35 / 91
鰥寡孤独の始まり
34. 決断のリベルト
しおりを挟む
セイファー歴 756年 6月28日
「領主様、て……て、敵襲です!!」
「なにぃ!?」
ジャッド=リスが治めるジャッド領に総勢四◯の兵が攻め込んできたとの知らせが入った。ジャッドがちょうど朝食をとろうとしていた時のことであった。
どこの軍勢かは未だに不明であるとのことだが、おそらくファート家だろうと推測はしていた。というよりも同派閥では争いが御法度のため、ファート家以外には考えられなかったからだ。
アシュティア家の可能性も考えてみたが、その後のことを考えると得策では無い。あの小僧がそんな過ちを犯すとはジャッドも思ってもみなかった。
しかも、その敵はジャッドが治める領土の唯一の村には向かってこず、その東部に居座り続けているようであった。そこでジャッドは一つの決断を迫られてしまった。それはもちろん、この敵を追い払うかそのままにしておくか、である。
正体不明の敵がそのまま延々と居座り続けると、領土の約三割を削られてしまうこととなる。しかし、ジャッドが出兵をして返り討ちにあった場合、全てを失ってしまうのだ。もちろん、己の命も含めて。
ジャッドが動員できるのは十五名の兵のみ。もちろん、領民を徴兵すればその限りでは無いが今は農繁期である。徴兵してしまえば領民からの求心力も信頼も低下するのは確実であり、また、リス領が食糧難になることも確実となってしまうのである。
また、傭兵を雇うと言う選択肢も考えられる。費用はそれなりに高くつくが人的な損失は皆無である。他にも東辺境伯に泣きつく手だって考えられる。だが、これはジャッドのプライドがそれを良しとしなかった。
「どうして、こんなことになってしまったのだっ!」
ジャッドは大声で叫んだ。それの原因は今から約一ヶ月前に遡ることとなる。
セイファー歴 756年 5月28日
リベルトは父親とその重臣たちの前で高らかに宣言をした。
「父上、私は先の戦の敗戦の責を負って父上の後を継ぐことを辞退いたします」
まさにゲルブムにとっては寝耳に水であっただろう。言葉が出て来ずにいる。リベルトは周りから諌められてもその意思は固く、決意を翻らせるようなことはしなかった。
「まぁ良いではありませんか。本人がそう仰るのであれば、こちらはその意思を尊重するまででしょう」
満面の笑みを浮かべたレガンデッドが進み出てリベルトの肩に手を置く。リベルトはその手を払い退けたくなる衝動に駆られるが、グッと堪えた。
「そうか。仕方がないな」
ゲルブムが不承不承ではあるが本人が決めたことであるなら認めざるを得ないと考えていた。
事実、先の戦の敗戦に関しては未だ誰も責任を負っておらず、近いうちに声が上がっていたであろうとゲルブムも考えていたからである。
「その代わりと言っては何ですが、兵を少しばかりお貸し願えませんでしょうか」
「兵を借りてどうするんだ?」
「もちろん、リベンジするまで」
正直、ゲルブムには勝てる見込みなぞ見えておらず、自棄になった息子が何かしでかすのではないかと危惧したのだが、ここでもまたレガンデッドが進み出でた。
「よろしいではありませんか。勇ましいことは結構なことでございます。兵は……三◯ばかりでよろしいか?」
「はい。それだけ借りれれば十分です。それでは失礼します」
こうしてリベルトは皆の前を後にしようとした。そしてキャスパーの前を通り過ぎる時に「すまなかった」とキャスパーにだけ聞こえるほどの小さな声で謝罪をした。
「どうだった?」
「なんとか。了承は得られたし兵も三◯ばかし貸してくれるようだ」
「ボクのとこからも一◯は出すから。四◯もあれば十分だね。やはりレガンデッドに根回しをしておいて正解だった」
リベルトはそのままの足で銀毛亭に向かっていた。そしてそこには見知った少年が一足先に腸詰めを堪能していたのである。支払いはもちろんリベルトだ。
「後は東辺境伯と南辺境伯を黙らせることができれば問題なしだね。東辺境伯の方は根回し済みだから、あとは南辺境伯の方だけだ」
「なにか考えはあるのか?」
「ない」
