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出来る仲間を増やせばいい
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現れた記者のギルバートは、白人にしては小柄で、痩せ型の神経質そうなタイプであった。
ギルバートは、非常に良い歌の出来で、 情緒ある歌声だったことを褒めつつ、素人にしては出来すぎであることから、歌の作者は誰か、又レッスンを受けていたのかと聞いてきた。
千鶴が答えにくそうにしていると、キムジウが
「いずれは明かすことになると思うが、協力者が数名おり、その人たちが手伝ってくれた。歌詞は、千鶴の母が作った。」と言った
「レッスンは、受けたわ。」と千鶴も続けた。 趣味や年齢などの差しさわりのない質問のあとに、ギルバートが確信を突いてきた。
「この曲、すごくメッセージ性が強いけど、何かコンセプトがあるのかな?」
千鶴は、準備していたのか堰を切ったかのように語った。
「無責任で、無慈悲な大人がいるわ。 自分の利益や都合だけで子供のことを利用する大人が今も昔も子供を家畜のように取り扱っている。 その人たちは、罰せられなかったら“知ったことか”だし、罰せたれたら“償いは済んだ”になるわ。 一方、被害者の子供たちはどうか。 それを受け入れざるを得ない人生を歩むしかない。 確かにその後、その傷が癒える人もいるかもしれないけど、たとえ賠償金を受け取っても、被害者が刑罰を受けても、癒えることが無い人もいるわ。」
ギルバートは、その強い言葉に怯んだように見えた。キムジウが、続けた。
「私たちは、恵まれている。そういう人生を今まで歩んでいなかったから。 だけど、そんな立場にあった子供や、今そういう立場にある人は、どうしたら救えるのか。そういったことをしている大人たちがどうしたら気付いてくれるのかを、今私たちは考えているの。 あなた達は言うかもしれない“これは人間の性(さが)だ”と。 確かにそうかもしれない。でも、私と千鶴のように周りにそれを気付かせてくれる大人がいて、そして幸いにそういう立場にならなかった自分がいるのであれば、そういうものがない世界がきっと何時かできると信じることができるの。」
沈黙が、暫くその場を支配していた。ギルバートは、次の言葉を慎重に選んでいるようであった。
「では、そのための活動をこれからしていくと?」ギルバートが、質問すると
二人は、「そうですと。」と答え、千鶴が続けた。
「問題は山積しているし、みんなが手をこまねいているわ。 だけど解決するために誰かが動かなければ、決して何も解決できない。 過去にあったことも含めできるところからやって行かなければ、その連鎖は止めることはできないと思うの。」
難しい顔をしていたギルバートが千鶴に「本当にできると思うのか?」と聞くと、
千鶴は「できないはずはないわ。 だって人が始めたことなのだから、人に解決できないはずはないじゃない。」とにっこりと笑った。 それから、差し障りのないインタビューが続いた。 最後にギルバートが、「僕も、世界がそうなれば良いと思うよ。」と言って、握手を求めてきた。 二人は、やさしく彼の手を包んだ。 ギルバートの目頭に熱いものが浮かんでいた。
「本当に良かった。」千秋が、目を潤ませながら言った。みんな目を潤ませていた。
ダイスケが「俺の予想を遥かに超えていた。」と誇らしげに言った。
フアンサイトに早速、録画されたインタビューをアップしようと綱島が試みたが、アクセスが殺到して繋がらなかった。 帰り掛けにギルバートが、「私もこれから手伝いたい。」と申し出ると、レオンが「俺の仕事取らないでくれよ。」と笑いながら言った。 ダイスケたちがその申し出を快く受けていたところに、ようやく綱島から「アップできましたよ。」と声が上がった。
「明日からはさらに忙しくなるぞ。 韓国に行くまでに、少なくとも50人の仲間を集めなくてはいけないからな。」とダイスケが言い、「今日は、何も考えず過ごそう。」との山田からの申し出にみんな頷いた。 そしてダイスケは、「これからは行く機会がなくなるから。」と言い訳をしながら、PCXでパチンコ屋に向かった。
あくる日、ダイスケはどこかの工事の音で目を覚ました。 インタビューの出来とパチスロの大連チャンで取り切れずで、気をよくしたダイスケは、酒場で一人酒を飲み、記憶をなくしたまま帰宅したのだ。 目を覚まし、乾いた口のまま、ユーチューブを開くと百万回以上の再生になっていたことに驚愕した。 昨日何もしないでと言っていたのに、数人がコメントの対応をしていたようだったが、もう今の人数では対応が追い付かない。 酒で痛む頭でダイスケが対応をしていると乱暴にドアが叩かれ、雪乃が「入るよ。」と言うと同時にドアを開けた。 ダイスケも施錠していないのが悪かったが、雪乃も強引である。 雪乃はダイスケを押しのけパソコンを奪い取ると「元慰安婦の権利を守る会」というNGO団体のホームページを開いて言った。
「ここの理事の葉山恵子って、かつてのウーマンリブの急先鋒であり、学生運動家でもあった人物で、完全な左さ。 実は面識があるの。 ずっと会ってないけど。」
ダイスケも調査不足であったが、日本では現在も徴用工問題を含め様々な日韓問題関連の市民団体があった。 ホームページを見ると現在でも活動中で、8月も百名規模の集会を行っていた。
「なんなら、アポイントを取るよ。活動家と言っても、もう年寄りさ。暇しているよ。」と、雪乃が言った。
「みんなに確認してから、お願いします。」とダイスケが応答していると、ほどなく
「メーリングリストの候補者、3百人以上ピックアップしてきました。」と言いながら入って来た綱島の手にはヘルメットが握られていた。
外を見ると、駐輪場にカワサキのNinjaH2カーボンが停められていた。そのバイクは、新車ならば350万円を超える価格で、バイクを趣味にしている人でもそうそう買えるものではなかった。 羨ましそうにダイスケが「買ったのか?」と聞くと、
「一時、ユーチューバーの間で高級車を買う動画が流行っていて、勢いで、免許取って買っちゃいました。 ダイスケさんがPCXを乗っているのを見て、僕も久しぶりに乗ろうと思って引っ張り出してきました。」と綱島が笑いながら答えた。
ダイスケがホームページにアップされたメーリングリストに目を通しながら、綱島に「わざわざ来ないでも、メールしてくれればよかったのに。」と言うと、綱島は、
「H2、自慢したかったし、顔を合わせてやった方が仕事はかどるんです。」と照れながら答えた。
綱島のメーリングリストには、アクセス回数やフアン度、コメントの属性などのいくつかカテゴリーに分けられ、分析されていた。
「大変だっただろう。」とダイスケが言うと、綱島が
「初めにアルゴリズムを組んでおけば、コンピュータが勝手に抽出してくれます。 後は、雪乃さんや山田さんがピックアップしてくれ、人物も考慮して抽出しました。」と言った。
このリストの中には既に、慰安婦個人の気持ちが十分に配慮されていないことを指摘している人物が35人挙げられており、逆に、百名ほどの嫌韓や反日や偽善者などのコメントを繰り返す人も要注意人物として挙げられていた。 その中でもダイスケが懸念していた
“ネコミミハンター”と“日本政府は正義の味方”の二人を最も注意すべき人物としていた。
「綱島くん、この二人の扱いについてだけど、この計画にとって非常に重要な人物になると思うんだ。」とダイスケが言うと、綱島が
「この二人に、我々のこの活動の意味を少しでも理解してもらい、少なくとも否定するようなコメントを書かないように言えれば、今後の半勢力との衝突の解決法に役立つということですね。」と綱島が言った。
ダイスケは、「そうだ」と答え、「綱島君は、ふたりをどう分析するか?」と尋ねた。
