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鰥寡孤独の始まり
13. アシュティア侵略会議
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セイファー歴 756年 2月25日
春の日差しが続き雪はほとんど溶けて来たのだが風が身に沁みる時期に、ファート領の領都であるアルマナでは会議が紛糾していた。
「もう雪は溶けた! 今すぐ軍を編成してアシュティア領に攻め入るべきだ!」
アルマナに一際大きくそびえ建つアルマナ城の城内からゲティスの大きな声が響き渡っていた。
「まだ早かろう。今時期は寒くて兵たちも満足には動けまい」
「しかしだ。三月に入れば農民たちは種蒔きで動けんくなるぞ。攻めるならば今じゃないのか?」
「いやいや、今すぐに攻めなくても良かろう。攻め入るのは麦の刈り入れが終わった八月の終わりでも良いのではないか?」
領主であるゲルブムの前でゲティスのほか、バーグやキャスパーも熱い議論を交わしていた。その中でも一際息を巻いていたのがゲルブムの十五歳の嫡男であるリベルト=ファートであった。リベルトもゲティス同様に早期侵攻論を支持している一人である。
「向こうは一○○にも満たない小さな村です。常備兵も居なければ傭兵も資金が底をついて帰ってるでしょう。攻め獲るならば今です、父上!」
この嫡男の案に反論をしたのはバーグであった。
「向こうの見舞金は少なく見てもジャヌシス金貨二○枚、多くて四○枚と言ったところでしょう。スポジーニ陣営の勝ち戦であったことから考えると三○から四○枚というのが妥当な線だと思われます。それであればまだ傭兵が居る恐れがありますぞ」
「それであれば偵察を出そう。偵察を出して傭兵が居なければ攻め落とす。これで問題は無いだろう」
「いや、だとしてもこの時期に徴兵はできませぬ。今期の収穫が減ってしまいますぞ」
「兵は常備兵の一○○のみで向かう。傭兵が居ないとなれば兵など居ないに等しいのでは? これで十分でしょう。いや、多過ぎるくらいだ。それに、この時期に出兵することで向こうは農民を徴兵することができなくなるから一石二鳥ではないか」
「そもそもアシュティア領を攻める口実がありませぬ」
「今は乱れた世だぞ? 少しでも領土を広げて領民を増やし、派閥内、いや国内での発言力を増して行かねば他領に喰われるだけだっ!」
バーグもキャスパーもこの恐れを知らないリベルトの圧に言い負かされてしまった。いや、正確には言い負かされてなど居なかった。
守るためであれば遠征に出る必要はないので農民を徴兵することは可能である。しかし、リベルトが領主の息子であるという立場上、二人ともあまり強気には出られなかったのだ。
また、キャスパーは関係ないという傍観者でいてしまった。確かに同じ領の人間ではあるが自身や自身の村人が出兵するわけでもなく、自身が預かっているコンコール村に被害が出るわけでもないので、強く反対して次期領主の反感を買うのを恐れたからである。
これに気を良くしたのはもちろんゲティス。勝ち誇った笑みで二人を見下している。この議論を聞いて当主であるゲルブムは決断を下した。
「確かに領土はあっても困ることはない。人が居なければ領は栄えず、人が増えれば土地が必要になる。良かろう。そこまでいうのであれば一○○の兵で攻め落としてみよ。大将は……」
「その役目は私に」
ゲルブムがゲティスを大将に指名しようとしたのだがリベルトが大将にと名乗り出た。ゲルブムはリベルトの危うさを理解していた。
この頃の年代の男子にありがちな根拠の無い自信と強い功名心である。リベルトは武術の訓練は行なっているが兵を率いた経験は皆無であった。
しかし、ゲルブムはこの簡単な侵略戦こそが却ってリベルトの初陣にはふさわしいと思い直し、リベルトを大将に任命してゲティスを副将に指名することにした。
「ありがとうございます。それでは出立の準備に取り掛かります」
任命するや否やリベルトはゲティスを連れ立ってゲルブムの前を後にした。それを見届けた後、バーグは努めて冷静に尋ねた。
「よろしかったので?」
「まあ仕方がなかろう」
ゲルブムは暗愚な男ではなかった。今が攻め獲る最適な時期かと言われると頭に疑問符が浮かぶ。今回は息子に良い経験をさせるためにも出兵を決断したのだ。
もちろん、ゲルブムの中には負けるつもりは毛頭ない。そのためにゲティスまで帯同させているのだ。ただ、この時期でなければ育てた常備兵の負傷率がもう少し下がっただろうとは考えていた。
「これでリベルトにも箔が付くだろう」
ゲルブムは自分の息子に箔を付けてやれるのであれば兵士の一人や二人の損失は必要経費だと割り切ることにした。
しかし、この時の決断がファート家を大きく動かすことになるとはゲルブムは全く予想だにしていなかったのである。
「ゲティス、今すぐ偵察兵を派遣しろ。ホンスを使っても構わん」
「承知!」
ゲティスは小走りでアルマナにある兵舎へと向かった。そしてリベルトは軍の編成と兵糧の準備に取り掛かる。編成に関しては全員歩兵で問題ないと考えていた。
全員を馬に似たホンスに騎乗させたいところではあったが、ホンスの数が足りない。それであれば全員徒歩の方が良いだろう。
これは速度よりも小回りの利く歩兵の方が取り回しが良いと考えたからである。それに向こうにまともな兵が居ないとも考えていた。もし、傭兵が居たら出兵は取りやめる考えもリベルトは持ち合わせていた。
また、ここからコンコール村まで歩いて二日、そこからさらにアシュティア村までは歩いて一日である。なので往復で一週間ほどの食料を用意すれば足りるであろうとリベルトは考えていた。
実は軍隊の移動速度というものは皆が思っているほど早くはない。むしろ極めて遅いと言っても過言ではないだろう。
道があるところで1日でおよそ十五キロほど、道がなければ十キロも進むことはできないだろう。
「二騎の兵を偵察に向かわせました。一日二日で戻ってくるでしょう」
「ご苦労。では我々も出兵の準備を粛々と行うとするか」
リベルト率いるファート軍は着々とアシュティア領への侵攻の準備を進めるのであった。
春の日差しが続き雪はほとんど溶けて来たのだが風が身に沁みる時期に、ファート領の領都であるアルマナでは会議が紛糾していた。
「もう雪は溶けた! 今すぐ軍を編成してアシュティア領に攻め入るべきだ!」
アルマナに一際大きくそびえ建つアルマナ城の城内からゲティスの大きな声が響き渡っていた。
「まだ早かろう。今時期は寒くて兵たちも満足には動けまい」
「しかしだ。三月に入れば農民たちは種蒔きで動けんくなるぞ。攻めるならば今じゃないのか?」
「いやいや、今すぐに攻めなくても良かろう。攻め入るのは麦の刈り入れが終わった八月の終わりでも良いのではないか?」
領主であるゲルブムの前でゲティスのほか、バーグやキャスパーも熱い議論を交わしていた。その中でも一際息を巻いていたのがゲルブムの十五歳の嫡男であるリベルト=ファートであった。リベルトもゲティス同様に早期侵攻論を支持している一人である。
「向こうは一○○にも満たない小さな村です。常備兵も居なければ傭兵も資金が底をついて帰ってるでしょう。攻め獲るならば今です、父上!」
この嫡男の案に反論をしたのはバーグであった。
「向こうの見舞金は少なく見てもジャヌシス金貨二○枚、多くて四○枚と言ったところでしょう。スポジーニ陣営の勝ち戦であったことから考えると三○から四○枚というのが妥当な線だと思われます。それであればまだ傭兵が居る恐れがありますぞ」
「それであれば偵察を出そう。偵察を出して傭兵が居なければ攻め落とす。これで問題は無いだろう」
「いや、だとしてもこの時期に徴兵はできませぬ。今期の収穫が減ってしまいますぞ」
「兵は常備兵の一○○のみで向かう。傭兵が居ないとなれば兵など居ないに等しいのでは? これで十分でしょう。いや、多過ぎるくらいだ。それに、この時期に出兵することで向こうは農民を徴兵することができなくなるから一石二鳥ではないか」
