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鰥寡孤独の始まり
09. 移住者と商人
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セイファー歴 755年 7月31日
セルジュは執務室の中でウンウンと唸り声をあげていた。行商人に頼んでいた移民施策で思いのほか流民が集まってきてしまったからだ。集まったのは十二戸。人数に直すと六十一人だ。
約束通り家はこちらで手配するのだが、建築費用は分割払いで払ってもらうことになっている。なので、長い目で見ればセルジュに損はないはずだ。そして問題はお金ではない別のことろにある。それは食料だ。
移住してきた六十一人は話を頼りに身一つでやって来た家族が多かった。これを見捨てるわけにはいかない。セルジュは備蓄していた食料を解放してこの場を凌ぐが、それでも持って三か月と言った量だ。
来月になればムグィクの収穫が始まるので今年は糊口を凌げるだろう。このときにセルジュは税の免除を東辺境伯に願い出ておいて本当に良かったと心から安堵した。
「あとは来月にどれだけのムグィクが穫れるかが勝負だな」
セルジュは試算に見切りをつけて館の外に出ようとすると館のエントランスで「どちらかお出掛けですか?」と声を掛けられた。
声を掛けてきたのは新しく雇ったドロテアだ。齢は十五で綺麗なダークブロンドの髪を肩口で揃えている。彼女は新しくやって来た移民の子であり炊事洗濯などの家事全般に長けているため、セルジュは雇うことを決めた。
というのも大飯喰らいが一人増えたからだ。セルジュ一人であれば自分のことは自分で賄えるが、バルタザークが増えるとそうもいかなくなってしまった。そこで雇用の創出も兼ねて彼女を雇うことにしたのだ。
「うん。少し建築の様子とみんなの畑の様子を見てくる」
「いってらっしゃいませ」
ドロテアに行き先を告げて表に出るとジェイクとジョイがバルタザークに追われながら走っていた。二人とも顎が上がって苦しそうな表情を浮かべている。
「おらおら! 体力が無い奴から戦場では死んでくぞっ!」
後ろから罵声を飛ばしながら走るバルタザークのその姿は鬼教官そのものであった。セルジュはバルタザークの行うことに口出しはしないと心に固く決めていたので、声を掛けずにその場を後にする。
セルジュが最初に向かったのは畑だ。畑ではムグィクとムグィラが地面を金色に染めて頭を垂れていた。近くに偶々居合わせていた村長を見かけたので作物の出来について聞いてみることにする。
「村長。今年は豊作ですか?」
「これは坊っちゃま。豊作とまでは行きませんが去年よりは多いはずですじゃ」
その言葉を聞いて何とか冬は乗り越えることが出来そうだとセルジュは胸を撫で下ろした。セルジュは風になびかれるムグィクを眺めながら村長に村の様子を伺うことにした。
「どう? 新しい住民たちは馴染めている?」
「今のところは問題ありませんぞ。新しい住民たちは勤勉な者たちばかりじゃ」
「そっか、それを聞いて安心しました。新しい者たちの取り纏めも村長に頼みたいんだけど」
「もちろんですじゃ。お任せくだされ」
村長の言葉に満足したセルジュはそのままの足で村の北側へと足を運んだ。村の北側は新しく移住してきた住民たちの居住区となっていた。
今まさに家が建築されている最中である。この場所で家の建築に勤しんでいる者は半数の三十名ほど。残りの三十名は秋に向けて土を起こしていた。
折角なので秋植えのビーグとカブラを育ててもらうことにした。なんでも移住者の中にビーグとカブラを育てていた人物がいるらしい。
「建築は進んでいるようだな」
セルジュは釘を運びに来ていたビビダデとモドラムに声を掛けた。今回、移住してきた者のうち四戸がビビダデの紹介で二戸がモドラムの紹介となっていた。
「これはこれはセルジュさま。建築は進んでおりますが、少し木材が足りないようですね」
「おう、坊主。こっちは順調に進んでいるぞ」
「わかった。ビビダデの方に材木を回すように木こりたちに伝えておくよ」
こちらも進捗は順調のようだ。早く屋根のある場所で眠ってもらいたいところである。そして、セルジュは二人が居合わせているのをこれ幸いと相談事を持ち掛けた。
「二人に相談なんだが弓矢とムグィラの粉をもう少し仕入れたいと思っているんだけど、いくらで用意できる?」
「どれほど入り用で?」
「そうだな。弓はあと三○張で矢は六○○本。これは用意が出来次第こちらに届けて欲しい。ムグィラの粉は大樽で五ほど。積雪の前に届けて欲しい」
大樽はおよそ二百キロである。つまり、一樽で黒パンが八〇〇斤ほど作れる計算だ。今回セルジュが頼んだのは四〇〇〇斤分のムグィラの粉となる。
村長の話では豊作とまでは行かずとも例年よりも多いとの話で合った。だが、それでも足りないとセルジュは判断したのだ。
足りなくなってから慌てて用意しても足元を見られるだけという事をイヤと言うほど理解していたのである。
「それであればオレの方で金貨十枚と大銀貨二枚で請け負えるぞ」
「いえいえ! 私の方では金貨十枚と大銀貨一枚でお請けできますよ」
流石は商人と言う速度で価格の提示から値切りまでし始めた二人。たしかにセルジュの中には二人に価格を提示させて競わせようという狙いもあったが、もう一つの狙いもあった。
「ごめん、言葉が足りなかったね。ボクは金貨を十枚用意した。この金額の範囲内で二人で話し合って物を用意してほしい。できる?」
「はぁ」
「まぁ、な」
二人はセルジュが何を言っているのか最初は理解できなかった。セルジュはお互いの強みを生かして商品を集めてきて欲しいと考えていたからだ。
これはセルジュがどちらか一方を贔屓することなく仕事を頼めると考えを巡らせた結果の行為だ。
「最初に言っておくが、ボクはどちらも贔屓せずに公平に扱う。それと蔑ろにしていると言う訳ではないからね。二人ともこの領に必要な商人だから、これからも力を貸してくれ」
セルジュはお金は出せないが想いを伝えることはできた。これに答えてくれるかどうかはビビダデとモドラムに委ねられている。
「はぁ。お前には敵わないな。その代わり前金でもらうぞ」
「もちろん。今から取りに行く?」
こうして、セルジュの治めるアシュティア領の領民は無事に六十二人増えて百五十四人となった。
セルジュは執務室の中でウンウンと唸り声をあげていた。行商人に頼んでいた移民施策で思いのほか流民が集まってきてしまったからだ。集まったのは十二戸。人数に直すと六十一人だ。
約束通り家はこちらで手配するのだが、建築費用は分割払いで払ってもらうことになっている。なので、長い目で見ればセルジュに損はないはずだ。そして問題はお金ではない別のことろにある。それは食料だ。
移住してきた六十一人は話を頼りに身一つでやって来た家族が多かった。これを見捨てるわけにはいかない。セルジュは備蓄していた食料を解放してこの場を凌ぐが、それでも持って三か月と言った量だ。
来月になればムグィクの収穫が始まるので今年は糊口を凌げるだろう。このときにセルジュは税の免除を東辺境伯に願い出ておいて本当に良かったと心から安堵した。
「あとは来月にどれだけのムグィクが穫れるかが勝負だな」
セルジュは試算に見切りをつけて館の外に出ようとすると館のエントランスで「どちらかお出掛けですか?」と声を掛けられた。
声を掛けてきたのは新しく雇ったドロテアだ。齢は十五で綺麗なダークブロンドの髪を肩口で揃えている。彼女は新しくやって来た移民の子であり炊事洗濯などの家事全般に長けているため、セルジュは雇うことを決めた。
というのも大飯喰らいが一人増えたからだ。セルジュ一人であれば自分のことは自分で賄えるが、バルタザークが増えるとそうもいかなくなってしまった。そこで雇用の創出も兼ねて彼女を雇うことにしたのだ。
「うん。少し建築の様子とみんなの畑の様子を見てくる」
「いってらっしゃいませ」
ドロテアに行き先を告げて表に出るとジェイクとジョイがバルタザークに追われながら走っていた。二人とも顎が上がって苦しそうな表情を浮かべている。
「おらおら! 体力が無い奴から戦場では死んでくぞっ!」
後ろから罵声を飛ばしながら走るバルタザークのその姿は鬼教官そのものであった。セルジュはバルタザークの行うことに口出しはしないと心に固く決めていたので、声を掛けずにその場を後にする。
