内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

20. 調停

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セイファー歴 756年 3月12日

セルジュはバルタザークとジェイクとジョイを護衛につけ、リベルトを引き渡すためにコンコール村へとやってきた。理由はもちろんこの地を割譲してもらうためである。

ゲルブムはゲティスとバーグを連れて既に到着していた。ゲルブムの側にこの村の領主であるキャスパーの姿は見当たらなかった。村ごと引き渡す手筈となるので既に村を離れたのだろうとセルジュは考えていた。

領主館で調停役であるダドリックの到着を今や遅しと待っていると、なんと調停の場にダドリックを伴ってスポジーニ東辺境伯本人が登場した。スポジーニ東辺境伯はダドリックよりも小柄で細身ではあったが髭だけはダドリックよりも立派であった。

「役者は揃っているようだね。宜しい、早速始めるとしよう」

領主館の中で一番広いであろうエントランスに大きなテーブルを用意し、ダドリックが作成した誓約書を三通並べる。その内容をダドリックが朗読していた。

「本日をもってコンコール地方をアシュティア領とする。アシュティア家はその代わり捕虜であるリベルトを解放する。そして今後一○年間は互いの土地を不可侵のものとする。双方、異論はないな?」

ゲルブムが頷き、それをみたセルジュも静かに頷いた。ダドリックはそれを確認するとスポジーニ東辺境伯にペンを渡し見届け人の欄に署名をしてもらう。

それに続いてゲルブムが署名し、最後にセルジュが署名をした。これで調停は終了である。スポジーニ東辺境伯が立会人となったからには相当の効力が見込めるだろう。

もし、ゲルブムがコンコール地方の主権を主張したとしても一蹴されて終わりだろう。力で奪い取ろうとしても東辺境伯軍の介入にあって返り討ちにあうのが目に見えている。つまり、コンコール地方は完全にアシュティア家のものとなったのだ。

セルジュはリベルトの手枷を外す。その際にリベルトはセルジュに小さな声で耳打ちをした。

「もし、よかったらだけど、また今度遊びに来ても良いかな?」
「ええ、もちろん。いつでもいらしてください」

何故かセルジュとリベルトの間に奇妙な友情が生まれていた。リベルトがゲルブムの側へと近づくとゲルブムは静かにリベルトを抱きしめ、早々にこの場を後にした。リベルトは退出する前に、あちらに気付かれないよう、こちらに手を振っていた。

残されたのはセルジュたちとスポジーニ東辺境伯にダドリックだ。セルジュも領主の端くれなので、スポジーニ東辺境伯の側で跪いてから東辺境伯に話しかけた。

本来であれば目下の者が目上の者に話しかけるのはマナー違反なのだが、今回のように労を執ってくれた場合の謝辞は別だ。

「閣下、本日は私めのような若輩者のために遠路はるばるありがとうございます」
「なに、気にするでない。これも辺境伯としての務めよ」

スポジーニ東辺境伯としても自身の派閥の末端にも手を掛けているという対外のアピールに利用できるとの打算があったのだ。

セルジュは懐から金貨が五十枚入った袋を取り出し、調停役を担ってくれたお礼としてスポジーニ東辺境伯に献上した。

だが、タダでお金をあげるのは惜しい。それであればお金を渡す際にセルジュはお願い事をしてみようと思いついた。

「スポジーニ東辺境伯、お願いがございます」
「なんだね?」
「領地も増えたことですので、私めに爵位のほどをお願い申し上げたく」
「ふーむ、そうだな。其方は地方領主の身分であったか。それでは騎士を名乗れるよう、国王陛下に取り計らっておこう」
「ありがたき幸せ。それでは今後はセルジュ=コンコール=アシュティアと名乗ります」
「うむ」

スポジーニ東辺境伯もセルジュが陞爵することによって自陣営を強化することができるという打算もあった。二人の利害関係が一致したため、すんなりとセルジュの陞爵は認められることとなった。

「ああ、この金貨についてだが」
「それは辺境伯閣下が遠路はるばるこちらへとお出でくださいました、お足代にございます」
「そうか、そういうことであればありがたく受け取っておこう。失礼する」

スポジーニ東辺境伯もコンコール村を後にした。最後にスポジーニ東辺境伯が行なった確認の意味をバルタザークほか二名は測りかねていたがセルジュはきちんと理解していた。

つまり、スポジーニ東辺境伯はセルジュから賄賂をもらって陞爵させたと思われることを嫌ったのである。賄賂で物事を解決してしまっては派閥の腐敗につながるとスポジーニ東辺境伯は考えていた。

今回の陞爵も領土が広がり収める人口の数が増えたという正しい理由が存在している。おかげでセルジュは準貴族ではあるが騎士という称号を手にすることが出来た。

しかし、これを面白くないと考えている人物がセルジュの背後に忍び寄っていたことに気が付いていなかったのであった。



「どうです? なかなか将来有望な男子でしょう?」

ダドリックは東辺境伯の二頭立ての豪華な馬車の中で、東辺境伯の向かいに座りセルジュの批評を求めた。東辺境伯は手の平でセルジュからもらった金貨が入った袋を弄びながら答える。

「確かに年少なのに頭が切れそうではあったな。しかし、財布の紐が固いのはいけない」
「戦争続きで資金繰りに参ってるのでしょう。建て直し後に期待ですな」

セルジュに取っては大金であった金貨五〇枚も東辺境伯にしてみれば端金である。とはいえ、ここで払わなかったらセルジュは不忠義者の誹りを受けていただろう。

「セルジュと申していたな。そやつがそもそも立て直せるかどうかも疑問ではある。お手並み拝見といこうではないか」

セルジュの名前がスポジーニ東辺境伯の頭の中にしっかりと刻み込まれたのはこの瞬間であった。



リベルトは馬の上で揺られていた。アルマナまでの帰り道、リベルドは罪悪感でいっぱいであった。

これならアシュティア領で軟禁されていた時の方が活き活きとしていたくらいだ。その空気を感じ取ったのか、ゲルブムがリベルトに声をかけた。

「リベルト、無事に戻ってきてくれて私は嬉しいぞ」
「ありがとうございます。恥ずかしながらおめおめと生きながらえてしましました。アルマナに到着しましたら何なりと罰をお与えください」

ゲルブムは驚いた。あれだけ自分に自信を持っていた息子が敗戦を経て大人になって帰ってきたのである。ゲルブムはこのリベルトの様変わりようを純粋に心から喜んだ。

「負け戦で得るものがあったか」
「はい。負けて父上が失ったものは大きいでしょうが、私は得るものが大きい戦にございました」

この息子の成長を目の当たりにしたゲルブムは村一つ失う価値はあったと心の中で考えていたという。
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