内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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暖衣飽食の夢

51. 生まれた火種

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セイファー歴 756年 9月7日

バルタザークは切り落とした賊の首を全て大樽に入れて荷車に積んだ。念のため腐らぬように塩に漬けて。

「ジョイ。悪いんだけど何人か連れてスポジーニ東辺境伯の元まで行って事情を説明してきてくれないか。まずはトルスという人物を訪ねて来てくれ」
「おう。わかった」

ジョイはウェルグとボルグの兄弟を伴ってスポジーニ領の首都であるスポジニアまで荷車を押し始めた。もちろん、ジョイには全ての事情を話してある。

なぜジョイを派遣したのかと言うと、セルジュの中にジョイを外交官として育てるという目論見があった。と言ってもジョイはまだ十一歳なので、そこまで英才教育をしようと言うつもりはない。

今回は荷を運んで説明するだけの簡単なお仕事である。しかも相手はあの・・トルスだ。すぐに戻って来られるだろうとセルジュは考えていた。

「バルタザーク。奪ってきた鉄の剣とか鎧とかどうすれば良いかな?」
「んー、腐るもんじゃねぇんだし取っときゃ良いんじゃねぇか?」

セルジュは鉄を溶かして売ることも考えたが、ヴェラに新しく出来た鍜治場で紋章の刻印を分からないよう加工してもらうだけに止めた。




セイファー歴 756年 9月10日

「遠かったぁ」

ジョイたちは荷車を牽きながらスポジーニ東辺境伯の領都であるスポジニアへと辿り着いていた。
バルタザークに鍛えてもらっていなければ途中でバテて居ただろう。

城下町を通って城門前に居る衛兵に訪ねてきた理由を告げるジョイ。その場で待たされること数十分。もうウェルグとボルグの二人はバルタザークが居ないことを良いことに遊び始めている。

「お、お待たせしましたぁー」

城の方からやって来たのは寝癖が付いたままの年若く見える青年。ジョイはこの方があの・・トルスだろうと見当を付けていた。

「貴方がトルス様でしょうか」
「トルス様なんて止めてください。トルスで構いませんよ。詳しいお話をお伺いしたいので、こちらへ」

柔和な雰囲気のトルスに導かれるままジョイたちは城の中へと足を踏み入れた。トルスも今回はお偉い人が相手ではないとわかったのだろう。気楽に接している。

セルジュたちが拠点としている不傾館とは比べ物にならない程に荘厳で華美な城内にジョイたちは圧倒され委縮していた。

しかし、ジョイは自身の役目を自覚している男だ。気圧されまいと唇を強く噛みんで意識を入れ替える。

「こちらにどうぞっす」

ジョイたちが通された部屋には眉間にしわを寄せた高身長のイケメンが事務仕事に従事していた。こちらを一瞥すると、取るに足らない些事と判断したのだろう。再び目の前の羊皮紙に視線を落とした。

「本日は我が主の命にて登城しました名代のジョイと申します。本日はお目通り……」
「そういう堅苦しいのは無しで良いっすよ」

ジョイが練習してきた口上を遮るトルス。トルスとしてはフレンドリーに接したかっただけなのだが、ジョイは自分に非があったのでは気が気でならない。

しかし、止めろと言われてしまったものは仕方ない。ジョイは早速ではあるが本題に入ることにした。

「要件はスポジーニ東辺境伯閣下の領内であるデレフ村を荒らした賊の首にございます。こちらに」

ジョイがそう言うとウェルグとボルグの二人が大樽を転がしながらトルスの元へと運び出し、中から賊の首魁と思わしき首を跪いて掲げた。

「ゔっ、わ、わかったっす」

どうやらトルスは生首など見慣れていないのだろう。腰が引けている。ジョイがそのまま説明に移った。

「こやつらはデレフ村を襲った後、我が領のアシュティア村方面へと進んで来たため、我々で討伐した次第」
「把握したっす。それでは報奨金を授けて終わりっすね。なので、その首をさっさと仕舞って欲しいっすぅ!」

ジョイはトルスの指示通りに首を大樽へと戻そうとしたのだが、横から待ったの声が掛かった。声を掛けた人物は机仕事に従事していた高身長の男であった。

「その首をこちらへ寄越せ」

愛想のあの字も無い男性の表情と声色に生唾を呑み込みながら首を持って向かうヴェルグ。男性は運ばれてきた首の頭をむんずと掴んで顔をマジマジと眺めた。

「トルス。ドッダードルグ卿を連れて来い。今すぐにだ」
「は、はいぃっ!」

そう言われたトルスは足早に部屋を後にした。ジョイたちを迎えに行った時、ジョイたちは長時間その場で待たされたが、今回のトルスは数分も掛からないうちに目的の人物を連れて戻ってきた。

トルスが連れて来た人物は筋骨隆々でボディビルダーと見紛うほどの人物であった。その身体とは裏腹に表情は柔和な笑みを浮かべている。

「なんだ、レボルト。火急のようだと聞いたぞ」
「済まないが、この顔を見て欲しい」

レボルトはボールでも投げるかの如く、ドッダードルグに首を投げる。ドッダーボルグはそれを片手で掴みとってそのまま顔の前へと持って行った。

「あぁ、見たことがあるな。誰の下に居たかは覚えてないが、其方の推察通りと見て良いだろう」

首を投げ返すドッダードルグ。一人、事情が呑み込めていないトルスがアタフタしながらレボルトに説明を求めていた。

「ど、どういうことっすか? 仲間外れにしないで教えてくださいよー」

レボルトは心底イヤそうな顔をしていたが表情から読み取れるほど優しいドッダードルグがトルスだけではなくジョイたちにも説明を始めた。

「こいつはな、ベルドレッド南辺境伯の陪臣よ。どこの家臣だったかは覚えておらんがな。私自身もベルドレッド南辺境伯の家臣であったから間違いはないだろう。差し詰め、負けた腹いせというとこか。なんと幼稚な」

この説明に違和感を覚えたのはジョイだ。ジョイはセルジュがから事前に今回の事件について説明を受けていた。その説明では賊の首魁はレグニス公爵の陪臣だったはずである。これを言い出すべきかどうかジョイには判断がつかなかった。

「おのれベルドレッドめ。どうしてくれよう!!」
「待て待て。まずは問いただすのが先決。そして、示談するのであれば条件も纏めねばな」

そこでトルスがごく当たり前の疑問を全員に投げ掛けた。

「それ、本当にベルドレッド南辺境伯の仕業なんすか? 他家や独断の可能性もあるんじゃ?」
「トルス。そこはどうでも良いのだ。問題は『ベルドレッド南辺境伯の兵が我が領の村を破壊した』と言う事実だ」
「そうじだな。それに今年は凶作だ。どのみちどこからか奪わねば我々も食べてはいけん」

トルスが異端のような扱いで話はどんどん進んでいく。そして、この一言を言われてしまってはジョイが口を挟むことが出来るはずもないだろう。

結局、セルジュに緘口を言いつけられていたため、ジョイは賊討伐の褒賞だけを大人しく貰ってアシュティア領へと戻ることにした。
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