内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

41. 待てども待てども

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「そう言えばその娘、本当に身請けしたんだな」

セルジュは自身にあった出来事が衝撃的過ぎて気が付いていなかったのだが、リベルトの後ろを件の少女が歩いていた。

「おう、名前はリズだ」

リズと呼ばれた少女が可愛くお辞儀をした。

「最初は胃に負担のあるものを食べさせちゃダメだよ。ムグィラ粥とかから始めないと、死ぬからねマジで」
「お、おう」

いつになくピリピリしているセルジュに身じろぎするリベルト。ここは素直に言うことを聞いておいた方が良いだろうと考えていた。

その日は食事をしていようが宿に入ろうが終始むくれっぱなしのセルジュであった。



セイファー歴 756年 7月5日

早朝。まだ涼しい時間帯に城門へと赴くと既に大勢の人が背中に荷を負い、中には荷車を用意して待っていた。その数は実に一五◯名。家族単位に換算すると二十八家族であった。

セルジュは頭を抱えてしまった。この大所帯をどうやって養うか全く目途が立っていないのだ。いざとなれば身銭を切って養うことも可能だが、それは最終手段だ。

これだけの大人数になったのはセルジュのミスに起因するだろう。ダドリックとの約束時にセルジュが人数を決めていなかったのである。

また、想定外だったのがリベルトがお金を使い果たしてしまった、ということだ。あれだけの大金があれば十五家族は養うことが出来たはずだ。

しかし、セルジュはリズを目の前にして『お前がリズを買ったからだ!』などとリベルトに対して糾弾する勇気は持ち合わせていなかった。

「よくもまぁこれだけ集まったもんだな」

呑気な声でリベルトが話しかけてくる。セルジュはそれだけで怒りが爆発しそうだ。だがセルジュは自身に大人――見た目は幼子ではあるが――だと言い聞かせて心を鎮め、この場で割り振りを考えることにした。

「リベルト。新しく村を作るんだから人は多い方が良いよね。十八家族がリベルトで十家族がボクで良い?」
「待った! そんな十八家族も養えねぇよ。逆にしろ、逆に」
「はー? そんなの、お金使い過ぎたリベルトが悪いんじゃん」

勢いに任せてセルジュが先程よりも柔らかい表現でリベルトを咎めるとリズがリベルトの服の裾をぎゅっと握った。その行為にセルジュは罪悪感に苛まれるのであった。

「わかった。お金に関しては父上に掛け合ってみる。だが十五家族と十三家族で勘弁してくれ。お前もダドリックからお金をせしめとったと聞いてるぞ」
「はぁ。わかったよ」

セルジュは自身の言動の罪責感から渋々了承してしまった。実はセルジュも市場通りで大枚をはたいて買い物をしていたのだった。残りは今後のために貯金しようとしていた計画が台無しだ。

そんなやり取りをしていると向こうからトルスがやって来た。

「もういらしてるんですね。お早いなぁ」

今日も寝癖が付いている。そのトルスの後ろを二人の人が歩いていた。おそらくはセルジュがお願いしていた鍛冶師と大工だろう。予想通りにトルスが二人を紹介する。

「こちらが約束の鍛冶師のヴェラさんと大工のダナさんです」

紹介された人物を見て二人は目を見開いていた。二人とも若い女性であったからだ。どうやら二人はその視線になれているらしく不快な表情一つ見せない。

「アンタが領主のセルジュだね。ダドリックの旦那から話は聞いてるよ」
「噂通りの坊ちゃんだね。アタシらに不満は無いのかい?」

セルジュは差し伸ばされた手を握って二人に自身の考えを告げた。

「実力が無いというのであれば不満ですが、そう言うわけではないのでしょう?」

セルジュは特に性別による偏見を抱いてはいなかった。それに元より選べるほど裕福な環境に置かれているわけではない。二人が女性であることに驚いていたのはリベルトとゲティスの二人だ。

トルスはセルジュを呼び寄せて一団から離れ、耳打ちをした。

「セルジュさま。あの二人のこと、よろしくお願いしますです。実力は申し分ないのですが、その、やはり、鍛冶や大工の世界は男社会でして、腐っていたとこなんです。ダドリックさまがセルジュさまのところであれば大丈夫だ、と」
「わかってるよ。うちは実力主義だから。それよりも耳元で喋らないでよ、こそばゆい」
「ああ、ごめんなさいです」

そう。セルジュは実力主義を貫くつもりであった。縁故なぞ現代日本では有用かもしれないが、ことこの社会においては害悪でしかない。無能な上司の元だと大勢の部下が死神の前に晒されるのだ。

一団に戻るとリベルトがもう出発するかとセルジュに合意を求めてきた。しかし、セルジュには一つの懸念があった。

あの四人がまだ来ていない。

セルジュ個人としてはもう少し待ってあげたい気持ちもあったが、少数のために大勢を待たせるわけにもいかない。領主と言うものは時には非情さも兼ね備えていなければダメだと自分に強く言い聞かせてリベルトの提案に賛成の意を示した。

「……そうだね。行こうか」

セルジュが見せた一瞬の悲しい表情をリベルトは見逃さなかった。リベルトは自分のことだとポンコツではあるが、友達のためだと頑張れる男なのだ。なので、もう少しだけ理由を付けてこの場に留まることにした。

「そうだな。じゃあ、移動しやすいように荷造りからだな。荷物は荷車に纏めていこう。移動しやすくなったら出発だ」

リベルトが移民者にテキパキと指示を出す。この点、流石は領主の息子だと思う。セルジュはしきりに感心していた。そんなもんだから荷替えも直ぐに終わってしまった。有能さが仇になってしまった形である。

「……じゃあ、行くか」
「……うん」

ゲティスを先頭にアシュティア領とベルフ領に向かって歩き始めた。リベルトとセルジュは一番最後尾だ。歩き出して五分も経ってないだろう。後ろから声がしたのをリベルトは聞き逃さなかった。

「なんか、声がしないか?」
「え?」

振り返ってみると少年少女ら四人がこちらへと向かっていた。セルジュはその顔に見覚えがあった。

「待ってぇー!」

声をあげているのはオデットであった。その両手にはホップズとクララの手がある。もう一人はセルジュの知らない顔だ。

四人はセルジュたちに追いついて荷台に乗せられている。まだ肩で息をしているあたり、懸命に走ってきたのだろう。

「この子は?」

新しくやってきた少年に目を向ける。線が細く儚い印象を与える少年であった。

「ボクはレスリー、八歳。オデットに誘われてきたんだ」
「そっか、ボクはセルジュ。よろしくね。それでヴィクターは?」

セルジュは辺りを見回すがヴィクターの姿は無かった。オデットたちの表情が見る見るうちに暗くなる。

「ヴィクターは来ないって。お前たちだけで行けって」
「……そっか、わかった。とりあえず帰ろう。ボクたちの領土に」

一団は進路を南へと取った。
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