内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

40. てんき

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「おい!」

後ろから掛けられた声に心臓が飛び出そうになるセルジュ。振り返るとそこに居たのは少年少女あわせて四人ほどであった。セルジュより年上も居ればセルジュよりも年下も居る四人組だ。

「お前も父ちゃんと母ちゃんに捨てられたのか?」

リーダー格の少年がセルジュに向かって話しかける。どうやらこの子たちは孤児のようだ。セルジュは咄嗟のことで気が動転し、真実なのだがおかしなことを口走ってしまった。この辺り、セルジュは咄嗟の対応が下手である。

「いや、母親はボクが小さいときに死んで父親も去年死んだから、捨てられてはいないかな」
「そうなのか。でも、じゃあ、お前もオレたちとおんなじで家族が居ないんだな。オレたちんとこに来いよ!」
「あ、いや、市場通りまで……」

セルジュの話になぞ聞く耳を持たずに大丈夫大丈夫と言いながら手を引いて歩き出してしまった。

「えーと、みんなはどこで暮らしてるの?」
「オレたちは路の上。この時期だと別に不都合ねーし」
「冬だと死ぬけどな」

そう言ってケラケラと声を立てて笑う。箸が転がってもおかしなお年頃なのだろう。

「そう言えば名前は?」
「セルジュ」
「そっか! オレはヴィクター。十二歳だ」
「わたしオデット。九歳になったばかりだよ」
「ぼく、ホップズ。七歳」
「……クララ。よんさい」

セルジュは一生懸命になって名前を覚えようとしていた。まず体躯が一番大きくリーダーシップをとっているのがヴィクターでお姉さんしているのがオデット。少し気弱そうにしているのがホップズでクララはオデットと手を繋いでいた。

彼らは今年の始めに親に捨てられた同士であった。彼らは敢えて自分たちの力だけで生きていく選択をしたようであった。もちろん、善良な大人の援助は受けているが、それにおんぶに抱っこと言う訳ではなかった。それが彼らの最後の誇りだったのだろう。

それからセルジュはこの四人に連れられて城下町のあらゆる場所へと連れて行かれた。望んでもいないのに。その優しい老夫婦が居る場所に便宜を図ってくれるセイファー教の教会。城壁に穴が開いて出入りできる場所に盗みを働きやすい露店など。

そんな城下町巡りをしていると、当然の如く陽が段々と沈んで町全体が茜色に染まり始めた。いくら楽しいとは言えセルジュには帰る場所がある。いや、帰らねばならない場所だ。

隠れ家へと続く坂道を昇っている最中にセルジュが立ち止まると四人も少しして立ち止まる。セルジュの顔半分が夕焼けで赤く染まっていた。

「みんな、悪いけどオレはやっぱり帰るよ」
「……帰るって、父ちゃんも母ちゃんも死んじまえば帰る場所なんてないんだろ? 何言ってんだよ?」

ヴィクターがセルジュに向かって叫んだ。その声に驚いてか、クララがぐずり始めた。

「いや……ある。黙っていたけどオレは領主なんだ」
「りょうしゅ? 領主って、あの領主?」

オデットが言う。あのが何を示しているかセルジュにはピンと来ていなかったが、彼女たちの中に指し示すものがあるのだろうと仮定して静かに頷くことにした。

その場を静寂が包み込む。セルジュは四人に何と言葉をかけて良いかわからず、四人もまたセルジュの発言が意外過ぎて言葉を失っていた。

「お前、孤児だっていうのは嘘だったのかよ」

セルジュは一言も孤児だなんて言っていなかった。しかし、直ぐに言い出さなかったのはセルジュの落ち度であることは疑いようもない。

セルジュはこの罵倒を甘んじて受け入れて「ごめん」と呟いて頭を深く下げた。だが、堪えきれずにセルジュも自身の思いの丈をヴィクターにぶつけた。

「でも、でも! 君たちだってずっとココで暮らしていくわけじゃないだろ!? 冬が来たらどうするんだ。クララなんて死んでしまうかもしれないんだぞ!?」
「じゃあ、オレたちにどうしろって言うんだよ! 勝手に産んどいて要らなくなったら捨てられて!! オレたちだって必死に生きてるんだよっ!!」

ヴィクターがそう叫ぶと、とうとうクララが泣き出してしまった。オデットやホップズも泣いていたが辺りを染める夕日のせいでセルジュにはその涙が届かなかった。

再び静寂が辺りを占める。セルジュは自身に問うていた。この四人をどうしたいのか、と。そして意を決してから手を伸ばし、静かに口を開いた。

「ボクのとこにおいで。悪いようにはしない。それは約束する」

セルジュにとって、それはかなりの決断であった。明日には移住者も増えるのに労力にもならない少年少女を受け入れるというのだ。つまり、向こう一〇年は労働力にはならないが生活費だけは掛かる状態になる。

でも、それでもセルジュはこの袖振り合った多生の縁を大事にしたいと思えた。それは転生前には無い感情であった。

「お貴族の言うことなんか信用できるかっ!」

そう言い残してヴィクターは夕闇の中へと走り去っていった。残された三人にセルジュは伝える。

「もし、ボクと一緒に来てくれるなら明日の朝一番に城門に来てくれ。待ってる」

セルジュがそう言うと三人は夕焼けと建物の影の境目を越えて音もなく闇に溶けて行った。王国の最北端に来て陽も沈んだというのに、蒸し暑さが止まらなくセルジュの頬を一滴の汗が流れた。



セルジュがリベルトたちと合流したのはそれから後のことであった。セルジュが覚えたばかりの道で市場通りまで戻り、放心状態で買い物をしているときにリベルトたちに見つかった、と言うだけだが。

「心ここにあらず、だな。何かあったのか?」
「んー、ちょっとね」

これ幸いとセルジュは二人にリベルトと別れてからの経緯を話した。セルジュが歯痒く感じているのは孤児や難民が出てしまうこの現状だ。セルジュはそれをなんとか救いたいと思っていた。それがたとえ偽善であろうと。

「ボクの両手には限界がある。この両手を広げるにはどうすれば良いの?」

この問いに単純明快な答えを出したのはなんとゲティスであった。

「そんなん、決まってるじゃねぇか。偉くなってな、そうならない国を造りゃ良いんだ」

ウール―の胃袋で作られた水筒の中に入っている果実酒を飲みながら平然と言い放つ。それは、とても日差しの強い一日であった。
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