102 / 114
第7章「白刃は銀色に輝く」
第102話「風が東寄りに吹いてるときは 人にも獣にもいいことがない」
しおりを挟む
ドュフテフルスからフリーデンスリートベルクへ向かうには、二通りの選択肢がある。北へ船でゾルダーテンラーゲーへ渡ってから、陸路に変えて東へ向かうか、最初から東へ向かいトゥーゲントインゼルから船で直接、フリーデンスリートベルクへ向かうか、だ。
ファンが選んだのは、直接、乗り込むのではなく、北へ向かう事だった。
「来た時と同じだね」
潮風に目を細めるザキは、違う道があるならば違う道を行きたかったのかも知れないが。
「それが一番、安全ッスからね」
短くしかいわないファンは、海路は逃げ場がない、と思っている。陸路ならば進路変更も容易いが、船はそう簡単にいかない。特に内海は凪いでいるが、真っ直ぐ東へ行った場合、内海と外海を繋ぐ海峡を渡る必要がある。そこは難所だ。
――そんな所で襲われたら、逃げるに逃げられない。
追い込んで足を止めるだけで終わってしまうような場所へは、今の状況では踏み込みたくないというのがファンの本音だった。
――どんなスキルを秘めた精剣があるのか見当が付かないしな。
仮にワールド・シェイカーのように、地形を隆起させるスキルを大規模に扱える精剣があったとすれば、船上でそれを浴びるのは危険も危険。
とはいえ、これはザキに話したくない。コバックが嫌う。危険な所へ行こうとしている事も、剣士との戦いがある事も承知しているが、子供に戦場の存在を教えたい親などいない。
「東へ行くと危ない所ですからね」
エルが言葉を引き継いでくれたのは、ファンとしては助かった。
「東は、内海と外海を繋いでる海峡を通らないとダメですから。引き潮と満ち潮で渦を巻くんです」
襲われる可能性よりも、難所である事で説明する。
「渦?」
ザキが目を丸くした。
「渦ッスね」
ファンは両手を大きく広げ、15人乗り、荷物ならば穀物に直して1000リーベ――成人1000人が1年間に食べる量――を積載できる船の前後を指差した。
「この船と同じくらいの大きさの渦が、この船と同じくらいの速さで回ってるんス。飲まれたら酷い事になるッス」
外航船ならばいざ知らず、内航船では危険な場所であるが、見た事のないザキは楽しそうなものを想像しているが。
「渦かぁ」
しかしザキの隣にいるインフゥは、全く違うとてつもないものを想像しているらしい。
「波があるのに、渦を巻くんだ……」
首を傾げているインフゥへは、ヴィーが説明してくれる。
「潮汐によって内海から外海へ海水が流れ込んだり、逆に流れ出したりするんだ。海底の地形で内海と外海の水位差があるから、こういう事が起きる」
そしてインフゥへは、ヴィーも声を潜めて本当の理由を告げた。
「地形を操るような剣士が来たら、簡単に全滅させられる」
外航船や軍船ならばいざ知らず、内航船では一溜まりもない。太古から海運に携わってきているドュフテフルスには、遠く大陸までの航海も可能な外航船や軍船を所有しているが、子爵家の名でフリーデンスリートベルクへ出ている訳ではないのだから、それを出せない。民間の廻船業者に頼る他に手がなく、民間が所有する船は当然、大帝家が規制している。
インフゥも言葉を少なくされてしまう。
「……そうですね……」
この旅は、ファン一座の巡業ではない。
今までは偶々、通りがかった場所のもめ事を解決してきたファンだが、今回、初めて戦闘を目的として向かっているのだ。
ファンとヴィーがムゥチから贈られた新しい衣装が――ムゥチは飽くまでも衣装だといったが――防具としての性能を備えている理由はひとつ。
戦闘への備え。
***
ゾルダーテンラーゲーへ到着しても、ヴィーはフリーデンスリートベルクへ直行させなかった。
理由は簡単で、
「あと二組、加えますよ」
大公が選び、書簡を発行した相手は、ファン、ヴィー、インフゥ、コバックの他にもいる。それはファンにも簡単に想像のつく相手だ。
「あァ」
ファンが想像した通りの相手が、ゾルダーテンラーゲーの玄関口、ゴットテューア港に立っている。
ヴィーが手を振った。
「ユージン! パット!」
その二人の剣士は、それぞれの精剣を宿すカラとエリザベスを連れてやってくる。
あの上覧試合に集まった面々だ。
決して多勢という訳ではないが、何も知らない相手ではないのだから、言葉は一つだけ。
「心強いッスね」
ファンはニッと白い歯を見せて笑った。
ここからフリーデンスリートベルクまでは陸路である。
「馬車も新しくなったし、快適ッスよ?」
伯父と父親が用意してくれた自慢の馬車だ、とファンは4人を手招きした。
ファンが選んだのは、直接、乗り込むのではなく、北へ向かう事だった。
「来た時と同じだね」
潮風に目を細めるザキは、違う道があるならば違う道を行きたかったのかも知れないが。
「それが一番、安全ッスからね」
短くしかいわないファンは、海路は逃げ場がない、と思っている。陸路ならば進路変更も容易いが、船はそう簡単にいかない。特に内海は凪いでいるが、真っ直ぐ東へ行った場合、内海と外海を繋ぐ海峡を渡る必要がある。そこは難所だ。
――そんな所で襲われたら、逃げるに逃げられない。
追い込んで足を止めるだけで終わってしまうような場所へは、今の状況では踏み込みたくないというのがファンの本音だった。
――どんなスキルを秘めた精剣があるのか見当が付かないしな。
仮にワールド・シェイカーのように、地形を隆起させるスキルを大規模に扱える精剣があったとすれば、船上でそれを浴びるのは危険も危険。
とはいえ、これはザキに話したくない。コバックが嫌う。危険な所へ行こうとしている事も、剣士との戦いがある事も承知しているが、子供に戦場の存在を教えたい親などいない。
