内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

38. スポジニアとレボルト

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セイファー歴 756年 6月30日

リベルトたちがジャッドと争っていたころ、セルジュはダドリックと会っていた。恐れ多くも東辺境伯閣下の腹心であるダドリックをこうも自由気ままに呼びたてることが出来るのはセルジュだけである。何もセルジュが特別なわけではなく、単に無知なのだ。

ダドリックは明らかにイヤそうな声を出した。もうダドリックとて目の前にいる六歳児を普通の六歳児とは捉えていなかった。当初は早いうちから父母を無くした可哀そうな幼子と思っていたが蓋を開けてみればどうだ。眠れる虎ではないか。

「それで、儂を呼び立てた理由は何じゃ? 儂も暇ではないのだが」
「それでは手短に。ファート家の嫡男がジャッド領の東側を占拠しました」

ダドリックは少しだけ眉を動かした。大きく驚かなかったのは予めセルジュが何か匂わせていたからだろう。

「何故か?」
「おそらく父子の仲が上手くいっていない様子。姓もファートからベルフへと名を変えております」
「なるほどな。それで何が望みだ?」
「是非とも我が盟友であるリベルト=ベルフに閣下の庇護を」

ダドリックは少しだけ口角をあげた。それをセルジュは見逃さなかった。どうやらダドリックには概ね好評のようだ。しかし、ダドリックは敢えて意地の悪い質問をセルジュに投げ掛けてみた。

「しかし、それではジャッド=リスの気が収まらないだろう」
「今の世の中、奪われた方が悪いのでは? それに地方領主が増えて閣下の庇護を受けるとなれば閣下の税収もあがります。何処に悪いことがあるのでしょう?」

あっけらかんと言い放つセルジュ。確かに今の構図はジャッドの一人損と言う訳だ。セルジュに嫌がらせをした結果、領地の三分の一強を失う羽目になってしまった。彼は虎の尾を踏んだのだ。

「良かろう。ならば手配するのでリベルトを閣下の元まで連れて参れ。もちろんお主もな」
「承知しました」

こうしてセルジュとリベルトは東辺境伯閣下の元まで出向くこととなった。



セイファー歴 756年 7月4日

セルジュとリベルトはゲティスを伴って東辺境伯領の領都であるスポジニアを目指して北上していた。暑いこの時期に北へ向かうのは大歓迎である。

リベルトの新しい領土――ベルフ領と呼ぶことにするが――はバルタザークに任せてくることにした。もしかするとジャッドの決死の猛攻が無い訳でもないので、それに備える形となった。

その代わりと言っては何だがゲティスが二人の護衛として付いて回った。個人の武だけ切り取るとゲティスの右に出る者はそうそう居ない訳で、護衛には最適の人物と言えよう。

「それにしても遠いなぁ」
「奥地だからね」

へたるセルジュにリベルトが答えた。そう、東辺境伯領の領都であるスポジニアはジャヌス王国の端に位置していた。具体的に言うのであれば北東側の頂点と言っても過言ではないだろう。さらにそのスポジニアは盆地となっており、積雪が他よりも早い場所であった。

これは敵に攻め込まれた時を想定して作られているのだとか。十二月には雪が根雪となって敵の進軍を阻み、撤退を余儀なくされてしまう地形は籠城する拠点としては最適だろう。

アシュティア領からスポジニアまで丸一日歩いても到着することはなく、到着したのはアシュティア村を出発して一日と半日を歩き通してであった。

「おお」
「すげぇ」

スポジニアは周りを壁で囲まれた見事な城郭都市であった。国境となっているグレン山脈を上手く利用した城郭都市だ。城郭都市の頂上に大きな城が建っている。おそらくあそこで東辺境伯は暮らしているのだろう。

城門前の衛兵に来城の理由を伝えると待たされた後に一人の気弱そうな青年がやってきた。

「セルジュさまにリベルトさま、ですよね? おおおお待たせして申し訳ございません。私、トルスと申します。どうぞよろしくお願いいたしますです」

トルスと名乗った青年は跳ね散らかした髪を一生懸命に撫でながらセルジュたちの元へ慌ててやって来た。そして全く慣れない手つきで三人を案内する。

「あ、えと、ダドリックさんから内容は伺っています。まずはこちらへどうぞ」

三人がこの人物に不安を覚えたのは言うまでもないだろう。当の本人は一杯いっぱいになって三人の対応を始めた。

「あ、もう直ぐ閣下がお見えになりますので、おかけになってお待ちくださいませ」

応接間の一つに三人は通された。豪華な調度品で埋め尽くされており、絨毯なんかは陽の光で輝いているようだ。少しすると女中たちが飲み物を運んできてくれた。香り高いハーブティだ。

それをゆっくりと飲みながら――ゲティスは一口で飲み干していたが――東辺境伯の到着を待つ。

「基本的にはセルジュに任せちゃって良いんだよな」
「まぁ、良いけど閣下に何か求められたら上手く対応してよ」
「善処する。にしても凄いお城だな。いつかはオレも自由に出入りしたいもんだ」

他愛ない会話に花を咲かせていると、ニ十分そこらでトルスがこちらの応接間にやってきた。そこにはトルスともう一人の男性が居る。短髪のさわやか系イケメンだ。背も高く女受けは良いだろう。

「お初にお目にかかります。レボルトと申します。閣下に代わって政を執っております。さて、今回の件ですが『閣下の庇護下に入りたい』と言うことでお間違いありませんな?」

レボルトと自己紹介をした男が一気にまくし立てた。どうやらこのような些事を手早く片付けたいという様子が傍からも見て取れる。オレは忙しいのだ、と。

「はい。その通りです」
「ふむ。ジャッド領を占領して、な。しかし、使われていなかったのであろう? であればこのままで構わん。税は……そうだな、二年後から納めよ。額は徴収した税の半分だ。それまでに村を整えておけ」
「はっ」

レボルトはそれだけを言うとさっさと踵を返してしまった。それほどに忙しいのか、それともセルジュたちに割く時間がないだけなのかは謎である。

「ま、これで一件落着だな」
「そうと決まれば少し観光でもしていくか」
「お、いいね!」

お気楽な会話をしているセルジュとリベルトの間をおずおずと割ってトルスが耳目を集めた。

「あ、あのー。今回の件を証書にしたためますか?」
「もちろん! あ、もう一通作ってそのまんまジャッドの元にも送りつけてやってよ。速便でね」
「わかりました。それからダドリックさまより、えーと、鍛冶師と大工と、あと、移住者? の準備が終わったと。呼びかけたらすぐに集まったそうです。予定よりも多く集まったとか」

それは良いことではない。それだけ国が荒れて難民や貧民が溢れていることを表している。この事実を理解できている者は国に何人いるのだろうか。

「それは重畳。今からお会いできますか?」
「今からはちょっと……」
「では明日の朝に。そのまま連れて行く故、その旨だけは伝えておいてください」
「わかりました。朝一に城門へお越しください」

セルジュはトルスの質問にパッと答えた。そしてリベルトとゲティスを連れてそのまま城門を飛び出して城下町へと繰り出したのであった。
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