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第20話 追悼
しおりを挟む何がおきたのかよくわからなかった。
アレキアは目の前の第一皇女の身体と頭が分離したことでやっと彼女が死んだのだと理解できた。
目の前で第一皇女の首を黒髪の男が拾い上げたところで、やっと正気に戻る。
そして次の瞬間。
光が――様子を見守っていた騎士達を飲み込んだと思ったら一瞬で全滅した。
アレキアと第一皇女を殺した男以外のその場にいた人間が敵も味方も関係なく、一瞬で存在がなかったかのように光に呑まれ消滅したのだ。
第一皇女を殺した黒髪の男は、光がきた方向に視線を向けると
「ははっ。ずいぶん派手にやってくれるな。第四皇子はおもちゃが気に入ったようだ」
と、笑い出した。アレキアもつられて視線をむけると、そこにはデネブの作ったゴーレムとは比べ物にならないほど巨大なゴーレムが、どしん、どしんと音をたてこちらに向かっている。
「どういう……ことです」
アレキアが砦に視線を向けると、砦すらも先ほどの攻撃で吹き飛んでいた。
「簡単な事さ。第四皇子が帝国の秘密兵器【神時のゴーレム】を連れて来たんだ。第一皇女を殺すために。第一皇女は皇帝にも邪魔な存在だ、だから命令がでていたのさ、戦争のどさくさに紛れて殺せと。よかったな。俺が皇女を先に殺してなかったら、ここもビームの攻撃範囲になっていた」
第一皇女を殺した男がケラケラ笑いながら答えてきた。
「何故それを知っているのです!貴方は何者ですか!?」
アレキアが剣を構えて聞くと男はにんまり笑った。
「そんなことはどうでもいいだろう? このままあれの進撃を許したら、聖王国は滅ぶぞ? デネブ作のゴーレムが無事動いていれば撃退できたのに、動かなくなって残念だったな」
そう言ってニタニタ笑う。
「……くっ」
アレキアは巨大なゴーレムに向きを変える。確かにこの男の言う通りだ。
あのゴーレムは一瞬で、全てを消滅させた。
自軍や敵軍だけでなく、砦すら一瞬で消滅させたのだ。
何故自分が助かったのかはわからない。けれど、あれをとめなければいけないのは確かだ。あれを放置しておけば聖王国は滅ぶ。
……だけど。
ざんっつ!!!
アレキアが第一皇女を殺した男を切りつけると男はひらりとその身をかわす。
「まずは貴方からです!!」
「まぁ危険分子を排除しておく選択肢もあるな」
第一皇女の首をもったままケラケラ笑う男。
その間にもゴーレムはゆっくりと進んでいる。
「だがな。優先順位を見誤るな。なぜ俺がこいつを殺したか?簡単な事さ、あのゴーレムの命令が、第一皇女と第一皇女の率いていた軍隊と聖王国の軍隊を全滅させろ砦を破壊しろだった。 これを殺さなきゃ、あんたもこれを狙った消滅のビームの巻き添えで殺されていた」
「そんなことを信じろとっ!?」
剣を構えて言うアレキスに男は視線をゴーレムの閃光の後に移した。
確かに閃光が当たった場所は、第一皇女の率いていた軍と聖王国の軍隊のいた場所だ。
(私は姫で名目上だけは直接軍に所属していなかったため、見逃されたとでもいうのか?)
「何より俺と戦って死んだらどうする?誰があれをとめる?」
そう言って男は【神時のゴーレム】を指さす。
「貴方の目的はなんです?」
「簡単な事さ。第四皇子が手柄を取るのが気に入らない。そのためにあんたを守ったんだ。あんたならあれを倒せる。そうだろう?」
男の言葉にアレキアは目を細める。そう、アレキアの最大秘儀ならあれを壊す事は可能。
(確かにこの男が私を殺すつもりだったら殺すチャンスはあった。それをしなかったということはあれを止めたいという意思は本当だろう。そしてあのゴーレムさえ止めてしまえば、この男が何か企んでいたとしても他の者が止められる)
「わかりました。その言葉信じましょう。今この時だけは害意はないと」
「ああ、保証するよ今この時だけ、俺はあんたの味方さ」
男はそう言って魔方陣を発動させた。身体がふわりと軽くなり、魔力が全身にあふれてくる。
(なるほど、あれを倒すまでは私に全面協力というのは本当のようですね。ゴーレムを倒したら用済みというのを隠す気がないのが何とも言えませんが)
そう、あのいい方はこのゴーレムを倒し終わったら敵対すると言っているに等しい。だがそれがゆえ、今協力するという言葉に嘘偽りはないのだろう。
砦が一瞬で崩壊した今、聖王国を守る盾がなくなってしまった。
あのゴーレムをここで止めなければ被害は甚大なものになるだろう。
国にはアレキアの父も叔父もいる。二人はアレキアよりもずっと強い。
アレキアの死は痛手にはなるが、崩壊にはつながらない。
―――ならばこの身を捧げてゴーレムを倒すのみ。
国のため、民のため、この身を捧げるなら怖くない。
チラリと第一皇女の首に視線を向ける。
彼女も――このように覚悟していたのだろうかと。
――もし、あの世で会えたら今度は良き友でいましょう第一皇女シャルロッテ――
アレキアは目をつぶり祈る。
『天より舞い降りしその力、その身に宿る精霊よ、我が剣になりて我が命に応じよ。
この命そなたに捧ぐ。わが身をもって我が国に、我が民に脅威となるものを全て滅せよ!!』
アレキアの声とともに天が割れ、天空より剣が舞い降りる。
あたりがまばゆく光アレキアの手もとに天に届きほどの光を放った聖剣が現れた。
『すべての悪を滅ぼしたまえ!!!【秘儀・聖剣グランデリアドルサイザー!!!!】』
アレキアの放った秘儀がそのままゴーレムに直撃するのだった。
★★★
「……終わりましたか」
神時ゴーレムの閃光とアレキアの放った技でほぼ荒野と化してしまった戦地にエルフの大賢者は降り立った。
その手にはアレキアの秘儀で破壊された【神時のゴーレム】の心臓核がある。
命をかけて神時のゴーレムを倒した聖騎士アレキア。
彼女の秘儀は戦神の剣を召喚し、その力を解放するもの。
その破壊力は絶大だが、二分の一の確率で命を落とす諸刃の剣。
無残に首を切られ、絶命して横たわるアレキアの死体にエルフの大賢者は彼女の好きだった花を添えた。エルフという事を隠し、デネブとして彼女に魔道を教え、小さな時から交流があっただけに、その死に心が痛む。
「――神はなぜこのような誓約を私に課したのでしょう――」
人間の争いには決して手を出してはいけない。
その誓約がエルフの大賢者を苦しめる。
目の前に救える命があったはずなのに救えない。
アレキアの首を切り、そのまま去っていく第八皇子の背をエルフの大賢者は見送ることしかできなかったのだ。
魔王復活に動く魔族が関わっていない場合、人間の戦争に関与してはいけない。
しかも調べることまで禁じられている。
背後に”魔王復活のために動く”魔族の関与が確実にあると確定するまで動けないのだ。
国の主要人物を調べる事すら禁じられているため第八皇子に近づけない。
わかっている。調査を理由に干渉しすぎないこと。それが神の意志なのはわかっているのだ。
そもそも魔王はエルフの大賢者と同じく、世界の調律を守る神の使いだった。
高貴で善に満ち溢れ全ての者から尊敬された高潔な存在の天使。
だが純粋が故に、高潔が故に、食物連鎖という何かを犠牲にしなければ成り立たない世界の管理にそれは病んでいった。
皆仲良く平等に、幸せになどという無理な理想を実現しようと徹底的に管理をしはじめ生き物全てを管理、支配していった。
そして出した結論は、管理しようがどれほど幸福を与えようが生きている以上、醜い。生き物など滅んでしまえだったのである。
それは闇に飲まれ世界に存在した魔物を飲み込み、配下となる魔族を生みだした。生き物全ての滅亡を望み、そのような矛盾した世界を創造した神を恨み刃を向けた。
その存在自体は神々が封印したが、それの憎悪は世界に飛び散り、必ず時がたつと魔王が復活してしまう。
それ故人間に関与しすぎぬよう、世界に介入しすぎぬように生まれた様々な誓約だということは十分理解しているのに――それでも目の前の救える命を見捨てなければいけない誓約に心がざわめく。
エルフの大賢者はアレキアが倒した神時のゴーレムの心臓核を手に立ち上がる。
この神時のゴーレムの心臓核に、魔族が何か施工した形跡がある。
世界の騒乱にエルフの大賢者が介入するには魔族たちが動いている証拠がどうしても必要だ。この心臓核からなんとか魔族たちが絡んでいる証拠をつかむしかない。
「貴方の死は無駄にしません。アレキア。どうかあちらでは安らかに」
首から上のない少女にエルフの大賢者は黙とうを捧げた。
――問題はなぜゴーレムの心臓核から魔族の魔力が感じられるかがだ。魔族ならエルフの大賢者の介入を恐れ、戦場の兵器に魔族の痕跡を残すはずがない。考えられるとしたら、エルフの大賢者と見破ったあの第八皇子の存在だ。あの男の真意はわからないが、あれはこの人間同士の争いにエルフの大賢者の介入を望んでいる。何らかの方法でゴーレムの核に魔族の痕跡を残し、エルフの大賢者に調査理由を与えた。神との誓約回避のために。
けれどエルフの大賢者の味方というわけではない。
それでも魔族とは別の所に思惑がある。
――いいでしょう。介入しろというのなら介入してさしあげます。ですが大人しく手の内で踊ってやるつもりもありません、必ずあなたの真意を暴いてみせましょう。
エルフの大賢者は杖を構えると天高く空を舞うのだった。
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