内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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暖衣飽食の夢

44. 嫌な予感

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セイファー歴 756年 7月30日

アシュティア領は夏真っ盛りであった。太陽は薪をくべられた炉の如くごうごうと燃え、身体中の水分を根こそぎ蒸発させるつもりなのではないか、とセルジュは茹る頭で考えていた。

アシュティア領は王国の北側に位置し、ここまで暑くなることは滅多にない。そんな茹って机に付しているセルジュの元にクララがやってきた。

「セルジュおにいちゃん。アシュティア村の村長さまが呼んでるって」
「わかった。涼しくなってから向かうよ」

流石にこの熱さの中でアシュティア村に行く気にはならず、セルジュは日が傾いて暑さが和らいでから向かうことにした。

「おぉ、お待ちしておりました」

村長がセルジュを手厚く迎える。セルジュはそれを手で制して本題に入るよう、促していた。

「この暑さのお陰か、作物がへたってしまって昨年のような量は見込めないかもしれませぬ」
「むぅ。どなたか詳しい人間を一人貸してもらえるか」

セルジュは村人の一人を伴って村の畑を見回ることにした。畑は金色に靡くムグィラの穂で埋め尽くされていた。だがどれも線が弱く力がない。

「確かに少し弱ってるな」
「そうなんです。坊ちゃまの命令通りムグィラに変えておいて正解でした」
「そうだろうそうだろう。あと坊ちゃまって呼ばないで」

鼻を高くしながら褒められたことを喜ぶセルジュ。これがムグィクのままであればおそらく前年の半分も収穫できなかっただろう。ムグィラに変え、土地も変えたお陰で前年の七割程度の収穫は見込めそうであった。

ただ、これだけ手を尽くしても前年の七割で終わってしまうことにセルジュは危機感を覚えた。なぜならアシュティア領がこの様子なのであれば他領はもっと酷いことになっていると予測できたからだ。

「わかった。また何かあれば報告してくれ。それから子どもたちは暇してるか?」
「暑さで弱っている子も中にはいますが、元気に遊んでますよ」
「そうか」

やはり今年の夏は異常だ。猛暑と言っても過言ではないだろう。しかし、アシュティア領に川は南東にしかない。このアシュティア村からは距離が遠すぎる。

となれば、だ。不傾館の水堀で水遊びでもさせるべきか。街道の整備に加えて治水工事までするとなれば、その労力たるや考えるだけでもおぞましい。

セルジュはこの問題を前世特有の保留と言う形で棚上げすることにし、不傾館へと戻った。

「おう、帰ったか。今日も暑かったな、坊主」

バルタザークが果実酒を飲みながらセルジュの頭をワシワシと乱暴に撫でる。セルジュはバルタザークと簡単な報告のやり取りをする。

「昨年から鍛えてる奴らは普通の兵士並みには仕上がってるぞ。ジェイクとジョイ、それからジョルトは充分な仕上がりだ。残りの奴らもあの三人まで仕上げるんだったら、もちっと時間が要るな」
「わかった。そっちはバルタザークに任せる。好きなようにやってくれ。それよりも何か情報は入っているか?」
「いや、今んとこはなんも」

そう言って果実酒を一口。セルジュはバルタザークにアシュティア領周辺の作物の栽培に関して調査を依頼していた。ジョイとジョルトを見かけない辺り、あの二人に依頼してるのだろうとセルジュは推測を立てていた。ジェイクは頭を使うことに向いていないので担当から外されたのだ。

「しかし、周辺の調査なんで一体どうしたんだ?」
「この日照り続きが祟ってね。どうも作物が弱っているらしい」
「あー、それは良くねぇな」
「一人、誰かリベルトの元に使いを出しておいてくれ『買い占めれるうちに食べ物を買い占めろ』ってね」

セルジュはこの問題に対して早急に対策を練るため自室に戻った。この不傾館は前館よりも二部屋多い一◯LDKとなっている。執務室と応接間が一室ずつ。それに食堂と炊事場。セルジュとバルタザークの部屋。ヴィラとダナの部屋。ドロテアとオデットとクララは三人で一部屋だ。

まず、セルジュは自身の懐事情と相談をする。スポジニアへ赴いた際に臨時収入としてダドリックから金貨を一二◯枚ほど頂戴したが鉄原石と縦の道を通ってやってきた『花』を購入するのに金貨を七◯枚も消費してしまった。

特に高かったのが『花』の方である。花を一株買うだけで金貨を一◯枚も取られてしまった。これを三株も買ったものだから金貨があっという間に飛んでいくのは自明の理と言うものだ。

また、新しく来た移住者の家を建てるのだってタダではない。これを用意するのに金貨が五枚と大銀貨が三枚、それに銀貨が七枚飛んで行ってしまった。

セルジュの元に残っているお金は金貨が二百四十四枚と大銀貨が六枚。それから銀貨が三枚であった。こうみると沢山お金があるように見えるかもしれない。しかし、この時代に公債を発行するわけにもいかず、お金はいざと言うときのために取っておかないといけないのだ。

だからセルジュは父が死んだと考えている。もし、あの大戦の時にお金があったならば傭兵を雇って兵役として代わりに送り出すことが可能だっただろう。

そんなことを考え出すと暑さも相まって眠れない夜となり、どうするべきか夜通し頭を悩ませることになるのだった。
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