から出された。
「俺は、沈黙の思想家だから。」とダイスケがふざけて言うと、
キムジウから「無責任。」と声が上がった。 ダイスケは照れもせずに二人に
「でも、出会えて良かった。」というと、二人は嬉しそうに笑った。
葉山とのアポイントは11時であったが、ダイスケは7時に家を出で、国道134号を小田原方面に向け走っていた。 横浜横須賀道路から第三京浜に渡るルートが新宿に最も早く、下道で行くなら16号から第一京浜と言う選択肢もあったが、少し、ツーリング気分が味わいたかっので、小田原まで行ってから246号で新宿に向かうことにした。 秋の朝日が照らす海は、夏のそれとは違うものになっていた。 逗子と鎌倉を分けるトンネルを抜けると雪のない富士山が見えてきた。 ダイスケは、その時、令和元年の夏が終わっていたことに気が付いた。
待ち合わせの新宿西口のルノアールに入ると、雪乃たちは既に来ていた。
雪乃の前には小柄で小太りの愛嬌のある老女が座っていた。 活動家と聞いていたので痩せ型の気難しい、元社会党の土井たか子のようなタイプなのだろうかと、ダイスでは考えてしまっていた。 まさに偏見である。 ダイスケが挨拶をすると葉山が、
「このお嬢さんから、大体の話は聞きましたよ。 あなた達本気で、人は分かり合えると思っているの?」と言った。
ダイスケは、人が分かり合えるとは思っていなかったが、口を挟まずにいた。
「私も若い頃は、そう思っていたよ。 共産主義から始まってウーマンリブ、トランスジェンダーなどのマイノリティが平等な世界が人類の目標であると信じて、様々な運動を手伝ってきた。 成果があったようにみえたものもあったよ。」 そう、語る幸福そうな老人の目が遠くをみているように見えた。
「共産主義は、否定されたけれど、女性の地位は向上してきているし、黒人やトランスジェニックなどのマイノリティへの偏見も薄れていっているし、世界も随分変わってきているように見えるけど、違うかい?」と雪乃が聞くと、
戦士のような鋭い目つきで葉山が「確かに二千年代頃までは、その兆しがあった。様々な人権問題が取り上げられるようになってきて、本当に世界が変わるって期待していたよ。 だけど現実は、アメリカ同時テロから始まったイスラム教への偏見、アメリカで度々起こる黒人への誤射事件、白人至上主義者による銃乱射事件、日本のヘイト発言とアジア系労働者への偏見。 仕舞には、世界各国でナショナリズムを掲げる思想が台頭して、偏見や差別による分断が加速してきている。 結局、人類が選んだのは分かり合い、助け合うことで達成される理想的な目標による成果ではなく、ただ、利己の欲望を達成するための争いの世界で、しかも始末の悪いことに、それは本当に個々が考えた欲望ではなく、個のない大衆が支配階級に押し付けられた思想のようにみえるよ。」と言った。
ダイスケが、「俺も、人間同士が全てを分かりあえると言っているわけではない。」と言ったが、言葉を遮って葉山の言葉が続いた。
「その証拠に1980年代に突如現れた、慰安婦問題という人権問題に、私を始め多くの日本人活動家が、日本政府や国連に問題提起して、ついにその責任を国に認めさせることができた。 輝かしい成果だった。 しかし元慰安婦の意見を踏まえることなく、政治が勝手に解決したとする政治的な解決方法に、意義を唱えることが必要だったので、我々も活動を続ける必要があった。 しかし、ここからが最悪だった。 かつての吉田証言が偽証と認定されてから、合意されていた認識を覆そうとする動きが活発になり、いつのまにか日本人は、慰安婦が売春婦であると認識するようになって行った。 そして、それは反日の象徴となっていった。」 その言葉に引きずられるようにキムジウが口を開いた。
「葉山さんが振り返って、何かを修正できるとしたらどこがポイントと思われますか?」葉山は「アジア女性基金が基金配布で終了してはいけなかった。 個々の慰安婦のそれぞれの意見を踏まえ新たな対策を行えれば、よかったのに。」と言った。
その言葉に確信を得たようにキムジウが
「それを政府ではなく、我々が受け継ぐのよ。それなら問題ないでしょう?」と笑った。
