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鰥寡孤独の始まり
17. はじめての戦後処理
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セイファー歴 756年 3月4日
戦から数日後、バーグが使者として手勢一〇名を連れてアシュティアの領主館を訪れていた。ドロテアが殺風景な応接間にバーグだけを通すとセルジュが兵士を引き連れて応接間へとやって来た。
「お待たせしました。それでは要件をお伺いしましょう」
バーグは身体を震わした。というのもセルジュが連れてきた兵と言うのがファート軍の兵であったからだ。
みな身体の何処かに傷を負い、健康な者を探す方が難しい程である。目からは生気が失われ自棄になっている者とバーグを憎しみの目で見つめている者とで半々であった。
「今回は捕虜の解放をお願いに参上した次第です」
バーグはその視線を堪えながら、自身に冷静さを欠いてはいけないと何度も戒める。それから捕虜の開放をセルジュに願い出た。セルジュはその言葉を想定していたようで淡々とバーグを非難した。
「勝手に人の領土に攻め込んでおいて勝手なお願いをなされますね」
「それも重々承知の上です」
その点、バーグは潔かった。机の上にジャヌシス金貨を並べる。合計で二〇〇枚だ。アシュティア領の収益のざっと二十年分以上はあるだろう。それをちらつかせてバーグは言葉を放った。
「こちらに金貨が二〇〇枚ございます。今回のお詫びもかねてお渡ししますので捕虜をどうか解放いただきたい」
「わかりました。では、この金額でこの者たちを解放しましょう」
バーグはこの言葉の真意にすぐ気が付いた。長年、交渉ごとをゲルブムから任せられているだけはあってセルジュの子ども騙しには引っ掛からなかったようだ。
「この者たちというのは我が軍の捕虜全員と捉えても宜しいか」
「……いえ、ここに居る者たちだけです」
セルジュは自分の企みがバレてしまったことに落胆を隠し切れなかった。素直にこの一般兵だけであることを明かしてバーグの言葉を待った。
「それでは金額が多過ぎる!」
「ほう。ではこの者たちに金貨二〇〇枚の価値はないというのですね?」
半分は賠償金だから実質は一〇〇枚くらいなのだが、セルジュは奮闘してくれた兵士たちの価値を吊り上げるため、敢えてこう言った。
そして反発したバーグの言葉を待っていましたとばかりにセルジュは用意していた言葉をぶつける。そのためにファート兵を同席させたのだ。セルジュはさらに追い打ちをかける。
「人道的な観点から治療をさせてもらいましたが治療もタダではないんです。これだけの人数を養うのもお金が掛かりますし。引き取りを拒否するのであれば、全員殺します」
この言葉で応接間の温度が三度ほど下がったような気を全員が感じた。この世界に捕虜の扱いを定めた協定など存在しておらず治療はセルジュの独断であった。
この言葉に兵たちはセルジュに懇願する者、バーグに憤る者など様々であったがジェイクとジョイに一喝されると皆一様に異様な視線をバーグに送るのであった。
「なにも……殺すのは……」
「私も殺したくはありませんが、如何せんお金がない。満足いく治療もしてやれなければご飯も与えられないのです。ああ、村はご覧になりましたか? そちらの攻撃で跡形も残ってないでしょう。領民に食料を配給しなければならないのでファート領の兵士たちの面倒を見るのはとても……」
セルジュは拒否できない空気を作り上げていく。食料が足りていないというのはもちろん嘘だ。だが、村の様子をみてきたバーグに対してこの嘘は効果覿面であった。困っているバーグに対しセルジュはどんどん追い打ちをかけていく。
バーグは相対している少年が恐ろしく感じてならない。背中に一筋の汗が流れる。本当に目の前に居るのは童なのだろうか。悪魔かその類なのではと身が震えていた。
それを察しているのかいないのか。セルジュはバーグに追い打ちの言葉、もとい挑発を行う。これでバーグの出方を窺うつもりだ。
「決断するのであればお早めに。このままだと命を落とす兵も何人か居ますよ。ああ、元より助け出したいのは嫡男であるリベルト卿だけでしたかな? 末端の兵はどうでも良い、と」
「そんなことはない! 全員我が領に必要な、助けるべき兵だっ!!」
売り言葉に買い言葉でセルジュの挑発に乗ってしまったバーグ。普段の彼であればセルジュの安い挑発に引っ掛かったりはしないのだが、セルジュの後ろから見つめてくるファート兵の視線に惑わされ、バーグはまんまとこの言葉を引き出されてしまったのだ。
「では、この条件をのんでくださる、と?」
「……その条件で承ろう」
こうして金貨二〇〇枚とファート兵の生き残り九十二人の交換が成立した。バーグはセルジュに九十二名のファート兵をすぐに領内へと帰還できるように願い出た。
セルジュはその願いを聞き届け、九十二名をすぐにバーグに引き渡す。バーグは連れてきた一○名に兵たちをコンコール村へと連れていくよう指示を出した。そしてバーグはこの場に残り、セルジュに対してどのような要求があるのかを尋ねた。
「して、若様とゲティスの引き渡しの条件は?」
「リベルト卿の引き渡し条件は金貨三〇〇枚です。ゲティス殿の引き渡しは金貨五〇枚で手を打ちましょう。それであれば今すぐお支払いできるのでは?」
セルジュはバーグは余分にお金を持ってきていると踏んでいた。そして、その読み通りバーグは金貨一〇〇枚を持っていた。
なのでゲティスの解放はこの場ですぐにできる。これはセルジュがゲティスを囲い込んでおきたくないという意図からあえて低め――と言っても金貨五〇枚なのだが――に設定してあったのだ。
ゲティスほどの武の力があれば隙を見て逃げ出すことも可能だろう。実際、アシュティア軍はそこまで優秀ではなかった。そうなってしまうのであれば今のうちに解放してしまおうという目論見である。
問題はリベルトの方であった。明らかに法外な金額である。アシュティア領への賠償金は既に兵士の引き渡し時に支払われているので、これはリベルト個人の金額とも言い換えることが出来た。
セルジュがそれだけリベルトに価値を見出していると言えば聞こえは良いが、実際は違った。セルジュは時間が欲しかったのだ。
そのため、セルジュはリベルトの解放条件をビタ一文も負けるつもりはなく、バーグはゲティスを解放するために金貨五〇枚を支払ってアシュティア領を後にした。
こうしてセルジュはファート兵とゲティスを解放する代わりに金貨を二五○枚も得ることが出来た。
さらにファート軍とゲティスが使っていた装備一式は既に押収しており、アシュティア領の財政が潤ったのは言うまでもなかった。
戦から数日後、バーグが使者として手勢一〇名を連れてアシュティアの領主館を訪れていた。ドロテアが殺風景な応接間にバーグだけを通すとセルジュが兵士を引き連れて応接間へとやって来た。
「お待たせしました。それでは要件をお伺いしましょう」
バーグは身体を震わした。というのもセルジュが連れてきた兵と言うのがファート軍の兵であったからだ。
みな身体の何処かに傷を負い、健康な者を探す方が難しい程である。目からは生気が失われ自棄になっている者とバーグを憎しみの目で見つめている者とで半々であった。
「今回は捕虜の解放をお願いに参上した次第です」
バーグはその視線を堪えながら、自身に冷静さを欠いてはいけないと何度も戒める。それから捕虜の開放をセルジュに願い出た。セルジュはその言葉を想定していたようで淡々とバーグを非難した。
「勝手に人の領土に攻め込んでおいて勝手なお願いをなされますね」
「それも重々承知の上です」
その点、バーグは潔かった。机の上にジャヌシス金貨を並べる。合計で二〇〇枚だ。アシュティア領の収益のざっと二十年分以上はあるだろう。それをちらつかせてバーグは言葉を放った。
「こちらに金貨が二〇〇枚ございます。今回のお詫びもかねてお渡ししますので捕虜をどうか解放いただきたい」
「わかりました。では、この金額でこの者たちを解放しましょう」
バーグはこの言葉の真意にすぐ気が付いた。長年、交渉ごとをゲルブムから任せられているだけはあってセルジュの子ども騙しには引っ掛からなかったようだ。
「この者たちというのは我が軍の捕虜全員と捉えても宜しいか」
「……いえ、ここに居る者たちだけです」
セルジュは自分の企みがバレてしまったことに落胆を隠し切れなかった。素直にこの一般兵だけであることを明かしてバーグの言葉を待った。
「それでは金額が多過ぎる!」
「ほう。ではこの者たちに金貨二〇〇枚の価値はないというのですね?」
半分は賠償金だから実質は一〇〇枚くらいなのだが、セルジュは奮闘してくれた兵士たちの価値を吊り上げるため、敢えてこう言った。
そして反発したバーグの言葉を待っていましたとばかりにセルジュは用意していた言葉をぶつける。そのためにファート兵を同席させたのだ。セルジュはさらに追い打ちをかける。
「人道的な観点から治療をさせてもらいましたが治療もタダではないんです。これだけの人数を養うのもお金が掛かりますし。引き取りを拒否するのであれば、全員殺します」
この言葉で応接間の温度が三度ほど下がったような気を全員が感じた。この世界に捕虜の扱いを定めた協定など存在しておらず治療はセルジュの独断であった。
この言葉に兵たちはセルジュに懇願する者、バーグに憤る者など様々であったがジェイクとジョイに一喝されると皆一様に異様な視線をバーグに送るのであった。
「なにも……殺すのは……」
「私も殺したくはありませんが、如何せんお金がない。満足いく治療もしてやれなければご飯も与えられないのです。ああ、村はご覧になりましたか? そちらの攻撃で跡形も残ってないでしょう。領民に食料を配給しなければならないのでファート領の兵士たちの面倒を見るのはとても……」
セルジュは拒否できない空気を作り上げていく。食料が足りていないというのはもちろん嘘だ。だが、村の様子をみてきたバーグに対してこの嘘は効果覿面であった。困っているバーグに対しセルジュはどんどん追い打ちをかけていく。
バーグは相対している少年が恐ろしく感じてならない。背中に一筋の汗が流れる。本当に目の前に居るのは童なのだろうか。悪魔かその類なのではと身が震えていた。
それを察しているのかいないのか。セルジュはバーグに追い打ちの言葉、もとい挑発を行う。これでバーグの出方を窺うつもりだ。
「決断するのであればお早めに。このままだと命を落とす兵も何人か居ますよ。ああ、元より助け出したいのは嫡男であるリベルト卿だけでしたかな? 末端の兵はどうでも良い、と」
「そんなことはない! 全員我が領に必要な、助けるべき兵だっ!!」
売り言葉に買い言葉でセルジュの挑発に乗ってしまったバーグ。普段の彼であればセルジュの安い挑発に引っ掛かったりはしないのだが、セルジュの後ろから見つめてくるファート兵の視線に惑わされ、バーグはまんまとこの言葉を引き出されてしまったのだ。
「では、この条件をのんでくださる、と?」
「……その条件で承ろう」
こうして金貨二〇〇枚とファート兵の生き残り九十二人の交換が成立した。バーグはセルジュに九十二名のファート兵をすぐに領内へと帰還できるように願い出た。
セルジュはその願いを聞き届け、九十二名をすぐにバーグに引き渡す。バーグは連れてきた一○名に兵たちをコンコール村へと連れていくよう指示を出した。そしてバーグはこの場に残り、セルジュに対してどのような要求があるのかを尋ねた。
「して、若様とゲティスの引き渡しの条件は?」
「リベルト卿の引き渡し条件は金貨三〇〇枚です。ゲティス殿の引き渡しは金貨五〇枚で手を打ちましょう。それであれば今すぐお支払いできるのでは?」
セルジュはバーグは余分にお金を持ってきていると踏んでいた。そして、その読み通りバーグは金貨一〇〇枚を持っていた。
なのでゲティスの解放はこの場ですぐにできる。これはセルジュがゲティスを囲い込んでおきたくないという意図からあえて低め――と言っても金貨五〇枚なのだが――に設定してあったのだ。
ゲティスほどの武の力があれば隙を見て逃げ出すことも可能だろう。実際、アシュティア軍はそこまで優秀ではなかった。そうなってしまうのであれば今のうちに解放してしまおうという目論見である。
問題はリベルトの方であった。明らかに法外な金額である。アシュティア領への賠償金は既に兵士の引き渡し時に支払われているので、これはリベルト個人の金額とも言い換えることが出来た。
セルジュがそれだけリベルトに価値を見出していると言えば聞こえは良いが、実際は違った。セルジュは時間が欲しかったのだ。
そのため、セルジュはリベルトの解放条件をビタ一文も負けるつもりはなく、バーグはゲティスを解放するために金貨五〇枚を支払ってアシュティア領を後にした。
こうしてセルジュはファート兵とゲティスを解放する代わりに金貨を二五○枚も得ることが出来た。
さらにファート軍とゲティスが使っていた装備一式は既に押収しており、アシュティア領の財政が潤ったのは言うまでもなかった。
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