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鰥寡孤独の始まり

24. レガンデッド

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セイファー歴 756年 3月21日

リベルトは早朝の日が昇り始めたすぐの時間にセルジュの元を訪ねてきた。セルジュはガンガンとまるで警鐘を鳴らされているような頭を抑えながらビビダデと共にリベルトの後を付いて行く。その先にあったのは大きなお屋敷であった。

「ここがこの街一番の商人であるレガンデッドの屋敷だ」

そのお屋敷は頑丈な石造りとなっており、室内には細かい刺繍が施された絹のタペストリーなど華美な装飾がなされていた。

その屋敷をリベルトの先導で進むと奥にはでっぷりと太ってはいるが、笑みの堪えない男性が側に女性を侍らせて座っていた。

リベルトはその男性を視認すると、リベルトがセルジュを見ずに神妙な面持ちでぼそっと呟いた。

「オレたちは友達だよな」
「もちろん! もし、リベルトが困っていたら直ぐに助けに向かうよ」
「ありがとう。オレもセルジュが困っていたら助けに行く。必ず」

セルジュはリベルトがなぜそう言ってきたのか疑問に感じていたのだが、その謎はこの後すぐに解けた。四十手前のでっぷりと太った男性もリベルトが来たことを確認すると空いている席に座るように勧めた。

「これはこれは。ようこそいらっしゃいましたな。お隣の方々がお客人で?」
「そうだ。アシュティア領の領主であるセルジュと行商人のビビダデだ」

リベルトに紹介されて軽く頭を下げるセルジュ。ビビダデは地面に頭がぶつかるのでは無いかという勢いで頭を下げていた。

「ほう、貴方様がアシュティア領の……。初めましてですな。私はレガンデッド。アルマナで商いをしている者です。それで本日は何用で?」

ここからはセルジュがリベルトの後を引き継いだ。到着して早々ではあるが本格的な商談の始まりである。

「今回お訪ねしたのは建築資材と布に塩、それに価格次第では家畜を購入したくてお訪ねしました」
「そのためにわざわざ敵地まで赴いた、と言う訳ですか」
「敵地? なにを仰っているか意味がわかりかねますが。私は親友であるリベルトの紹介でこちらに来たまでです」

笑顔で返すセルジュ。アシュティア領とファート領が戦をしたのは事実だが、それは一方的にファート家が侵略戦争を仕掛けてきたからである。セルジュはそれを防いだだけであって争っているつもりはないという主張だ。

「そうですか、まあ良いでしょう。私も商人だ、欲しいものは売る主義でね。どれほどお求めで?」
「建築資材を五○軒分と布を五○ルタール、塩は大樽で二樽ほど」
「それであれば……まぁ大金貨三枚と大銀貨五枚と言ったところでしょうか。ああ、後は家畜でしたな。ヤグィルとウールーとコルコであれば直ぐにご用意できますが」

セルジュが購入した品々はどれもこれも領民に還元するためのものである。塩が無ければ人間は生きていけないし布が無ければ服は作れない。これを各家庭に税の対価として配るのがジャヌス王国のやり方だ。

また、ヤグィルは栄養価の高い乳を出す家畜で荒廃地や高地などの過酷な環境でも生き抜くことが出来る家畜だ。もちろん、お肉は癖があるが美味しい。

ウールーはヤグィルと同じく乳を出すが特徴的なのは長い毛だ。紡いで衣服などの布製品に使われている。だが、ウールーはヤグィルよりも環境への適応度は高くない。もちろん、お肉は癖があるが美味しい。

コルコは鳥だ。と言っても長時間飛べるわけではなく主に走って移動する。栄養価の高い卵を産み繁殖も行いやすい。もちろん、お肉は癖が無く美味しい。

この中だとヤグィルだと考えていた。ウールーとコルコも飼いたいところではあったが、ネックなのは餌だ。

ヤグィルはなんでも食べる。その辺の雑草であろうと何であろうと食べるのだから初めての家畜に向いていると言っても過言ではないだろう。

「ヤグィルを。メスを二匹とオスを一匹お願いしたい」
「なるほどなるほど。それであれば大金貨九枚というところでしょうなぁ」
「ヤグィルはどこ産で?」
「もちろんファート産でございます。健康で乳も良いものを出しますよ」

でっぷりと太ったお腹を摩りながら笑顔で回答するレガンデッド。金貨に換算すると合計で金貨百三十四枚が必要になる額だ。

「そうですか。残念ですがヤグィルは諦めて資材と布と塩をいただきましょう。だが、切りが良くない。ここは大金貨三枚で如何だろうか」
「なかなか商売上手なご様子で。ではそれでお譲りしましょう」

商談成立かと思いきや、リベルトが口を挟んできた。いくらセルジュと言えど、この世界ではまだ子ども。リベルトが助け舟を出してくれたのだ。

「待て、それでも高い。私の友人なのだからもっと安くしてもらわないといけないな。大金貨二枚が良いところだろう」

リベルトが提示した大幅なディスカウントにレガンデッドは一瞬だけ苦虫を嚙み潰したような表情をしたが、直ぐに笑顔へと戻した。その辺りは流石である。

「リベルト坊ちゃま。流石にそれは如何なものかと……」
「まあ待て。この条件を飲んでくれたらオレは次期領主を辞退しよう。もちろん、セルジュが来たことの口止め料も込みで」

この言葉はこの場に居合わせた三人を驚かせるのに十分な情報であった。セルジュはこれが何を意味するか分からなかったがレガンデッドは即答であった。

「よろしいでしょう。その言葉に二言が無いのであればその価格でお譲りしましょう」
「二言などあるものか。その代わり、オレが辞退するシナリオはそちらで描いてくれよ」

後はビビダデに任せてセルジュとリベルトは屋敷を後にした。
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