33 / 91
鰥寡孤独の始まり
32. 誕生日
しおりを挟む
セイファー歴 756年 5月15日
セルジュはめでたく六歳を迎えることができた。と言ってもこの世界にセルジュの誕生日を祝ってくれるものは誰一人としていない。
「「セルジュ、誕生日おめでとう!」」
「あ、ありがと」
そう思っていたのだが、覚えている者は覚えているものである。それは悪ガキコンビのジェイクとジョイだ。とはいえ、その二人が具体的に何かしてくれるわけではないのだが、それでも祝いの言葉をかけてくれただけでセルジュは感極まりそうになっていた。
「なんだ。セルジュは今日が誕生日なのか。おめっとさん。もう少し大きくなったらオレが直々にしごいてやるよ」
「ありがとう。お手柔らかに頼むよ」
また、偶然なのか狙ってなのかは定かではないが、この日にベルドレッド辺境伯から金貨の贈り物がセルジュのもとに届いた。その枚数は金貨二〇枚。名目は父の謝罪金ということらしい。
そして時を同じくしてダドリックもこちらのアシュティア村にある領主館を訪ねてきた。顔色は良くない。あまり良い知らせではないようだ。
「遠路はるばるありがとうございます。それで、スポジーニ閣下は何と?」
セルジュは社交辞令も挟ませずに即座に本題を切り込んだ。ダドリックの顔色がますます悪くなっていく。
「閣下は成り行きに任せる、と」
「それはアシュティア領の離脱も致し方ない、と」
この問いにダドリックは声を詰まらせたが、掠れた声を絞り出して真実をそのまま伝えた。
「閣下はそう仰っておいでだ。……しかし! しかし、もし離脱となれば次に続くものが出ぬよう叩かねばならん。わかってくれるな?」
「もちろんにございます。心中お察しいたします。……しかし、困りましたねぇ」
セルジュはこれでもかとワザと大きめにため息を吐いた。セルジュもこのまま離脱しては禍根を残しかねないと考えていた。そこで落としどころを探ることにしたのである。
「ダドリックさん、私はどうすれば良いでしょう?」
セルジュはあえてダドリックに判断を委ねた。これはダドリックがどう考えているのかを判断するためであった。
「行商人がアシュティア領に行くよう、儂から働きかけよう」
「いや、それでは来ないでしょう。そのようなことを強制させれば行商人たちが閣下の元から去っていくと思いますが?」
セルジュの言うことは正しい。利益にならぬ行為を強制されて大人しく従う商人は馬鹿か、よほど大きな絵を描いている商人だろう。と言っても絵に描いた餅であろうが。ダドリックも心のどこかでそう思っていたらしく、ダドリックの声がぴたりと止んでしまった。
それからどれくらいだろうか。二人の間を沈黙が支配し、ダドリックが口惜しそうにこう呟いた。
「すまん。儂には何の案も浮かばなんだ」
そう酷く心から残念そうにするダドリックにセルジュが一つの提案を切り出した。
「一つ、提案があるのですが」
そこで言葉を一度区切ると机の上に周辺の地図を広げ、セルジュは再び説明を始めた。
「この領土を何とかこちらにいただけないでしょうか」
そう言ってセルジュが提示したのはリス領の最東部の北側たった一平方キロメートルばかりの土地であった。
「この土地をアシュティア領として頂戴できるのであれば話は別でございます」
セルジュがそう切り出すとダドリックが腕組みをしたまま再び長考してしまった。しかし、先程の長考とは顔色が違う。どうにか切り取る算段をつけているような顔であった。
「申し訳ない。再三の願いとなってしまい申し訳ないが、もう一か月、もう一か月だけ儂にくれんだろうか」
「構いませんが、高くつきますよ?」
こうしてセルジュとダドリックの二回目の打ち合わせが終わりを迎えた。二人が外へと出るとそこには何故かアシュティア村の村人たちが大勢集まっていた。
「坊ちゃま、誕生日おめでとうございます!」
「誕生日おめでとう!」
畑仕事で忙しい中、村人たちが口々にセルジュの誕生日を祝っていたのであった。
「なんじゃ、其方は今日が誕生日であったのか」
「ええ、まぁ。一応」
セルジュは気恥ずかしそうに頬を掻きながらダドリックの問いに答えた。そして、ダメ押しと言う訳ではないのだがダドリックに先程あったことをありのままに伝えることにした。
「そうそう。そう言えばなのですが」
「ん?」
「本日、ベルドレッド辺境伯様より金貨が届いたのですよ。それも二〇枚ほど」
それを聞いたダドリックの顔色がみるみるうちに青ざめていくではないか。セルジュは幼心にその顔色の変化を面白いと思っていた。
暗い顔をしてやってきたダドリックが顔色を悪くし、解決の糸口が見えて生気が戻ったかと思えば青ざめていく。
「ちなみに金貨の名目は父上の謝罪金とのことでしたが、もとより禍根もありませんし困窮している身ですから、ありがたく頂戴することにしました」
「そうか……。重要なお話、感謝するぞ」
ダドリックはそれだけを言い残してホンスに跨り颯爽と駆けていった。これが吉と出るか凶と出るかはセルジュにもわからないのであった。
セルジュはめでたく六歳を迎えることができた。と言ってもこの世界にセルジュの誕生日を祝ってくれるものは誰一人としていない。
