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閑話
美味しいご飯計画
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アシュティア領の朝は早い。とはいえ、この時代の農村なんぞ朝日とともに起きて落日とともに眠るような生活が一般的だ。
セルジュが領主となってから数週間が経っていた。一年が経っていた。領民たちも領主がセルジュであるということを受け入れていた。
アシュティア領ではいろんな改革が行われていた。まずは食事。今まではムグィラでつくられた固い黒パンが主食だったのだがダンプリングが主食の座を奪っている。
ちなみにダンプリングと言うのは日本で言うところのすいとんやほうとうのようなものだと考えてくれれば良い。パンだとどうしても硬くなってしまい、幼児や老人などは美味しく食べることができない。
またスープに入れて食すことで身体を温める効果もある。そのため、一家にひとつの鍋をセルジュは給付していた。問題はスープである。
この領では、動物性の出汁を取ることができないのだ。もちろんキャベジやオヌオン、キャロテヌやカブラから出る野菜の優しい旨味と塩で味を整えるだけでも味は悪くはない。
特に幼児や児童など成長期の子どもに栄養バランスの良い食事が行き渡ることで病気にかかる子どもが減ったとの報告が上がっていた。
セルジュは普段であれば捨ててしまう野菜の皮やクズから出汁を取ることを領民に広く周知させた。皮の方が栄養が豊富だからだ。
この食事の変化には全ての領民がこの変化には感謝をしていた。セルジュを除いて。前世でたらふく味の濃い物を食べていたセルジュにとっては満足行くものではなかった。
「あー。しょっぱいものが食べたいよー」
「どうしたんです? 藪から棒に。それであれば塩を舐めれば良いではありませんか」
セルジュが机に突っ伏して駄々をこね始めるとドロテアが掃除をしながらそれを嗜めた。セルジュは政務をほっぽり出してドロテアに反論しようと試みる。
「そうじゃないんだよー。もっとこう、なんて言うかなー」
「なんです?」
「腸詰め……そう! 腸詰め肉をスープに入れたいんだよ!」
「坊っちゃまも偉くなりましたね。みんなが汗水垂らして働いたムグィラを売って買えば良いじゃありませんか」
流石にドロテアもセルジュのあしらい方を学んだようだ。セルジュの罪悪感を刺激するような言い回しで責め立てる。確かに腸詰めは高い。一日分の腸詰め肉と一ヶ月分のムグィラが同じくらいの値段といえばわかってもらえるだろう。
「無い物ねだりは止めてお仕事に励んでください」
そういうとドロテアはセルジュに暖かいムグィラ茶を淹れてくれた。なんの変哲も無いムグィラの実を粉にせずに乾煎りして煎じたものである。これが意外と美味しいのだ。
しかし、無いと言われれば欲しくなるのが人情。どうにかしてスープに旨味を足すことができないか頭をウンウンと唸らせた。
豆があるのだから味噌を作れば良いのだが、味噌の作り方なんぞセルジュは知らない。醤油なんてもってのほかだ。出汁といえば昆布やカツオだが、内陸のこの地まで出回るわけがない。そもそもカツオを節にする発想なんてないだろうし昆布なんぞ取りもしないだろう。
海があれば無双できたのにとセルジュは考えていたが、それこそ無い物ねだりである。
「そうか。海がないなら川だ。ちょっと出てくる!」
セルジュは自領に川があることを思い出し、拠点としている不傾館の水堀を辿るようにして川へと到着した。が、ここでまた問題が発生した。セルジュは前世でも今世でも釣りをしたことがないのだ。もっというのであれば生きた魚を触ったことがない。
素直にセルジュは反転して戦略的撤退をして援軍を探した。そこにいたのはジェイクとジェイの悪友コンビであった。
「お、ちょうど良いところに」
「ん? なんだ?」
「二人は『釣り』ってできる?」
「釣りなんて、なぁ? オレたちの十八番中の十八番だよな!」
「うん」
そういうとジェイクとジョイはその辺の棒切れと自前の紐で釣竿をつくりあげてしまった。
「なんで紐なんかもってんの?」
「隊長が紐とナイフだけは片時も手放すなって」
よく教育の行き届いた隊である。セルジュはバルタザークの教えに感謝しつつ二人を連れて川へと舞い戻った。
「よし、じゃあ二人とも! めいっぱい魚を釣り上げてくれ」
こうしてセルジュの美味しいご飯計画がスタートした。
スタートしてかれこれ三時間は経っただろうか。釣果はいまだゼロである。
「釣れないねぇ」
「きょ、今日はちょっと竿がな、ほら、アレだからよ」
苦しい言い訳をするジェイク。だがセルジュはこうしてまったりと過ごしているのが父が生きていたころ、馬鹿をして過ごしていた時のように思えて嬉しくなっていた。
「二人はさ、今のこの領内をどう思う?」
突然のセルジュの言葉に面食らった二人だったが、二人の答えは既に決まっていた。
「すごく良いに決まってんじゃん! みんなが飢えずに過ごせてるのはお前のお陰だぜ」
「うん。セルジュは良く頑張ってると思うよ。村のみんなもそれを知ってるし、オレたちもそれに答えるつもりだ」
この二人の言葉がセルジュの気持ちを軽くさせた。やはり、上手くいってるかどうか不安なのは確かであった。こと政にかんしては正解がない分、自分のやってることが正しいのかわからないからだ。
「……そっか」
「人も増えて賑わってるしな」
