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暖衣飽食の夢
45. 極端な天気
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セイファー歴 756年 8月3日
結論から言うとセルジュの悩みは杞憂に終わった。いや、終わったと読んでも良いものなのだろうか。と言うのも、八月に入ると急激に気温が下がったからだ。太陽は顔を出さず、かと言って雨が降るわけではなかった。これは冷夏と言っても過言ではないだろう。
「今年の夏の天気は何でこうも極端なの?」
「さてね、お天道様が怒ってんじゃないか?」
バルタザークが欠伸を噛み殺しながら能天気に宣う。バルタザークは非常に楽観的であった。
「案外そうなのかもね」
意外であったのはセルジュだ。彼も今の状況を楽観視していた。と言うのもセルジュが今期から切り替えさせたムグィラは美味しくは無いが寒さに強い品種であり、さらに劣化しにくいという特徴を持っていた。
栄養価も豊富で優秀な作物なのである。では、なぜムグィラではなくムグィクばかり栽培されるのかと言うと、やはり第一は味。ムグィクとムグィラを比較すると十人中九人はムグィクが好きだというだろう。
そして価格。ムグィラよりムグィクの方が高値で取引されると言うのが大きい。異常の理由から領主は自分の領土でムグィクを栽培させるのだ。そして、領民たちは自分たちでは考えずに領主の言う通りの作物を栽培していた。
「まぁでも前月の猛暑があったから、へたっている作物はダメかもしれないね」
「だが他の領よりはマシだろ」
「もちろん。じゃ、ボクはヤグィルの様子を見てくるから」
セルジュはそれだけをバルタザークに伝えてヤグィルの小屋へと向かった。と言うのも、メスのヤグィルの一匹が妊娠しており、もうすぐ出産を控えているからだ。しかし、村に産婆は居るものの獣医などいるはずもなく手探りの中での出産になるため、セルジュも気が気でないのだ。
これが上手くいけば、この三匹からヤグィルの数を増やすことに成功することが出来る。失敗は許されないとセルジュは考えていた。
今現在、ヤグィルの世話をしているのはオデットとクララだ。この二人にヤグィルの出産を手伝えと言っても難しいだろう。セルジュは自分自身で対処し、それでも余る部分はバルタザークやドロテアにお願いしようと考えていた。
「珍しい顔が居るね」
小屋の前に居るのはモドラムであった。モドラムがアシュティア領に来るのは実に半年ぶりである。北から西に抜けるルートが元に戻ったのかモドラムがアシュティア領に来ていた。おそらくウィート領に抜ける道を整備したお陰だろう。
「ご無沙汰してます、坊ちゃま。お陰さまでまたこちらに来ることが出来ました」
「そんな畏まった言い方はやめてくれ。これからも良い商品と情報を頼むよ」
「そうか、そりゃもちろん力になるぞ。それで何が欲しいんだ?」
モドラムがそう聞いてきたのでセルジュは間を置かずに迷わずに答えた。
「日持ちする食べ物を全部と果実酒」
するとモドラムは大きく溜息を吐いて首を左右に振った。
「お前たちもか。今はどこへ行っても食いもんだな。残念だがオレが持ってる食いもんはこれくらいだ」
「なにこれ。草?」
モドラムが取り出したのは健康そうな緑色の葉菜類の野菜であった。セルジュはそれの匂いを嗅いだりしている。モドラムはそんなセルジュのリアクションを面白そうに見ていた。
「これはな、スピナチと言って横の道を通って入ってきた代物だ。そのまま食うと美味しくないがきちんと調理すれば案外イケるぞ」
「ほうほう、これは種もあるの?」
「もちろんだとも。今まで来れなかったお詫びに安く譲ってやっても良いぞ? それらかな」
「うわ! くさっ!!」
モドラムは白い欠片を取り出した。セルジュはその匂いに驚いて大きな声を上げてしまったので、またもやモドラムに弄ばれてしまった。
「こっちはガルリクと言って臭いが美味い野菜が育つぞ。少し育ててみんか?」
「……じゃあ、それも」
セルジュは鼻を摘まみながらモドラムの言われるがまま商品を買ってしまった。彼の元からお金が無くなるのはこれが原因だろう。
「じゃあ、塩漬けのスピナチ一樽とスピナチの種を百粒、それからガルリクの種もな。これは十粒だ。合計で金貨三〇枚ってとこかな」
「うえっ!? 高くない??」
「おいおい、これは塩込みの値段だぞ。それに今はどこも食糧を欲しがっててな。イヤなら別に良いんだぜ?」
「……わかったよ。じゃあ、それで」
セルジュは自分自身に領民のためだと強く言い聞かせてモドラムに金貨三十枚を支払った。
「へいよ! 毎度ありー」
「モドラム、そんなに食糧不足は深刻なのか?」
セルジュは金貨を渡してモドラムに問いかける。モドラムは金貨を数える手を止めてセルジュの質問に深刻そうな面持ちで答えた。
「ん? ああ、賢い領主はこぞって買い占めてるね。馬鹿な奴らは野垂れ死ぬか食糧を求めて侵略戦争でもおっぱじめるぞ。お前んとこは大丈夫か?」
「たぶんね。作物は全てムグィラに変えたから、全部がダメってことは無いと思う」
「中々に先見の明があるじゃねぇか。だが、周囲にはそれが無いからな。……気を付けろよ」
