内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

30. 新しい仲間

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セイファー歴 756年 4月30日

「どうであった?」

壮年の男性が地図に視線を落としたまま尋ねた。

「やはり靡きませなんだ。閣下のお察しの通り聡明な少年かと。手はず通りにジョルトを置いて参りましたが、それすらも見抜いていた気がございます」

そう言うと閣下と呼ばれた男性が地図から視線を切り革張りのソファに深く腰掛けた。この男は若干五歳にして危機を好機に変えて領土を広げる柔軟性は感嘆に値すると考えていた。

「やはり彼の地を引き込めるか否かで大きく変わってくる、か」
「閣下、それは言い過ぎでしょう。彼の地は小さく領民は三◯◯にも満たないのですよ」

モパッサは気を楽にするために自身の主にそう伝えた。だが、モパッサ自身も目の前の男性同様にそう感じていた。

アシュティア領を引き込むことが出来れば東辺境伯派の領土に深く食い込む地を確保できることになる。それは戦術的な観点から大きく有利になると考えることが出来るからだ。

「それにアシュティア領は必ずしもスポジーニ派であると言う訳ではないようでした。スポジーニ領と接しているから、と言うのが大きな理由です。それをどうにかできれば味方になるでしょう」
「とは言え我々は親の仇だぞ?」
「それも彼は気にしていないようでしたな。閣下の気が咎めるのであればこちらからもお詫びを送りましょう」
「そうだな」

男はそれを呟くなり目を閉じて動かなくなってしまった。前回の敗戦は父親の責とはいえ、それを糧にこの男はまた一回り大きくなろうとしていた。



「セルジュ。そいつは?」

ジェイクとジョイがセルジュの後ろに控えていたジョルトを訝しげに見つめながらセルジュに問う。セルジュは事実を素直に伝えても良かったのだが、変なバイアスをかけないためにも黙っておくことにした。

「ああ、名前はジョルト。それで、あれだ。ええと、コンコール村の出でね。どうも常備兵を目指しているらしい」

バレバレの嘘を吐くセルジュ。それでもジェイクとジョイは簡単に信用してしまった。セルジュはそんな二人を放ってバルタザークを呼び出す。

「バルタザーク。ジョルトはベルドレッド南辺境伯からのお目付けなんだけど、みんなには黙っておいてくれる?」
「コイツは厄介なことになって来たな。早々にカルディナスに引き渡すか?」
「いや、それは勿体無い。この事実を知ってるのはベルドレッドの奴らとボクとバルタザークだけだ。まだ伝える必要はないでしょ」

セルジュはジョルトのことをスポジーニ東辺境伯に伝えるつもりはない。ただ、それとは別にバルタザークにダドリックを連れてくるようお願いをした。

そして、セルジュはジョルトの能力を計るためジョルトとジェイクで模擬試合をしてもらうこととした。

「おっしゃ! いっちょ軽く揉んでやろうじゃないの」

そう言うとジェイクが両肩をぶんぶん回し始めた。ジョルトは淡々とストレッチをしている。

「ジョルト、武器は何が良い?」
「何でも。ですが……そうですね。相手に合わせて同じものを使うとしましょう」

ジョルトは余裕の表情をしてジェイクの方を軽く流し見た。ジェイクを見下しているようだ。

「それでは、はじめっ!」

セルジュが大きな声で開始を宣言するとジェイクが素早い突きを繰り出していった。ジョルトはそれを槍の柄で受け流しそのまま足を狙って横薙ぐ。

一進一退の攻防が続いた。技術面ではジョルトに一日の長があるものの、ジェイクはその有り余る体力でジョルトの攻撃を退けていた。セルジュは横に居たバルタザークにジョルトについての率直な感想を聞いていた。

「どう見る?」
「そうだな。やはり送り込まれてきただけはあって、あの年にしちゃあ技術は大したもんだな。だが、まだまだだな」
「じゃあジョルトを少しの間預けるからジェイクとジョイと競わせて。ゆくゆくはあの三人を軍の中核にする」
「良いのか? ジョルトは……」
「良いよ。どうせ家は火の車だ。あれだけの素材を燻ぶらせるのは勿体無い」

セルジュがそう言い終わるや否や、両者相打ちと相成って幕を閉じた。


セイファー歴 756年

アシュティア村の古い領主館にダドリックを迎えた。新しい領主館は八割ほど完成していたのだが、秘密にしておきたかったのだ。バレるのは時間の問題だろうが、その何日かが命運を分ける日が来るかもしれない。

「それで、儂を呼びつけてまでの要件とは?」
「もう知っているでしょうに」

ダドリックが挑発的な言動でセルジュを揺さぶろうとするが、セルジュは飄々と返す。

「つい先日、モパッサ殿がこちらにお見えになりましてね。寝返りを勧められました」
「儂に告げるという事は寝返る気はないと言うことか」
「今はまだ、と考えております」

ここでセルジュは爆弾を一つ投下する。しかし、ダドリックとて歴戦の勇。ここで激高せずにその真意を読み解こうと努めた。そして一つの答えを出したのである。

「なるほど、ジャッド=リスか」
「ご推察の通り。このままの状態が続けば当家は立ち行くことままなりません。しかし、同派閥での争いはご法度となれば……」

セルジュは暗にこのままの状態が続くのであればリス領を何とかするために派閥替えをすると仄めかしたのだ。

「もちろん、穏便に済ませることが出来れば良いのですが……」

そう言ってダドリックを上目遣いで見る。これにはダドリックも困り果ててしまった。確かにリス領の通行税の値上げは意図的なものだ。しかし、例え東辺境伯であろうとそれに対して口出しできる権利を持っていないのだ。

かと言ってそれを受け入れろとも言うことが出来ない。このままだと人の流入が滞り、アシュティア領が廃れるのは目に見えているからだ。

「済まないが、この件に関しては時間をもらえんか?」
「承知しました。いつ迄でしょう?」

セルジュは抜け目なく期限を決めた。いつまでものらりくらりと躱されてはこちらの成す術がなくなる。

「わかった。それでは一ヶ月以内に何かしらの返答を行おう」
「承知致しました」

セルジュはダドリックの提案を二つ返事で了承して自身の進退を天に任せたのであった。
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