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第5章「大公家秘記」
第79話「別の日に降れ ジョニーが外で遊べるように」
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一度は躊躇したものの、ファンの躊躇はそれっきりだ。
ヴィーのヴァラー・オブ・ドラゴン――Lレアの精剣に対しても、戦い方はいつもと変わらない。
しかしヴィーの目には、奇異に映る。
――勢いがないな。
ヴィーはファンに目こそ向けているが、精剣はだらりと脇に下げたまま。いつもの調子であれば、ファンは即座に斬りかかってきたはずだ。
ファンが距離を取っている理由を、貴族はこういう。
「蛇に睨まれたカエルですね」
Lレアのデュアルスキルを前にして、手にしているのがノーマルの精剣では当然だ、と。
しかしヴィーは違う。
――そんなタマか。
胸中での反論に留めたが。
――精剣の格だけを頼みに戦えばいいなんて話にはなってないだろう。
4戦全て精剣の格は勝敗と無関係だったと気付いていないのか、とも口には出さない。この4戦が異常な事であり、精剣の格は戦力差となり得る。事実、ファンとてユージンの村では帝凰剣に助けられている。
動かないが故に、大公は侍従に訊ねる。
「あのバフは、どういうものか?」
これは侍従が初めて答えられる事だ。
「電磁波振動剣でしょう」
剣技については無知であるが、精剣のスキルならばあらゆるものを見てきた。大帝家は覇者の一族なのだから、そこに侍る者も精通している。
「雷龍、火龍を模しているのでしょう。電磁波で切断超音波を起こし、切断抵抗を少なくしています。また振動による熱も、対象を溶かすで切断を容易にします」
「触る事すら儘ならぬか」
「はい」
大公に頷く侍従であるが、バフと攻撃スキルの違いを知っているが故に、大公の「触れる事すら儘ならぬ」という言葉を大袈裟と感じていた。
「ただしバフです。刃の立たないものを斬る事は適いませぬ」
防御スキルに対しては、万能の威力を発揮するものではない。
「つまり、今のヴィーのような状態か?」
大公はヴィーへと顎をしゃくった。ヴィーの身体はヴァラー・オブ・ドラゴンのスキルで呼び出された鎧と盾に守られている。障壁という言葉から受けるものとは違う印象になるが、武具の召喚は高級スキルだ。
「左様です。あの盾ならば、電磁波振動剣となった精剣も受け止められるやも知れませぬ」
防御に重きを置いているという侍従の見立ては正解であるから、貴族たちはファンを一瞥する。
「攻めあぐねますね」
間合いを計っているファンは、貴族から見れば棒立ちに等しい。バフであるから命拾いしていると見ていた。
直接攻撃できるスキルであったなら決着しているというのが皆の意見であったが、唯一、大公のみがファンが攻めあぐねいていると解釈していない。
――そのノーマルで、あまたの剣士と渡り合ってきたのであろう?
Lレアを持った剣士はいなかっただろうが、格で尻尾を巻くようなマタならば、ヴィーが嬉々として紹介するはずがない。
――その通り。
大公の考えを読んだヴィーが心中で頷いた。格下だから戦う、格上だから逃げるという選択肢を選ぶ男ならば、こんな旅を続けられるはずがない。
ファンが見ているのは精剣ではなく、ヴィーだ。
――俺の得物なんて見てない。
ファンが見ているのは、ヴィーがどう動き、どう受け、どう応じてくるかだ。
ファンが慎重になっている理由は、ヴィーが同じく御流儀を使う男だから。
呼吸も気配も互いに読めない。
読めないが、直感する事ができたのは兄弟弟子だからだろうか。
「ッ!」
ファンが動いた。インフゥよりも更に速く、相対していたならばコマ落としにしか見えなかったであろうし、陪観している貴族でも剣技の知識がなければ見失う者がいた程だ。
一拍子で動くという、理屈の上では常人の2倍、3倍の速さが出せるファンであるが、それはヴィーとて同じ事だ。
――どうせ刃物だ! 当たれば斬れる! 突けば刺さる!