「仕方ないね。私も力を貸すよ。 でも、覚えておいてね。 韓国においても、日本においても『戦争やむなし』というイデオロギーが広がり始めているよ。 そのイデオロギーのベクトルは、憎しみや悲しみなどの感情に由来するものはなくて、全く別次元の理解しがたい何かに由来している。 そこに巻き込まれないように注意しないといけないよ。」と神妙な顔で言った。 そして10名の信頼できる仲間に声を掛けてくれることを約束してくれた。
別れ際に、葉山は「今週末の韓国訪問、私も行くから。宿だけ用意しておくれ。」と言った。
次の日、加藤はひとり、並べられた証拠を検証し、一つの結論に辿り着いていた。 それは、加藤の思い込みであったが、その結論が間違っているかどうかは問題ではなく、センセーショナルかどうかが彼にとって重要であった。 加藤は、調査により既に、山田と雪乃が学生運動で進学校を退学になったために中卒という経歴になったこと突き止めていて、昨日雪乃を尾行して、会っていた人物が女性運動家の葉山恵子であることを知った。 さらにダイスケは、50代半ばの独身で、社会から落伍した敗者であることも知った。 いずれの人間も日本社会から弾き出された存在である。 さらに、キムジウという韓国人の存在。慰安婦問題という禁断のテーマを軸にした活動の予兆。 人権と世界平和という歯の浮くセリフを語るNPO法人申請。 いずれからも反政府組織的なものであった。 加藤は、『テロ組織』、この線で行こうと記事を書き始めた。
ダイスケたちが持ち込んだ資料に目を通し終わると、
吉原弥生は、「概ね、問題ないね。」と眼鏡を外しつつ言った。 吉原は、葉山から紹介された弁護士で、ダイスケたちへの協力を申し出てくれた。 吉原は、「本当に君たちの計画を聞いてびっくりしたよ。 国内でこの活動が下火になって行く一方で、メンバーは、段々と年を取ってゆき、これから、どうしようと思っていたので。」そう言って笑った。 吉原は葉山とは真逆の、細身で大柄の目の鋭い、まさに活動家と言う言葉がぴったりの人であった。
「問題になるのは、特定非営利活動促進法第1条2項2のロ、ハに該当しないことを、どう証明するかだね。 我々もそうだが日本政府や内閣への批判はしないように、じゅうぶん気を付けないといけないよ。 それでも何かあったら任せておきなよ。」と言うと、『女性たちの戦争と平和資料館』のチケットを渡してくれた。
吉原は、「女性たちの戦争と平和資料館は、「女性国際戦犯法廷」を提唱したVAWW-NETジャパンの松井やよいらにより慰安婦たちの記録と記憶の継承を目的に、西早稲田に開設したアクティブ・ミュージアムで、今後のあなたたちの活動の助けになるよ」と言った。
家に戻る途中で、キムジウから事務所に来て欲しいとの要請があった。19時を回わっていたが事務所にはメンバーが揃っていた。
「掲示板にも書いておいたけど、韓国の人で動画に好意的なコメントをしてくれた人にも我々の活動についてのメールを送ったら、ずいぶん反響があったの。 それで、韓国の人にも我々の活動を手伝ってもらえるかどうかなと・・・ できれば、今度の訪問の時に会えればと思っていて・・・」段々と小さくなるキムジウの言葉に、
「いいんじゃないか。ジウちゃん、会場は抑えられそうなの?」とダイスケが言うと、キムジウは小さく頷いた。
ダイスケは、会議を行う場合に注意すべき事項や準備方法などの基本情報を伝えると、キムジウはメモをとりつつ、
「私のおじさんが強い反日感情を持っていて、今回の動画で若い娘が何している。」だって、実家にクレームが来て、両親が困惑しているって連絡があったわ。 今回の帰国で両親とおじさんに私がこれからやってゆく活動を報告して、誤解を解こうと思うのだけど・・・守秘義務に当たるのではないですか?」と聞いて来たので、ダイスケが「問題ないよ。」と言い全員を見たが、首を横に振るものはいなかった。キムジウがほっとした表情で「ありがとうございます。」と言った。
韓国出発までの数日は、コメント対応に全員が持てる時間で対応していた。ダイスケは、戦争に関するテレビ番組をいくつか動画にアップしていた。 ナショジオやヒストリーチャンネルで繰り返し流されているその動画は、目を背けるほどの暴力が行われていることを語る一方で、英雄たちの物語のプロパガンダを垂れ流していた。 暴力と英雄。この相容れないと思われる二つは、実際は絡まりあいながら互いを補完していた。
綱島から「そろそろ、まずいのでは?」と著作権法に抵触する可能性を指摘してきたころには、元慰安婦へのメステージ動画が53名に達していた。 どれも同情論であったが、この時は、それでいいと思っていた。 千鶴やキムジウは、その動画の暴力性にほだされて、戦争は絶対ダメとのありきたりの結論に至っていた。
「本当にすごいことになっているの。今日、学校ではヒーロー扱いだったし、知らない人からプロダクションに所属しないかと声を掛けられた。」と千鶴が言った。
キムジウも「どうしよう。」と心配な様子であった。
「スウェーデンのグレタさんやパキスタンのマララさんのことは知っているよね?」とダイスケが聞くと、二人は頷き
「グレタちゃんは、環境問題、マララちゃんは、教育を受ける義務について世界に伝えていったのね。」と答えた。
「二人とも自分の信念の為に声を上げて、それが世界に伝わっていった。それでもなお、世界は変わらないけれど、そのきっかけは作ったのだ。」とダイスケが言うと、
「分かった、頑張ってみる。」と二人は言った。
ダイスケは、「君たちは、既に気付いていると思うけど、船木という哲学者が著書の「現代思想史入門」の中で語っているよ。 『なるほど宇宙の謎に取り組んでいれば、国家間の紛争など、取るに足らないことに思えるのであろう。 国家間の対立に取りくんでいれば、会社の争いなど、取るに足らないことに思えるであろう。 会社の不正解決に取りくんでいれば、家族のいさかいなど、取るに足らないことに思えるであろう。 家族の人間関係のやりなおしに取り組んでいれば、一人ひとりの生など、取るに足らないことに思えるだろう。 しかしながら、関わる問題領域が広いからといって、問題への取り組みが深いと言うわけではではない。 広い方を優先すべきでもない。』と。 即ち、我々はこのような思想にのっとり、行動していけばいいと思う。」 ダイスケの言葉に力を得たのか、二人の顔に自信が宿った。
「ところで、ダイスケさんがこういう風に思ったきっかけはなに?」とキムジウが聞いてきた。ダイスケは皆に内緒だよと断って言った。
「僕はね、昔から宇宙人との遭遇について考えていた。今、人類をみて遥かに進んだ文明をもつ地球外知的生命体が、何を思うかについてだ。 千鶴ちゃんどう思う?」
「それは、とても残虐で、とても許されない行為を行う。 とても仲間にはできないと思うわね。」千鶴がそう言うと、キムジウが激しく同意した。
「だから、人類がそう思われないようになるための未来年表を書いてみた。 そうしたら、25世紀くらいになったら、そういう人類になれると予測できた。 但し、世界大戦が無いことが条件だけど。 しかも新たなイノベーションを起こすことができる人材が必要となる。 それがアインシュタインやニュートンと言った人物以上の人である必要があるかどうかは分からないが、でもより多くの子供たちが適正な社会で、適切な教育を受けることでそのチャンスが多くなるだろう。 そのような人材を生み出す可能性が上がるのではないかと思う。」とダイスケは語った。
「そんな予測をしていたのだったら、なんで、今まで動かなかったの?」と前にも言われた質問が千鶴から出された。
「俺は、沈黙の思想家だから。」とダイスケがふざけて言うと、
キムジウから「無責任。」と声が上がった。 ダイスケは照れもせずに二人に
「でも、出会えて良かった。」というと、二人は嬉しそうに笑った。
葉山とのアポイントは11時であったが、ダイスケは7時に家を出で、国道134号を小田原方面に向け走っていた。 横浜横須賀道路から第三京浜に渡るルートが新宿に最も早く、下道で行くなら16号から第一京浜と言う選択肢もあったが、少し、ツーリング気分が味わいたかっので、小田原まで行ってから246号で新宿に向かうことにした。 秋の朝日が照らす海は、夏のそれとは違うものになっていた。 逗子と鎌倉を分けるトンネルを抜けると雪のない富士山が見えてきた。 ダイスケは、その時、令和元年の夏が終わっていたことに気が付いた。