「そもそもアシュティア領を攻める口実がありませぬ」
「今は乱れた世だぞ? 少しでも領土を広げて領民を増やし、派閥内、いや国内での発言力を増して行かねば他領に喰われるだけだっ!」
バーグもキャスパーもこの恐れを知らないリベルトの圧に言い負かされてしまった。いや、正確には言い負かされてなど居なかった。
守るためであれば遠征に出る必要はないので農民を徴兵することは可能である。しかし、リベルトが領主の息子であるという立場上、二人ともあまり強気には出られなかったのだ。
また、キャスパーは関係ないという傍観者でいてしまった。確かに同じ領の人間ではあるが自身や自身の村人が出兵するわけでもなく、自身が預かっているコンコール村に被害が出るわけでもないので、強く反対して次期領主の反感を買うのを恐れたからである。
これに気を良くしたのはもちろんゲティス。勝ち誇った笑みで二人を見下している。この議論を聞いて当主であるゲルブムは決断を下した。
「確かに領土はあっても困ることはない。人が居なければ領は栄えず、人が増えれば土地が必要になる。良かろう。そこまでいうのであれば一○○の兵で攻め落としてみよ。大将は……」
「その役目は私に」
ゲルブムがゲティスを大将に指名しようとしたのだがリベルトが大将にと名乗り出た。ゲルブムはリベルトの危うさを理解していた。
この頃の年代の男子にありがちな根拠の無い自信と強い功名心である。リベルトは武術の訓練は行なっているが兵を率いた経験は皆無であった。
しかし、ゲルブムはこの簡単な侵略戦こそが却ってリベルトの初陣にはふさわしいと思い直し、リベルトを大将に任命してゲティスを副将に指名することにした。
「ありがとうございます。それでは出立の準備に取り掛かります」
任命するや否やリベルトはゲティスを連れ立ってゲルブムの前を後にした。それを見届けた後、バーグは努めて冷静に尋ねた。
「よろしかったので?」
「まあ仕方がなかろう」
ゲルブムは暗愚な男ではなかった。今が攻め獲る最適な時期かと言われると頭に疑問符が浮かぶ。今回は息子に良い経験をさせるためにも出兵を決断したのだ。
もちろん、ゲルブムの中には負けるつもりは毛頭ない。そのためにゲティスまで帯同させているのだ。ただ、この時期でなければ育てた常備兵の負傷率がもう少し下がっただろうとは考えていた。
「これでリベルトにも箔が付くだろう」
ゲルブムは自分の息子に箔を付けてやれるのであれば兵士の一人や二人の損失は必要経費だと割り切ることにした。
しかし、この時の決断がファート家を大きく動かすことになるとはゲルブムは全く予想だにしていなかったのである。
「ゲティス、今すぐ偵察兵を派遣しろ。ホンスを使っても構わん」
「承知!」
ゲティスは小走りでアルマナにある兵舎へと向かった。そしてリベルトは軍の編成と兵糧の準備に取り掛かる。編成に関しては全員歩兵で問題ないと考えていた。
全員を馬に似たホンスに騎乗させたいところではあったが、ホンスの数が足りない。それであれば全員徒歩の方が良いだろう。
これは速度よりも小回りの利く歩兵の方が取り回しが良いと考えたからである。それに向こうにまともな兵が居ないとも考えていた。もし、傭兵が居たら出兵は取りやめる考えもリベルトは持ち合わせていた。
また、ここからコンコール村まで歩いて二日、そこからさらにアシュティア村までは歩いて一日である。なので往復で一週間ほどの食料を用意すれば足りるであろうとリベルトは考えていた。
実は軍隊の移動速度というものは皆が思っているほど早くはない。むしろ極めて遅いと言っても過言ではないだろう。
道があるところで1日でおよそ十五キロほど、道がなければ十キロも進むことはできないだろう。
「二騎の兵を偵察に向かわせました。一日二日で戻ってくるでしょう」
「ご苦労。では我々も出兵の準備を粛々と行うとするか」
リベルト率いるファート軍は着々とアシュティア領への侵攻の準備を進めるのであった。
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