ヴィーの身体を覆っている鎧も、隙間はある。関節は可動部。固めてしまう訳にはいかない。
そして首は急所でありながら、装甲がない部分だ。
左手を固定し、右腕を伸ばす。てこの原理によって、手元の小さな動きで切っ先を大きく動かす。
ヴィーが右手一本でだらりと剣を提げていた事も幸いした。
本気で刺そうと振るった剣に込めるのは、叩き込まれてきた思考法。本気の殺意を込めて、やっと必死の相手を止められる事を、互いに叩き込まれてきた。
ヴィーの動きは、明らかに遅い。後の先を取る事は御流儀の基本であるが、それが取れる動きではない。
ファンの目に映る勝利。
だが不意にファンの耳へヴィーへの声が聞こえた。
「いいや――」
否定の言葉だった。
それと共に、ファンは上から押さえつけられる圧力を感じさせられる。
「!?」
人が2、3人、のし掛かってきた重さだった。
「俺のはデュアルスキルじゃない」
ヴィーの声は複数の方向から聞こえてくる。
「トリプルスキル」
3つあったのだ。
「10コマンドメンツ」
ファンが見上げた先には、ヴィーの姿は10人。
ヴィーのヴァラー・オブ・ドラゴン――Lレアの精剣に対しても、戦い方はいつもと変わらない。
しかしヴィーの目には、奇異に映る。
――勢いがないな。
ヴィーはファンに目こそ向けているが、精剣はだらりと脇に下げたまま。いつもの調子であれば、ファンは即座に斬りかかってきたはずだ。
ファンが距離を取っている理由を、貴族はこういう。
「蛇に睨まれたカエルですね」
Lレアのデュアルスキルを前にして、手にしているのがノーマルの精剣では当然だ、と。
しかしヴィーは違う。
――そんなタマか。
胸中での反論に留めたが。
――精剣の格だけを頼みに戦えばいいなんて話にはなってないだろう。
4戦全て精剣の格は勝敗と無関係だったと気付いていないのか、とも口には出さない。この4戦が異常な事であり、精剣の格は戦力差となり得る。事実、ファンとてユージンの村では帝凰剣に助けられている。
動かないが故に、大公は侍従に訊ねる。
「あのバフは、どういうものか?」
これは侍従が初めて答えられる事だ。
「電磁波振動剣でしょう」
剣技については無知であるが、精剣のスキルならばあらゆるものを見てきた。大帝家は覇者の一族なのだから、そこに侍る者も精通している。
「雷龍、火龍を模しているのでしょう。電磁波で切断超音波を起こし、切断抵抗を少なくしています。また振動による熱も、対象を溶かすで切断を容易にします」
「触る事すら儘ならぬか」
「はい」
大公に頷く侍従であるが、バフと攻撃スキルの違いを知っているが故に、大公の「触れる事すら儘ならぬ」という言葉を大袈裟と感じていた。
「ただしバフです。刃の立たないものを斬る事は適いませぬ」
防御スキルに対しては、万能の威力を発揮するものではない。
「つまり、今のヴィーのような状態か?」
大公はヴィーへと顎をしゃくった。ヴィーの身体はヴァラー・オブ・ドラゴンのスキルで呼び出された鎧と盾に守られている。障壁という言葉から受けるものとは違う印象になるが、武具の召喚は高級スキルだ。
「左様です。あの盾ならば、電磁波振動剣となった精剣も受け止められるやも知れませぬ」
防御に重きを置いているという侍従の見立ては正解であるから、貴族たちはファンを一瞥する。
「攻めあぐねますね」
間合いを計っているファンは、貴族から見れば棒立ちに等しい。バフであるから命拾いしていると見ていた。
直接攻撃できるスキルであったなら決着しているというのが皆の意見であったが、唯一、大公のみがファンが攻めあぐねいていると解釈していない。
――そのノーマルで、あまたの剣士と渡り合ってきたのであろう?
Lレアを持った剣士はいなかっただろうが、格で尻尾を巻くようなマタならば、ヴィーが嬉々として紹介するはずがない。
――その通り。
大公の考えを読んだヴィーが心中で頷いた。格下だから戦う、格上だから逃げるという選択肢を選ぶ男ならば、こんな旅を続けられるはずがない。
ファンが見ているのは精剣ではなく、ヴィーだ。
――俺の得物なんて見てない。
ファンが見ているのは、ヴィーがどう動き、どう受け、どう応じてくるかだ。
ファンが慎重になっている理由は、ヴィーが同じく御流儀を使う男だから。
呼吸も気配も互いに読めない。
読めないが、直感する事ができたのは兄弟弟子だからだろうか。
「ッ!」
ファンが動いた。インフゥよりも更に速く、相対していたならばコマ落としにしか見えなかったであろうし、陪観している貴族でも剣技の知識がなければ見失う者がいた程だ。
一拍子で動くという、理屈の上では常人の2倍、3倍の速さが出せるファンであるが、それはヴィーとて同じ事だ。
――どうせ刃物だ! 当たれば斬れる! 突けば刺さる!
ヴィーの身体を覆っている鎧も、隙間はある。関節は可動部。固めてしまう訳にはいかない。
そして首は急所でありながら、装甲がない部分だ。
左手を固定し、右腕を伸ばす。てこの原理によって、手元の小さな動きで切っ先を大きく動かす。
ヴィーが右手一本でだらりと剣を提げていた事も幸いした。
本気で刺そうと振るった剣に込めるのは、叩き込まれてきた思考法。本気の殺意を込めて、やっと必死の相手を止められる事を、互いに叩き込まれてきた。
ヴィーの動きは、明らかに遅い。後の先を取る事は御流儀の基本であるが、それが取れる動きではない。
ファンの目に映る勝利。
だが不意にファンの耳へヴィーへの声が聞こえた。
「いいや――」
否定の言葉だった。
それと共に、ファンは上から押さえつけられる圧力を感じさせられる。
「!?」
人が2、3人、のし掛かってきた重さだった。
「俺のはデュアルスキルじゃない」
ヴィーの声は複数の方向から聞こえてくる。
「トリプルスキル」
3つあったのだ。
「10コマンドメンツ」
ファンが見上げた先には、ヴィーの姿は10人。
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