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狼心狗肺の報
82. それぞれの思惑
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「くそっ! 忌々しい南の若造めがっ!!」
手当たり次第に物を投げつけた。高価な陶器のグラスが壁に当たって粉々に砕け散る。スポジーニ東辺境伯は自城に戻るなり酒に溺れて荒んでいた。
本来であればトップに立つ者が一度の敗戦でここまで腐るのは如何なものかと思うが、蝶よ花よと育てられ挫折を味わったことのないスポジーニ東辺境伯の精神力では、この敗戦を受け止めきれなかったのだ。
「そう荒みますな。まだわかりませんぞ?」
レボルトは子飼いの兵から情報を集めながらスポジーニ東辺境伯に伝える。ファート士爵領が潰れた、と。
「これからミゲル伯爵と手を結ぶのがよろしいかと。そしてベルドレッド南辺境伯を挟み撃ちにするのです」
酔っているスポジーニ東辺境伯はふらつきながら地図の前まで来ると、顎の下に手を置いて少し考える。
「水を持て」
どうやら酔った頭では考えが纏まらなかったのだろう。水を飲んで頭を冷やす。それから何度か小さく頷き「悪くない、確かに悪くない」と呟いたのであった。
「わかった。その方向で話を進めろ」
「はっ。ではミゲル伯爵との折衝は私めが。閣下は南辺境伯の相手を」
「任せておけ」
スポジーニ東辺境伯の目に再び闘志の炎が宿ったのであった。
「貴公ら! これはいかなる所業か!!」
ソフィアが一隊を率いてミゲル伯爵と対峙する。ミゲル伯爵は既にモルツ村とヤラサワ村を支配下に置いていた。この手際の良さはまさに電光石火と言えただろう。それほどまでに入念に準備をしていたのだ。
「いかなる所業? これは異なことを。我々はあくまで襲われていた村を助けただけに過ぎん! そして、庇護するファート士爵の安否が不明なのであれば代わりに庇護を施さねば村が潰えるであろうがッ!! 本来であれば盟主であるはずの南ベルドレッド辺境伯が行うべきではないのか? それなのに戦に明け暮れおって、恥を知れぇいっ!!」
ソフィアはぐうの音も出ない程、ミゲル伯爵に言い負かされてしまった。根っからの武人であるソフィアに言葉戦いのような真似は向いていなかった。そしてミゲル伯爵の言い分も正しいのは理解できていた。
とは言え、これ以上勝手な真似を許すわけにはいかない。ソフィアはとりあえず、場の鎮静化に努めることにした。
「なるほど。貴公の言い分はもっともだ。とは言え、賊の討伐は済んでいるのでこの場は引いてもらえまいか?」
「いや、まだ襲ってくる可能性がある以上ここから去るわけにはいかん。其方はこの村を見殺しにしろと言うのか!?」
話せば話すほどソフィアは劣勢に追い込まれていく。これはミゲル伯爵の方が一枚も二枚も上手だったようだ。
「わかった。では、閣下から沙汰があるまでモルツ村とヤラサワ村をお願いする」
「承知した」
それだけを言い残すとソフィアは踵を返していった。それを胸の内を悪くしながら見送るミゲル伯爵。最後には毒まで吐き出した。
「戦うしか能のない狼め。いちいち儂のやることに口を挟むな」
「それで、どうするので?」
ミゲル伯爵の横にいたギースが声を掛ける。
「さっさと掌握するぞ。税を一割下げてやれ。後で上げれば問題ない」
「ベルドレッド南辺境伯はどうするので?」
「彼奴はスポジーニ東辺境伯を相手にしていて忙しいはずだ。こちらに来るのは当分先だろうて。それよりも東辺境伯からの使いが先に来るかもな」
ミゲル伯爵も戦の情報を逐一集めている。スポジーニ東辺境伯の陣営に頭の働くヤツが居るのであればミゲル伯爵に共闘を持ち掛けてくるはずだと考えていた。こなければそれまでの人物なのだろう。
問題は共闘の誘いを受けてからである。国の東側一帯を押さえたのは喜ばしいことだが、それだけで南辺境伯に対抗できるかどうかは怪しい。これが戦前であれば勝てる見込みが十分にあったものを、とミゲル伯爵は嘆いていた。
「まぁ負けてしまったのは仕方ない。最低でも村一つは確保するぞ」
