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狼心狗肺の報
84. 分水嶺
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「セルジュ不味い! レボルト殿だ!!」
「確かに。申し訳ございませんがモパッサ殿、お隠れいただいても?」
「無論だ」
セルジュはモパッサを隣の部屋へと追いやる。その直後にレボルトが許可も無しにずかずかと入り込んできた。
「久しいなセルジュ卿。誰か来ているのか?」
レボルトが第一声で問いかけてきた。おそらく、表に止まっているホンスをみてそう思ったのだろう。
「いえ、誰も。強いて申し上げるならば伝令としてこの三人が各地から戻ってきたくらいです」
ジョルトがレボルトの目を盗んでモパッサが使っていたカップを片付ける。セルジュはナイスプレーだと心から称賛を送った。
「それで、今回はどうされたので?」
「うむ。ミゲル辺境伯のところへと寄るついでに立ち寄らせていただいた。まずはホンスに餌と水を」
ジョイに指示を出してホンス用の水と餌を用意する。水はすぐに用意できるが問題は餌だ。本来は飼っていないホンスの餌なんてあるわけがない。記憶を頼りに保管してあった干しグレピンをホンスに与えることにした。
「しかし、良い館だな。いつの間にかこんなものを拵えていたとは」
レボルトはゆっくりと辺りを見回す。内緒で建てていた館がバレてしまったが、遅かれ早かれバレるものである。ここは割り切って話を進めることにした。
「それよりも、レボルト殿。これからミゲル伯爵の元へ赴くとのことですが、ミゲル伯爵は南辺境伯側の人間では?」
「ん? ああ、そうだが彼奴は露骨に反旗を翻しているからな。共同戦線の申し出をしに行くのよ」
ドロテアがレボルトに暖かいムグィ茶を差し出す。やはり寒空の中を飛ばして進んでいるからか、身体が冷えているようだ。お茶を口に含んで一息ついている。それからさらに詳しい説明を始めた。
「今、閣下が南辺境伯を引き付けている。我々はミゲル伯爵と共に北上して挟撃を仕掛けるつもりだ。話がまとまれば私が兵を二〇〇ほど率いて貴殿の地を合流地点にして南辺境伯の尻を刺してやるのよ」
愉快そうに不敵な笑みを浮かべるレボルト。どうやら相当フラストレーションが溜まっているようだ。
「確かに挟撃されてしまえば南辺境伯も一溜りもないでしょう」
「そうだろう。それでな、貴公からも兵をいただきたい」
「私どももお力になりたいところではあるのですが、何せ先の大戦で全ての兵を失てしまい……」
そう言うとセルジュは目を伏せて悲しそうな表情をつくる。流石に六歳の子どもの悲しげな表情はレボルトの心に来るものがあったのだろう。
「そ、そうか。そうだな。確かに難しいだろう。では、食糧や矢など必要なものを揃えておいてくれ。もし、勝てれば褒美に土地と陞爵を約束しよう」
「具体的には如何ほどで?」
「そうだな……。爵位は士爵に。土地はファート領の三割を組み込ませようではないか」
「それは……悪くないお話ですね。ちなみにダドリック殿はお元気ですか?」
セルジュは確かに悪くはない話だと思っていた。勝つ前提の話だが陞爵と土地である。それも物資を提供するだけで。この話に乗る前提で、気になっていたもう一つの質問をレボルトにぶつけてみた。すると、レボルトは難しい顔をした後、ゆっくりと口を開いた。
「……ダドリックか。何とか一命をとりとめているがダメかもしれん。ドッダードルグは順調に回復しているがな。何せ歳が歳だ」
悲痛な表情で話すレボルト。死んではいないが致命傷を負っているようだ。これには流石のセルジュも目に涙を浮かべている。そこにジョイがやってきてセルジュとレボルトにこう告げた。
「ホンスに餌と水を与えました。大分回復しているようです。いつでも行けるでしょう」
もちろんジョイにホンスの様子などわかるはずもない。が、こういうことでレボルトを追い出そうとしたわけだ。レボルトはジョイの言葉をまんまと鵜呑みにして館を後にする。
「セルジュ卿。くれぐれもよろしく頼むぞ」
レボルトはセルジュと固い握手を交わし、表で待機していた手勢と共に南へと向かっていった。セルジュは奥の部屋に隠れていたモパッサを解放する。
「ふむ。やはり、か」
どうやらモパッサもスポジーニ東辺境伯とミゲル伯爵の共闘を危惧していたのだろう。応接間へと戻り、再びセルジュの前に座り直した。
「単刀直入に申し上げよう。こちらに寝返って挟撃を防いで欲しい」
「無理です。兵が足りません。二〇人でどれだけ防げるはずもありません」
モパッサとしてはこの合流地点で援軍を防いでおきたいところだ。みたところ、この館は強固につくられている。ここで防いでしまうのが最良なのだ。
「向こうは士爵への陞爵と土地と言っていたな。防いでくれたら男爵への陞爵とより多くの土地を約束しよう。そうだな……ファート領を丸々そなたに渡しても構わん」
セルジュは考えた。それだと今度はリベルトと揉めてしまうだろう。であればその条件は飲めないことになる。そこで、まずはモパッサと情報のすり合わせを行うことにした。
「なるほど。得心した。では、土地は改めて考えねばなるまいな。だがレボルトの奴が出した条件よりも上回る報酬を出すことを約束しようではないか!」
息巻いて段々と近づいてくるモパッサ。前髪から見える瞳が血走っていて不気味だ。
「即答できる話ではありません。取り敢えずバルタザークたちと相談しないと」
「そうか! そうだな! では今すぐ参ろうではないか! さぁ!!」
「え、いや! ちょっと!!」
テンションがあがっておかしなことになっているモパッサのホンスに乗せてもらってセルジュは南の建設中の砦へと足を進めるのであった。
「確かに。申し訳ございませんがモパッサ殿、お隠れいただいても?」
「無論だ」
セルジュはモパッサを隣の部屋へと追いやる。その直後にレボルトが許可も無しにずかずかと入り込んできた。
「久しいなセルジュ卿。誰か来ているのか?」
レボルトが第一声で問いかけてきた。おそらく、表に止まっているホンスをみてそう思ったのだろう。
「いえ、誰も。強いて申し上げるならば伝令としてこの三人が各地から戻ってきたくらいです」
ジョルトがレボルトの目を盗んでモパッサが使っていたカップを片付ける。セルジュはナイスプレーだと心から称賛を送った。
「それで、今回はどうされたので?」
「うむ。ミゲル辺境伯のところへと寄るついでに立ち寄らせていただいた。まずはホンスに餌と水を」
ジョイに指示を出してホンス用の水と餌を用意する。水はすぐに用意できるが問題は餌だ。本来は飼っていないホンスの餌なんてあるわけがない。記憶を頼りに保管してあった干しグレピンをホンスに与えることにした。
「しかし、良い館だな。いつの間にかこんなものを拵えていたとは」
レボルトはゆっくりと辺りを見回す。内緒で建てていた館がバレてしまったが、遅かれ早かれバレるものである。ここは割り切って話を進めることにした。
「それよりも、レボルト殿。これからミゲル伯爵の元へ赴くとのことですが、ミゲル伯爵は南辺境伯側の人間では?」
「ん? ああ、そうだが彼奴は露骨に反旗を翻しているからな。共同戦線の申し出をしに行くのよ」
ドロテアがレボルトに暖かいムグィ茶を差し出す。やはり寒空の中を飛ばして進んでいるからか、身体が冷えているようだ。お茶を口に含んで一息ついている。それからさらに詳しい説明を始めた。
「今、閣下が南辺境伯を引き付けている。我々はミゲル伯爵と共に北上して挟撃を仕掛けるつもりだ。話がまとまれば私が兵を二〇〇ほど率いて貴殿の地を合流地点にして南辺境伯の尻を刺してやるのよ」
愉快そうに不敵な笑みを浮かべるレボルト。どうやら相当フラストレーションが溜まっているようだ。
「確かに挟撃されてしまえば南辺境伯も一溜りもないでしょう」
「そうだろう。それでな、貴公からも兵をいただきたい」
「私どももお力になりたいところではあるのですが、何せ先の大戦で全ての兵を失てしまい……」
そう言うとセルジュは目を伏せて悲しそうな表情をつくる。流石に六歳の子どもの悲しげな表情はレボルトの心に来るものがあったのだろう。
「そ、そうか。そうだな。確かに難しいだろう。では、食糧や矢など必要なものを揃えておいてくれ。もし、勝てれば褒美に土地と陞爵を約束しよう」
「具体的には如何ほどで?」
「そうだな……。爵位は士爵に。土地はファート領の三割を組み込ませようではないか」
「それは……悪くないお話ですね。ちなみにダドリック殿はお元気ですか?」
セルジュは確かに悪くはない話だと思っていた。勝つ前提の話だが陞爵と土地である。それも物資を提供するだけで。この話に乗る前提で、気になっていたもう一つの質問をレボルトにぶつけてみた。すると、レボルトは難しい顔をした後、ゆっくりと口を開いた。
「……ダドリックか。何とか一命をとりとめているがダメかもしれん。ドッダードルグは順調に回復しているがな。何せ歳が歳だ」
悲痛な表情で話すレボルト。死んではいないが致命傷を負っているようだ。これには流石のセルジュも目に涙を浮かべている。そこにジョイがやってきてセルジュとレボルトにこう告げた。
「ホンスに餌と水を与えました。大分回復しているようです。いつでも行けるでしょう」
もちろんジョイにホンスの様子などわかるはずもない。が、こういうことでレボルトを追い出そうとしたわけだ。レボルトはジョイの言葉をまんまと鵜呑みにして館を後にする。
「セルジュ卿。くれぐれもよろしく頼むぞ」
レボルトはセルジュと固い握手を交わし、表で待機していた手勢と共に南へと向かっていった。セルジュは奥の部屋に隠れていたモパッサを解放する。
「ふむ。やはり、か」
どうやらモパッサもスポジーニ東辺境伯とミゲル伯爵の共闘を危惧していたのだろう。応接間へと戻り、再びセルジュの前に座り直した。
「単刀直入に申し上げよう。こちらに寝返って挟撃を防いで欲しい」
「無理です。兵が足りません。二〇人でどれだけ防げるはずもありません」
モパッサとしてはこの合流地点で援軍を防いでおきたいところだ。みたところ、この館は強固につくられている。ここで防いでしまうのが最良なのだ。
「向こうは士爵への陞爵と土地と言っていたな。防いでくれたら男爵への陞爵とより多くの土地を約束しよう。そうだな……ファート領を丸々そなたに渡しても構わん」
セルジュは考えた。それだと今度はリベルトと揉めてしまうだろう。であればその条件は飲めないことになる。そこで、まずはモパッサと情報のすり合わせを行うことにした。
「なるほど。得心した。では、土地は改めて考えねばなるまいな。だがレボルトの奴が出した条件よりも上回る報酬を出すことを約束しようではないか!」
息巻いて段々と近づいてくるモパッサ。前髪から見える瞳が血走っていて不気味だ。
「即答できる話ではありません。取り敢えずバルタザークたちと相談しないと」
「そうか! そうだな! では今すぐ参ろうではないか! さぁ!!」
「え、いや! ちょっと!!」
テンションがあがっておかしなことになっているモパッサのホンスに乗せてもらってセルジュは南の建設中の砦へと足を進めるのであった。
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