内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

05. 最初の悪だくみ

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ビビダデは耳を疑った。それと同時に目の前に居る領主の頭も疑っていた。

「それは……私ごときでは対処しかねると思うのですが」
「早合点しないで。何もずっと止めろと言ってるわけじゃないから。今秋に侵攻するのを思い留まらせて欲しいだけ」

ビビダデにはそれでも無理だろうと直感的に思い込んでしまった。そもそもお金を貰っていないのに行う義務なんてビビダデには無いのだ。

アシュティア領に来てしまったことを労多くして実りが少ない行いだったと悔やまれた。

「それでも」
「待って。なに、簡単なことだよ。えーと、ビビダデはファート家の方に直接お会いするのか?」

ビビダデの反応が芳しくないことを察知したのだろう。セルジュは否定的な発言をするであろうビビダデの言葉を遮り自身がビビダデに行って欲しいことを簡潔に述べようとしていた。

「はぁ、私はファート家の家臣のひとりにお会いする予定です」
「丁度良い、それで十分だ。では、その家臣に『アシュティア領はいただいた見舞金を使って傭兵を雇う』というお話と『スポジーニ東辺境伯が勢いに乗じてファート領へと攻め込もうとしている』と伝えてくれ。それだけで良い」
「ですが……それは嘘でございましょう?」
「嘘ではない、噂だよ。噂に本当も嘘もある?」

それでもビビダデは気乗りしていなかった。今までお付き合いがあったファート家と今日初めて会ったアシュティア家のどちらを大事にするかなぞ、火を見るよりも明らかだろう。

ましてや彼方は士爵と此方は地方領主、取り扱う額が違う。そこでセルジュはビビダデを焚きつけるために話をお金の話へと戻した。

「そうだ、もう一つ大事なことを話すのを忘れていた。ビビダデの力で移住者が増えた場合だ。その場合、新しく家を建てなければならない。わかるよね?」

この場合の『わかる』とは家を建てなければいけない事実に対してではなく、家を建てるとなれば資材が必要になるということを暗に伝えたかったのだとビビダデは瞬時に理解した。流石は商人である。セルジュはビビダデが小さく頷いたのを確認すると、満足そうに勿体ぶって続きを話し始めた。

「と言う訳で、だ。ビビダデが連れてきた移住者の家を建てる場合、釘や鋸などはお前から買うことにしよう。残念ながら材木だけは腐るほどあるので除外だけどね」

材木まで購入していたら金貨がいくらあっても足りない事態となってしまう可能性がある。それをセルジュは考慮したのだ。また、ビビダデも察しが悪い方ではないため、この話から旨い儲け話の香りを嗅ぎつけていた。

「それは、移住させた分の家を私の方で手配するという事で?」
「もちろんだ。ああ、その代わり移住者にビビダデの紹介だとわかる工夫をしておいてよ」
「それはそれは、なんとも気前の良いことで」
「価格は相場に則るからな。吹っ掛けるのは禁止だぞ」
「もちろん承知しております」

一家族紹介するごとに釘を買ってもらえるのは大きい。十家族ほど紹介すればベルス大銀貨一枚ほどの儲けが見込めるだろうとビビダデは頭の中で算盤をはじいていた。

しかし、捕らぬ狸の皮算用とはよく言ったものでセルジュの最後の一言がビビダデを急に現実へと引き戻した。

「そのためには、我が領が来年まで持つ必要があるけどね」
「……はい。先程のお話、ファート家の者に必ずお伝えいたします」

バレなければ良いのだと思い込むようにし、どちらにしても弱みを握られてしまった以上、断るという選択肢を消されたビビダデは細心の注意を払うことを肝に銘じるのであった。



セイファー歴 755年 6月14日

セルジュはビビダデの他に訪れた三名の商人とそれぞれ商談を済ませていた。

尋ねてきた三人ともが西のリス領へと向かうとのことであったので、移住者と採用者の話を三人にもすると嬉々として乗り気になっていた。

ちなみに商談を行った商人のうちの一人であるモドラムはセルジュの祖父の代からアシュティア家とお付き合いがあったという古株の商人であった。

もちろんセルジュはモドラムを蔑ろにする訳もなく、彼に弓を十張と矢を二百本お願いすることにした。占めて金貨二枚の出費である。

もちろん、本来であればもっと値の張る品物なのだが、父の見舞金代わりにとモドラムが安くしてくれたのだ。

これでアシュティア家の台所はいただいた見舞金の金貨三十枚に父の執務室から出てきた大銀貨三枚から金貨十枚を引いた金貨二十枚と大銀貨三枚となった。

ちなみにジャヌス王国では主にジャヌシス金貨とベルス銀貨とデュマヌス銅貨が使われている。主に使用されるのは銀貨以上であり、銅貨は大都市圏でしか使用はされていない。アシュティア領も例外ではなく村では銅貨など使われず物々交換が主流だ。

また、行商人も銅貨を使わない。銅貨は通貨の最小単位となっているので枚数が嵩張るからだ。それだけ嵩張る銅貨を所持しながら移動などできるはずもなく、帳尻を合わせるために他の商品を買ってもらうか涙を呑んで損を出すかの二択を毎回迫られているのである。

通貨の価値は銅貨を最小単位として次に大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨と続く。銅貨十枚で大銅貨一枚と同じ価値となり、それは銀貨と金貨でも同様である。

大銅貨も十枚で銀貨一枚になり、大銀貨も同じだ。一番貨幣価値が高いのは大金貨の上に位置する白金貨なのだが、おそらくお目にかかることはないだろう。

現在、ジャヌス王国で流通されているのはジャヌシス金貨とベルス銀貨とデュマヌス銅貨で通貨における貴金属の含有量がおよそ七割となっている。

それはさておき。

当のセルジュはと言うと行商人との商談を済ませてからというもの、ずっと館の横の土をいじっていた。

ここに小さいながらも畑を作ろうとしていたのだ。もちろん植えるのはこれから実るであろうビーグとカブラだ。

とは言え畑に関してセルジュは門外漢なので本職の息子であるジェイクとジョイを頼ることにした。

「しっかし、なんで畑仕事なんかしなきゃなんねぇんだ?」

ジェイクは家から持ってきた自前の鍬で土を起こしながらぼやいていた。

「仕方ないだろ。この村で初めての食材だから実らなければ徒労に終わってしまうでしょ。そんなことを領民にさせるわけにはいかないよ。それに食べ物つくんないと生きらんないでしょ」

そう言ってセルジュも家の中、奥深くに眠っていた鍬を引っ張り出して振るっていた。

セルジュには一つの考えがあった。それは第一次産業が富国への第一歩であるということだ。栄養状態を良くして健康な身体があることこそが、富国への前提条件である。

前世は飽食の世界だったが今世は違う。セルジュは前職の影響で市場を把握することには長けていた。

また、セルジュの中ではジェイクとジョイは領民でないのかと言うとそう言うわけではない。セルジュは二人のことを胸襟を開いて話せる友達だと認識しているからこその畑仕事の要請であった。

「種は今日植えるのか?」
「いや、植えるのは8月の終わりごろ」
「そうか、じゃあそれまで定期的に土を起こしておけよ」

土地の開墾には二人の力を借りてもなお一週間ほどの日数がかかってしまった。それもそのはず、五歳と十歳の力で開墾などと言う無知に無謀を掛け合わせたような所業であったのだから、逆に良く開墾できたと褒めるべきだろう。

畑仕事は日が傾くまでずっと続けられたのであった。
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