「はっ」
ミゲル伯爵はモルツ村とヤナサワ村のご機嫌取りに精を出していくのであった。
手当たり次第に物を投げつけた。高価な陶器のグラスが壁に当たって粉々に砕け散る。スポジーニ東辺境伯は自城に戻るなり酒に溺れて荒んでいた。
本来であればトップに立つ者が一度の敗戦でここまで腐るのは如何なものかと思うが、蝶よ花よと育てられ挫折を味わったことのないスポジーニ東辺境伯の精神力では、この敗戦を受け止めきれなかったのだ。
「そう荒みますな。まだわかりませんぞ?」
レボルトは子飼いの兵から情報を集めながらスポジーニ東辺境伯に伝える。ファート士爵領が潰れた、と。
「これからミゲル伯爵と手を結ぶのがよろしいかと。そしてベルドレッド南辺境伯を挟み撃ちにするのです」
酔っているスポジーニ東辺境伯はふらつきながら地図の前まで来ると、顎の下に手を置いて少し考える。
「水を持て」
どうやら酔った頭では考えが纏まらなかったのだろう。水を飲んで頭を冷やす。それから何度か小さく頷き「悪くない、確かに悪くない」と呟いたのであった。
「わかった。その方向で話を進めろ」
「はっ。ではミゲル伯爵との折衝は私めが。閣下は南辺境伯の相手を」
「任せておけ」
スポジーニ東辺境伯の目に再び闘志の炎が宿ったのであった。
「貴公ら! これはいかなる所業か!!」
ソフィアが一隊を率いてミゲル伯爵と対峙する。ミゲル伯爵は既にモルツ村とヤラサワ村を支配下に置いていた。この手際の良さはまさに電光石火と言えただろう。それほどまでに入念に準備をしていたのだ。
「いかなる所業? これは異なことを。我々はあくまで襲われていた村を助けただけに過ぎん! そして、庇護するファート士爵の安否が不明なのであれば代わりに庇護を施さねば村が潰えるであろうがッ!! 本来であれば盟主であるはずの南ベルドレッド辺境伯が行うべきではないのか? それなのに戦に明け暮れおって、恥を知れぇいっ!!」
ソフィアはぐうの音も出ない程、ミゲル伯爵に言い負かされてしまった。根っからの武人であるソフィアに言葉戦いのような真似は向いていなかった。そしてミゲル伯爵の言い分も正しいのは理解できていた。
とは言え、これ以上勝手な真似を許すわけにはいかない。ソフィアはとりあえず、場の鎮静化に努めることにした。
「なるほど。貴公の言い分はもっともだ。とは言え、賊の討伐は済んでいるのでこの場は引いてもらえまいか?」
「いや、まだ襲ってくる可能性がある以上ここから去るわけにはいかん。其方はこの村を見殺しにしろと言うのか!?」
話せば話すほどソフィアは劣勢に追い込まれていく。これはミゲル伯爵の方が一枚も二枚も上手だったようだ。
「わかった。では、閣下から沙汰があるまでモルツ村とヤラサワ村をお願いする」
「承知した」
それだけを言い残すとソフィアは踵を返していった。それを胸の内を悪くしながら見送るミゲル伯爵。最後には毒まで吐き出した。
「戦うしか能のない狼め。いちいち儂のやることに口を挟むな」
「それで、どうするので?」
ミゲル伯爵の横にいたギースが声を掛ける。
「さっさと掌握するぞ。税を一割下げてやれ。後で上げれば問題ない」
「ベルドレッド南辺境伯はどうするので?」
「彼奴はスポジーニ東辺境伯を相手にしていて忙しいはずだ。こちらに来るのは当分先だろうて。それよりも東辺境伯からの使いが先に来るかもな」
ミゲル伯爵も戦の情報を逐一集めている。スポジーニ東辺境伯の陣営に頭の働くヤツが居るのであればミゲル伯爵に共闘を持ち掛けてくるはずだと考えていた。こなければそれまでの人物なのだろう。
問題は共闘の誘いを受けてからである。国の東側一帯を押さえたのは喜ばしいことだが、それだけで南辺境伯に対抗できるかどうかは怪しい。これが戦前であれば勝てる見込みが十分にあったものを、とミゲル伯爵は嘆いていた。
「まぁ負けてしまったのは仕方ない。最低でも村一つは確保するぞ」
「はっ」
ミゲル伯爵はモルツ村とヤナサワ村のご機嫌取りに精を出していくのであった。
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