「東へ行くと危ない所ですからね」
エルが言葉を引き継いでくれたのは、ファンとしては助かった。
「東は、内海と外海を繋いでる海峡を通らないとダメですから。引き潮と満ち潮で渦を巻くんです」
襲われる可能性よりも、難所である事で説明する。
「渦?」
ザキが目を丸くした。
「渦ッスね」
ファンは両手を大きく広げ、15人乗り、荷物ならば穀物に直して1000リーベ――成人1000人が1年間に食べる量――を積載できる船の前後を指差した。
「この船と同じくらいの大きさの渦が、この船と同じくらいの速さで回ってるんス。飲まれたら酷い事になるッス」
外航船ならばいざ知らず、内航船では危険な場所であるが、見た事のないザキは楽しそうなものを想像しているが。
「渦かぁ」
しかしザキの隣にいるインフゥは、全く違うとてつもないものを想像しているらしい。
「波があるのに、渦を巻くんだ……」
首を傾げているインフゥへは、ヴィーが説明してくれる。
「潮汐によって内海から外海へ海水が流れ込んだり、逆に流れ出したりするんだ。海底の地形で内海と外海の水位差があるから、こういう事が起きる」
そしてインフゥへは、ヴィーも声を潜めて本当の理由を告げた。
「地形を操るような剣士が来たら、簡単に全滅させられる」
外航船や軍船ならばいざ知らず、内航船では一溜まりもない。太古から海運に携わってきているドュフテフルスには、遠く大陸までの航海も可能な外航船や軍船を所有しているが、子爵家の名でフリーデンスリートベルクへ出ている訳ではないのだから、それを出せない。民間の廻船業者に頼る他に手がなく、民間が所有する船は当然、大帝家が規制している。
インフゥも言葉を少なくされてしまう。
「……そうですね……」
この旅は、ファン一座の巡業ではない。
今までは偶々、通りがかった場所のもめ事を解決してきたファンだが、今回、初めて戦闘を目的として向かっているのだ。
ファンとヴィーがムゥチから贈られた新しい衣装が――ムゥチは飽くまでも衣装だといったが――防具としての性能を備えている理由はひとつ。
戦闘への備え。
***
ゾルダーテンラーゲーへ到着しても、ヴィーはフリーデンスリートベルクへ直行させなかった。
理由は簡単で、
「あと二組、加えますよ」
大公が選び、書簡を発行した相手は、ファン、ヴィー、インフゥ、コバックの他にもいる。それはファンにも簡単に想像のつく相手だ。
「あァ」
ファンが想像した通りの相手が、ゾルダーテンラーゲーの玄関口、ゴットテューア港に立っている。
ヴィーが手を振った。
「ユージン! パット!」
その二人の剣士は、それぞれの精剣を宿すカラとエリザベスを連れてやってくる。
あの上覧試合に集まった面々だ。
決して多勢という訳ではないが、何も知らない相手ではないのだから、言葉は一つだけ。
「心強いッスね」
ファンはニッと白い歯を見せて笑った。
ここからフリーデンスリートベルクまでは陸路である。
「馬車も新しくなったし、快適ッスよ?」
伯父と父親が用意してくれた自慢の馬車だ、とファンは4人を手招きした。
5
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
【完結】逃がすわけがないよね?
春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。
それは二人の結婚式の夜のことだった。
何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。
理由を聞いたルーカスは決断する。
「もうあの家、いらないよね?」
※完結まで作成済み。短いです。
※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。
※カクヨムにも掲載。
「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります
古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。
一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。
一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。
どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。
※他サイト様でも掲載しております。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」
何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?
後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!
負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。
やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*)
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/06/22……完結
2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位
2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位
2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる