内政、外交、ときどき戦のアシュティア王国建国記 ―家臣もねぇ、爵位もねぇ、お金もそれほど所持してねぇ―

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鰥寡孤独の始まり

02. 己を知れば一勝一負

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そうと決まればまずは現状の把握である。セルジュの父は子どもは遊ぶのと稽古が仕事だと言って政務に関することには一切手伝わせてくれなかった。お陰でセルジュは現状が全く分かっていない。

セルジュは父の執務室に籠って、ありとあらゆる資料に目を通した。幸い、セルジュは読み書きや一般知識は父から嫌という程教え込まれたため、資料を読み解くのに苦労はしなかった。書かれている文字も慣れ親しんだ癖の強い父の字である。

もしかすると、父はこうなることを予見していたのかもしれないとセルジュは心の何処かで思っていた。読み書きができる人間は今の時代では貴重な人材であり、どこかの貴族に召抱えられる可能性が高まるため平穏な生活を送ることができるとまで父は考えていたのかもしれない、と。

考えすぎだと三度頭を振り、読み解いていない資料に目を通す。すると、執務室の引き出しからはアシュティア領周辺の地図から村の人口の推移から名簿までたくさんの資料が出てきた。

「父さん、書類仕事は苦手だって言ってたのに」

出てきた資料のどれもが精密に作られていた。どの資料も癖の強い字で丁寧に作られた資料だ。名簿に至っては領民が何の職に就いているのかも事細かに記されている。苦手だからこそ、真面目に取り組めと言うのがセルジュの父の口癖であった。

父の資料のお陰でわかったことがいくつかあった。

まず、この王国について。セルジュが住んでいるジャヌス王国は絶対王政を敷いているが、王の権威が失墜して内乱状態となっていた。例えるなら将軍の権威が失墜した応仁の乱の真っ只中と言ったところだろうか。だから父にも援軍の要請が来たのだろう。

王国自体も小さな国で面積は九州と同程度の面積しか有していなかった。南側だけ海と面していたがそれ以外の三方は大国に囲まれているようだ。

次にアシュティアの領土。領土に関しては広さと土壌に関しての資料が見つかった。
アシュティア領の広さはやや南北に長い長方形型で面積は三〇平方キロメートル。日本でいうところの神社でお馴染みの厳島と同等の広さだ。東京ドームで表すと約六五〇個。こう聞くと広く聞こえるから不思議だ。

かと言ってこの領土を全て使えているのかと聞かれると答えはノー。なぜならアシュティア領はなだらかな丘陵地帯なのだが土地が痩せており、今現在使えてるのは多く見積もって領土の一割といったところだろう。

次にセルジュが目を通したのが領土周辺の地図だ。領土の東側には大きな山脈――グレン山脈――があり、グレン山脈の向こう側はロイド・ゴロ国の領土となっている。

北側はと言うとスポジーニ東辺境伯の直轄地と隣接しており、この東辺境伯の直轄地と言うのが少なく見積もってもアシュティア領の何十倍は下らない広さが地図に記されていた。

アシュティア領の西側は我々と同じく東辺境伯の派閥に属している準貴族である騎士のデルド=モスコ=ウィート卿のウィート領と、セルジュと同じ地方領主のジャッド=リスのリス領だ。

問題は南である。南には東辺境伯が敵対視していたベルドレッド南辺境伯の派閥に属しているゲルブム=ティ=トレイユ=ファート士爵のファート領と接している。ファート領とアシュティア領を比較するとファート領の方が五倍くらい大きい。

その関係からアシュティア村は領土の北側につくられていた。南側が全く手つかずなのは勿体無い。

ちなみに、このジャヌス王国は名前を見れば偉さがわかると言われている。階級が一つ上がるごとに名前が長くなっていくからだ。

平民は一つ名。地方領主が二つ名になり、騎士で三つ名、士爵で四つ名と増えていく。そこから男爵、子爵、伯爵、辺境伯、侯爵、公爵、大公、国王という順になる。国王に至っては名前が呪文のような長さだ。

それはさておき。

話を元に戻すと、アシュティア領の領土に関する資料は以上であった。
また、資料には残っていないが天候に関する情報はセルジュも五年分の情報を持っている。セルジュの体感では降雨量は少なく、また、冬になると雪が積もることから緯度は高めなのだと推測していた。

しかし、積雪量は多くなく積雪自体も十二月と一月の二ヶ月間だけのため、そこまで北の方ではないのだろうとも仮説立てていた。

その次には村に関する資料が出てきた。村は領内に一つだけでアシュティア村と呼ばれている。人口は老若男女含めて九十二人。主な産業は農業で領民の九割が農業に従事している。

残りの一割は木こりだったり猟師だったり大工だったりを営んでいるようだ。残念ながら家畜は居ない。裕福な村ではないのだから致し方ないだろう。

税に関しては五公五民。と言っても痩せた土地で収穫できる量なんて高が知れており、さらに集めた税の半分を東辺境伯に徴収され、村のインフラ整備や飢饉に備えての備蓄を除けば手元に残るのは雀の涙ほどであった。

つまり、まとめるとアシュティア領は土地は余っているが痩せていて作物が育ちにくく、人口も少なく生産力に乏しいため貧乏と結論づけるほか無かった。

ここからセルジュは自身の持てる知識を総動員して考えを巡らせていた。努めるのは富国である。面積だけを見ると石高は千ほどあってもおかしくはないと考えていた。

セルジュが石高と表現したのは何も日本の戦国時代の人間だからではない。それしか適当な単位を知らなかったからだ。

日本史の授業で習った石という単位はセルジュの中では人一人が一年間に食す米の量だと思っている。そこから転じて今の現状に当てはめると人一人が一年間に食す穀物の量ということだ。

話を元に戻そう。

セルジュはこの面積であれば最大で三千石は養える領地だと判断していた。いや、痩せた土地だから二千くらいだろうか。なので、伸び代としては二百倍はあるだろう。

セルジュは落ち着いていた。前世で倒産寸前の会社はイヤと言うほど見てきたからである。こういう時は目標をしっかり定めて問題を因数分解して解決していくべきだと自分なりのセオリーをセルジュは持っていた。こんなときでも前世で培った知識は役立つものだと自虐風な笑みを浮かべて作業に取り掛かった。

目標は自領を裕福にすることだ。裕福にするにはどうすれば良いか。それは作物の収穫量を増やすことだ。じゃあ、どうやったら作物の収穫量が増えるのか。

まず一つ目は土壌を改良すること。土地が痩せているのであれば肥えさせれば良い。とは言え、この世界に化学肥料などと言う便利アイテムは無くセルジュも作り方を知らない。

セルジュが知っているのは家畜の糞尿を発酵させて堆肥を作るってことぐらいだ。だが、発酵のさせ方がわからない以上、知らないと同義であろう。

もしくは焼畑農業をするしかないとセルジュは考えていた。

次に二つ目の方法だが、それは土地に合った作物を育てることだ。資料を見る限り、ムグィクと言った麦に似た穀物を主に栽培しているようだ。そのムグィクよりムグィラの方が収穫量が多い。

ムグィクもムグィラも両方とも挽いて粉にしてパンの原料となる穀物だ。

ムグィラは寒冷地でも育ち丈夫ではあるのだが、味がムグィクには劣り、柔らかくは無い。酸味が強く美味しくもないが日持ちして栄養価が高いという特徴があった。

あと、明らかにアシュティア領は果実酒の原材料となるグレピンの栽培に適した土地ではないことがわかる。それに収穫量が年々落ちてきていることから連作障害の可能性もあるだろう。聞き齧りの知識しかないが休耕地を設けるべきだったはずだ。

それから塩水選。これは手軽に行うことが出来て収穫量が増加する手軽な選種法だ。種子を食塩水に入れて沈んだものを種子として採用することで、比重の大きな充実した種子を選び出す方法である。

これで発芽しやすい種子を調べることが出来たはずだとセルジュは記憶していた。ダメ元で行ってみるのも良いだろうとセルジュは案の一つに組み込むことにした。

そして三つ目。これは作物を商品にして価値を高めること。例えばホップ本体を売るよりも、ホップからビールを作って売り出すというように。

しかし、残念ながらセルジュにビールの作り方なんてわかる訳もなく、すぐさま頓挫することとなった。この案に関してセルジュは何か思い出すまで保留にすることにした。

そして最後に労働力の改善。労働力は労働者に労働効率を掛け合わせて算出することが出来る、とセルジュは思っている。労働力が上がればそれだけ収穫も増えるのは自明の理だ。かと言って労働者を増やそうにも人が居ない。

労働効率を改善するといっても思いつくのは貯水池をつくることくらいだ。トラクターなぞ発明できるはずもないし、そもそも電気もない。本来であれば川でもひきたいところではあるが、如何せん近くに川自体が無い。

という訳で、消去法から直ぐに実践できる二つ目の方法をセルジュは採用することにした。それと並行して一番の家畜からの堆肥作成と四番の労働力の確保を行くことを明確化する。

方向性が決まったため、さっそく実行に移すべきだと考えたセルジュは村長むらおさの家へと向かうことにした。
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