待ち合わせの新宿西口のルノアールに入ると、雪乃たちは既に来ていた。
雪乃の前には小柄で小太りの愛嬌のある老女が座っていた。 活動家と聞いていたので痩せ型の気難しい、元社会党の土井たか子のようなタイプなのだろうかと、ダイスでは考えてしまっていた。 まさに偏見である。 ダイスケが挨拶をすると葉山が、
「このお嬢さんから、大体の話は聞きましたよ。 あなた達本気で、人は分かり合えると思っているの?」と言った。
ダイスケは、人が分かり合えるとは思っていなかったが、口を挟まずにいた。
「私も若い頃は、そう思っていたよ。 共産主義から始まってウーマンリブ、トランスジェンダーなどのマイノリティが平等な世界が人類の目標であると信じて、様々な運動を手伝ってきた。 成果があったようにみえたものもあったよ。」 そう、語る幸福そうな老人の目が遠くをみているように見えた。
「共産主義は、否定されたけれど、女性の地位は向上してきているし、黒人やトランスジェニックなどのマイノリティへの偏見も薄れていっているし、世界も随分変わってきているように見えるけど、違うかい?」と雪乃が聞くと、
戦士のような鋭い目つきで葉山が「確かに二千年代頃までは、その兆しがあった。様々な人権問題が取り上げられるようになってきて、本当に世界が変わるって期待していたよ。 だけど現実は、アメリカ同時テロから始まったイスラム教への偏見、アメリカで度々起こる黒人への誤射事件、白人至上主義者による銃乱射事件、日本のヘイト発言とアジア系労働者への偏見。 仕舞には、世界各国でナショナリズムを掲げる思想が台頭して、偏見や差別による分断が加速してきている。 結局、人類が選んだのは分かり合い、助け合うことで達成される理想的な目標による成果ではなく、ただ、利己の欲望を達成するための争いの世界で、しかも始末の悪いことに、それは本当に個々が考えた欲望ではなく、個のない大衆が支配階級に押し付けられた思想のようにみえるよ。」と言った。
ダイスケが、「俺も、人間同士が全てを分かりあえると言っているわけではない。」と言ったが、言葉を遮って葉山の言葉が続いた。
「その証拠に1980年代に突如現れた、慰安婦問題という人権問題に、私を始め多くの日本人活動家が、日本政府や国連に問題提起して、ついにその責任を国に認めさせることができた。 輝かしい成果だった。 しかし元慰安婦の意見を踏まえることなく、政治が勝手に解決したとする政治的な解決方法に、意義を唱えることが必要だったので、我々も活動を続ける必要があった。 しかし、ここからが最悪だった。 かつての吉田証言が偽証と認定されてから、合意されていた認識を覆そうとする動きが活発になり、いつのまにか日本人は、慰安婦が売春婦であると認識するようになって行った。 そして、それは反日の象徴となっていった。」 その言葉に引きずられるようにキムジウが口を開いた。
「葉山さんが振り返って、何かを修正できるとしたらどこがポイントと思われますか?」葉山は「アジア女性基金が基金配布で終了してはいけなかった。 個々の慰安婦のそれぞれの意見を踏まえ新たな対策を行えれば、よかったのに。」と言った。
その言葉に確信を得たようにキムジウが
「それを政府ではなく、我々が受け継ぐのよ。それなら問題ないでしょう?」と笑った。
「仕方ないね。私も力を貸すよ。 でも、覚えておいてね。 韓国においても、日本においても『戦争やむなし』というイデオロギーが広がり始めているよ。 そのイデオロギーのベクトルは、憎しみや悲しみなどの感情に由来するものはなくて、全く別次元の理解しがたい何かに由来している。 そこに巻き込まれないように注意しないといけないよ。」と神妙な顔で言った。 そして10名の信頼できる仲間に声を掛けてくれることを約束してくれた。
別れ際に、葉山は「今週末の韓国訪問、私も行くから。宿だけ用意しておくれ。」と言った。