セルジュが最初に向かったのは畑だ。畑ではムグィクとムグィラが地面を金色に染めて頭を垂れていた。近くに偶々居合わせていた村長を見かけたので作物の出来について聞いてみることにする。
「村長。今年は豊作ですか?」
「これは坊っちゃま。豊作とまでは行きませんが去年よりは多いはずですじゃ」
その言葉を聞いて何とか冬は乗り越えることが出来そうだとセルジュは胸を撫で下ろした。セルジュは風になびかれるムグィクを眺めながら村長に村の様子を伺うことにした。
「どう? 新しい住民たちは馴染めている?」
「今のところは問題ありませんぞ。新しい住民たちは勤勉な者たちばかりじゃ」
「そっか、それを聞いて安心しました。新しい者たちの取り纏めも村長に頼みたいんだけど」
「もちろんですじゃ。お任せくだされ」
村長の言葉に満足したセルジュはそのままの足で村の北側へと足を運んだ。村の北側は新しく移住してきた住民たちの居住区となっていた。
今まさに家が建築されている最中である。この場所で家の建築に勤しんでいる者は半数の三十名ほど。残りの三十名は秋に向けて土を起こしていた。
折角なので秋植えのビーグとカブラを育ててもらうことにした。なんでも移住者の中にビーグとカブラを育てていた人物がいるらしい。
「建築は進んでいるようだな」
セルジュは釘を運びに来ていたビビダデとモドラムに声を掛けた。今回、移住してきた者のうち四戸がビビダデの紹介で二戸がモドラムの紹介となっていた。
「これはこれはセルジュさま。建築は進んでおりますが、少し木材が足りないようですね」
「おう、坊主。こっちは順調に進んでいるぞ」
「わかった。ビビダデの方に材木を回すように木こりたちに伝えておくよ」
こちらも進捗は順調のようだ。早く屋根のある場所で眠ってもらいたいところである。そして、セルジュは二人が居合わせているのをこれ幸いと相談事を持ち掛けた。
「二人に相談なんだが弓矢とムグィラの粉をもう少し仕入れたいと思っているんだけど、いくらで用意できる?」
「どれほど入り用で?」
「そうだな。弓はあと三○張で矢は六○○本。これは用意が出来次第こちらに届けて欲しい。ムグィラの粉は大樽で五ほど。積雪の前に届けて欲しい」
大樽はおよそ二百キロである。つまり、一樽で黒パンが八〇〇斤ほど作れる計算だ。今回セルジュが頼んだのは四〇〇〇斤分のムグィラの粉となる。
村長の話では豊作とまでは行かずとも例年よりも多いとの話で合った。だが、それでも足りないとセルジュは判断したのだ。
足りなくなってから慌てて用意しても足元を見られるだけという事をイヤと言うほど理解していたのである。
「それであればオレの方で金貨十枚と大銀貨二枚で請け負えるぞ」
「いえいえ! 私の方では金貨十枚と大銀貨一枚でお請けできますよ」
流石は商人と言う速度で価格の提示から値切りまでし始めた二人。たしかにセルジュの中には二人に価格を提示させて競わせようという狙いもあったが、もう一つの狙いもあった。
「ごめん、言葉が足りなかったね。ボクは金貨を十枚用意した。この金額の範囲内で二人で話し合って物を用意してほしい。できる?」
「はぁ」
「まぁ、な」
二人はセルジュが何を言っているのか最初は理解できなかった。セルジュはお互いの強みを生かして商品を集めてきて欲しいと考えていたからだ。
これはセルジュがどちらか一方を贔屓することなく仕事を頼めると考えを巡らせた結果の行為だ。
「最初に言っておくが、ボクはどちらも贔屓せずに公平に扱う。それと蔑ろにしていると言う訳ではないからね。二人ともこの領に必要な商人だから、これからも力を貸してくれ」
セルジュはお金は出せないが想いを伝えることはできた。これに答えてくれるかどうかはビビダデとモドラムに委ねられている。
「はぁ。お前には敵わないな。その代わり前金でもらうぞ」
「もちろん。今から取りに行く?」
こうして、セルジュの治めるアシュティア領の領民は無事に六十二人増えて百五十四人となった。
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