「ネコミミは、他の動画でも人気がある演者に対し、あらをみつけて攻撃的にコメントを畳み掛ける「かまってちゃん」タイプで、特に主義や主張があるわけでない人でしょうね。仲間内では、昔からいる5チャンネルの「フルスイングたおる」とコメントがかぶるので、50代の中年サラリーマンと言われています。 逆に、正義くんは、最近になって異常なほどコメントするようになった人物で、政府の方針や発言に対し、賛同するとともに、それに反する思想や方針に対し激しく攻撃を行うタイプです。 自民党のネット工作員との見方もありますが、安倍総理の熱烈な信者で、専業主婦か、脅迫障害症を患った女性のように思います。」と答えた。
「いずれにしても、個別に対処してみるに越したことがないな。ところで綱島くん。学校は?」とダイスケが尋ねると、綱島が「まだ、夏休みですよ。」と答えた。
しばらくダイスケの部屋で作業をしていると、
山田が「パソコンが立ち上がらない」と慌てた様子で現れ、
続いて、「街を歩いていても声を掛けられるようになった。」と、悪態を吐きながらも嬉しそうなキムジウが現れた。 キムジウが「煙草臭い。」と言うので、雪乃の部屋に移動するとテーブルで愛花が談笑していた。 キムジウを見ると愛花は、
「ちょうどよかった。本当に昨日のインタビューに感動したわ。それと韓国旅行のスケジュールだけど教えて。」と笑った。 その後ダイスケに
「私も、入れて。作詞は千鳥さん、作曲はダイスケさん、編曲は私でいいわね。 2曲目は全部私がするけど。」と妖艶な笑みを浮かべた。
16時を回ると千鶴が、「おばあちゃん、今日大変だったの。聞いて、聞いて。」と駆け込んできて、みんながいるところを見て嬉しそうな顔をしていた。
19時を回ると「千鶴来てる?」と千鳥が、
「取材の申し込みが。」とレオンとギルバートがやって来た。
これだけの人数になると、雪乃の部屋の部屋はギュウギュウ詰めである。
雪乃が「したかないね。」と皆を引き連れつれ、アパートの空き部屋に案内した。そこには広い空間があった。
「今日から、ここが事務所だよ。」と雪乃が言うと、みんなが歓喜の雄たけびを上げた。
まだ、何もない空間ではあったが、ここには何かが感じられた。 雪乃がダイスケの耳元で「私と山田さんが一千万ずつだすから。 あんたも少し出して口座を作って来なさい。 まだ、法人の口座作れないから注意してね。」と言った。
何もない部屋で座布団に座り、ダイスケはメーリングリストをプロジェクターで壁に移しながら、今後の方針について話した。
「リストで最重要人物とした35名が最優先のメンバーで、先ほど見せたメールを今から送ることにします。 続いて、先ほど話した「元慰安婦の権利を守る会」から協力を得られれば、週末までに予定通り50名のメッセージを届けることができるようになります。」
続いて、ビデオメッセージの取り方について綱島が、
「山田さん、このアドレスにアクセスしてやってみてください。」と一番パソコンに疎い山田に白羽の矢を立てた。 山田が不器用な様子で何とかやっていると、問題なく録画できた。 雪乃が電話で葉山恵子のアポイントを新宿で11時に取ることができたと伝え、雪乃、ダイスケ、キムジウの3人で面会することになった。
「集団心理(群集心理)って聞いたことがあるかい?」とダイスケが綱島に聞くと、
「そのくらい聞いたことがありますよ。」と返した。
「では、どんな心理かな。」と聞くと、困った表情で
「群衆の中で醸成された心理状況で、それにより行動や言動が規定されていくことでよかったかな。」と答えた。 ダイスケは「概ねその通り。」と答え、さらに続けた。
「精選版日本国語大辞典では群集心理は、『群集行動の中で起こる一時的な、または特殊な心理状態。 多くは判断力・推理力が弱くなり、感受性や興奮性が強まり、無批判、無責任な言動が誘発されて付和雷同しやすい心理状態をいう』とある。 つまり、今回の嫌韓現象は、この群集心理であり、そこから場の空気を読めと圧力をかける。 それが、如実に表れているのがインターネットニュースのコメントで、明らかにおかしな記事であっても嫌韓を歌えば賛同し、真っ当な記事であっても韓国と調和すべきと謳えば反対する。 人びとは一人一人の個人ではなく、集団の一員としての意欲に突き動かされて言動する。 これは非常に危険なことだ。」
