俺は彼女に養われたい

のあはむら

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相談

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霧が自室で真面目に勉強していると、玄関口からドアの開閉音が聞こえた。姉のかすみが帰ってきたのだ。霧は少し時間を置くと、ため息とともに腰を上げた。

かすみの部屋のドアをノックする。
「姉貴、ちょっといいか?相談したいことがあるんだけど」
霧の言葉に、かすみの声が少しだるそうに返ってきた。
「いいけど何よ、急に。珍しいわね」

ドアが少しだけ開かれ、その隙間からかすみの顔が覗く。化粧を落とした顔には長い一日の疲労が漂っていた。

霧はためらいながらも、その隙間から部屋に足を踏み入れた。部屋には香水の微かな香りが漂い、綺麗に整頓された衣類や小物は彼女の性格を物語っている。
「で、何?相談?」
かすみはベッドに腰掛け、霧を顎で促す。
「何よ、勉強?進路?それとも何、退学が決まったとか?」
「退学じゃねえよ!」
霧は慌てて否定するが、その反応にかすみがくすりと笑う。
「じゃあ、なんなの?私に相談するなんて、あんたらしくないじゃない」
霧は一瞬言葉を飲み込んだ。かすみのじっとりとした視線が、自分を試すようにこちらに向けられている。それがなんだか居心地悪くて、彼は視線を泳がせた。
「……恋愛のことなんだけどさ」と、霧はしぶしぶ口を開いた。
「へえ、恋愛ねえ。あんたがそんなこと言う日が来るなんてね」
かすみは目を細め、楽しそうに腕を組む。
「で、どうせあれでしょ?相手が全然あんたに気がないとか、そもそもまともに相手にされてないとか、そんな感じでしょ?」
「いや、そこまでひどくはねえよ!」霧は慌てて言い返したが、その動揺が余計に彼女を笑わせるだけだった。

「それで?何が聞きたいのよ。どうやってその子を落とすかとか?それともどうやって諦めるかとか?」
「諦めるとか言うなよ!」
霧はムッとしながら床に腰を下ろした。
「ただ、なんつーか……どうやったら俺が、その……特別な存在になれるのかなって」
「ほほう、特別な存在ねえ」
とかすみは顎に手を当てて考え込むふりをする。
「いやー、無理なんじゃない?」
「相談に乗る気あんのかよ!」
「あるわよ。ていうか、あんたが気になっている子ってどんな子なの?」
「どんな子って……」
霧は言葉を詰まらせ、視線をあちこちにさまよわせた。
「ちょっと、具体的に言ってよ。こっちは暇じゃないんだから」
かすみは足を組み替え、軽くため息をつく。その態度に霧は少しムッとしたが、結局口を開いた。
「……誰にでも優しくて、可愛くて、一緒にいると癒される感じ」
「へえ」
かすみは興味深そうに目を細めた。
「で、その子の名前は?」
「そこまで言う必要はないから、教えねえ」
霧の反応が更にかすみの興味を引き立てたようだった。彼女は腕を組み直し、意地悪な笑みを浮かべる。 
「ふーん。優しくて一緒にいると癒されるなんて、随分と人気が出そうな子ね。で、あんたはどうやってその子の彼氏になろうとしているわけ?」
「……わかんねえよ、だから相談してんだろ」
霧は苛立ちながらかすみを睨むが、彼女はそれすら楽しんでいるようだった。
「そもそもその子とは仲いいの?」
「……仲はいいよ。」
霧は少し言いづらそうに答えた。
「同じクラスでよく話すし、友達にはなれていると思う」
「友達ねえ。それって、完全に“安全圏”にいる感じじゃないの?」
「……安全圏?」
霧は眉をひそめる。
「そう。相手にとってあんたは安心できる存在。でも恋愛対象として見られていないってことじゃない?」

「……分かってるよ」
霧は視線を落としながら言った。
「俺は向こうにとってただの友達だってことも。“お兄ちゃんみたい”って言われたときも、そういうことなんだろうなって思った」
かすみは目を丸くした。
「“お兄ちゃんみたい”って、あんた言われたの?それはキツいわね」
「自覚してるよ……。」
霧はため息をついた。
「だから、そこをどうにかして突破したいんだ。でも、何をすればいいのか分かんねえんだよ」

かすみはしばらく考え込むように顎に手を当てた。
「突破、ねえ。まあ、確かにお兄ちゃん枠から彼氏枠に昇格するのは簡単じゃないわ。でも、不可能でもないわよ」
「どういうことだ?」
「“お兄ちゃんみたい”な安全な存在から、彼女の中で“異性として意識できる存在”に変わればいいの。意識させる瞬間を作ることが大事よ」
「意識させる瞬間……?」
「そう。“お兄ちゃんみたい”って言われるってことは、あんたが相手にとって“無害”に見えすぎてるってこと。つまり、相手から見たあんたには恋愛特有の“ドキドキ感”がないのよ」
「……俺が何か悪いことすればいいのかよ?」
「違うわよ!」
かすみは呆れたように肩をすくめた。
「悪いことをしろなんて言ってないわ。ただ、相手に“予想外”だと思わせる瞬間を作りなさいってこと」
「予想外って……何をすればいいんだよ」
霧は腕を組みながら眉をひそめる。
「ふふ、しょうがないわね。特別にいくつか教えてあげるわ」
かすみは指を一本立てて続ける。
「まずは嫉妬させるの。たとえば他の女子と親しげに話すとかしてね。そういうことをその子の前でやって、“霧って私だけに優しいんじゃなかったの?”って思わせれば成功。少しでも他の子に取られちゃうかもって感情が生まれれば、あんたを意識し始めるわ」

霧はまだ納得がいかないような表情で口を開いた。
「……まあ、嫉妬させる必要性はわかったけど、それだけで効果あるか?」
「その通り。次の手が大事なのよ」
かすみは二本指を立てた。
「次はヒーロー性を見せるの。困ったときに頼れる男って印象を植え付けなさい。たとえば、彼女が困っていたら霧が冷静に解決するの。それも、ただ助けるだけじゃなくてリードする感じでね。“あ、霧ってこんなに頼れる人だったんだ”って思わせることがポイントよ」
霧は腕を組んで、いかにも納得いかないという顔を浮かべた。
「簡単に言うけど、俺じゃ解決できない困り事だったらどうするんだよ?」

「重要なのは全てを解決する完璧なヒーローになることじゃなくて、その子が困ったときに一緒に動いてあげたり、頼れる雰囲気を見せることよ。解決できなくてもあんたがどう向き合うかが大事なの。だから、彼女が困ってたら全力で向き合いなさい。それだけで十分印象に残るんだから」
「ふーん、なるほどな」
霧は小さく頷いた。

「次は他の人との比較で特別感を出すのよ」
「特別感?」
「そう。他の人にも優しい霧を演じた後で、あえてその子に“やっぱり君といるのが一番楽しい”とか“お前といると安心するわ”って言うの。これで彼女は“え、私だけ特別?”って思い始めるのよ。」
「……それって、言い方が重要そうだな」
霧は少し不安げだ。
「もちろんよ。相手が不快にならないように、自然に言うのが大事ね」
かすみは軽く笑った。
「で、さらに感情を揺さぶるには、意図的に少し冷たくするのもあり」
「冷たく?」
霧は意外そうな顔をした。
「そう。その子はあんたを“安全圏”だと思ってるわけじゃん。でも、霧が突き放すことで彼女は“どうして急に?”って混乱するのよ。その後でフォローすれば効果はあるはず」

霧は腕を組んでしばらく考え込んだ。「嫉妬させて、頼れる男を見せて、特別感を出して、冷たくして……なんか、駆け引きばっかだな。」
「恋愛は駆け引きよ」
かすみは怠そうに寝転がる。
「でも、無理にやる必要はないの。あんたが本気でその子を意識させたいなら、自然にできるところから始めればいいのよ」

霧は深く息を吸い込んで立ち上がった。
「……わかった。やれるだけやってみるよ…でもさ、さっき言ってたことを全部やっても駄目だったら、俺はどうしたらいいんだ?」
かすみは霧の真剣な顔を見て、鼻で笑いながら大きく伸びをした。
「そしたら、潔く諦めなさい。簡単な話よ」
「諦めろって……そんな冷たいこと言うなよ!」
霧は慌てて言い返したが、かすみはその反応すら楽しんでいるようだった。
「別に冷たくないけど。ただ、世の中にはどうしようもないこともあるって言ってるの」
かすみは起き上がり、ベッドの端に腰掛けた。
「例えば霧のことを好きって言ってくれる女の子がいたとして、その子がお金持ちじゃなくて見た目もタイプじゃなかったらどうする?霧は付き合う?」
「…付き合いはしないかな」
「でしょ?」
かすみは得意げに指を立てる。
「それと同じよ。その子にだって譲れない条件があるかもしれないの。たとえば、“私の彼氏は身長180センチ以上じゃないと無理”とか、“絶対に筋肉質でないとダメ”とか」
「……四捨五入すれば180センチになるけど、筋肉質ではないな」
霧は肩を落とした。
「ほら、それよ!」
かすみは大げさに手を叩いた。
「霧がその条件から外れてるだけなのよ。それなら、どんなに頑張ったって結果は変わらないよ。人の好みを他人が変えることはできないんだから」
「……なんか、それ言われると余計へこむな」
霧はため息をついた。
かすみは軽く笑いながら、優しい口調で続けた。
「でもね、だからこそ潔く諦めることも大事なの。その子がダメでも、世界には他に何億人もの女の子がいるんだから。ほら、その子に拘っている間に霧の良さを分かってくれる人を逃しちゃうかもしれないでしょ?」
霧はその言葉にしばらく黙り込んだが、やがて小さく頷いた。
「……まあ、確かにな。全部やってダメだったら、諦めた方がいいってことか」
「そうそう!」
かすみは笑顔で頷いた。
「でも、諦める覚悟を持ちつつ全力でぶつかりなさい。その方が、結果はどうであれ後悔はしないでしょ?」
霧は少しだけ顔を上げ、決意を込めた声で言った。
「……わかった。まずはやれることを全部やってみる。もしそれでダメだったら、潔く諦めるよ」
「その意気よ」
かすみは満足そうに笑い、再びベッドに寝転がった。
「でもさ、もしダメだったからって泣きついてこないでよね。慰めてほしいなら、せめてケーキくらい奢りなさいよ」
「なんで俺が失恋した後にケーキも奢らないといけないんだよ!」
霧は呆れながらも、少しだけ笑みを浮かべた。
廊下に出た霧は、心の中で決意を新たにした。
(……全部やってみる。諦めるかどうかは、それからだ)
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