次の日、加藤はひとり、並べられた証拠を検証し、一つの結論に辿り着いていた。 それは、加藤の思い込みであったが、その結論が間違っているかどうかは問題ではなく、センセーショナルかどうかが彼にとって重要であった。 加藤は、調査により既に、山田と雪乃が学生運動で進学校を退学になったために中卒という経歴になったこと突き止めていて、昨日雪乃を尾行して、会っていた人物が女性運動家の葉山恵子であることを知った。 さらにダイスケは、50代半ばの独身で、社会から落伍した敗者であることも知った。 いずれの人間も日本社会から弾き出された存在である。 さらに、キムジウという韓国人の存在。慰安婦問題という禁断のテーマを軸にした活動の予兆。 人権と世界平和という歯の浮くセリフを語るNPO法人申請。 いずれからも反政府組織的なものであった。 加藤は、『テロ組織』、この線で行こうと記事を書き始めた。
ダイスケたちが持ち込んだ資料に目を通し終わると、
吉原弥生は、「概ね、問題ないね。」と眼鏡を外しつつ言った。 吉原は、葉山から紹介された弁護士で、ダイスケたちへの協力を申し出てくれた。 吉原は、「本当に君たちの計画を聞いてびっくりしたよ。 国内でこの活動が下火になって行く一方で、メンバーは、段々と年を取ってゆき、これから、どうしようと思っていたので。」そう言って笑った。 吉原は葉山とは真逆の、細身で大柄の目の鋭い、まさに活動家と言う言葉がぴったりの人であった。
「問題になるのは、特定非営利活動促進法第1条2項2のロ、ハに該当しないことを、どう証明するかだね。 我々もそうだが日本政府や内閣への批判はしないように、じゅうぶん気を付けないといけないよ。 それでも何かあったら任せておきなよ。」と言うと、『女性たちの戦争と平和資料館』のチケットを渡してくれた。
吉原は、「女性たちの戦争と平和資料館は、「女性国際戦犯法廷」を提唱したVAWW-NETジャパンの松井やよいらにより慰安婦たちの記録と記憶の継承を目的に、西早稲田に開設したアクティブ・ミュージアムで、今後のあなたたちの活動の助けになるよ」と言った。
家に戻る途中で、キムジウから事務所に来て欲しいとの要請があった。19時を回わっていたが事務所にはメンバーが揃っていた。
「掲示板にも書いておいたけど、韓国の人で動画に好意的なコメントをしてくれた人にも我々の活動についてのメールを送ったら、ずいぶん反響があったの。 それで、韓国の人にも我々の活動を手伝ってもらえるかどうかなと・・・ できれば、今度の訪問の時に会えればと思っていて・・・」段々と小さくなるキムジウの言葉に、
「いいんじゃないか。ジウちゃん、会場は抑えられそうなの?」とダイスケが言うと、キムジウは小さく頷いた。
ダイスケは、会議を行う場合に注意すべき事項や準備方法などの基本情報を伝えると、キムジウはメモをとりつつ、
「私のおじさんが強い反日感情を持っていて、今回の動画で若い娘が何している。」だって、実家にクレームが来て、両親が困惑しているって連絡があったわ。 今回の帰国で両親とおじさんに私がこれからやってゆく活動を報告して、誤解を解こうと思うのだけど・・・守秘義務に当たるのではないですか?」と聞いて来たので、ダイスケが「問題ないよ。」と言い全員を見たが、首を横に振るものはいなかった。キムジウがほっとした表情で「ありがとうございます。」と言った。
韓国出発までの数日は、コメント対応に全員が持てる時間で対応していた。ダイスケは、戦争に関するテレビ番組をいくつか動画にアップしていた。 ナショジオやヒストリーチャンネルで繰り返し流されているその動画は、目を背けるほどの暴力が行われていることを語る一方で、英雄たちの物語のプロパガンダを垂れ流していた。 暴力と英雄。この相容れないと思われる二つは、実際は絡まりあいながら互いを補完していた。
綱島から「そろそろ、まずいのでは?」と著作権法に抵触する可能性を指摘してきたころには、元慰安婦へのメステージ動画が53名に達していた。 どれも同情論であったが、この時は、それでいいと思っていた。 千鶴やキムジウは、その動画の暴力性にほだされて、戦争は絶対ダメとのありきたりの結論に至っていた。
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