「これが続くと戦争になると可能性があるの?」と千鶴が不安そうな表情で聞いた。
それに対しダイスケが答えた。
「群集心理の中に集団浅慮がある。集団浅慮は、元イェール大学の実験心理学者のアーヴィング・ジャニスが唱えた説だ。 ピッグス湾事件、ベトナム戦争のトンキン湾事件による拡大政策、ウォーターゲート事件などの事例から、アメリカ合衆国大統領とその側近がいかに優秀であっても、集団になると馬鹿げた意思決定をしてしまう現象であり、固定的な組織が似通った構成員により作られ、公平なリーダーシップがない状況で、外部から強い圧力を受ける場合、全会一致の幻想を抱き、他人の勧告や他の情報を意図的に無視し、集団のコンセンサスを逸脱する議論に圧力をかける「全会一致への圧力」が生じるとした。 この結果、閉鎖的な仲の良い集団が、和を尊重しすぎるあまり、重大な意思決定に際して、不合理なリスキーシフトを起こすことがある。 始めは日本が戦争をすることは、ばかげていると思えるかもしれない、しかし、マスメディアが、普遍不党というわけでもなく、学問を頼りに客観的で公正な報道をすることもなく、産業的利益を引き出すために大衆に迎合しており、今ではそれを扇動している。 政治もしかりで、大衆受けする態度を誇張して示している。 社会学者のカール・マンハイムらが、大衆社会論の中で大衆の受動的で流されやすい動向が社会の在り方を不安にすると主張しているが、この群集心理が、誰が望むわけでもない戦争を運んでこないと誰が言えるのかと、思わずにいられない。 さらに相手国もある。」
「では、どうすればいいの」とキムジウが聞くと、ダイスケが
「作家の冷泉彰彦氏は、3人以上の空気に問題が生まれがちで、2人だけの場合の空気は必要なもので肯定されるべきものといった仮説を提言している。 二人の場合の「空気」とは、もともと二人のあいだに情報を共有しているというメッセージが送れるのだから、共感性や親近感が高まるコミュニケーションとなり得るが、3人以上のコミュニケーションでの空気は様々な問題を生んでいると指摘する。 日本人は、省略表現、指示代名詞、略語、ニックネームなどの一種の暗号を頻繁に用いることで、互いに共通のデコード情報を共有していること、共通の理解があることを確認しあっており、目先の親密さ維持だけを重視するあまり、親密さの表現のスタイルが乱れるだけでもそれに感情的に反応して、「抗空気罪」を適用して断罪するのだ、そこに問題がある、とする。 というのは、一対一の場合ならば、「暗号」が復元できないでも、「"例の件"って何だっけ?」と気軽に聞き返せるのに、3人以上の場では空気を乱したとして顰蹙を買い「抗空気罪」が適用されるため尋ねることもできず、情報の伝達が滞り、聞き手には疎外感が残り、話し手には"分からないやつがいる不快感"が生まれてしまう、とする。 一対一の時には有益な話法であっても、それが3人以上の会話、公的な場に持ち込まれると、権力を暴走させてしまうことになり合理的な判断や利害調整を妨害し始める、と指摘する。
そうした問題点を解決するために、もっと聞き手のことを配慮して、省略表現やニックネームなどの「暗号」の使用を控えて、例外的なメンバーのことも意識しつつ、多少冗長であってもいいからものごとをきっちりと言葉で説明するようにすべきだ、と冷泉さんは提案している。また他にも、慣れ合いを感じさせる語尾を安易に用いず、自分が目上であろうが目下であろうが「です、ます」などの表現を標準表現として積極的に用いるべきことなど、いくつかの提案をしている。 何が言いたいかと言うと可能であれば1対1のコミュニケーションか、丁寧な言葉が必要だということだ。」と答えた。
「すごく大変そう、元慰安婦だけでなく、反感を持つ人にも個別に対応していくということなの? この人数じゃとても無理ね。」と千鶴が言うと、
「できる仲間を増やせばいい。」と綱島が力強く言った。
ギルバートは、非常に良い歌の出来で、 情緒ある歌声だったことを褒めつつ、素人にしては出来すぎであることから、歌の作者は誰か、又レッスンを受けていたのかと聞いてきた。
千鶴が答えにくそうにしていると、キムジウが
「いずれは明かすことになると思うが、協力者が数名おり、その人たちが手伝ってくれた。歌詞は、千鶴の母が作った。」と言った
「レッスンは、受けたわ。」と千鶴も続けた。 趣味や年齢などの差しさわりのない質問のあとに、ギルバートが確信を突いてきた。
「この曲、すごくメッセージ性が強いけど、何かコンセプトがあるのかな?」
千鶴は、準備していたのか堰を切ったかのように語った。
「無責任で、無慈悲な大人がいるわ。 自分の利益や都合だけで子供のことを利用する大人が今も昔も子供を家畜のように取り扱っている。 その人たちは、罰せられなかったら“知ったことか”だし、罰せたれたら“償いは済んだ”になるわ。 一方、被害者の子供たちはどうか。 それを受け入れざるを得ない人生を歩むしかない。 確かにその後、その傷が癒える人もいるかもしれないけど、たとえ賠償金を受け取っても、被害者が刑罰を受けても、癒えることが無い人もいるわ。」
ギルバートは、その強い言葉に怯んだように見えた。キムジウが、続けた。
「私たちは、恵まれている。そういう人生を今まで歩んでいなかったから。 だけど、そんな立場にあった子供や、今そういう立場にある人は、どうしたら救えるのか。そういったことをしている大人たちがどうしたら気付いてくれるのかを、今私たちは考えているの。 あなた達は言うかもしれない“これは人間の性(さが)だ”と。 確かにそうかもしれない。でも、私と千鶴のように周りにそれを気付かせてくれる大人がいて、そして幸いにそういう立場にならなかった自分がいるのであれば、そういうものがない世界がきっと何時かできると信じることができるの。」
沈黙が、暫くその場を支配していた。ギルバートは、次の言葉を慎重に選んでいるようであった。
「では、そのための活動をこれからしていくと?」ギルバートが、質問すると
二人は、「そうですと。」と答え、千鶴が続けた。
「問題は山積しているし、みんなが手をこまねいているわ。 だけど解決するために誰かが動かなければ、決して何も解決できない。 過去にあったことも含めできるところからやって行かなければ、その連鎖は止めることはできないと思うの。」
難しい顔をしていたギルバートが千鶴に「本当にできると思うのか?」と聞くと、
千鶴は「できないはずはないわ。 だって人が始めたことなのだから、人に解決できないはずはないじゃない。」とにっこりと笑った。 それから、差し障りのないインタビューが続いた。 最後にギルバートが、「僕も、世界がそうなれば良いと思うよ。」と言って、握手を求めてきた。 二人は、やさしく彼の手を包んだ。 ギルバートの目頭に熱いものが浮かんでいた。
「本当に良かった。」千秋が、目を潤ませながら言った。みんな目を潤ませていた。
ダイスケが「俺の予想を遥かに超えていた。」と誇らしげに言った。
フアンサイトに早速、録画されたインタビューをアップしようと綱島が試みたが、アクセスが殺到して繋がらなかった。 帰り掛けにギルバートが、「私もこれから手伝いたい。」と申し出ると、レオンが「俺の仕事取らないでくれよ。」と笑いながら言った。 ダイスケたちがその申し出を快く受けていたところに、ようやく綱島から「アップできましたよ。」と声が上がった。
「明日からはさらに忙しくなるぞ。 韓国に行くまでに、少なくとも50人の仲間を集めなくてはいけないからな。」とダイスケが言い、「今日は、何も考えず過ごそう。」との山田からの申し出にみんな頷いた。 そしてダイスケは、「これからは行く機会がなくなるから。」と言い訳をしながら、PCXでパチンコ屋に向かった。
あくる日、ダイスケはどこかの工事の音で目を覚ました。 インタビューの出来とパチスロの大連チャンで取り切れずで、気をよくしたダイスケは、酒場で一人酒を飲み、記憶をなくしたまま帰宅したのだ。 目を覚まし、乾いた口のまま、ユーチューブを開くと百万回以上の再生になっていたことに驚愕した。 昨日何もしないでと言っていたのに、数人がコメントの対応をしていたようだったが、もう今の人数では対応が追い付かない。 酒で痛む頭でダイスケが対応をしていると乱暴にドアが叩かれ、雪乃が「入るよ。」と言うと同時にドアを開けた。 ダイスケも施錠していないのが悪かったが、雪乃も強引である。 雪乃はダイスケを押しのけパソコンを奪い取ると「元慰安婦の権利を守る会」というNGO団体のホームページを開いて言った。
「ここの理事の葉山恵子って、かつてのウーマンリブの急先鋒であり、学生運動家でもあった人物で、完全な左さ。 実は面識があるの。 ずっと会ってないけど。」
ダイスケも調査不足であったが、日本では現在も徴用工問題を含め様々な日韓問題関連の市民団体があった。 ホームページを見ると現在でも活動中で、8月も百名規模の集会を行っていた。
「なんなら、アポイントを取るよ。活動家と言っても、もう年寄りさ。暇しているよ。」と、雪乃が言った。
「みんなに確認してから、お願いします。」とダイスケが応答していると、ほどなく
「メーリングリストの候補者、3百人以上ピックアップしてきました。」と言いながら入って来た綱島の手にはヘルメットが握られていた。
外を見ると、駐輪場にカワサキのNinjaH2カーボンが停められていた。そのバイクは、新車ならば350万円を超える価格で、バイクを趣味にしている人でもそうそう買えるものではなかった。 羨ましそうにダイスケが「買ったのか?」と聞くと、
「一時、ユーチューバーの間で高級車を買う動画が流行っていて、勢いで、免許取って買っちゃいました。 ダイスケさんがPCXを乗っているのを見て、僕も久しぶりに乗ろうと思って引っ張り出してきました。」と綱島が笑いながら答えた。
ダイスケがホームページにアップされたメーリングリストに目を通しながら、綱島に「わざわざ来ないでも、メールしてくれればよかったのに。」と言うと、綱島は、
「H2、自慢したかったし、顔を合わせてやった方が仕事はかどるんです。」と照れながら答えた。
綱島のメーリングリストには、アクセス回数やフアン度、コメントの属性などのいくつかカテゴリーに分けられ、分析されていた。
「大変だっただろう。」とダイスケが言うと、綱島が
「初めにアルゴリズムを組んでおけば、コンピュータが勝手に抽出してくれます。 後は、雪乃さんや山田さんがピックアップしてくれ、人物も考慮して抽出しました。」と言った。
このリストの中には既に、慰安婦個人の気持ちが十分に配慮されていないことを指摘している人物が35人挙げられており、逆に、百名ほどの嫌韓や反日や偽善者などのコメントを繰り返す人も要注意人物として挙げられていた。 その中でもダイスケが懸念していた
“ネコミミハンター”と“日本政府は正義の味方”の二人を最も注意すべき人物としていた。
「綱島くん、この二人の扱いについてだけど、この計画にとって非常に重要な人物になると思うんだ。」とダイスケが言うと、綱島が
「この二人に、我々のこの活動の意味を少しでも理解してもらい、少なくとも否定するようなコメントを書かないように言えれば、今後の半勢力との衝突の解決法に役立つということですね。」と綱島が言った。
ダイスケは、「そうだ」と答え、「綱島君は、ふたりをどう分析するか?」と尋ねた。
「ネコミミは、他の動画でも人気がある演者に対し、あらをみつけて攻撃的にコメントを畳み掛ける「かまってちゃん」タイプで、特に主義や主張があるわけでない人でしょうね。仲間内では、昔からいる5チャンネルの「フルスイングたおる」とコメントがかぶるので、50代の中年サラリーマンと言われています。 逆に、正義くんは、最近になって異常なほどコメントするようになった人物で、政府の方針や発言に対し、賛同するとともに、それに反する思想や方針に対し激しく攻撃を行うタイプです。 自民党のネット工作員との見方もありますが、安倍総理の熱烈な信者で、専業主婦か、脅迫障害症を患った女性のように思います。」と答えた。
