最狂裏ボス転生~チート能力【迷宮の主の権限】を駆使して世界を騙せ~

てんてんどんどん

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第40話 救済

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 ある日浩介から連絡があった。珍しい……当日に付き合ってほしいだなんてなかなかない事だ。

──オッケー、千紘も呼んでおくよ。

──お前一人がいいんだ、すまない。

 浩介の返事に琢磨は首を傾げる。珍しい事続きだ。浩介が二人きりで飲もうだなんて……。

 浩介の結婚前のことを思い出す。あの頃の浩介は本当に辛そうだった。それを超えて今の幸せがあるのだが琢磨は心配になった。

 何か、あったのだろうか……。

 琢磨は仕事を終わらせると約束の居酒屋へ向かった。そこはいつも利用する場所とは異なった。今晩は完全個室の居酒屋だ……やはり、何か起こったのだと琢磨は確信し覚悟を決めて店の自動ドアのボタンを押した。

「琢磨!」

 すぐに浩介の声が聞こえた。手を上げて声を出そうとして固まる。浩介の横に座る人物に気付きその場に括り付けられたように動けない。

「お前……」

「琢磨、久しぶり──」

 スーツを着てすっかり大人の会社員になったかつての友人の梨田が座っていた。気まずそうに手を上げてすぐに俺から視線を外した。足がすくんで動けない俺を浩介が迎えに来て向かいの席に座らせる。

「悪い、言ったらお前来られないかと思って……」

「いや、うん……ありがとう」

 ほぼ条件反射のように礼を言うが琢磨は目の前の梨田を見つめたまま唖然とするしかない。大学時代の友人の一人だった梨田はある日俺と決別し離れていった。
 公言のきっかけはこの梨田だった──。



 大学の二年生の冬だった……俺と梨田はサークル仲間として出会いほぼ毎日つるむようになっていた。親友とも呼べる存在だった。梨田にはリサという彼女がいた。二人は仲睦まじかったが別れてしまった。リサは友達の彼女から一人の女友達になった。リサは社交的な性格で俺を含めて他のサークル仲間とも変わることなく付き合っていた。彼氏の友達じゃなく、ただの友達として接してくれている事が嬉しかった。

 事件は起こった。
 ある晩に行われた飲み会で突然酒を飲んでいた梨田が俺に殴りかかった。何度も何度も殴られ脳が揺れた。他のサークルの仲間が梨田を羽交い締めにして俺を殴るのを止めさせた。その瞳は俺を憎んでいるようだった。突然のことに驚いた……痛みもわからない……何が起こったのか分からず殴られた頰や切れた口角を押さえて梨田を見上げることしかできない。友達に殴られたのは初めてだった……。

『琢磨はさ……俺の気持ち考えた? 俺がもうリサのこと何とも無いって、思った?』

……え?

『ふざけんな。友達の女とデキるなんて最低だ! お前なんかもう友達じゃない!』

 梨田が他の仲間の制止を振り切り店を出ていった。それから梨田は俺との連絡を絶った、サークルも辞めてしまった。学部の違った梨田とは本当に会えなくなった。中庭ですれ違っても梨田は俺に気付くと踵を返した。仲間が仲裁に入ろうとしても梨田は聞く耳を持たなかった。

 ショックだった。
 梨田とは当時本当に仲が良かったから。サークル以外でもほぼ毎日会っていたし、生活のほとんどが梨田と共にあった。
 一瞬にして、変わってしまった。

 リサと付き合ってもいない。いい関係になってもいない。ただ、大学内で会った時にいい人がいたら紹介してねと言われて相槌を打っただけだ。

 梨田が落ち込んでいたのは知っていた。まさかこんな事になるなんて思わなかった。他の友人たちは皆俺を信じてくれたのが救いだった。

『気にするな、気が立ってるだけだ』

『すぐ誤解が解ける』

 俺もそう信じていた。だが、梨田の部屋へ会いに行ったが梨田は部屋から出て来なかった……。梨田は俺を消した。あれからもう梨田とは話す事はなかった。

 あの日からだ、あの日から俺は公言するようになった。

 もう二度と、友達を無くさないために。どんなに強い絆で結ばれたと思っていた友達でも色恋沙汰になると一瞬で絆が消えることを知った。

 愛と憎しみは共にあるらしい……。

「琢磨……ごめん」

 梨田がしばらく頭を下げ続けた。顔を上げた時に梨田は苦しそうに顔を歪ませた。

「実は、少し前に取引先で梨田に再会したんだ……俺も驚いたんだが……」

 浩介が珍しく神妙な面持ちで座っている。隣に座る梨田を一瞥すると大きく息を吐く。浩介は悩んだ。梨田に再会した時、梨田が琢磨に合わせて欲しいと頼んできた。梨田の真剣な表情に浩介は返事を保留した。それまでは絶対に会わせるものかと思っていた。冷静になると琢磨に伝えるべきか、会わせるべきか分からなくなった。琢磨の心に傷を負わせたのは梨田で、それを治す力を持っているのもまた梨田だと思った。先日凛花に相談した。凛花は琢磨のために会わせるべきだと言った。

