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日韓問題と慰安婦問題
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CSの宇宙の謎を取り扱う番組ではダークマター(暗黒物質)とダークエネルギー(暗黒エネルギー)のテーマが取り上げられ、高名な科学者が、将来的にはダークエネルギーが宇宙を引き裂いてしまうだろうと力説していた。ダークマターとダークエネルギーは天文学的現象を説明するための仮想物であり、ダークマターに至っては1934年に研究者のフリッツ・ツビッキーが、観測できる物質だけでは銀河団中の質量が足りていないことから、光学的に観測できないが質量を持つ物質があると主張した、古くからある仮説であり、その後多くの高名な科学者によりその仮想の物に意味を持たせるために、ビックバン後の宇宙の壮大な物語が綴られていった。しかし、2019年になっても観測方法の糸口も掴めていない。
そのような実証不能と考えられるものに向かって果敢に挑み、その生涯を賭け満足して人生を終えていく科学者という人たちが羨ましいなと思っていると、乱暴にドアが叩かれた。
インターフォンがあるにも関わらすドアを叩く人物といえば、大家の雪乃である。
ダイスケは寝起きのトランクスにランニングの姿であったが、雪乃とは気の知れた仲であったのでそのままの姿でドアを開けた。雪乃の後ろには、知らない顔の高校生ぐらいの少女と山田が立っていた。
少女は、ショートカットで170センチ位のスレンダーなスタイルで、ショートパンツから見える長い脚が印象的であった。 爽やかで聡明な表情からは、知性が読み取れた。
ダイスケは恥ずかしくなり直ぐにドアを閉めて「ちょっと待ってください。」というと、雪乃が「用意ができたら部屋に来な。」と言い、ぞろぞろと帰っていった。
ダイスケが、身支度を整え雪乃の部屋を訪ねると、3人は、テレビを見ながら談笑していた。
「昨日のダイスケの話を聞いていて、火が着いちゃって。」と山田が照れ臭そうに言った。
「ダイスケ、大方の話は山田さんから聞いた。で、どうするのだい。」雪乃が切り出した。
「雪乃さん、どうするって・・・」ダイスケには、状況が理解できなかった。
「ダイスケが、言ったのだろう。できる奴がやればいいって。」雪乃がそう言うと、ようやく状況が掴めたダイスケが言った。
「できる奴が、やればとは言いましたが、俺が、そのできる奴であると言ったわけではありませんよ。」
「何を言ってるんだい。 毎日パチンコ行って、貴重な時間をだらだらと過ごしている奴が、口答えするんじゃないよ。」 雪乃が強い口調で言った。
「人の為にできることがあれば、何でもする。 それが人生に意義を持たせることだよ。 まあ、あんたにはわからないかもしれないけどね。」雪乃の言うことはもっともであったが、行動に移すとなると面倒くさくなる性分で、また一緒に行動してくれる仲間がいないことから、ダイスケはなんでも全て想像上の物語を頭の中で綴ることでやり過ごすようになっていた。
「まあ、ダイスケ、あんたが、表立って何を言ってもネットウヨの餌食になるのは自明の理。そこでだ、これからチームを作り日韓問題を解決する計画を開始するよ。」
しかし、なぜ雪乃が山田と繋がっていて、さらに少女が加わっているのか、ダイスケには理解できなかった。が、雪乃の言葉は、ダイスケにとって晴天の霹靂であり何かを始めるきっかけをつかめそうな魔法の言葉であった。
「この子は、千鶴。孫だよ。 小学校のころによくアパートに来ていたから、覚えているだろう。」そういえば、その少女には、ケタケタとよく笑う、聡明で、活発な少女の面影があった。
千鶴が、ぺこりと頭を下げて言った。
「千鶴です。今朝おばあちゃんから話を聞いて、私、居ても立ってもいられなくなって来ました。 友達の間でも最近、韓国に反感をもつような発言する人たちが多くなってきて、このままじゃいけないと思っていました。」
「ありがとう。」ダイスケが筋違いの返答をするとすかさず、山田が割り込んだ。
「俺と雪乃さんは、学生運動仲間で今でも交流があるんだ。 ダイスケのことは、雪乃さんから、いいおっさんが毎日ぷらぷらしているからどうにかしてくれないかと言われていて・・だけど、平日の昼間から麻雀できる面子がいなくなると困るから、今まで知らんぷりしていたんだ。」そういえば、山田さんは建築会社の会長であると聞いたことがあった。 また、やたらと政治問題に詳しいというのも,学生運動をやっていたとのことで合点がいった。彼は、記録装置のように条約や合意の名称や締結された年月日を言うことができた。
「そうだ、何かあったら声かけてと綱島くんに言われていた。」 ダイスケは、綱島のことを話すと皆も綱島の参加、合流に理解を示してくれた。 連絡を入れると綱島も参加したい旨の返事があったため、作戦会議は午後から横須賀のデニーズで行うことになった。
ダイスケがデニーズを選んだのは喫煙ができるファミレスであったからだ。 イスケと山田だけが喫煙者であったため、禁煙席に座り4人で話していると、ほどなく綱島がやって来た。 綱島を見て千鶴が驚いたように言った。
「DTXさんですか。ファンなのです。」
「へっへっへ、そうなんですよ。」 流石に自分がやっていることに照れているようで、綱島は卑屈な笑い顔で答えた。
DTXは、童貞であることをネタに無茶なことをするユーチューバーで、登録者数100万人を超えていた。イケメンなのに、童貞が無茶なことをして失敗するコンセプトが受けているらしいが、立ち振る舞いが童貞を超えている様子であることから、その真偽のほどにコメント上で論争が起こるらしい。 ダイスケにも、彼は童貞ではないように思えた。
5人は挨拶を終えると、雪乃が切り出した。
「まずは、ここまでの問題を山田さんから説明してもらう。 その後、どのようにこの問題を捉えていくかについてダイスケに話してもらい、皆で戦略を練って計画を作るよ。」
「それ全部、今日中にやるのですか。 今、13時だからちょっと無理ではないですか。」
弱気に言うダイスケを雪乃が睨みつけ、「時間がいつまでも待ってくれると思うなよ。」と
凄みを利かせて言った。
山田さんから説明を受けた日韓問題の要約は以下のとおりであった。
〇平安貴族の一部は訪日、帰化した朝鮮人である
〇多くの日本の文化は、朝鮮より日本にもたらされた
〇文禄(1592年)・慶長の役(1597年)/壬辰戦争/朝鮮出兵
豊臣秀吉による当時世界最大規模の戦争で、朝鮮への侵略戦争と認識
〇日本が朝鮮半島を併合・統治していた時期(1910年 - 1945年)
韓国側はこの韓国併合を違法・無効として、賠償金や謝罪などで未解決の問題と認識
〇竹島問題
日本は、1905年(明治38年)の島根県への編入。以降は、日本が領有していた。1952年に韓国の李承晩大統領の海洋主権宣言。1953年に韓国の武装市民が武力制圧し、1956年には韓国政府に引き渡した。以後、日本政府はこれを不法占拠として非難
〇第二次世界大戦の賠償問題
第二次世界大戦の対日講和条約の14条では、日本の賠償対象国を「日本が占領し損害を与えた連合国」と規定しており、この時、韓国はこの対象に入らなかったが、1965年の日韓基本条約による国交正常化交渉中に韓国は賠償を要求したため、日本は名目上「独立祝賀金と途上国支援」として要求に応え官民合わせて8億ドルに及ぶ有償および無償金を供与した。これにより、韓国は対日賠償権を放棄し、個人への賠償も完全解決したとして財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(日韓請求権協定)が締結された。しかし、その後韓国は盧武鉉政権時に、慰安婦などの一部個人に対する補償は対象外であったとの声明を発表、以降韓国政府はこの方針を踏襲している。日本政府は、上記協定により日韓間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決したと判断。
〇慰安婦問題
旋業者が新聞広告などで広く募集を行い内地の日本人女性も含め慰安婦として採用していたことなどから国家責任はないとの主張がある一方、一般女性が慰安婦として官憲や軍隊により強制連行された性奴隷であるとの主張があり、上記の補償の対象外と判断されている。
日本は、慰安婦への事実上の賠償を行うためにアジア女性基金を創設し、認定された慰安婦への賠償を行った。韓国の元慰安婦の一部は受け取ったが、韓国は認めていない。その後、「慰安婦問題日韓合意」がなされ、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認したとしていたが、文在寅政権発足後、韓国政府は「合意には法的拘束力がない」とし、一方的に財団の解散と事業終了の方針を発表し、日本政府の同意なしに手続きを進めた。
〇徴用工問題
第二次世界大戦中日本の統治下にあった朝鮮および中国での日本企業の募集や徴用により就労した元労働者及びその遺族による訴訟問題。日本政府は、協定に基づき完全かつ最終的に解決したとしている。
(※以上ウイキペディア参照)
「今、ネットで盛り上がっている、韓国源流説や在日認定も日韓問題かしら。私から見れば、笑い話だけど。」
と、千鶴が言うと、山田が「そりゃなんだい?」と質問してきた。
「韓国源流説は、日本文化は全て韓国が起源であるとする主張です。 確かに一部は、そうなのかもしれないけれど、歴史的史料や物証等が乏しいかまたは全く無い状態であって、国際的に日本文化が取り上げられると、それらの起源は韓国であると主張をする傾向があります。 武道・茶道・侍・日本刀・ソメイヨシノなんかがいい例かも。」と千鶴が答えると、「在日認定とは、偉業を成した日本の著名人も勝手に朝鮮民族に認定し、根拠なく在日朝鮮・韓国人やコリアン系の同胞だと主張することです。 まあ、共にネット経由で言われていることで、実害もないから、みんな、面白がっているだけだと思います。」と綱島が口を挟んだ。
「一番の問題と認識している慰安婦問題について背景、経緯を探っていきます。 では、山田さん続けてください。」と雪乃が言うと山田が以下の件にまとめて説明した。
1967年:初期ウーマン・リブの運動家の田中美津が著作で「従軍慰安婦」の「大部分は朝鮮人であった」、「貞女と慰安婦は私有財産制下に於ける性否定社会の両極に位置した女であり、対になって侵略を支えてきた」と記述。
1973年:千田夏光が著書で、日本人の慰安婦は自主的な売春婦であり、韓国人の慰安婦は売春を強制された被害者とした。
1977年:元旧日本陸軍軍人を自称する吉田清治が、慰安婦について、済州島で軍や職員などの協力を得て、狩り出しを行ったと記述。
1982年:同氏が、樺太裁判において、済州島で慰安婦の強制連行を行なったと証言。
1983年:戦中済州島で自ら200人の女性を拉致し慰安婦にしたと証言する「私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』(三一書房)を出版。
当時、韓国側の反応は全面否定。
1983年:朝日新聞が吉田清治を紹介。以後吉田を計16回取り上げて報道。
2012年:朝鮮日報は同氏の著書を取り上げ「この本一冊だけでも日帝の慰安婦強制連行が立証されるのに十分である」と強制連行の存在を主張。
1991年:金学順が韓国で初めて元慰安婦として名乗り出て、自らの体験を語った。
同年、金ら元慰安婦3人を含む「太平洋戦争犠牲者遺族会」の35人が日本政府の謝罪と補償を求めて軍属らとともに東京地裁に提訴したが、その後の提訴も含め、2003年の最高裁で敗訴が確定している。
1992年:宮沢喜一首相の訪韓の前に、朝日新聞が一面で「慰安所、軍関与示す資料」「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」「政府見解揺らぐ」と報じた。
1993年:宮沢首相は、「軍の関与を認め、おわびしたい」と述べ、訪韓日程における首脳会談や国会演説などで謝罪し、「真相究明」を約束した。
1992年:加藤紘一官房長官が従軍慰安婦問題について「お詫びと反省」を表明する談話を発表した。これに合わせ、日本政府による関連資料の調査(第一次調査)の結果が公表され、慰安婦問題について「政府の関与」は認めたものの、「強制連行」を立証する資料は見つからなかったとした。
1992年:戸塚弁護士はNGO国際教育開発代表として、朝鮮人強制連行問題と「従軍慰安婦」問題を国連人権委員会に提起し、日本政府に責任を取るよう求めるとともに国連に対応を要請した。戸塚は、それまで「従軍慰安婦」に関する国際法上の検討がされていなかったために、「従軍慰安婦」を大日本帝国の「性奴隷」と規定した。
1993年:河野洋平が、韓国政府から実態解明についての強い要請が寄せられたことを受け、日本政府は関連資料の調査に加えて関係者への聞き取りや現地調査、米国公文書の調査などを含む再調査を行い、 その中で、慰安婦の募集について、「甘言を弄し、或いは畏怖させる等の形で本人の意向に反して集めるケースが多く…官憲等が直接にこれに加担した」とした。これに合わせ、河野洋平官房長官は談話を発表し、慰安婦について「募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」とし、「心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」と表明。
1995年:村山富市内閣総理大臣は談話を発表し(村山談話)、その中で、従軍慰安婦問題について「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、私はこの機会に、改めて、心からの深い反省とお詫びの気持ちを申し上げたいと思う」と、政府としての反省の意を示した。
また、村山内閣は元慰安婦に対する「全国民的な償いの気持ち」をあらわす事業と、「女性をめぐる今日的な問題の解決」のための事業を推進することを目的に「基金」を設立することを決定した。
五十嵐広三官房長官は、「女性のためのアジア平和友好基金」の設立に際して、この事業を実施する折、政府は元従軍慰安婦の方々に、国としての率直な反省とお詫びの気持ちを表明すると語った。
また、政府は、過去の従軍慰安婦の歴史資料を整えて、歴史の教訓とした。
1996年:橋本龍太郎内閣総理大臣は、元慰安婦(アジア女性基金が対象としていない日本人女性を除く)に対して「心からおわびと反省の気持ち」をあらわす手紙を発出した。
政府は、募金から元慰安婦に対して一人当たり200万円の「償い金」を渡すとともに、前述の手紙を届けた。
アジア女性基金は1996年8月13日からフィリピンで、1997年1月11日から韓国で、同年5月2日から台湾で、それぞれ「償い事業」を開始し、フィリピン、韓国、台湾の元慰安婦285人に支出した。
2001年には小泉純一郎首相がおわびの手紙を各慰安婦に送った。
2014年:第二次安倍内閣政権下、河野談話の作成過程について、内閣官房の検討チームの報告書「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話作成からアジア女性基金まで~」が公表され、談話の記載内容について日韓間で折衝が行われていた事実が確認された。この検証報告書について韓国の朴槿恵大統領は7月2日、中国中央テレビのインタビューで「談話を傷つけようとしている。 被害者の心に大きな傷を与え、国家間の信頼に背く行為だ」と述べた。
2014年:朝日新聞は慰安婦報道に関する検証を行い、吉田氏関連の16本の記事を取り消した。
2014年:自民党の国際情報検討委員会は「いわゆる慰安婦の強制連行を否定、性的虐待も否定された」とする決議を採択した。
2015年:「慰安婦問題日韓合意」
合意では、日本政府側は「当時の軍の関与のもとに多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり・・・ 日本政府は責任を痛感している。」と述べ、安倍晋三首相が「改めて、慰安婦としてあまたの苦痛を経験され心身にわたり癒やしがたい傷を負われた全ての方々に心からおわびと反省の気持ちを表明する。」とした。
韓国の尹外相は「両国が受け入れうる合意に達することができた。 これまで至難だった交渉にピリオドを打ち、この場で交渉の妥結宣言ができることを大変うれしく思う。」と述べ、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されたことを確認した。
同合意に基づき、設立された「和解・癒やし財団」が合意時点で、生存していた元慰安婦1人当たりに約1千万円が支給、7割以上が現金を受け取った。故人の遺族らにはそれぞれ約200万円が支給されていた。
2017年:文在寅政権発足後、韓国政府は「合意には法的拘束力がない」とし、日韓合意の検証作業を行った。 その後、文在寅大統領は、合意破棄や再交渉は求めないとしつつも「政府間の約束であれ、大統領として、この合意で問題が解決できない。」と表明した。
2018年:韓国政府は、「被害者(元慰安婦)中心主義の原則の下で財団解散を進める。」とし、一方的に財団の解散と事業終了の方針を発表し、日本政府の同意なしに手続きを進めた。
(※以上ウイキペディア参照)
「こんなところでいいかな?」と山田が言った。
しかし、見事なものである。参考資料もないまま山田が語り、それを綱島が、議事録につけていた。
「綱島くん、ありがとう。書記を決めていなかったのに。」とダイスケが言うと、
「俺、得意ですから。 何なら、パワーポイントで資料作ってきましょうか。」と、照れながら綱島が答えた。
「う~ん、この話を聞く限り、日本政府は、きちっと対応しているようにみえるけど。どこに問題があったのかな。」 千鶴が、怪訝そうな顔で聞いてきた。 それに対しダイスケは、「確かに、日本政府はその都度真摯に対応をしてきたし、韓国政府は、日本の対応を評価しながらも、幾度となく覆してきた。 但し、その対応が誰を意識し、行ってきたのかが重要になる。」と答えた。
「その前に、」ダイスケが、「朝鮮人慰安婦20万人説というのを知っているかい。」聞くと、雪乃さんと山田は頷き、千鶴と綱島が首を横に振った。
「正確な話は、山田さん、お願いします。」
突然の振りに驚く様子もなく、山田が驚異の知識を披露した。
「日本政府が行った調査によると、慰安婦の慰安婦には日本人、朝鮮人、台湾人、中国人、フィリピン人、インドネシア人、オランダ人がいた。」
「オランダ人もいたのね。」
千鶴が驚いたよう様子で口を挟むが、山田は、話を進めた。
「歴史家の秦郁彦は、その正確な内訳を把握することは困難であるとするものの、1999年の論文で日本国内の遊郭などから応募した者が40%程度、現地で応募した者が30%、朝鮮人が20%、中国人が10%程度として、慰安婦の出身者は日本人が最も多かったろうと推定したが、同年の著書『昭和史の謎を追う』において、日本人慰安婦と朝鮮人慰安婦では3対7ないし2対8の比率で朝鮮人慰安婦が多く、慰安婦の主力が、若い朝鮮人女性であったとした。その後、2012年のアジア女性基金調査では、朝鮮人慰安婦は多かったが日本人慰安婦も多く、朝鮮人慰安婦が絶対的多数を占めるにはいたっていなかったろうとしていた。」
「なんで、ころころ、意見が変わるの。大したおっさんでもないよね。」と千鶴が言うと、ダイスケが「おいおい、秦氏は東大出身の大歴史家で、法学博士。千葉大や日大で教授を歴任していた。学生時代にA級戦犯を含む百数十人から巣鴨プリズンでヒアリング行ったり、1992に行った現地調査で、済州島での200人の慰安婦狩りを行ったとする吉田証言が捏造であることを指摘した人物だよ。」と反論した。
「へー、そうなんだ。」と千鶴が驚いたようすで呟いた。なおも山田が語った。
「秦は、慰安婦の総数について、日本軍の兵員総数を慰安婦一人あたり兵員数で除した上で交代率、帰還による入れ替りの度合いを考慮に入れるという手法で、1993年に9万人、1999年に2万人と推察した。さらに、アジア女性基金では他の研究者の推算から2万にから41万人と報告した。」
「なかなかの開きね。でも総数と言う意味では20万人説もあながちおかしくないかも。」と千鶴が口を挟むと、山田さんがそうだねという表情で続けた。
「千田によると関東軍特種演習において慰安婦が、集められたことについて、日本軍の後方担当参謀原善四郎元少佐が、必要慰安婦の数は二万人とはじき出し、飛行機で朝鮮へ調達に出かけたとのインタビューがあることから、朝鮮半島は、慰安婦の草刈場となっていたことがわかる。実際には一万人しか集まらなかったというが、草刈場になった事実は動かせないと言われているので、関東軍が70万人程度いたことから考えると、兵士35人に一人の慰安婦が必要と推察されるため、朝鮮併合期間を考慮すると上振れの41万人かと思われるけど、まあ、その半分程度の20万人が妥当だと思うよ。」
「なんで、そう思うのですか。 それと朝鮮半島が慰安婦の草刈り場になっていると言っていることから、やっぱ、強制連行が行われていたと参謀の人が言っているのも、「強制連行はなかった」としている日本政府の発言を覆す根拠になるのではないのですか。」と綱島が問いた。
「いい質問だね、綱島くん。」とダイスケが口を挟み答えた。
「まず、日本軍の参謀が調達に向かっていることから、慰安所の軍の関与はあったと考えるのが自然であり、逆に強制連行があったのであれば、おそらく2万人という必要数を強制的に集めることはできたはずと考えるのが自然ではないかな。 仮にも当時、支配していた日本軍の参謀からの依頼を「できなかった」では済ませられないだろう。」
「では、強制連行はなかったと思うわけですか。」
不安気な表情で、綱島君が聞いてきた。
ダイスケは、「個人的な見解だが」としつつも続けた。
「慰安婦には金が支払われていたし、強い需要があった。実際、原参謀のインタビューのなかで「部隊へ配属したところ、中には、そんなものは帝国陸軍にはいらないと断る師団長が出たのです。ところが、二ヶ月とたたぬうち、やはり配属してくれと泣きついて来た。」との証言もあった。 逆に統治しているといえど、元々は別の国で、数万人規模の強制連行を行えば、衝突が起こるし、記憶にも残る。まあ、この問題が、定義されはじめてからの調査でも強制連行の事実を確証するものは見つかっていないから。 だけど、日本人の性格上、上からの命令は、絶対であったことを考慮すると強制徴用を行った隊もあったと考えるのが自然かな。でも、最も暗躍したのは・・・」
「搾取する大人ね。」
千鶴が、分かったという表情で言った。
「そうだな、現代も残る大きな問題だよ。東南アジアやアフリカ、中南米。工場や戦場でその構造が続いていて、日本でも研修生制度や風俗等などで暗躍している。 儲かることに関しては、容赦ない者がたくさんいる。 それが日本人でも朝鮮人でも、人身売買や誘拐、強要があっても然るべしだ。」とダイスケが答えると、
「実際、親に売られたと証言した慰安婦もいたしな。」と山田が、付け加えた。
「当時、多くの暗躍する大人がいたと思うよ。たしか安倍さんも、狭義では、なかったみたいな言い方していたな。」と山田が言った。
「では、これまでは日本人からみた推察であるけれど、韓国側がどう捉えているかになるか、だ。」とダイスケは、山田に話を振った。
「韓国政府は資料不足のため慰安婦にされた女性の数は正確には分からないとしているが、最小3万人最大40万人であるとしていて、韓国国定教科書では朝鮮女性数十万人を慰安婦にし、650万人を強制連行したと記載している。」
「随分、開きがあるのね。」と千鶴が言うと、ダイスケが持論を展開した。
「そうだな、韓国では、日本で慰安婦問題が語られるまで、歴史の暗部として、全く黙殺されていたので、根拠となる資料や証言が残っていなかったから。 日本人の証言を元としているようだ。 しかし、多くの朝鮮人が慰安婦として働かされていた事実は変わらない。南京大虐殺でもそうだが、正確な数は既に歴史の闇に消えてしまい検証のしようがないし、それについて言い争いをしても加害者側は、出来る限り少なくしようとするし、被害者側は可能な限り多くしようとする。 これは、日本や韓国に限ったことではない。ただ、被害者は救済されるべきだ。」
「では今度は、被害者の元慰安婦の認定現状と賠償額について考えてみよう。」と山田さんが続けた。
「日本政府は、前出のアジア女性基金では、フィリピン、韓国、台湾の元慰安婦285人に総額5億7千万円の償い金を支出し、2015年12月28日に合意した慰安婦問題日韓合意においても日本政府は、償い金の半額の約5億円を支出し、その7割が受け取っている。 ちなみに、2004年までに韓国政府 女性家族部認定の元日本軍慰安婦は、既に亡くなった人を合わせて計207人、2005年には計215人で内88人が死亡したとし、2009年と2011年には合計234人としている。」
「随分、少ないのですね。慰安婦の人数。」、千鶴が聞くと、ダイスケが答えた。
「そうだな、アジア女性基金が、1994年に支払いを開始しているが、戦時中の慰安婦は、14から20歳と言われているので、当時は50代、60代になっていると考えられる。いくら、当時寿命が短かったと言われても、認定者数が少なすぎる。」
「そうですね。では、慰安婦として働いていた数がもっと少なかったのでは。」
と綱島が聞いてくると、それに千鶴が答えた。
「自分自身が、性的商売をしていたことを恥じているのではないのかな。もしくは、認定条件が厳しかったのかも。」
「そうだな、調査することはもう困難だけど、報告書があることから調査方法や認定方法はネットで見られるかもしれないな。では、実際に慰安婦をしていた人たちの気持ちを考えていこう。」
基金が支払われた元慰安婦は、各国で認定されていた元慰安婦を最終的にはアジア女性基金が調査し、認定する方法で決めたのであった。 言い換えれば、アジア女性基金開設前に既に支払う人数が分かっており、場合によっては、少数に止まることが分かっていたためにアジア女性基金が創設できたとダイスケは考えていたが、綱島や千鶴に自主的調査を促すためにうやむやした。
「そろそろ本題かね。」と雪乃が言った。
ここからは、高校生の千鶴ちゃんには、表現が過激に過ぎるかもしれないがと、ことわりつつもダイスケが続けた。
「まず、女性が、しかも当時の事情を考えると14から20歳位の少女で、場合によっては男性経験もない女性が、いわゆる娼館で、本人の意思に関わらず働かせられることについてどう感じるか考えてみよう。」
「私なら絶望するわ。 人生って過酷なもので、もう心はずたずたね。」
と千鶴が、暗い目をして言うと、それに対し、綱島が言った。
「ハリウッド映画の“サユリ”もそんな話だし。時代的には、仕方ないのでは? 現代でも、イスラム過激派のポコハラムなんかは、小学校とか襲っているし。イスラム国も人身売買がおこなわれているから仕方ないのでは?」
雪乃が、綱島を見つめながら諭すように言った。
「そんなの経験した人じゃないと分からないし、人によっても受け止め方が違うから。 でもそれを苦に、精神を壊したもの、自殺したもの、又性病を患ったもの、殺されたものもいたはずだよ。」
それに続き、ダイスケが言った。
「大きな、物語としては、綱島くんが言う通り、起こったことであり、歴史上の悲劇で、分別のある大人からみれば、償い済みの過去の事象に過ぎない、仕方なかったのだと言うかもしれない。」
「それは、違うと思う。」 大きく首を振りながら、悲しい表情で千鶴が言った。
「踏みにじられた心は、お金だけでは、解決することが出来ない人がいる。 いえ、他のどんなものでも解決できない人もいると思う。」
千鶴の言葉に納得しているのか雪乃が、大きく頷きながら言った。
「第一、基金にしても、合意にしても、誰の中での解決なのか不明だな。 そりゃあ、頂けるものは頂くさ。 特に慰安婦を立派な職業として捉える者にとっては、渡りに船の出来事に思えるだろうが。」
「でも、そんなこと言ってたら物事は解決できなくなるのでは?」と、綱島が言うと、
雪乃が、「綱島くん。もし、君の兄弟が殺人事件に巻き込まれ、犯人が十分な賠償をしたから、もう過去のことだと言われ、目の前で開き直られたら、どう思う?」と返した。
「そんなの、許せるわけありませんよ。」綱島が答えると、ダイスケが口を挟んだ。
「レイプが魂の殺人だという言葉を知っているかい。」
綱島が聞いたことありますと答えると、ダイスケが続けた。
「魂の殺人は、スイスの心理学者アリス・ミラーが提唱した言葉で、過酷な躾に用いられた言葉だが、後に、レイプなどの性犯罪に用いられるようになった。 人の心身にその後ひどい影響を及ぼすことがあるからだ。」 すると雪乃が言った。
「もちろん、戦争だから沢山の死者もいたし、慰安婦も含め強制労働もあった。 これらの重犯罪は、被害者やその近しい親族が、少なくとも生きている間、加害者は、反省し、できることなら寄り添うことで、何時かは許されることを願わなくてはいけない。 日本は法治国家なので、刑罰によりその代役を果たすが、それでも被害者や親族の心は癒されることはないよ。 だからと言って日本政府が言うように国際協定や合意が破られていいわけではない。 そもそもこの問題には、日本の道理と韓国の正義というイデオロギーの対決なのではないかしら。」
ダイスケが、雪乃の言葉に何か気付いたのか、「なるほど続けてください。」と言うと、
雪乃が得意げに語った。
「そもそも道理とは「物事がそうあるべき正しい筋道」「人としての正しい道」のことで、時代ごとの、絶対的に正しい普遍的な真理だと考えられることを主張する際に使われているの。 今回の道理は、日韓請求間協定であり、慰安婦に対する合意となり、これが否定されれば、戦後以降の国家間のいかなる条約も意味をなさないものとなる。 一方で韓国は、被害者の救済という「正義」を主張している。この2つのイデオロギーは、似ているようで、全く違うものであり、どちらが正しいという問題ではないのよ。」
雪乃の語りに、戸惑った表情で綱島が、「では、どうすれば、良いのですか。」と聞くと、雪乃が「そこで、我々がそれを担当するのさ。但し、どちらの国の政府の面子も潰さないよう注意しなくてはいけないよ。」と言い、不器用なウインクをした。
「日韓問題や慰安婦問題の背景は、大体理解できたわ。」 そう、千鶴が言うと、綱島も同意したのか頷いた。
「では、被害者や近しい親族に対する対応を、我々加害者である日本人としてどう振る舞い、どうしたら許されるかという戦略について、今度は考える必要があるのね。」と千鶴が言うと、ダイスケと山田は、「ニコチン切れ」と言い席を立った。
「ニコチン切れとか仕方ない大人ね。」と言いつつも、みんな、頭を冷やす時間が必要だったようで、メールのチェックやドリンクの補給に動いていた。
「ダイちゃん、もうダイちゃんでいいよな。」 喫煙席で、山田が言うとダイスケが頷いた。
「で、戦略は、あるの?」
煙草をふかしながら「大方の道筋は考えているよ」と、しながらも「千鶴や綱島の戦略を聞いてみたい。」と嬉しそうに言った。
