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鰥寡孤独の始まり
18. 交わらぬ平行線
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セイファー歴 756年 3月5日
セルジュの元を懐かしい顔が訪ねていた。と言っても最後に会ってから半年程度しか過ぎていないが。
「久しいな、セルジュ殿。詳しい話を伺おうか」
「ご無沙汰しております、ダドリックさん。お知恵を拝借できればと思います」
そう、東辺境伯の配下であるダドリックである。彼を呼んだのは東辺境伯にファート士爵との仲立ちを依頼するためであった。そのためセルジュは現状を掻い摘んでダドリックに説明した。
「なるほど、それで儂を呼んだ、と」
ダドリックが髭を撫でながら得心がいったと言わんばかりにしきりに頷いていた。それからセルジュの要望を尋ねた。
「それでセルジュ殿はどうしたいのだ」
「理想は領土を広げたいですね。できればコンコール村まで欲しいところです」
セルジュはファート領には既にお金はないだろうと睨んでいた。お金が無ければ領地を差し出せということである。
「それから今後一〇年の不可侵条約の締結。この二つが成れば後はどのようにでも」
セルジュの立場は一方的に有利であった。既に賠償金は受け取っており、リベルトが死のうがどうしようがセルジュには関係のないことだからだ。
これに困るのはゲルブムである。リベルトを救うにはセルジュの言いなりになるしか他に方法は無かった。
「それではウチに旨味が無いな。東辺境伯家にも賠償金を払ってもらうことにしよう」
「え?」
セルジュは耳を疑った。東辺境伯家に賠償金を払うこと、これに関しては難癖付けて払わせる気だろうと考えていた。
しかし、セルジュはファート士爵にはお金が残っていないために賠償金の支払いは無理だと考えていたからである。
「なに。ああいう奴はたんまりと私腹を肥やしてるもんだ。もう出ないというところからいくら引き出せるかが勝負だぞ」
ダドリックの有り難い説明を聞いているとドロテアがセルジュの傍によって耳打ちをした。
「坊ちゃま。表にファート家の使いの者がきておりますが」
折角なのでセルジュはダドリックにも同席してもらうことにした。今回やってきたのはキャスパー=コンコールと言う男と長髪のモパッサという男である。ダドリックはこの男を確認したところで顔つきが変わった。
「これはこれはベルドレッド南辺境伯のモパッサ殿ではありませんか」
「お前はダドリック」
モパッサという男はダドリックの顔を見るなり苦虫を嚙み潰したような表情をした。おそらく、アシュティア家を南辺境伯派に寝返らせてリベルトを返してもらおうという算段だったのだろう。
しかし、偶然とはいえダドリックがその場に居合わせたことで目論見が全てご破算となってしまったのだ。
「本日はどのようなご用件でアシュティア領へといらっしゃったのですかな?」
本来であればセルジュのセリフなのだが相手が南辺境伯とあっては話が別である、とダドリックは考えていた。
「もちろんリカルド卿の解放を願いに参ったまで。その前に自己紹介をさせていただくと私はモパッサと申す者。ベルドレッド南辺境伯の家臣である」
「私はキャスパー=コンコール。ファート士爵配下の者だ」
「ボクがアシュティア領の領主を務めておりますセルジュ=アシュティアです」
「みな儂のことを知っとるようだから儂は割愛するぞ」
一通りの自己紹介が済んだ後、モパッサが金貨の入った革袋を机の上に置いてこう言った。
「金貨が一〇〇枚ある。どうだ? ここらへんで手打ちにしては如何かね?」
「悪いがそれでは足らんなぁ。最初の要求は金貨三〇〇だぞ? それに加えてコンコール村までアシュティア領として割譲願いたい」
これに一番反応したのはコンコール村を治めているキャスパーである。自身が手塩にかけて育ててきた村を寄越せと言われて素直に渡せるわけが無いだろう。
リベルトとゲティスが決めた出兵のしわ寄せが猛反対していたキャスパーのところに来る。なんと皮肉な事であろうか。こんなことになるのであればあの時にもっと強く反対しておくべきであったとキャスパーは後悔した。
議論が平行線を辿るようになった頃合いにセルジュがキャスパーとモパッサにお引き取りを願った。このままだと地方領主の小さな諍いが大貴族同士の戦争にまで発展しかねない勢いだったからだ。
しかしこの時、セルジュの頭の中には既にある一つの解決策が浮かび上がっていた。
「ダドリックさん。コンコール村ってそんなに重要な村なんですか?」
「いや、儂の記憶では五、六年前に新たにできた村で村人も七十人前後と重要な村ではなかったはず」
「何か特別な生産物や技術があるとか?」
「いやいや、そんなものは無いわい」
セルジュはなぜ今日の会議が平行線に終わったのかを再度検証することにした。それはキャスパーが領土の割譲をかたくなに拒否したからである。
つまり、セルジュはキャスパーさえ説得できれば話はうまくまとまるのではないかと考えていた。
そこでセルジュはダドリックに一つのお願い事をすることにした。
セルジュの元を懐かしい顔が訪ねていた。と言っても最後に会ってから半年程度しか過ぎていないが。
「久しいな、セルジュ殿。詳しい話を伺おうか」
「ご無沙汰しております、ダドリックさん。お知恵を拝借できればと思います」
そう、東辺境伯の配下であるダドリックである。彼を呼んだのは東辺境伯にファート士爵との仲立ちを依頼するためであった。そのためセルジュは現状を掻い摘んでダドリックに説明した。
「なるほど、それで儂を呼んだ、と」
ダドリックが髭を撫でながら得心がいったと言わんばかりにしきりに頷いていた。それからセルジュの要望を尋ねた。
「それでセルジュ殿はどうしたいのだ」
「理想は領土を広げたいですね。できればコンコール村まで欲しいところです」
セルジュはファート領には既にお金はないだろうと睨んでいた。お金が無ければ領地を差し出せということである。
「それから今後一〇年の不可侵条約の締結。この二つが成れば後はどのようにでも」
セルジュの立場は一方的に有利であった。既に賠償金は受け取っており、リベルトが死のうがどうしようがセルジュには関係のないことだからだ。
これに困るのはゲルブムである。リベルトを救うにはセルジュの言いなりになるしか他に方法は無かった。
「それではウチに旨味が無いな。東辺境伯家にも賠償金を払ってもらうことにしよう」
「え?」
セルジュは耳を疑った。東辺境伯家に賠償金を払うこと、これに関しては難癖付けて払わせる気だろうと考えていた。
しかし、セルジュはファート士爵にはお金が残っていないために賠償金の支払いは無理だと考えていたからである。
「なに。ああいう奴はたんまりと私腹を肥やしてるもんだ。もう出ないというところからいくら引き出せるかが勝負だぞ」
ダドリックの有り難い説明を聞いているとドロテアがセルジュの傍によって耳打ちをした。
「坊ちゃま。表にファート家の使いの者がきておりますが」
折角なのでセルジュはダドリックにも同席してもらうことにした。今回やってきたのはキャスパー=コンコールと言う男と長髪のモパッサという男である。ダドリックはこの男を確認したところで顔つきが変わった。
「これはこれはベルドレッド南辺境伯のモパッサ殿ではありませんか」
「お前はダドリック」
モパッサという男はダドリックの顔を見るなり苦虫を嚙み潰したような表情をした。おそらく、アシュティア家を南辺境伯派に寝返らせてリベルトを返してもらおうという算段だったのだろう。
しかし、偶然とはいえダドリックがその場に居合わせたことで目論見が全てご破算となってしまったのだ。
「本日はどのようなご用件でアシュティア領へといらっしゃったのですかな?」
本来であればセルジュのセリフなのだが相手が南辺境伯とあっては話が別である、とダドリックは考えていた。
「もちろんリカルド卿の解放を願いに参ったまで。その前に自己紹介をさせていただくと私はモパッサと申す者。ベルドレッド南辺境伯の家臣である」
「私はキャスパー=コンコール。ファート士爵配下の者だ」
「ボクがアシュティア領の領主を務めておりますセルジュ=アシュティアです」
「みな儂のことを知っとるようだから儂は割愛するぞ」
一通りの自己紹介が済んだ後、モパッサが金貨の入った革袋を机の上に置いてこう言った。
「金貨が一〇〇枚ある。どうだ? ここらへんで手打ちにしては如何かね?」
「悪いがそれでは足らんなぁ。最初の要求は金貨三〇〇だぞ? それに加えてコンコール村までアシュティア領として割譲願いたい」
これに一番反応したのはコンコール村を治めているキャスパーである。自身が手塩にかけて育ててきた村を寄越せと言われて素直に渡せるわけが無いだろう。
リベルトとゲティスが決めた出兵のしわ寄せが猛反対していたキャスパーのところに来る。なんと皮肉な事であろうか。こんなことになるのであればあの時にもっと強く反対しておくべきであったとキャスパーは後悔した。
議論が平行線を辿るようになった頃合いにセルジュがキャスパーとモパッサにお引き取りを願った。このままだと地方領主の小さな諍いが大貴族同士の戦争にまで発展しかねない勢いだったからだ。
しかしこの時、セルジュの頭の中には既にある一つの解決策が浮かび上がっていた。
「ダドリックさん。コンコール村ってそんなに重要な村なんですか?」
「いや、儂の記憶では五、六年前に新たにできた村で村人も七十人前後と重要な村ではなかったはず」
「何か特別な生産物や技術があるとか?」
「いやいや、そんなものは無いわい」
セルジュはなぜ今日の会議が平行線に終わったのかを再度検証することにした。それはキャスパーが領土の割譲をかたくなに拒否したからである。
つまり、セルジュはキャスパーさえ説得できれば話はうまくまとまるのではないかと考えていた。
そこでセルジュはダドリックに一つのお願い事をすることにした。
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