「「セルジュ、誕生日おめでとう!」」
「あ、ありがと」
そう思っていたのだが、覚えている者は覚えているものである。それは悪ガキコンビのジェイクとジョイだ。とはいえ、その二人が具体的に何かしてくれるわけではないのだが、それでも祝いの言葉をかけてくれただけでセルジュは感極まりそうになっていた。
「なんだ。セルジュは今日が誕生日なのか。おめっとさん。もう少し大きくなったらオレが直々にしごいてやるよ」
「ありがとう。お手柔らかに頼むよ」
また、偶然なのか狙ってなのかは定かではないが、この日にベルドレッド辺境伯から金貨の贈り物がセルジュのもとに届いた。その枚数は金貨二〇枚。名目は父の謝罪金ということらしい。
そして時を同じくしてダドリックもこちらのアシュティア村にある領主館を訪ねてきた。顔色は良くない。あまり良い知らせではないようだ。
「遠路はるばるありがとうございます。それで、スポジーニ閣下は何と?」
セルジュは社交辞令も挟ませずに即座に本題を切り込んだ。ダドリックの顔色がますます悪くなっていく。
「閣下は成り行きに任せる、と」
「それはアシュティア領の離脱も致し方ない、と」
この問いにダドリックは声を詰まらせたが、掠れた声を絞り出して真実をそのまま伝えた。
「閣下はそう仰っておいでだ。……しかし! しかし、もし離脱となれば次に続くものが出ぬよう叩かねばならん。わかってくれるな?」
「もちろんにございます。心中お察しいたします。……しかし、困りましたねぇ」
セルジュはこれでもかとワザと大きめにため息を吐いた。セルジュもこのまま離脱しては禍根を残しかねないと考えていた。そこで落としどころを探ることにしたのである。
「ダドリックさん、私はどうすれば良いでしょう?」
セルジュはあえてダドリックに判断を委ねた。これはダドリックがどう考えているのかを判断するためであった。
「行商人がアシュティア領に行くよう、儂から働きかけよう」
「いや、それでは来ないでしょう。そのようなことを強制させれば行商人たちが閣下の元から去っていくと思いますが?」
セルジュの言うことは正しい。利益にならぬ行為を強制されて大人しく従う商人は馬鹿か、よほど大きな絵を描いている商人だろう。と言っても絵に描いた餅であろうが。ダドリックも心のどこかでそう思っていたらしく、ダドリックの声がぴたりと止んでしまった。
それからどれくらいだろうか。二人の間を沈黙が支配し、ダドリックが口惜しそうにこう呟いた。
「すまん。儂には何の案も浮かばなんだ」
そう酷く心から残念そうにするダドリックにセルジュが一つの提案を切り出した。
「一つ、提案があるのですが」
そこで言葉を一度区切ると机の上に周辺の地図を広げ、セルジュは再び説明を始めた。
「この領土を何とかこちらにいただけないでしょうか」
そう言ってセルジュが提示したのはリス領の最東部の北側たった一平方キロメートルばかりの土地であった。
「この土地をアシュティア領として頂戴できるのであれば話は別でございます」
セルジュがそう切り出すとダドリックが腕組みをしたまま再び長考してしまった。しかし、先程の長考とは顔色が違う。どうにか切り取る算段をつけているような顔であった。
「申し訳ない。再三の願いとなってしまい申し訳ないが、もう一か月、もう一か月だけ儂にくれんだろうか」
「構いませんが、高くつきますよ?」
こうしてセルジュとダドリックの二回目の打ち合わせが終わりを迎えた。二人が外へと出るとそこには何故かアシュティア村の村人たちが大勢集まっていた。
「坊ちゃま、誕生日おめでとうございます!」
「誕生日おめでとう!」
畑仕事で忙しい中、村人たちが口々にセルジュの誕生日を祝っていたのであった。
「なんじゃ、其方は今日が誕生日であったのか」
「ええ、まぁ。一応」
セルジュは気恥ずかしそうに頬を掻きながらダドリックの問いに答えた。そして、ダメ押しと言う訳ではないのだがダドリックに先程あったことをありのままに伝えることにした。
「そうそう。そう言えばなのですが」
「ん?」
「本日、ベルドレッド辺境伯様より金貨が届いたのですよ。それも二〇枚ほど」
それを聞いたダドリックの顔色がみるみるうちに青ざめていくではないか。セルジュは幼心にその顔色の変化を面白いと思っていた。
暗い顔をしてやってきたダドリックが顔色を悪くし、解決の糸口が見えて生気が戻ったかと思えば青ざめていく。
「ちなみに金貨の名目は父上の謝罪金とのことでしたが、もとより禍根もありませんし困窮している身ですから、ありがたく頂戴することにしました」
「そうか……。重要なお話、感謝するぞ」
ダドリックはそれだけを言い残してホンスに跨り颯爽と駆けていった。これが吉と出るか凶と出るかはセルジュにもわからないのであった。
0
お気に入りに追加
455
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?
シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。
……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる