内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

inu

文字の大きさ
上 下
14 / 91
鰥寡孤独の始まり

13. アシュティア侵略会議

しおりを挟む
セイファー歴 756年 2月25日

春の日差しが続き雪はほとんど溶けて来たのだが風が身に沁みる時期に、ファート領の領都であるアルマナでは会議が紛糾していた。

「もう雪は溶けた! 今すぐ軍を編成してアシュティア領に攻め入るべきだ!」

アルマナに一際大きくそびえ建つアルマナ城の城内からゲティスの大きな声が響き渡っていた。

「まだ早かろう。今時期は寒くて兵たちも満足には動けまい」
「しかしだ。三月に入れば農民たちは種蒔きで動けんくなるぞ。攻めるならば今じゃないのか?」
「いやいや、今すぐに攻めなくても良かろう。攻め入るのは麦の刈り入れが終わった八月の終わりでも良いのではないか?」

領主であるゲルブムの前でゲティスのほか、バーグやキャスパーも熱い議論を交わしていた。その中でも一際息を巻いていたのがゲルブムの十五歳の嫡男であるリベルト=ファートであった。リベルトもゲティス同様に早期侵攻論を支持している一人である。

「向こうは一○○にも満たない小さな村です。常備兵も居なければ傭兵も資金が底をついて帰ってるでしょう。攻め獲るならば今です、父上!」

この嫡男の案に反論をしたのはバーグであった。

「向こうの見舞金は少なく見てもジャヌシス金貨二○枚、多くて四○枚と言ったところでしょう。スポジーニ陣営の勝ち戦であったことから考えると三○から四○枚というのが妥当な線だと思われます。それであればまだ傭兵が居る恐れがありますぞ」
「それであれば偵察を出そう。偵察を出して傭兵が居なければ攻め落とす。これで問題は無いだろう」
「いや、だとしてもこの時期に徴兵はできませぬ。今期の収穫が減ってしまいますぞ」
「兵は常備兵の一○○のみで向かう。傭兵が居ないとなれば兵など居ないに等しいのでは? これで十分でしょう。いや、多過ぎるくらいだ。それに、この時期に出兵することで向こうは農民を徴兵することができなくなるから一石二鳥ではないか」
「そもそもアシュティア領を攻める口実がありませぬ」
「今は乱れた世だぞ? 少しでも領土を広げて領民を増やし、派閥内、いや国内での発言力を増して行かねば他領に喰われるだけだっ!」

バーグもキャスパーもこの恐れを知らないリベルトの圧に言い負かされてしまった。いや、正確には言い負かされてなど居なかった。

守るためであれば遠征に出る必要はないので農民を徴兵することは可能である。しかし、リベルトが領主の息子であるという立場上、二人ともあまり強気には出られなかったのだ。

また、キャスパーは関係ないという傍観者でいてしまった。確かに同じ領の人間ではあるが自身や自身の村人が出兵するわけでもなく、自身が預かっているコンコール村に被害が出るわけでもないので、強く反対して次期領主の反感を買うのを恐れたからである。

これに気を良くしたのはもちろんゲティス。勝ち誇った笑みで二人を見下している。この議論を聞いて当主であるゲルブムは決断を下した。

「確かに領土はあっても困ることはない。人が居なければ領は栄えず、人が増えれば土地が必要になる。良かろう。そこまでいうのであれば一○○の兵で攻め落としてみよ。大将は……」
「その役目は私に」

ゲルブムがゲティスを大将に指名しようとしたのだがリベルトが大将にと名乗り出た。ゲルブムはリベルトの危うさを理解していた。

この頃の年代の男子にありがちな根拠の無い自信と強い功名心である。リベルトは武術の訓練は行なっているが兵を率いた経験は皆無であった。

しかし、ゲルブムはこの簡単な侵略戦こそが却ってリベルトの初陣にはふさわしいと思い直し、リベルトを大将に任命してゲティスを副将に指名することにした。

「ありがとうございます。それでは出立の準備に取り掛かります」

任命するや否やリベルトはゲティスを連れ立ってゲルブムの前を後にした。それを見届けた後、バーグは努めて冷静に尋ねた。

「よろしかったので?」
「まあ仕方がなかろう」

ゲルブムは暗愚な男ではなかった。今が攻め獲る最適な時期かと言われると頭に疑問符が浮かぶ。今回は息子に良い経験をさせるためにも出兵を決断したのだ。

もちろん、ゲルブムの中には負けるつもりは毛頭ない。そのためにゲティスまで帯同させているのだ。ただ、この時期でなければ育てた常備兵の負傷率がもう少し下がっただろうとは考えていた。

「これでリベルトにも箔が付くだろう」

ゲルブムは自分の息子に箔を付けてやれるのであれば兵士の一人や二人の損失は必要経費だと割り切ることにした。

しかし、この時の決断がファート家を大きく動かすことになるとはゲルブムは全く予想だにしていなかったのである。



「ゲティス、今すぐ偵察兵を派遣しろ。ホンスを使っても構わん」
「承知!」

ゲティスは小走りでアルマナにある兵舎へと向かった。そしてリベルトは軍の編成と兵糧の準備に取り掛かる。編成に関しては全員歩兵で問題ないと考えていた。

全員を馬に似たホンスに騎乗させたいところではあったが、ホンスの数が足りない。それであれば全員徒歩の方が良いだろう。

これは速度よりも小回りの利く歩兵の方が取り回しが良いと考えたからである。それに向こうにまともな兵が居ないとも考えていた。もし、傭兵が居たら出兵は取りやめる考えもリベルトは持ち合わせていた。

また、ここからコンコール村まで歩いて二日、そこからさらにアシュティア村までは歩いて一日である。なので往復で一週間ほどの食料を用意すれば足りるであろうとリベルトは考えていた。

実は軍隊の移動速度というものは皆が思っているほど早くはない。むしろ極めて遅いと言っても過言ではないだろう。

道があるところで1日でおよそ十五キロほど、道がなければ十キロも進むことはできないだろう。

「二騎の兵を偵察に向かわせました。一日二日で戻ってくるでしょう」
「ご苦労。では我々も出兵の準備を粛々と行うとするか」

リベルト率いるファート軍は着々とアシュティア領への侵攻の準備を進めるのであった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...