「いずれにしても、個別に対処してみるに越したことがないな。ところで綱島くん。学校は?」とダイスケが尋ねると、綱島が「まだ、夏休みですよ。」と答えた。
しばらくダイスケの部屋で作業をしていると、
山田が「パソコンが立ち上がらない」と慌てた様子で現れ、
続いて、「街を歩いていても声を掛けられるようになった。」と、悪態を吐きながらも嬉しそうなキムジウが現れた。 キムジウが「煙草臭い。」と言うので、雪乃の部屋に移動するとテーブルで愛花が談笑していた。 キムジウを見ると愛花は、
「ちょうどよかった。本当に昨日のインタビューに感動したわ。それと韓国旅行のスケジュールだけど教えて。」と笑った。 その後ダイスケに
「私も、入れて。作詞は千鳥さん、作曲はダイスケさん、編曲は私でいいわね。 2曲目は全部私がするけど。」と妖艶な笑みを浮かべた。
16時を回ると千鶴が、「おばあちゃん、今日大変だったの。聞いて、聞いて。」と駆け込んできて、みんながいるところを見て嬉しそうな顔をしていた。
19時を回ると「千鶴来てる?」と千鳥が、
「取材の申し込みが。」とレオンとギルバートがやって来た。
これだけの人数になると、雪乃の部屋の部屋はギュウギュウ詰めである。
雪乃が「したかないね。」と皆を引き連れつれ、アパートの空き部屋に案内した。そこには広い空間があった。
「今日から、ここが事務所だよ。」と雪乃が言うと、みんなが歓喜の雄たけびを上げた。
まだ、何もない空間ではあったが、ここには何かが感じられた。 雪乃がダイスケの耳元で「私と山田さんが一千万ずつだすから。 あんたも少し出して口座を作って来なさい。 まだ、法人の口座作れないから注意してね。」と言った。
何もない部屋で座布団に座り、ダイスケはメーリングリストをプロジェクターで壁に移しながら、今後の方針について話した。
「リストで最重要人物とした35名が最優先のメンバーで、先ほど見せたメールを今から送ることにします。 続いて、先ほど話した「元慰安婦の権利を守る会」から協力を得られれば、週末までに予定通り50名のメッセージを届けることができるようになります。」
続いて、ビデオメッセージの取り方について綱島が、
「山田さん、このアドレスにアクセスしてやってみてください。」と一番パソコンに疎い山田に白羽の矢を立てた。 山田が不器用な様子で何とかやっていると、問題なく録画できた。 雪乃が電話で葉山恵子のアポイントを新宿で11時に取ることができたと伝え、雪乃、ダイスケ、キムジウの3人で面会することになった。
「集団心理(群集心理)って聞いたことがあるかい?」とダイスケが綱島に聞くと、
「そのくらい聞いたことがありますよ。」と返した。
「では、どんな心理かな。」と聞くと、困った表情で
「群衆の中で醸成された心理状況で、それにより行動や言動が規定されていくことでよかったかな。」と答えた。 ダイスケは「概ねその通り。」と答え、さらに続けた。
「精選版日本国語大辞典では群集心理は、『群集行動の中で起こる一時的な、または特殊な心理状態。 多くは判断力・推理力が弱くなり、感受性や興奮性が強まり、無批判、無責任な言動が誘発されて付和雷同しやすい心理状態をいう』とある。 つまり、今回の嫌韓現象は、この群集心理であり、そこから場の空気を読めと圧力をかける。 それが、如実に表れているのがインターネットニュースのコメントで、明らかにおかしな記事であっても嫌韓を歌えば賛同し、真っ当な記事であっても韓国と調和すべきと謳えば反対する。 人びとは一人一人の個人ではなく、集団の一員としての意欲に突き動かされて言動する。 これは非常に危険なことだ。」
「これが続くと戦争になると可能性があるの?」と千鶴が不安そうな表情で聞いた。
それに対しダイスケが答えた。
「群集心理の中に集団浅慮がある。集団浅慮は、元イェール大学の実験心理学者のアーヴィング・ジャニスが唱えた説だ。 ピッグス湾事件、ベトナム戦争のトンキン湾事件による拡大政策、ウォーターゲート事件などの事例から、アメリカ合衆国大統領とその側近がいかに優秀であっても、集団になると馬鹿げた意思決定をしてしまう現象であり、固定的な組織が似通った構成員により作られ、公平なリーダーシップがない状況で、外部から強い圧力を受ける場合、全会一致の幻想を抱き、他人の勧告や他の情報を意図的に無視し、集団のコンセンサスを逸脱する議論に圧力をかける「全会一致への圧力」が生じるとした。 この結果、閉鎖的な仲の良い集団が、和を尊重しすぎるあまり、重大な意思決定に際して、不合理なリスキーシフトを起こすことがある。 始めは日本が戦争をすることは、ばかげていると思えるかもしれない、しかし、マスメディアが、普遍不党というわけでもなく、学問を頼りに客観的で公正な報道をすることもなく、産業的利益を引き出すために大衆に迎合しており、今ではそれを扇動している。 政治もしかりで、大衆受けする態度を誇張して示している。 社会学者のカール・マンハイムらが、大衆社会論の中で大衆の受動的で流されやすい動向が社会の在り方を不安にすると主張しているが、この群集心理が、誰が望むわけでもない戦争を運んでこないと誰が言えるのかと、思わずにいられない。 さらに相手国もある。」
「では、どうすればいいの」とキムジウが聞くと、ダイスケが
「作家の冷泉彰彦氏は、3人以上の空気に問題が生まれがちで、2人だけの場合の空気は必要なもので肯定されるべきものといった仮説を提言している。 二人の場合の「空気」とは、もともと二人のあいだに情報を共有しているというメッセージが送れるのだから、共感性や親近感が高まるコミュニケーションとなり得るが、3人以上のコミュニケーションでの空気は様々な問題を生んでいると指摘する。 日本人は、省略表現、指示代名詞、略語、ニックネームなどの一種の暗号を頻繁に用いることで、互いに共通のデコード情報を共有していること、共通の理解があることを確認しあっており、目先の親密さ維持だけを重視するあまり、親密さの表現のスタイルが乱れるだけでもそれに感情的に反応して、「抗空気罪」を適用して断罪するのだ、そこに問題がある、とする。 というのは、一対一の場合ならば、「暗号」が復元できないでも、「"例の件"って何だっけ?」と気軽に聞き返せるのに、3人以上の場では空気を乱したとして顰蹙を買い「抗空気罪」が適用されるため尋ねることもできず、情報の伝達が滞り、聞き手には疎外感が残り、話し手には"分からないやつがいる不快感"が生まれてしまう、とする。 一対一の時には有益な話法であっても、それが3人以上の会話、公的な場に持ち込まれると、権力を暴走させてしまうことになり合理的な判断や利害調整を妨害し始める、と指摘する。
そうした問題点を解決するために、もっと聞き手のことを配慮して、省略表現やニックネームなどの「暗号」の使用を控えて、例外的なメンバーのことも意識しつつ、多少冗長であってもいいからものごとをきっちりと言葉で説明するようにすべきだ、と冷泉さんは提案している。また他にも、慣れ合いを感じさせる語尾を安易に用いず、自分が目上であろうが目下であろうが「です、ます」などの表現を標準表現として積極的に用いるべきことなど、いくつかの提案をしている。 何が言いたいかと言うと可能であれば1対1のコミュニケーションか、丁寧な言葉が必要だということだ。」と答えた。
「すごく大変そう、元慰安婦だけでなく、反感を持つ人にも個別に対応していくということなの? この人数じゃとても無理ね。」と千鶴が言うと、
「できる仲間を増やせばいい。」と綱島が力強く言った。
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