そう言ってセルジュは腸詰を口に運んだ。ボイルされた腸詰がパリッと小気味良い音と立てる。
この返答にはリベルトもがっくりである。しかし、何もセルジュは無計画に話を進めてるわけではないとこは理解しているリベルト。ここはセルジュを信じることにした。
「速度を大事にしよう。素早く動いてしまえばこちらの勝ちは目に見えてる。まぁ、念の為に南辺境伯にも渡はつけておきたいけども。こちらから連絡しておくよ」
セルジュの元にはジョルトがいる。彼ならばモパッサにも連絡が取れるだろうとセルジュは考えていた。
「ジョルト、そう言うわけだからモパッサ殿をコンコール村まで呼んできてくれるか?」
「承知しました」
こうなることを見込んでいたセルジュはジョルトを護衛としてアルマナまで連れてきていた。セルジュ自身は護衛など必要ないと思っていたのだが、先日、バルタザークに危機管理の甘さを指摘されていたので南辺境伯の息が掛かったジョルトを連れてきたのだ。
「それからお金は必要になるからちゃんと用意しておくんだよ。貰える物は貰って奪えるもんは奪ってきな」
「考え方が強盗のそれだな」
「無いと困るくらいなら強盗の方がまだマシだ。レガンデッドも喜んで餞別を出してくれるよ。あ、あとヤグィルも買っておいた方が良いと思うよ」
セルジュが長々とリベルトにアドバイスを授ける。セルジュの頭の中には泉の如くに知恵がどんどんと湧き出ていた。リベルトは自分が酔って勘違いをしているのでは無いかと、目の前の人物に確認をする。
「お前は本当に五歳児か?」
「いや、今は六歳児だよ」
その後も二人は今回の戦略と、その後の取り分に関して議論を続けるのであった。
「領主様、て……て、敵襲です!!」
「なにぃ!?」
ジャッド=リスが治めるジャッド領に総勢四◯の兵が攻め込んできたとの知らせが入った。ジャッドがちょうど朝食をとろうとしていた時のことであった。
どこの軍勢かは未だに不明であるとのことだが、おそらくファート家だろうと推測はしていた。というよりも同派閥では争いが御法度のため、ファート家以外には考えられなかったからだ。
アシュティア家の可能性も考えてみたが、その後のことを考えると得策では無い。あの小僧がそんな過ちを犯すとはジャッドも思ってもみなかった。
しかも、その敵はジャッドが治める領土の唯一の村には向かってこず、その東部に居座り続けているようであった。そこでジャッドは一つの決断を迫られてしまった。それはもちろん、この敵を追い払うかそのままにしておくか、である。
正体不明の敵がそのまま延々と居座り続けると、領土の約三割を削られてしまうこととなる。しかし、ジャッドが出兵をして返り討ちにあった場合、全てを失ってしまうのだ。もちろん、己の命も含めて。
ジャッドが動員できるのは十五名の兵のみ。もちろん、領民を徴兵すればその限りでは無いが今は農繁期である。徴兵してしまえば領民からの求心力も信頼も低下するのは確実であり、また、リス領が食糧難になることも確実となってしまうのである。
また、傭兵を雇うと言う選択肢も考えられる。費用はそれなりに高くつくが人的な損失は皆無である。他にも東辺境伯に泣きつく手だって考えられる。だが、これはジャッドのプライドがそれを良しとしなかった。
「どうして、こんなことになってしまったのだっ!」
ジャッドは大声で叫んだ。それの原因は今から約一ヶ月前に遡ることとなる。
セイファー歴 756年 5月28日
リベルトは父親とその重臣たちの前で高らかに宣言をした。
「父上、私は先の戦の敗戦の責を負って父上の後を継ぐことを辞退いたします」
まさにゲルブムにとっては寝耳に水であっただろう。言葉が出て来ずにいる。リベルトは周りから諌められてもその意思は固く、決意を翻らせるようなことはしなかった。
「まぁ良いではありませんか。本人がそう仰るのであれば、こちらはその意思を尊重するまででしょう」
満面の笑みを浮かべたレガンデッドが進み出てリベルトの肩に手を置く。リベルトはその手を払い退けたくなる衝動に駆られるが、グッと堪えた。
「そうか。仕方がないな」
ゲルブムが不承不承ではあるが本人が決めたことであるなら認めざるを得ないと考えていた。
事実、先の戦の敗戦に関しては未だ誰も責任を負っておらず、近いうちに声が上がっていたであろうとゲルブムも考えていたからである。
「その代わりと言っては何ですが、兵を少しばかりお貸し願えませんでしょうか」
「兵を借りてどうするんだ?」
「もちろん、リベンジするまで」
正直、ゲルブムには勝てる見込みなぞ見えておらず、自棄になった息子が何かしでかすのではないかと危惧したのだが、ここでもまたレガンデッドが進み出でた。
「よろしいではありませんか。勇ましいことは結構なことでございます。兵は……三◯ばかりでよろしいか?」
「はい。それだけ借りれれば十分です。それでは失礼します」
こうしてリベルトは皆の前を後にしようとした。そしてキャスパーの前を通り過ぎる時に「すまなかった」とキャスパーにだけ聞こえるほどの小さな声で謝罪をした。
「どうだった?」
「なんとか。了承は得られたし兵も三◯ばかし貸してくれるようだ」
「ボクのとこからも一◯は出すから。四◯もあれば十分だね。やはりレガンデッドに根回しをしておいて正解だった」
リベルトはそのままの足で銀毛亭に向かっていた。そしてそこには見知った少年が一足先に腸詰めを堪能していたのである。支払いはもちろんリベルトだ。
「後は東辺境伯と南辺境伯を黙らせることができれば問題なしだね。東辺境伯の方は根回し済みだから、あとは南辺境伯の方だけだ」
「なにか考えはあるのか?」
「ない」
そう言ってセルジュは腸詰を口に運んだ。ボイルされた腸詰がパリッと小気味良い音と立てる。
この返答にはリベルトもがっくりである。しかし、何もセルジュは無計画に話を進めてるわけではないとこは理解しているリベルト。ここはセルジュを信じることにした。
「速度を大事にしよう。素早く動いてしまえばこちらの勝ちは目に見えてる。まぁ、念の為に南辺境伯にも渡はつけておきたいけども。こちらから連絡しておくよ」
セルジュの元にはジョルトがいる。彼ならばモパッサにも連絡が取れるだろうとセルジュは考えていた。
「ジョルト、そう言うわけだからモパッサ殿をコンコール村まで呼んできてくれるか?」
「承知しました」
こうなることを見込んでいたセルジュはジョルトを護衛としてアルマナまで連れてきていた。セルジュ自身は護衛など必要ないと思っていたのだが、先日、バルタザークに危機管理の甘さを指摘されていたので南辺境伯の息が掛かったジョルトを連れてきたのだ。
「それからお金は必要になるからちゃんと用意しておくんだよ。貰える物は貰って奪えるもんは奪ってきな」
「考え方が強盗のそれだな」
「無いと困るくらいなら強盗の方がまだマシだ。レガンデッドも喜んで餞別を出してくれるよ。あ、あとヤグィルも買っておいた方が良いと思うよ」
セルジュが長々とリベルトにアドバイスを授ける。セルジュの頭の中には泉の如くに知恵がどんどんと湧き出ていた。リベルトは自分が酔って勘違いをしているのでは無いかと、目の前の人物に確認をする。
「お前は本当に五歳児か?」
「いや、今は六歳児だよ」
その後も二人は今回の戦略と、その後の取り分に関して議論を続けるのであった。
0
お気に入りに追加
455
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
黒の創造召喚師
幾威空
ファンタジー
※2021/04/12 お気に入り登録数5,000を達成しました!ありがとうございます!
※2021/02/28 続編の連載を開始しました。
■あらすじ■
佐伯継那(さえき つぐな)16歳。彼は偶然とも奇跡的ともいえる確率と原因により死亡してしまう。しかも、神様の「手違い」によって。
そんな継那は神様から転生の権利を得、地球とは異なる異世界で第二の人生を歩む。神様からの「お詫び」にもらった(というよりぶんどった)「創造召喚魔法」というオリジナルでユニーク過ぎる魔法を引っ提げて。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる