内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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暖衣飽食の夢

46. 足りない食べ物

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セイファー歴 756年 8月7日

ヤグィルが子ヤグィルを産んだ。メスであった。特に難産と言う訳でもなく見守っているだけで子ヤグィルが生まれた。セルジュは初めてのことで動転してしまい、上手く生まれなかった時のために、前世の記憶を頼りに足を引っ張るためのロープを用意していた。

しかし、それが大きな牛や馬の難産だった場合の措置であることをセルジュが思い出すのは子ヤグィルが立ち始めた時であった。

「よし、じゃあオデットとクララは毎朝ヤグィルの乳を絞って持って来てね」
「「はーい」」

二人が元気良く返事をする。セルジュが出産を見届けた後に不傾館に戻るとジョルトがセルジュの帰りを今か今かと待っていた。

「おかえり、ジョルト」
「ただいまかえりました」
「それで、どうだった?」

セルジュはジョルトを執務室に招き入れると暖かいムグィ茶を淹れてジョルトに振る舞った。まだ冷夏は続いている。

「はい。やはり南辺境伯閣下も食糧を買い占めているようでした。ですが、まだまだ足りていないご様子も見受けられました」
「やっぱりかー。南辺境伯に買い占められたらボクらのような下の下の騎士におこぼれは回ってこないな」

セルジュはがっくりと肩を落とした。ジョルトが心配そうにセルジュを見つめる。

「そんなに我が領の食糧事情は危ないのですか?」
「ん? ああ、いやいや全然? ただ、南辺境伯ですら苦心しているのであれば他の領はもっと酷いだろう? もし、ジョルトがその立場だったらどうする?」

ジョルトは自身が騎士の身分で拝領している土地が凶作だった場合を想定する。まず考えられるのが買い占めであるが、それは南辺境伯など潤沢な予算がある上位貴族によって行われている。

であれば、次に行うこととなれば略奪か採取のどちらかであろう。後者であればまだマシである。野鳥や野草などを採取して飢えを凌げれば良いだろう。だが、規模が大きくなればなるほどそうもいかなくなる。

となると、簡単に取れる対処法は前者だ。周囲の領へと侵略して食べ物を奪う。そうなるとアシュティア領もタダでは済まなくなるかもしれない。

「なるほど、そういうことですか」

ジョルトはセルジュの質問の意図を理解した。一を聞いて十とまではいかなくても五は理解出来る自頭の良さがジョルトの持ち味だ。

「まぁ、そんなに心配はしてないけどね。北は東辺境伯領で東はグレン山脈。西はリベルトのとこで南はファート領。新たにウィート領とも接することになったけど東辺境伯派で味方だ」

そうなのである。たとえアシュティア領に食べ物があったとしても襲ってくる領が無いのだ。唯一あるとすれば南のファート領だけだろうが、リベルトを味方に引き込むことが出来れば問題ないと考えている。

それにファート家とは停戦協定を結んでいるため、襲ってくる心配もないだろう。

「ただ、念には念を入れるつもりだよ」

そういってセルジュはジョルトを安心させるように笑いかけた。



セイファー歴 756年 8月20日

アシュティア領でもムグィラの収穫が始まった。今年は昨年と比べて穫れ高が少ない。前年比で換算すると七割程度だ。このままだと危ないが、冬を越すことは出来るだろう。何故ならばこれからカブラとビーグの栽培に移るからである。

ということで、セルジュは北と南の村を視察すると言う名目で訪れることにした。

「おお、坊ちゃま」

セルジュを目ざとく見つけたのはアシュティア村の村長であった。セルジュは村長の元へと歩み寄る。ももう刈り入れはほとんど終わりを迎えていた。

「作物の実り具合はどうですか?」
「そうですな、やはり良くはありませなんだ」

村長はセルジュの問いに対して悲しそうな顔をして俯いてしまった。

「そんなに心配しないでください。今年は不作だった分、税率を抑えるつもりです」
「すみませんの。助かりますじゃ」
「とりあえず、刈り入れたムグィラは各家ごとに分けておいてください」

今年のアシュティア村のムグィラの収穫量は大樽で二一〇樽にも及んだ。一見、多そうに見えるが、そんなことはなかった。ここで少しだけ計算してみよう。

人間が一人当たり食べるムグィラの量は年間で二〇〇キロだ。そして大樽には二〇〇キロのムグィラが入る様になっている。つまり、一樽で一人分だ。そしてアシュティア村の人口は百四十一人だ。

必要なムグィラの量はおよそ二八〇〇〇キログラム。それに対し、今年穫れたムグィラの量はおよそ四二〇〇〇キログラムだ。いつも通りの税率であれば村人たちはカツカツの生活を強いられることになるだろう。

税が多すぎるとも思われがちだが、セルジュの元には十五人の兵士に五人の小姓がいる。つまり、四〇〇〇キログラムのムグィラが必要になるのだ。また、コンコール村ではムグィラを栽培しておらず、その分も必要になってくるだろう。

これはセルジュが想定してたよりも悪い収穫量となっていた。あまり喜ばしい結果ではない。そこでセルジュは今年の税率を大幅に引き下げることを検討していた。あとはコレ次第である。

「村長。収穫の祭りが終わったらムグィラを育てていた畑でこれらを栽培してみてくれ」

セルジュはビーグの種とカブラの種を村長に手渡した。それからセルジュが手渡した種子の主旨を話そうとするが、村長が待ったをかけた。

何も重大な事項があったわけじゃない。村長が村で土をいじっている奴を連れてきただけだ。セルジュは村長とその男にビーグとカブラについての説明を行う。なにせセルジュは両方の作物を昨年に育てているから、その自負があった。

「それじゃあ種は不傾館に置いておくから祭りが終わったら取りに来てくれ」
「承知しました」

一通り説明を行ってから今度はコンコール村へとセルジュは向かった。コンコール村ではキャベジやキャロテヌが例年より不作ではあったが凶作というほどではなかった。

しかし、問題は別なところにあった。コンコール村でムグィダが足りていないのである。その不足分はおよそ三〇〇〇キログラム。ここにきて移住者が増えてしまったのが祟った形となってしまった。

「……ムグィラが足りない。なんとかしないと」

セルジュはコンコール村でもビーグとカブラの栽培を誘起し、種を用意することにした。セルジュは館への帰り道、これからはムグィラ粉を切り詰めるためスピナチの塩スープが中心になるだろうなとため息を吐いた。
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