『切れた縁だけど琢磨に選ぶ権利があるんじゃないの? 琢磨だって公言にするぐらい傷ついてるんだから……会わせてみなよ。クズ野郎なら殴っておいて、私の分まで』

 凛花は拳を振り上げていた。浩介は凛花には会わせられないと思った。

 梨田はゆっくりと話し出した。
 別れた後にすぐにリエに復縁を迫ったこと。そしてリサから琢磨からアプローチを受けていることや、琢磨が好きだと聞いたことを話した。

「俺はそんなことしていない」
「琢磨はそんなことしない」

 俺の否定の言葉に重なるように浩介が声を上げた。浩介と目が合うと優しく浩介が微笑んだ。

 あの時も怒る梨田に俺はこの言葉を言い続けた……でも、梨田は信じてくれなかった。

「……今なら、分かる──琢磨は、友達を大事にするやつだった……でも、当時は──ごめん、嫉妬と怒りで何も見えていなかった」

 梨田が俯いたまま唇を噛みしめる。
 リサの嘘に気付いた時にはどうしようもないところまで来ていた。琢磨にした仕打ちに心を痛めた。そうこうしているうちに就職活動の時期に入り琢磨へ謝るタイミングを失った。どの面下げて謝りに行けばいいか若いあの頃は分からなかった。

「…………」

 琢磨は何も言えなかった。梨田の気持ちも理解できた。

「……悪い、琢磨──ちょっと口を挟んでいいか?」

「え? ああ……」

 浩介は眉間にしわを寄せて隣の梨田の方を向いた。

「……!?」

 浩介は梨田の胸ぐらを掴みぎりぎりと締め上げた。梨田の体が反り返り苦しそうに顔を歪める。襟元のシャツのボタンが一つ飛んで床に落ちた。衝撃でテーブルに置かれた突き出しの小皿が倒れた。

「ふっざけんなよ! こいつがどんなに悩んで、クソみたいな公言までしてお前みたいな奴のことを心に刻んだと思ってんだ! お前が、もっと──早く……」

 浩介の瞳から涙が溢れている。泣きながら梨田に向かって怒鳴り声をあげる。その姿に俺は自然と涙が流れた。泣くつもりなんてなかった……泣くこともできなかった当時の俺の心に潤いの雫が落ちてきた──。

 浩介は琢磨に返しきれない恩があった。今の幸せは琢磨のおかげだ。誤解とはいえ琢磨を傷付けた梨田が許せなかった。

 泣く浩介に梨田は驚き大きく目を開く、向かいに座る俺の顔を見て梨田は一層傷ついた顔をした。

「……悪い、ごめん、本当に、ごめん……」

「いや、許さん。琢磨が許しても俺は許せない……友達だろ? ずっと一緒にいたんだろ? 琢磨がどんなに友達を大切にするか分かってんだろうが! 何が友達だ、親友だ! お前が琢磨の友達を語るな!」

 浩介が梨田をより一層締め上げて梨田の顔が真っ赤になる。首元が締まり梨田が苦しそうに曇った声を出す。

「浩介! いい、いいんだ……もう──ありがとう」
「でも──」

 琢磨が浩介の手に触れると浩介は深呼吸をして梨田を離す。「……悪い」浩介はそのまま目の前のビールに口を付けた。大声で怒鳴ったので店の従業員が喧嘩をしていると思いやって来た。琢磨が謝ると店員は迷惑そうな顔をしながら立ち去っていく。

「……浩介、口出すレベルじゃないな。俺の突き出しがダメになったぞ? お前のを俺にくれ」

 琢磨がようやくいつもの調子で話し出した。浩介は笑ってビールを飲み出した。琢磨が浩介の背中を叩くと浩介はビールを吹き出して服が濡れた。梨田は二人の様子に辛そうな顔をした。自分がちぎって捨てた縁……踏みにじった絆の大きさを噛み締めていた。

 あの日まで、こうして笑い合っていたのに──。

「梨田、ありがとう……」

「え?」

「俺さ、ずっと後悔してた。お前を殴り返してでも、否定すればよかったって……殴られて声が出なくなったんだ、ごめんな」

 梨田は瞬きが多くなる。
 謝るのはこちらの方だ。昔から琢磨は優しい……無邪気で、笑顔が絶えなくて、一緒にいると腹を抱えて笑い合える太陽みたいな男だった。そんな奴に俺は酷い足枷を履かせてしまった。

『梨田、これ見ろよ』
『ばーか、ふざけんなよ。……あはは、逃げんなよ!』

 遠い日の楽しかった思い出が一気に胸の中に流れ込んできた。心に温かい感情と自己嫌悪が蠢く。琢磨の言葉に梨田は我慢していた涙が出そうになる。自分の拳を噛み堪えていたが、その拳を隣にいた浩介が掴んで下ろさせた。

「泣けよ、いいから……お前も辛かったな」

 浩介の声を聞き梨田が無言で頷き下を向いて泣き出した。その肩を浩介が掴んだ。

 琢磨と浩介は目配せをして笑った。お互いの考えている事が分かった気がした。

──浩介、ありがとうな。

──気にするな。いつも助けられてるのは俺の方だ……。


 その晩懐かしい夢を見た。大学時代のサッカーの練習場で試合をしていた。浩介がシュートを決めると琢磨が抱きつき笑う。その横から同じように梨田が現れて三人で抱き合った。

 夢から覚めると琢磨は起き上がり寝癖の頭を掻いた。
 その日から、琢磨は公言の話をしなくなった。


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