内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

39. 忍び寄る影

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「これからどこ行く?」

リベルトがセルジュに尋ねる。ちなみにゲティスは既にいない。お前たちにはまだ一◯年早いと言い残して、いかがわしい雰囲気の路地に消えていった。

「やっぱり気になるのは商店かな」
「オレもだ。お前の言う通りに家を出るとき、父上とレガンデッドからたんまりと金貨を貰ったんだ」

そう言って金貨がぎっしり詰まってるだろう革袋をセルジュの目の前でじゃらじゃらと揺する。事件に巻き込まれる可能性が高くなるため、セルジュはそうした行為を避けて欲しかった。その辺りにリベルトはまだ未熟さが残る。

このスポジニアには何でも売っていた。市場通りに足を運ぶと野菜に果実、武器や防具、木材や鉄、それから奴隷など。田舎育ちのセルジュにとってはまさに売っていないものは無いのではないかと錯覚するほどであった。

「お、鉄源石。これから鍛冶師も来ることだし、これを機に仕入れてみようかな」
「こっちには珍しい花が咲いてるぞ」

セルジュはリベルトが見ていた花を横から眺めた。それに気が付いたのか、店主がセルジュたちに声を掛けた。

「この花はな、縦の道を通ってうんと南から来たんだ。なんでも寒いところでも咲くって話でな。確かに咲くことは咲くんだが、でも全く売れやしねぇ」

セルジュはその花をどこかで見た記憶があると感じていた。何とか思い出そうと頑張っていたのだが、しかし次の瞬間、セルジュの思考はリベルトの大声とその勢いと共に吹っ飛ばされてしまった。

「なんだよ、五月蠅いな」

思わず苛立った声を出してしまうセルジュ。リベルトはそんなセルジュの機嫌などなんのその、目の前にある奴隷商の後をついている少女を見初めていた。そして声に出していた。

「可愛い」

と。

その少女は酷く痩せ細った状態ではあったが、目には力強い生気を宿して決して諦めない心を持っているように思えた。リベルトは吸い込まれるようにその少女の元へと向かっていった。

「あの!」

リベルトはその少女に声を掛けようとしたのだが、反応したのはその主人であった。

「これはこれは。どうなさいましたか?」
「え? あ、あのこの娘を身請けたい」

リベルトは咄嗟のことで戸惑いはしたものの、すぐに持ち直して馬鹿正直に自分の購入意思を店主にぶつけた。そこから購入の熱意を察した店主がリベルトをお店まで案内するのは造作もないことであった。

お店自体はやはりと言うか想像通りに裏路地の奥まったところに存在していた。店番をしていた男の横を通って店の奥へと進む。

「それで、この少女をご購入と言うことでしたな」

商人が首に繋がった鎖を乱暴に引っ張る。少女はよろけながら商人に近づいて後ろに立った。近くでみると少女の可愛さが際立つ。

少女の年はリベルトより少し下くらいだろうか。釣り目で気が強そうな印象を与えるが笑うと可愛いだろうと言う推測が出来そうな顔立ちでもであった。肌が褐色気味なお陰で痩せ細っているのに健康そうに感じる。

「さて、この娘でしたな。この娘は縦の道を通って南からやって来た娘でしてな。普通であればジャヌシス金貨二◯◯枚は欲しいところなんだが今回は初めてのお取引だ。泣く泣く、ほんっとに泣く泣くだが金貨一五◯枚で手放そう」

セルジュは傍から見てバレバレの嘘を吐くなと内心で毒を吐いていたのだが、恋は盲目とはまさにこのことだろう。リベルトは二つ返事で買おうとしたのだ。

金貨は三◯枚あれば都市部で慎ましやかに一生を終えることが出来る額である。それの五倍ともなればどれ程の大金か誰でも想像つくだろう。流石にそれは不味いと感じたセルジュはリベルトを表に連れ出して必死になって諭す。

「ちょ、おま、それはさすがに辞めとこう。これからの村づくりのお金だろ?」
「村づくりなんて金が無くても出来る! でも、出会いは今だけだ!」

セルジュはこの時に悟った。リベルトはやはり箱入りのお坊ちゃまであった、と。向こうもディスカウントした値段を提示しているが、そこからさらに値引き交渉が入るのが一般的だろう。こちらの買い気を悟られていたとしても、まだ値引き交渉できる余地はあるのだ。

それと同時にリベルトは他人のためならば労を厭わないが、ことが自身になるとポンコツになる気がある。そこでセルジュが少しばかり助太刀に入ることにした。

「流石にそれは高すぎやしないですか?」
「いやいや、全くもって真っ当な値段でございます。するとも何か? この少女には金貨一五◯枚の価値が無いと」
「そうだな。一五◯枚の価値はある。言い値で買おう」

残念ながら相場も何も知らないセルジュには手も足も出すことが出来ず、ロベルトの革袋の中身は金貨が数枚残るだけとなってしまった。

セルジュはもう知らんと言わんばかりに奴隷商の元を飛び出した。そして一人で先程の市場通りへと戻る。いや、戻りたかった。

セルジュは勤勉家ではあるが天才ではなかった。そんなたった一度しか通っていない道を覚えきって市場通りに戻るなんてセルジュには出来る芸当ではなかった。ここに至って冷静さを取り戻したセルジュは自身の置かれた状況が非常に拙いものであることを自覚した。

些細な物音に怖がり身をすくませる。六歳であることを考えれば真っ当な反応だろう。しかも、セルジュは丸腰だった。そんなセルジュの背後から一組の人影が迫っているのであった。
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