モドラムは最後だけ神妙な顔つきに代わり、セルジュに十分な注意を促してから不傾館を後にした。そして、この時のセルジュもまさか自分たちに魔の手が伸びてくるとは思いもしなかった。
結論から言うとセルジュの悩みは杞憂に終わった。いや、終わったと読んでも良いものなのだろうか。と言うのも、八月に入ると急激に気温が下がったからだ。太陽は顔を出さず、かと言って雨が降るわけではなかった。これは冷夏と言っても過言ではないだろう。
「今年の夏の天気は何でこうも極端なの?」
「さてね、お天道様が怒ってんじゃないか?」
バルタザークが欠伸を噛み殺しながら能天気に宣う。バルタザークは非常に楽観的であった。
「案外そうなのかもね」
意外であったのはセルジュだ。彼も今の状況を楽観視していた。と言うのもセルジュが今期から切り替えさせたムグィラは美味しくは無いが寒さに強い品種であり、さらに劣化しにくいという特徴を持っていた。
栄養価も豊富で優秀な作物なのである。では、なぜムグィラではなくムグィクばかり栽培されるのかと言うと、やはり第一は味。ムグィクとムグィラを比較すると十人中九人はムグィクが好きだというだろう。
そして価格。ムグィラよりムグィクの方が高値で取引されると言うのが大きい。異常の理由から領主は自分の領土でムグィクを栽培させるのだ。そして、領民たちは自分たちでは考えずに領主の言う通りの作物を栽培していた。
「まぁでも前月の猛暑があったから、へたっている作物はダメかもしれないね」
「だが他の領よりはマシだろ」
「もちろん。じゃ、ボクはヤグィルの様子を見てくるから」
セルジュはそれだけをバルタザークに伝えてヤグィルの小屋へと向かった。と言うのも、メスのヤグィルの一匹が妊娠しており、もうすぐ出産を控えているからだ。しかし、村に産婆は居るものの獣医などいるはずもなく手探りの中での出産になるため、セルジュも気が気でないのだ。
これが上手くいけば、この三匹からヤグィルの数を増やすことに成功することが出来る。失敗は許されないとセルジュは考えていた。
今現在、ヤグィルの世話をしているのはオデットとクララだ。この二人にヤグィルの出産を手伝えと言っても難しいだろう。セルジュは自分自身で対処し、それでも余る部分はバルタザークやドロテアにお願いしようと考えていた。
「珍しい顔が居るね」
小屋の前に居るのはモドラムであった。モドラムがアシュティア領に来るのは実に半年ぶりである。北から西に抜けるルートが元に戻ったのかモドラムがアシュティア領に来ていた。おそらくウィート領に抜ける道を整備したお陰だろう。
「ご無沙汰してます、坊ちゃま。お陰さまでまたこちらに来ることが出来ました」
「そんな畏まった言い方はやめてくれ。これからも良い商品と情報を頼むよ」
「そうか、そりゃもちろん力になるぞ。それで何が欲しいんだ?」
モドラムがそう聞いてきたのでセルジュは間を置かずに迷わずに答えた。
「日持ちする食べ物を全部と果実酒」
するとモドラムは大きく溜息を吐いて首を左右に振った。
「お前たちもか。今はどこへ行っても食いもんだな。残念だがオレが持ってる食いもんはこれくらいだ」
「なにこれ。草?」
モドラムが取り出したのは健康そうな緑色の葉菜類の野菜であった。セルジュはそれの匂いを嗅いだりしている。モドラムはそんなセルジュのリアクションを面白そうに見ていた。
「これはな、スピナチと言って横の道を通って入ってきた代物だ。そのまま食うと美味しくないがきちんと調理すれば案外イケるぞ」
「ほうほう、これは種もあるの?」
「もちろんだとも。今まで来れなかったお詫びに安く譲ってやっても良いぞ? それらかな」
「うわ! くさっ!!」
モドラムは白い欠片を取り出した。セルジュはその匂いに驚いて大きな声を上げてしまったので、またもやモドラムに弄ばれてしまった。
「こっちはガルリクと言って臭いが美味い野菜が育つぞ。少し育ててみんか?」
「……じゃあ、それも」
セルジュは鼻を摘まみながらモドラムの言われるがまま商品を買ってしまった。彼の元からお金が無くなるのはこれが原因だろう。
「じゃあ、塩漬けのスピナチ一樽とスピナチの種を百粒、それからガルリクの種もな。これは十粒だ。合計で金貨三〇枚ってとこかな」
「うえっ!? 高くない??」
「おいおい、これは塩込みの値段だぞ。それに今はどこも食糧を欲しがっててな。イヤなら別に良いんだぜ?」
「……わかったよ。じゃあ、それで」
セルジュは自分自身に領民のためだと強く言い聞かせてモドラムに金貨三十枚を支払った。
「へいよ! 毎度ありー」
「モドラム、そんなに食糧不足は深刻なのか?」
セルジュは金貨を渡してモドラムに問いかける。モドラムは金貨を数える手を止めてセルジュの質問に深刻そうな面持ちで答えた。
「ん? ああ、賢い領主はこぞって買い占めてるね。馬鹿な奴らは野垂れ死ぬか食糧を求めて侵略戦争でもおっぱじめるぞ。お前んとこは大丈夫か?」
「たぶんね。作物は全てムグィラに変えたから、全部がダメってことは無いと思う」
「中々に先見の明があるじゃねぇか。だが、周囲にはそれが無いからな。……気を付けろよ」
モドラムは最後だけ神妙な顔つきに代わり、セルジュに十分な注意を促してから不傾館を後にした。そして、この時のセルジュもまさか自分たちに魔の手が伸びてくるとは思いもしなかった。
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