内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

10. 秋の息吹き

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セイファー歴 755年 8月25日

アシュティア領でも作物の刈り入れが行われていた。村長むらおさが宣言した通り、全体的に昨年よりも豊作となっていた。

お陰で領民の顔には笑顔の花が咲いていた。村では収穫したばかりのグレピンで早速、果実酒が作られている。領民たちは豊作を祝いお祭り騒ぎをしていたが、セルジュはその輪に加わることが出来なかった。

「バルタザーク、二人の仕上がり具合はどう?」
「まだ初めて一か月だ。まだまだ戦力にもなりゃしねぇよ」
「とは言え、下手をすると来月にでもファート士爵が攻め込んでくるかもしれないから、二人を連れて偵察に向かえる?」
「そうだな。経験させておいても損はないしな。直ぐに向かおう」
「助かるよ。あと、兵士に志願している領民が十名ほど居る。戻ってきたら全員に会って適性を調べておいてくれ」

志願している者たちは主にジェイクやジョイのような次男以下の男子であった。上は十四歳から下は九歳まで。

家督を継げないと分かっている彼らは小作人として生きるか新しい畑を自分で耕すか他の職に就くしかなかった。そこで彼らは常備兵を選択したのだ。

セルジュはバルタザークとファート士爵の対策に追われていた。ファート士爵は今秋に侵攻することはないのだが、その事実を知らないセルジュは胃が痛くなるような思いで毎夜を過ごしていた。

こちらも急いで戦力を立て直したいが、頑張って集めても十人が関の山だ。それ以上の兵士を集めてしまうと領地の経営が傾いてしまう恐れがある。

対してファート士爵は侵攻に百名は揃えてくるだろう。となると、打てる手は必然と限られてきてしまう。

「今秋の侵攻さえ凌げれば勝ち目はあるはずなんだ。確実な情報をお願い」

静かに頷いたバルタザークはそのまま退室してファート領へと向かっていった。もし、ファート士爵が今秋に襲ってきた場合は東辺境伯に泣きつくしかないだろう、とセルジュは覚悟を決めていた。

ただ、まだそうと決まったわけではない。それであれば出来る限りのことをするのがセルジュの信条だ。用意していた館の横の畑にビーグとカブラの種を植えていく。

農作業がセルジュの息抜きとなっていた。農作業をしている最中は余計なことを考えずに済む。

幸いなことにドロテアの家でビーグとカブラも育てた経験があるらしく、ドロテアに教わりながら農作業に従事したセルジュ。

ドロテアは土まみれになって畑仕事に精を出しているセルジュが可笑しくなってしまい、声を出して笑ってしまった。

「なにか面白いことでもあったの?」
「いえ、坊ちゃまが一生懸命になって畑仕事をしている姿が面白くなってしまって」
「畑は大事だぞ。腹が減っては戦が出来ぬという言葉もあるくらいだ」
「そうですね、私もそう思います」

そう言うとドロテアも土をいじり始めた。

「こら、ここはボクの畑だぞ。手伝いはいらないって言ってるじゃないか」
「少しだけお手伝いさせてください。ほら、ミミズーですよ! これが多いと良い土になると父から教わりました」
「もぅ。少しだけだからな」

セルジュとドロテアの畑仕事はバルタザークたちが帰ってくるまで熱心に続けられた。



セイファー歴 755年 8月29日

バルタザークが館に戻ってきた。恐らく走って戻ってきたのだろう。ジェイクとジョイが到着するなり倒れ込んで肩で息をしている。

「おかえり。どうだった?」

セルジュは戻って来たばかりのバルタザールに詰め寄って結果の報告を迫った。無理もない。この数日間、セルジュはまともに眠れていなかったのだ。

「そう焦んなって。戦の準備はしてなかった。侵攻は無しだ」
「本当か!? 間違いはないね!?」
「本当だって。入念に調べたんだから間違いねぇよ」

バルタザークはドロテアを見つけると「メシだメシ!」と子供の様に食事を要求していた。セルジュはへたり込んでいる二人に水を渡していた。

「っぷは! サンキュ」
「っふう。死ぬかと思った」

ジェイクとジョイの表情がバルタザークの訓練の厳しさを物語っていた。セルジュは詳しく聞いても良いものかと躊躇っているとジェイクの方からベラベラと話し始めた。

「おい、セルジュ。信じられるか? ここからコンコール村までずっと駆け足だぜ」
「帰りも?」
「モチのロンだぜ」

アシュティア村からファート領最北のコンコール村まで少なくとも十キロは離れている。それを十歳の少年に行わせているとなれば時代が時代であれば大事に発展しかねないだろう。

だが、今この場でそれを咎める者は誰も居らず、さらにアシュティア領は人材不足が著しい領だ。セルジュは申し訳ないと思いつつも二人に涙を呑んでもらうことにした。

とは言え、ファート領からの侵攻が今年ではなくなっただけでセルジュの心労が嘘みたいに軽くなった。セルジュは二人に兵士志願者の十人を連れてくるように命じ、自身は執務室に籠ってこれから起こるであろう侵攻に対する防衛計画を練り始めたのであった。

ジェイクとジョイの行動は速かった。その行動の速さから日頃からバルタザークにどれだけ鍛えられているか想像するのは難くないだろう。バルタザールの食事が終わるころには志願者全員がエントランスに集まっていた。

「隊長! 志願者を全員エントランスに集めましたっ!」

集めて欲しいとお願いをしたのはセルジュだったのだが、二人はバルタザークへと報告しに行った。セルジュも揃った段階でバルタザークを呼びに行く手筈になっていたので問題なかったのだが、バルタザークは一つ釘を刺すことにした。

「平時なら別に構わんが、戦時であればセルジュの命令に従うな。オレの命令にだけ従え。いいな?」

そうは言ったものの、二人はピンと来ていないようだ。バルタザークは頭を掻くと二人にもわかりやすく説明をすることにした。

「いいか。戦時でオレが突撃と命令してセルジュが撤退と命令した場合はどちらに従う?」
「領主であるセルジュです」
「隊長!」

二人の意見が見事に分かれたのを良いことに「どっちに従えば良いかわからなくなるだろ? つまりはそういうことだ」と指示系統の統一の大切さを教え込んだ。

バルタザークがエントランスに着くと並んでいた志願者たちの顔が強張った。それは目の前に居るバルタザークの試験を突破しないと兵士になれないと考えたからだ。

しかし、バルタザークは誰一人落とそうとは考えておらず、どうすれば一人前の兵士に育て上げることが出来るのか吟味していたのだ。

バルタザークは粗野な男ではあるが、こと武に関する事柄には誠実に向き合っていた。今回も一人一人の身体的特徴を確認していたのである。一通り確認し終わると全員を外に連れ出して号令をかけた。

「ランニングを始める。全員、ジェイクとジョイの後を追うように。それでは開始!」

ジェイクとジョイは散々走った後にまだ走るのかと辟易していたがバルタザークの命令には背けない。既にそう刷り込まれているのだ。いつものルートを走り出す二人。志願者は面食らいつつも直ぐに二人の後を追った。

こうしてバルタザールの厳しい訓練が幕を開けたのであった。
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