「いろんな野菜にムグィラの乳も手に入るようになるし、みんな喜んでるよ」
悪友二人から自信をもらって、また明日から頑張ろうと心に刻むのであった。そして、魚は最後まで釣れなかったとさ。
セルジュが領主となってから数週間が経っていた。一年が経っていた。領民たちも領主がセルジュであるということを受け入れていた。
アシュティア領ではいろんな改革が行われていた。まずは食事。今まではムグィラでつくられた固い黒パンが主食だったのだがダンプリングが主食の座を奪っている。
ちなみにダンプリングと言うのは日本で言うところのすいとんやほうとうのようなものだと考えてくれれば良い。パンだとどうしても硬くなってしまい、幼児や老人などは美味しく食べることができない。
またスープに入れて食すことで身体を温める効果もある。そのため、一家にひとつの鍋をセルジュは給付していた。問題はスープである。
この領では、動物性の出汁を取ることができないのだ。もちろんキャベジやオヌオン、キャロテヌやカブラから出る野菜の優しい旨味と塩で味を整えるだけでも味は悪くはない。
特に幼児や児童など成長期の子どもに栄養バランスの良い食事が行き渡ることで病気にかかる子どもが減ったとの報告が上がっていた。
セルジュは普段であれば捨ててしまう野菜の皮やクズから出汁を取ることを領民に広く周知させた。皮の方が栄養が豊富だからだ。
この食事の変化には全ての領民がこの変化には感謝をしていた。セルジュを除いて。前世でたらふく味の濃い物を食べていたセルジュにとっては満足行くものではなかった。
「あー。しょっぱいものが食べたいよー」
「どうしたんです? 藪から棒に。それであれば塩を舐めれば良いではありませんか」
セルジュが机に突っ伏して駄々をこね始めるとドロテアが掃除をしながらそれを嗜めた。セルジュは政務をほっぽり出してドロテアに反論しようと試みる。
「そうじゃないんだよー。もっとこう、なんて言うかなー」
「なんです?」
「腸詰め……そう! 腸詰め肉をスープに入れたいんだよ!」
「坊っちゃまも偉くなりましたね。みんなが汗水垂らして働いたムグィラを売って買えば良いじゃありませんか」
流石にドロテアもセルジュのあしらい方を学んだようだ。セルジュの罪悪感を刺激するような言い回しで責め立てる。確かに腸詰めは高い。一日分の腸詰め肉と一ヶ月分のムグィラが同じくらいの値段といえばわかってもらえるだろう。
「無い物ねだりは止めてお仕事に励んでください」
そういうとドロテアはセルジュに暖かいムグィラ茶を淹れてくれた。なんの変哲も無いムグィラの実を粉にせずに乾煎りして煎じたものである。これが意外と美味しいのだ。
しかし、無いと言われれば欲しくなるのが人情。どうにかしてスープに旨味を足すことができないか頭をウンウンと唸らせた。
豆があるのだから味噌を作れば良いのだが、味噌の作り方なんぞセルジュは知らない。醤油なんてもってのほかだ。出汁といえば昆布やカツオだが、内陸のこの地まで出回るわけがない。そもそもカツオを節にする発想なんてないだろうし昆布なんぞ取りもしないだろう。
海があれば無双できたのにとセルジュは考えていたが、それこそ無い物ねだりである。
「そうか。海がないなら川だ。ちょっと出てくる!」
セルジュは自領に川があることを思い出し、拠点としている不傾館の水堀を辿るようにして川へと到着した。が、ここでまた問題が発生した。セルジュは前世でも今世でも釣りをしたことがないのだ。もっというのであれば生きた魚を触ったことがない。
素直にセルジュは反転して戦略的撤退をして援軍を探した。そこにいたのはジェイクとジェイの悪友コンビであった。
「お、ちょうど良いところに」
「ん? なんだ?」
「二人は『釣り』ってできる?」
「釣りなんて、なぁ? オレたちの十八番中の十八番だよな!」
「うん」
そういうとジェイクとジョイはその辺の棒切れと自前の紐で釣竿をつくりあげてしまった。
「なんで紐なんかもってんの?」
「隊長が紐とナイフだけは片時も手放すなって」
よく教育の行き届いた隊である。セルジュはバルタザークの教えに感謝しつつ二人を連れて川へと舞い戻った。
「よし、じゃあ二人とも! めいっぱい魚を釣り上げてくれ」
こうしてセルジュの美味しいご飯計画がスタートした。
スタートしてかれこれ三時間は経っただろうか。釣果はいまだゼロである。
「釣れないねぇ」
「きょ、今日はちょっと竿がな、ほら、アレだからよ」
苦しい言い訳をするジェイク。だがセルジュはこうしてまったりと過ごしているのが父が生きていたころ、馬鹿をして過ごしていた時のように思えて嬉しくなっていた。
「二人はさ、今のこの領内をどう思う?」
突然のセルジュの言葉に面食らった二人だったが、二人の答えは既に決まっていた。
「すごく良いに決まってんじゃん! みんなが飢えずに過ごせてるのはお前のお陰だぜ」
「うん。セルジュは良く頑張ってると思うよ。村のみんなもそれを知ってるし、オレたちもそれに答えるつもりだ」
この二人の言葉がセルジュの気持ちを軽くさせた。やはり、上手くいってるかどうか不安なのは確かであった。こと政にかんしては正解がない分、自分のやってることが正しいのかわからないからだ。
「……そっか」
「人も増えて賑わってるしな」
「いろんな野菜にムグィラの乳も手に入るようになるし、みんな喜んでるよ」
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