「俺、ワクワクしてきたよ。」 そう言う山田を見ながらダイスケは思っていた。
仕事以外で、自分の意見を話し、それに従って計画を立てて実行することは、ここしばらくなかったし、この齢、54歳の初老の独身男に急に現れたチャンスに心が躍っていた。
そのような実証不能と考えられるものに向かって果敢に挑み、その生涯を賭け満足して人生を終えていく科学者という人たちが羨ましいなと思っていると、乱暴にドアが叩かれた。
インターフォンがあるにも関わらすドアを叩く人物といえば、大家の雪乃である。
ダイスケは寝起きのトランクスにランニングの姿であったが、雪乃とは気の知れた仲であったのでそのままの姿でドアを開けた。雪乃の後ろには、知らない顔の高校生ぐらいの少女と山田が立っていた。
少女は、ショートカットで170センチ位のスレンダーなスタイルで、ショートパンツから見える長い脚が印象的であった。 爽やかで聡明な表情からは、知性が読み取れた。
ダイスケは恥ずかしくなり直ぐにドアを閉めて「ちょっと待ってください。」というと、雪乃が「用意ができたら部屋に来な。」と言い、ぞろぞろと帰っていった。
ダイスケが、身支度を整え雪乃の部屋を訪ねると、3人は、テレビを見ながら談笑していた。
「昨日のダイスケの話を聞いていて、火が着いちゃって。」と山田が照れ臭そうに言った。
「ダイスケ、大方の話は山田さんから聞いた。で、どうするのだい。」雪乃が切り出した。
「雪乃さん、どうするって・・・」ダイスケには、状況が理解できなかった。
「ダイスケが、言ったのだろう。できる奴がやればいいって。」雪乃がそう言うと、ようやく状況が掴めたダイスケが言った。
「できる奴が、やればとは言いましたが、俺が、そのできる奴であると言ったわけではありませんよ。」
「何を言ってるんだい。 毎日パチンコ行って、貴重な時間をだらだらと過ごしている奴が、口答えするんじゃないよ。」 雪乃が強い口調で言った。
「人の為にできることがあれば、何でもする。 それが人生に意義を持たせることだよ。 まあ、あんたにはわからないかもしれないけどね。」雪乃の言うことはもっともであったが、行動に移すとなると面倒くさくなる性分で、また一緒に行動してくれる仲間がいないことから、ダイスケはなんでも全て想像上の物語を頭の中で綴ることでやり過ごすようになっていた。
「まあ、ダイスケ、あんたが、表立って何を言ってもネットウヨの餌食になるのは自明の理。そこでだ、これからチームを作り日韓問題を解決する計画を開始するよ。」
しかし、なぜ雪乃が山田と繋がっていて、さらに少女が加わっているのか、ダイスケには理解できなかった。が、雪乃の言葉は、ダイスケにとって晴天の霹靂であり何かを始めるきっかけをつかめそうな魔法の言葉であった。
「この子は、千鶴。孫だよ。 小学校のころによくアパートに来ていたから、覚えているだろう。」そういえば、その少女には、ケタケタとよく笑う、聡明で、活発な少女の面影があった。
千鶴が、ぺこりと頭を下げて言った。
「千鶴です。今朝おばあちゃんから話を聞いて、私、居ても立ってもいられなくなって来ました。 友達の間でも最近、韓国に反感をもつような発言する人たちが多くなってきて、このままじゃいけないと思っていました。」
「ありがとう。」ダイスケが筋違いの返答をするとすかさず、山田が割り込んだ。
「俺と雪乃さんは、学生運動仲間で今でも交流があるんだ。 ダイスケのことは、雪乃さんから、いいおっさんが毎日ぷらぷらしているからどうにかしてくれないかと言われていて・・だけど、平日の昼間から麻雀できる面子がいなくなると困るから、今まで知らんぷりしていたんだ。」そういえば、山田さんは建築会社の会長であると聞いたことがあった。 また、やたらと政治問題に詳しいというのも,学生運動をやっていたとのことで合点がいった。彼は、記録装置のように条約や合意の名称や締結された年月日を言うことができた。
「そうだ、何かあったら声かけてと綱島くんに言われていた。」 ダイスケは、綱島のことを話すと皆も綱島の参加、合流に理解を示してくれた。 連絡を入れると綱島も参加したい旨の返事があったため、作戦会議は午後から横須賀のデニーズで行うことになった。
ダイスケがデニーズを選んだのは喫煙ができるファミレスであったからだ。 イスケと山田だけが喫煙者であったため、禁煙席に座り4人で話していると、ほどなく綱島がやって来た。 綱島を見て千鶴が驚いたように言った。
「DTXさんですか。ファンなのです。」
「へっへっへ、そうなんですよ。」 流石に自分がやっていることに照れているようで、綱島は卑屈な笑い顔で答えた。
DTXは、童貞であることをネタに無茶なことをするユーチューバーで、登録者数100万人を超えていた。イケメンなのに、童貞が無茶なことをして失敗するコンセプトが受けているらしいが、立ち振る舞いが童貞を超えている様子であることから、その真偽のほどにコメント上で論争が起こるらしい。 ダイスケにも、彼は童貞ではないように思えた。
5人は挨拶を終えると、雪乃が切り出した。
「まずは、ここまでの問題を山田さんから説明してもらう。 その後、どのようにこの問題を捉えていくかについてダイスケに話してもらい、皆で戦略を練って計画を作るよ。」
「それ全部、今日中にやるのですか。 今、13時だからちょっと無理ではないですか。」
弱気に言うダイスケを雪乃が睨みつけ、「時間がいつまでも待ってくれると思うなよ。」と
凄みを利かせて言った。
山田さんから説明を受けた日韓問題の要約は以下のとおりであった。
〇平安貴族の一部は訪日、帰化した朝鮮人である
〇多くの日本の文化は、朝鮮より日本にもたらされた
〇文禄(1592年)・慶長の役(1597年)/壬辰戦争/朝鮮出兵
豊臣秀吉による当時世界最大規模の戦争で、朝鮮への侵略戦争と認識
〇日本が朝鮮半島を併合・統治していた時期(1910年 - 1945年)
韓国側はこの韓国併合を違法・無効として、賠償金や謝罪などで未解決の問題と認識
〇竹島問題
日本は、1905年(明治38年)の島根県への編入。以降は、日本が領有していた。1952年に韓国の李承晩大統領の海洋主権宣言。1953年に韓国の武装市民が武力制圧し、1956年には韓国政府に引き渡した。以後、日本政府はこれを不法占拠として非難
〇第二次世界大戦の賠償問題
第二次世界大戦の対日講和条約の14条では、日本の賠償対象国を「日本が占領し損害を与えた連合国」と規定しており、この時、韓国はこの対象に入らなかったが、1965年の日韓基本条約による国交正常化交渉中に韓国は賠償を要求したため、日本は名目上「独立祝賀金と途上国支援」として要求に応え官民合わせて8億ドルに及ぶ有償および無償金を供与した。これにより、韓国は対日賠償権を放棄し、個人への賠償も完全解決したとして財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(日韓請求権協定)が締結された。しかし、その後韓国は盧武鉉政権時に、慰安婦などの一部個人に対する補償は対象外であったとの声明を発表、以降韓国政府はこの方針を踏襲している。日本政府は、上記協定により日韓間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決したと判断。
〇慰安婦問題
旋業者が新聞広告などで広く募集を行い内地の日本人女性も含め慰安婦として採用していたことなどから国家責任はないとの主張がある一方、一般女性が慰安婦として官憲や軍隊により強制連行された性奴隷であるとの主張があり、上記の補償の対象外と判断されている。
日本は、慰安婦への事実上の賠償を行うためにアジア女性基金を創設し、認定された慰安婦への賠償を行った。韓国の元慰安婦の一部は受け取ったが、韓国は認めていない。その後、「慰安婦問題日韓合意」がなされ、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認したとしていたが、文在寅政権発足後、韓国政府は「合意には法的拘束力がない」とし、一方的に財団の解散と事業終了の方針を発表し、日本政府の同意なしに手続きを進めた。
〇徴用工問題
第二次世界大戦中日本の統治下にあった朝鮮および中国での日本企業の募集や徴用により就労した元労働者及びその遺族による訴訟問題。日本政府は、協定に基づき完全かつ最終的に解決したとしている。
(※以上ウイキペディア参照)
「今、ネットで盛り上がっている、韓国源流説や在日認定も日韓問題かしら。私から見れば、笑い話だけど。」
と、千鶴が言うと、山田が「そりゃなんだい?」と質問してきた。
「韓国源流説は、日本文化は全て韓国が起源であるとする主張です。 確かに一部は、そうなのかもしれないけれど、歴史的史料や物証等が乏しいかまたは全く無い状態であって、国際的に日本文化が取り上げられると、それらの起源は韓国であると主張をする傾向があります。 武道・茶道・侍・日本刀・ソメイヨシノなんかがいい例かも。」と千鶴が答えると、「在日認定とは、偉業を成した日本の著名人も勝手に朝鮮民族に認定し、根拠なく在日朝鮮・韓国人やコリアン系の同胞だと主張することです。 まあ、共にネット経由で言われていることで、実害もないから、みんな、面白がっているだけだと思います。」と綱島が口を挟んだ。
「一番の問題と認識している慰安婦問題について背景、経緯を探っていきます。 では、山田さん続けてください。」と雪乃が言うと山田が以下の件にまとめて説明した。
1967年:初期ウーマン・リブの運動家の田中美津が著作で「従軍慰安婦」の「大部分は朝鮮人であった」、「貞女と慰安婦は私有財産制下に於ける性否定社会の両極に位置した女であり、対になって侵略を支えてきた」と記述。
1973年:千田夏光が著書で、日本人の慰安婦は自主的な売春婦であり、韓国人の慰安婦は売春を強制された被害者とした。
1977年:元旧日本陸軍軍人を自称する吉田清治が、慰安婦について、済州島で軍や職員などの協力を得て、狩り出しを行ったと記述。
1982年:同氏が、樺太裁判において、済州島で慰安婦の強制連行を行なったと証言。
1983年:戦中済州島で自ら200人の女性を拉致し慰安婦にしたと証言する「私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』(三一書房)を出版。
当時、韓国側の反応は全面否定。
1983年:朝日新聞が吉田清治を紹介。以後吉田を計16回取り上げて報道。
2012年:朝鮮日報は同氏の著書を取り上げ「この本一冊だけでも日帝の慰安婦強制連行が立証されるのに十分である」と強制連行の存在を主張。
1991年:金学順が韓国で初めて元慰安婦として名乗り出て、自らの体験を語った。
同年、金ら元慰安婦3人を含む「太平洋戦争犠牲者遺族会」の35人が日本政府の謝罪と補償を求めて軍属らとともに東京地裁に提訴したが、その後の提訴も含め、2003年の最高裁で敗訴が確定している。
1992年:宮沢喜一首相の訪韓の前に、朝日新聞が一面で「慰安所、軍関与示す資料」「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」「政府見解揺らぐ」と報じた。
1993年:宮沢首相は、「軍の関与を認め、おわびしたい」と述べ、訪韓日程における首脳会談や国会演説などで謝罪し、「真相究明」を約束した。
1992年:加藤紘一官房長官が従軍慰安婦問題について「お詫びと反省」を表明する談話を発表した。これに合わせ、日本政府による関連資料の調査(第一次調査)の結果が公表され、慰安婦問題について「政府の関与」は認めたものの、「強制連行」を立証する資料は見つからなかったとした。
1992年:戸塚弁護士はNGO国際教育開発代表として、朝鮮人強制連行問題と「従軍慰安婦」問題を国連人権委員会に提起し、日本政府に責任を取るよう求めるとともに国連に対応を要請した。戸塚は、それまで「従軍慰安婦」に関する国際法上の検討がされていなかったために、「従軍慰安婦」を大日本帝国の「性奴隷」と規定した。
1993年:河野洋平が、韓国政府から実態解明についての強い要請が寄せられたことを受け、日本政府は関連資料の調査に加えて関係者への聞き取りや現地調査、米国公文書の調査などを含む再調査を行い、 その中で、慰安婦の募集について、「甘言を弄し、或いは畏怖させる等の形で本人の意向に反して集めるケースが多く…官憲等が直接にこれに加担した」とした。これに合わせ、河野洋平官房長官は談話を発表し、慰安婦について「募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」とし、「心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」と表明。
1995年:村山富市内閣総理大臣は談話を発表し(村山談話)、その中で、従軍慰安婦問題について「女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、私はこの機会に、改めて、心からの深い反省とお詫びの気持ちを申し上げたいと思う」と、政府としての反省の意を示した。
また、村山内閣は元慰安婦に対する「全国民的な償いの気持ち」をあらわす事業と、「女性をめぐる今日的な問題の解決」のための事業を推進することを目的に「基金」を設立することを決定した。
五十嵐広三官房長官は、「女性のためのアジア平和友好基金」の設立に際して、この事業を実施する折、政府は元従軍慰安婦の方々に、国としての率直な反省とお詫びの気持ちを表明すると語った。
また、政府は、過去の従軍慰安婦の歴史資料を整えて、歴史の教訓とした。
1996年:橋本龍太郎内閣総理大臣は、元慰安婦(アジア女性基金が対象としていない日本人女性を除く)に対して「心からおわびと反省の気持ち」をあらわす手紙を発出した。
政府は、募金から元慰安婦に対して一人当たり200万円の「償い金」を渡すとともに、前述の手紙を届けた。
アジア女性基金は1996年8月13日からフィリピンで、1997年1月11日から韓国で、同年5月2日から台湾で、それぞれ「償い事業」を開始し、フィリピン、韓国、台湾の元慰安婦285人に支出した。
2001年には小泉純一郎首相がおわびの手紙を各慰安婦に送った。
2014年:第二次安倍内閣政権下、河野談話の作成過程について、内閣官房の検討チームの報告書「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話作成からアジア女性基金まで~」が公表され、談話の記載内容について日韓間で折衝が行われていた事実が確認された。この検証報告書について韓国の朴槿恵大統領は7月2日、中国中央テレビのインタビューで「談話を傷つけようとしている。 被害者の心に大きな傷を与え、国家間の信頼に背く行為だ」と述べた。
2014年:朝日新聞は慰安婦報道に関する検証を行い、吉田氏関連の16本の記事を取り消した。
2014年:自民党の国際情報検討委員会は「いわゆる慰安婦の強制連行を否定、性的虐待も否定された」とする決議を採択した。
2015年:「慰安婦問題日韓合意」
合意では、日本政府側は「当時の軍の関与のもとに多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり・・・ 日本政府は責任を痛感している。」と述べ、安倍晋三首相が「改めて、慰安婦としてあまたの苦痛を経験され心身にわたり癒やしがたい傷を負われた全ての方々に心からおわびと反省の気持ちを表明する。」とした。
韓国の尹外相は「両国が受け入れうる合意に達することができた。 これまで至難だった交渉にピリオドを打ち、この場で交渉の妥結宣言ができることを大変うれしく思う。」と述べ、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されたことを確認した。
同合意に基づき、設立された「和解・癒やし財団」が合意時点で、生存していた元慰安婦1人当たりに約1千万円が支給、7割以上が現金を受け取った。故人の遺族らにはそれぞれ約200万円が支給されていた。
2017年:文在寅政権発足後、韓国政府は「合意には法的拘束力がない」とし、日韓合意の検証作業を行った。 その後、文在寅大統領は、合意破棄や再交渉は求めないとしつつも「政府間の約束であれ、大統領として、この合意で問題が解決できない。」と表明した。
2018年:韓国政府は、「被害者(元慰安婦)中心主義の原則の下で財団解散を進める。」とし、一方的に財団の解散と事業終了の方針を発表し、日本政府の同意なしに手続きを進めた。
(※以上ウイキペディア参照)
「こんなところでいいかな?」と山田が言った。
しかし、見事なものである。参考資料もないまま山田が語り、それを綱島が、議事録につけていた。
「綱島くん、ありがとう。書記を決めていなかったのに。」とダイスケが言うと、
「俺、得意ですから。 何なら、パワーポイントで資料作ってきましょうか。」と、照れながら綱島が答えた。
「う~ん、この話を聞く限り、日本政府は、きちっと対応しているようにみえるけど。どこに問題があったのかな。」 千鶴が、怪訝そうな顔で聞いてきた。 それに対しダイスケは、「確かに、日本政府はその都度真摯に対応をしてきたし、韓国政府は、日本の対応を評価しながらも、幾度となく覆してきた。 但し、その対応が誰を意識し、行ってきたのかが重要になる。」と答えた。
「その前に、」ダイスケが、「朝鮮人慰安婦20万人説というのを知っているかい。」聞くと、雪乃さんと山田は頷き、千鶴と綱島が首を横に振った。
「正確な話は、山田さん、お願いします。」
突然の振りに驚く様子もなく、山田が驚異の知識を披露した。
「日本政府が行った調査によると、慰安婦の慰安婦には日本人、朝鮮人、台湾人、中国人、フィリピン人、インドネシア人、オランダ人がいた。」
「オランダ人もいたのね。」
千鶴が驚いたよう様子で口を挟むが、山田は、話を進めた。
「歴史家の秦郁彦は、その正確な内訳を把握することは困難であるとするものの、1999年の論文で日本国内の遊郭などから応募した者が40%程度、現地で応募した者が30%、朝鮮人が20%、中国人が10%程度として、慰安婦の出身者は日本人が最も多かったろうと推定したが、同年の著書『昭和史の謎を追う』において、日本人慰安婦と朝鮮人慰安婦では3対7ないし2対8の比率で朝鮮人慰安婦が多く、慰安婦の主力が、若い朝鮮人女性であったとした。その後、2012年のアジア女性基金調査では、朝鮮人慰安婦は多かったが日本人慰安婦も多く、朝鮮人慰安婦が絶対的多数を占めるにはいたっていなかったろうとしていた。」
「なんで、ころころ、意見が変わるの。大したおっさんでもないよね。」と千鶴が言うと、ダイスケが「おいおい、秦氏は東大出身の大歴史家で、法学博士。千葉大や日大で教授を歴任していた。学生時代にA級戦犯を含む百数十人から巣鴨プリズンでヒアリング行ったり、1992に行った現地調査で、済州島での200人の慰安婦狩りを行ったとする吉田証言が捏造であることを指摘した人物だよ。」と反論した。
「へー、そうなんだ。」と千鶴が驚いたようすで呟いた。なおも山田が語った。
「秦は、慰安婦の総数について、日本軍の兵員総数を慰安婦一人あたり兵員数で除した上で交代率、帰還による入れ替りの度合いを考慮に入れるという手法で、1993年に9万人、1999年に2万人と推察した。さらに、アジア女性基金では他の研究者の推算から2万にから41万人と報告した。」
「なかなかの開きね。でも総数と言う意味では20万人説もあながちおかしくないかも。」と千鶴が口を挟むと、山田さんがそうだねという表情で続けた。
「千田によると関東軍特種演習において慰安婦が、集められたことについて、日本軍の後方担当参謀原善四郎元少佐が、必要慰安婦の数は二万人とはじき出し、飛行機で朝鮮へ調達に出かけたとのインタビューがあることから、朝鮮半島は、慰安婦の草刈場となっていたことがわかる。実際には一万人しか集まらなかったというが、草刈場になった事実は動かせないと言われているので、関東軍が70万人程度いたことから考えると、兵士35人に一人の慰安婦が必要と推察されるため、朝鮮併合期間を考慮すると上振れの41万人かと思われるけど、まあ、その半分程度の20万人が妥当だと思うよ。」
「なんで、そう思うのですか。 それと朝鮮半島が慰安婦の草刈り場になっていると言っていることから、やっぱ、強制連行が行われていたと参謀の人が言っているのも、「強制連行はなかった」としている日本政府の発言を覆す根拠になるのではないのですか。」と綱島が問いた。
「いい質問だね、綱島くん。」とダイスケが口を挟み答えた。
「まず、日本軍の参謀が調達に向かっていることから、慰安所の軍の関与はあったと考えるのが自然であり、逆に強制連行があったのであれば、おそらく2万人という必要数を強制的に集めることはできたはずと考えるのが自然ではないかな。 仮にも当時、支配していた日本軍の参謀からの依頼を「できなかった」では済ませられないだろう。」
「では、強制連行はなかったと思うわけですか。」
不安気な表情で、綱島君が聞いてきた。
ダイスケは、「個人的な見解だが」としつつも続けた。
「慰安婦には金が支払われていたし、強い需要があった。実際、原参謀のインタビューのなかで「部隊へ配属したところ、中には、そんなものは帝国陸軍にはいらないと断る師団長が出たのです。ところが、二ヶ月とたたぬうち、やはり配属してくれと泣きついて来た。」との証言もあった。 逆に統治しているといえど、元々は別の国で、数万人規模の強制連行を行えば、衝突が起こるし、記憶にも残る。まあ、この問題が、定義されはじめてからの調査でも強制連行の事実を確証するものは見つかっていないから。 だけど、日本人の性格上、上からの命令は、絶対であったことを考慮すると強制徴用を行った隊もあったと考えるのが自然かな。でも、最も暗躍したのは・・・」
「搾取する大人ね。」
千鶴が、分かったという表情で言った。
「そうだな、現代も残る大きな問題だよ。東南アジアやアフリカ、中南米。工場や戦場でその構造が続いていて、日本でも研修生制度や風俗等などで暗躍している。 儲かることに関しては、容赦ない者がたくさんいる。 それが日本人でも朝鮮人でも、人身売買や誘拐、強要があっても然るべしだ。」とダイスケが答えると、
「実際、親に売られたと証言した慰安婦もいたしな。」と山田が、付け加えた。
「当時、多くの暗躍する大人がいたと思うよ。たしか安倍さんも、狭義では、なかったみたいな言い方していたな。」と山田が言った。
「では、これまでは日本人からみた推察であるけれど、韓国側がどう捉えているかになるか、だ。」とダイスケは、山田に話を振った。
「韓国政府は資料不足のため慰安婦にされた女性の数は正確には分からないとしているが、最小3万人最大40万人であるとしていて、韓国国定教科書では朝鮮女性数十万人を慰安婦にし、650万人を強制連行したと記載している。」
「随分、開きがあるのね。」と千鶴が言うと、ダイスケが持論を展開した。
「そうだな、韓国では、日本で慰安婦問題が語られるまで、歴史の暗部として、全く黙殺されていたので、根拠となる資料や証言が残っていなかったから。 日本人の証言を元としているようだ。 しかし、多くの朝鮮人が慰安婦として働かされていた事実は変わらない。南京大虐殺でもそうだが、正確な数は既に歴史の闇に消えてしまい検証のしようがないし、それについて言い争いをしても加害者側は、出来る限り少なくしようとするし、被害者側は可能な限り多くしようとする。 これは、日本や韓国に限ったことではない。ただ、被害者は救済されるべきだ。」
「では今度は、被害者の元慰安婦の認定現状と賠償額について考えてみよう。」と山田さんが続けた。
「日本政府は、前出のアジア女性基金では、フィリピン、韓国、台湾の元慰安婦285人に総額5億7千万円の償い金を支出し、2015年12月28日に合意した慰安婦問題日韓合意においても日本政府は、償い金の半額の約5億円を支出し、その7割が受け取っている。 ちなみに、2004年までに韓国政府 女性家族部認定の元日本軍慰安婦は、既に亡くなった人を合わせて計207人、2005年には計215人で内88人が死亡したとし、2009年と2011年には合計234人としている。」
「随分、少ないのですね。慰安婦の人数。」、千鶴が聞くと、ダイスケが答えた。
「そうだな、アジア女性基金が、1994年に支払いを開始しているが、戦時中の慰安婦は、14から20歳と言われているので、当時は50代、60代になっていると考えられる。いくら、当時寿命が短かったと言われても、認定者数が少なすぎる。」
「そうですね。では、慰安婦として働いていた数がもっと少なかったのでは。」
と綱島が聞いてくると、それに千鶴が答えた。
「自分自身が、性的商売をしていたことを恥じているのではないのかな。もしくは、認定条件が厳しかったのかも。」
「そうだな、調査することはもう困難だけど、報告書があることから調査方法や認定方法はネットで見られるかもしれないな。では、実際に慰安婦をしていた人たちの気持ちを考えていこう。」
基金が支払われた元慰安婦は、各国で認定されていた元慰安婦を最終的にはアジア女性基金が調査し、認定する方法で決めたのであった。 言い換えれば、アジア女性基金開設前に既に支払う人数が分かっており、場合によっては、少数に止まることが分かっていたためにアジア女性基金が創設できたとダイスケは考えていたが、綱島や千鶴に自主的調査を促すためにうやむやした。
「そろそろ本題かね。」と雪乃が言った。
ここからは、高校生の千鶴ちゃんには、表現が過激に過ぎるかもしれないがと、ことわりつつもダイスケが続けた。
「まず、女性が、しかも当時の事情を考えると14から20歳位の少女で、場合によっては男性経験もない女性が、いわゆる娼館で、本人の意思に関わらず働かせられることについてどう感じるか考えてみよう。」
「私なら絶望するわ。 人生って過酷なもので、もう心はずたずたね。」
と千鶴が、暗い目をして言うと、それに対し、綱島が言った。
「ハリウッド映画の“サユリ”もそんな話だし。時代的には、仕方ないのでは? 現代でも、イスラム過激派のポコハラムなんかは、小学校とか襲っているし。イスラム国も人身売買がおこなわれているから仕方ないのでは?」
雪乃が、綱島を見つめながら諭すように言った。
「そんなの経験した人じゃないと分からないし、人によっても受け止め方が違うから。 でもそれを苦に、精神を壊したもの、自殺したもの、又性病を患ったもの、殺されたものもいたはずだよ。」
それに続き、ダイスケが言った。
「大きな、物語としては、綱島くんが言う通り、起こったことであり、歴史上の悲劇で、分別のある大人からみれば、償い済みの過去の事象に過ぎない、仕方なかったのだと言うかもしれない。」
「それは、違うと思う。」 大きく首を振りながら、悲しい表情で千鶴が言った。
「踏みにじられた心は、お金だけでは、解決することが出来ない人がいる。 いえ、他のどんなものでも解決できない人もいると思う。」
千鶴の言葉に納得しているのか雪乃が、大きく頷きながら言った。
「第一、基金にしても、合意にしても、誰の中での解決なのか不明だな。 そりゃあ、頂けるものは頂くさ。 特に慰安婦を立派な職業として捉える者にとっては、渡りに船の出来事に思えるだろうが。」
「でも、そんなこと言ってたら物事は解決できなくなるのでは?」と、綱島が言うと、
雪乃が、「綱島くん。もし、君の兄弟が殺人事件に巻き込まれ、犯人が十分な賠償をしたから、もう過去のことだと言われ、目の前で開き直られたら、どう思う?」と返した。
「そんなの、許せるわけありませんよ。」綱島が答えると、ダイスケが口を挟んだ。
「レイプが魂の殺人だという言葉を知っているかい。」
綱島が聞いたことありますと答えると、ダイスケが続けた。
「魂の殺人は、スイスの心理学者アリス・ミラーが提唱した言葉で、過酷な躾に用いられた言葉だが、後に、レイプなどの性犯罪に用いられるようになった。 人の心身にその後ひどい影響を及ぼすことがあるからだ。」 すると雪乃が言った。
「もちろん、戦争だから沢山の死者もいたし、慰安婦も含め強制労働もあった。 これらの重犯罪は、被害者やその近しい親族が、少なくとも生きている間、加害者は、反省し、できることなら寄り添うことで、何時かは許されることを願わなくてはいけない。 日本は法治国家なので、刑罰によりその代役を果たすが、それでも被害者や親族の心は癒されることはないよ。 だからと言って日本政府が言うように国際協定や合意が破られていいわけではない。 そもそもこの問題には、日本の道理と韓国の正義というイデオロギーの対決なのではないかしら。」
ダイスケが、雪乃の言葉に何か気付いたのか、「なるほど続けてください。」と言うと、
雪乃が得意げに語った。
「そもそも道理とは「物事がそうあるべき正しい筋道」「人としての正しい道」のことで、時代ごとの、絶対的に正しい普遍的な真理だと考えられることを主張する際に使われているの。 今回の道理は、日韓請求間協定であり、慰安婦に対する合意となり、これが否定されれば、戦後以降の国家間のいかなる条約も意味をなさないものとなる。 一方で韓国は、被害者の救済という「正義」を主張している。この2つのイデオロギーは、似ているようで、全く違うものであり、どちらが正しいという問題ではないのよ。」
雪乃の語りに、戸惑った表情で綱島が、「では、どうすれば、良いのですか。」と聞くと、雪乃が「そこで、我々がそれを担当するのさ。但し、どちらの国の政府の面子も潰さないよう注意しなくてはいけないよ。」と言い、不器用なウインクをした。
「日韓問題や慰安婦問題の背景は、大体理解できたわ。」 そう、千鶴が言うと、綱島も同意したのか頷いた。
「では、被害者や近しい親族に対する対応を、我々加害者である日本人としてどう振る舞い、どうしたら許されるかという戦略について、今度は考える必要があるのね。」と千鶴が言うと、ダイスケと山田は、「ニコチン切れ」と言い席を立った。
「ニコチン切れとか仕方ない大人ね。」と言いつつも、みんな、頭を冷やす時間が必要だったようで、メールのチェックやドリンクの補給に動いていた。
「ダイちゃん、もうダイちゃんでいいよな。」 喫煙席で、山田が言うとダイスケが頷いた。
「で、戦略は、あるの?」
煙草をふかしながら「大方の道筋は考えているよ」と、しながらも「千鶴や綱島の戦略を聞いてみたい。」と嬉しそうに言った。
「俺、ワクワクしてきたよ。」 そう言う山田を見ながらダイスケは思っていた。
仕事以外で、自分の意見を話し、それに従って計画を立てて実行することは、ここしばらくなかったし、この齢、54歳の初老の独身男に急に現れたチャンスに心が躍っていた。
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周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

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