罪深き凡夫らの回旋

まる

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第三章

N6

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 そして聖礼祭がやってきた。
 王城から程近い場所にある大聖堂には、その日国民が詰めかける。
 二階の貴賓席は貴族で埋められ、荘厳に典礼が執り行われる。ので。私はランディとそこにいた。
 そこそこきっちりした装いのランディが格好いいので犯したい……途中でトイレに連れ込んで犯……いや流石に無理か、本気で抵抗されそう、とかそんなことばかり考えながら、神妙な顔つきで横に座っている。王子様は王族席にいるようだが知らない。
 式は順調に進み、法話が始まっていた。
 お元気そうね、などと皮肉な気分でマクスウェルをちらりと眺める。個人的には、こいつがどれだけ素晴らしいことを話したところで「あっそう」としか思えない。
 皆の前で「我々と少しでも体の作りが違う者は全て悪魔です。我々に何の損害を与えていなくても、ただ生きているだけで許し難いので殺しましょう」とでも言えばいいのに。
 そんなことを考えながら、距離からして大丈夫とは思うものの念の為俯いて引っ込み気味にしておく。
 ランディにこっそりと顔を覗き込まれたのでそちらを見ると、少し複雑そうな表情を向けられた。恐らく「ずっと俯いている」→「こいつ寝てる??」→「寝てない」→「となると、例の丁番卿が向こうにいるので……」という連想からだろう。そっと手を握られてしまった。いい人だ。犯したい。
 しかし本当にばれたくないなと思う。いざとなればのことは決めてあるにしろ、悪魔に誑かされるのはあまり外聞の良いものでも無い。信仰心が薄いなどと言われる隙は与えてしまう。
 まあなあ、でもなあ、と一瞬顔を上げてランディの顔を見る。
 これだけ美男ならば悪魔に目を付けられるのも致し方ないと言うか……説得力は有りそうだった。





 式が終わり、家の馬車を待つ間(大聖堂に貴賓用の控室があることを今日初めて知った)、ランディが「改めて今日の装いは良く似合っていて美しい」などと褒めてくれた。
「出掛ける時も褒めてくれましたね。ありがとうございます。あなたが連れて歩いて恥ずかしくない有様でしたらそれに越したことはありませんね」
「欲を言えば、そういった堂々とした返事ではなく、恥ずかしそうに照れて欲しかった」
「そんなことを言われたら、私だって言いたいですよ。今日のランディの装いは大変良くお似合いで美しいですよ。髪ですとか肌の色もあって、白は特に良くお似合いです。そもそものご容姿が麗しくていらっしゃるから、ある種の神聖感すら感じさせて、実に犯……実に、目の保養ですね」
「……おまえが最後に言いかけて取り繕った言葉、本当に取り繕ってくれて良かった」
「照れさせられないものですね」
「血が顔に上がるどころか下がる効果があったな」
「残念です。もう私は式の間、色々とランディのことばかり考えていました」
 あとマクスウェルのことも考えていたが、勿論それは言わない。
「あ。ああ……そうか。……さっきの言葉で、『色々と』の内容が丸分かりに伝わってつらいが、おまえがいつもより言葉遣いに気を使っているのも一応伝わる」
 夫婦でそんなやり取りをごそごそとしていると、場がざわめいた。
 ふと見ると、こちらに近づいてくる王子様の姿があった。
 ランディとは真逆じみた印象を与える黒の装いが良く似合っていた。雰囲気も容姿も、言ってしまえば存在自体に威圧感がある。普段からそれはそうだと感じていても、こういった場で遭遇するとより一層思い知らさせる。
 脚なげぇな。と誉め言葉としてではなく単なる事実として思った。私より断然長い……そりゃそうか。そもそも身長が違う。
 そして、ランディと私の側についに到着し、立ち止まる。
「殿下。ご機嫌麗しゅう」
 公の場であるからだろう。ランディが丁寧にご挨拶する。私もドレスの裾など持ってそれっぽくそれっぽい動きをしておいた。
 顔を上げると、王子様がちょっと笑うような小馬鹿にするような顔で私を見ていた。猫被りやがって、ということだろう。気持ちは分かる。
「……先日ぶりだな」
 王子様がランディにとも私にともなく言う。
 しかしいいのかね、これ。と少し思う。
 残っていた貴族らはこちらにさりげなく注意を払っている。
 私は王子様のお下がりとして、ウォルステンホルム卿に引き取られたというのが通説だろう。そこで、先日ぶり……何が? という所だ。
 まあ、どうでもいいと言えばどうでも……と、私は二人の会話など聞き流し、ただぼんやりと眺めていた。何もかも付け焼刃の私などは、あまり喋らない方が良くもある。
 二人が並んで話す姿は、まあ、美形な男が顔を突き合わせている訳だからとても麗しい。まして対照的な色味と雰囲気で、大変絵になる。しかも揃って長身。
 しかしちんぽは私が一番でかいのだ。とどうでもいいにも程があることをちょっと思ってから、あまりのどうでも良さに笑いそうになって、慌てて顔面を引き締めた。
「……ウォルステンホルム夫人」
 へっ、と気の抜けた返事をしそうになった。
 見ると、王子様と目が合った。
「……はい」
 急遽にこっと笑ってそう応じる。
 王子様にそんな風に呼ばれると聞き慣れなくて驚く。外で冷静に聞くと、低い美声であることも改めて感じる。大概こちらがたっぷりの悪意を抱えているし、確かにそんな声であることは知ってはいても、悲鳴だとか喘ぎばかり聞き慣れ過ぎて、何だか分からなくなっている部分もある。
「……元気そうだな」
 含みがあるように聞こえかねない言葉だが、では他に何を言えという状況でもある。
「おか……ありがとうございます」
 お蔭様で、と言うのも含みの応酬に聞こえるかと遠慮した。疲れる。
 早く切り上げてくれませんか、とじっとランディを凝視した。
 するとランディが少し笑ったような困ったような顔をしてから、言った。
「殿下、また宜しければご来訪をお待ちしておりますので」
 このタイミングでその言葉は、「良かったらまた、うちの妻とやりにおいで!」に聞こえると思う。いいのか。
 王子様が少し眉を上げた後、さらりと「そうだな」と頷いた。
「ではまた、寄らせて貰おう」
 わかった、じゃあまたやりにいくね! に聞こえると思……。
 面倒くさくなってきた。
 なので私はただひたすら会話の終了を待ちながら、にこにこして突っ立っていることに決めた。
 彼らが衆人に誤解されてもいいなら良いのだろう。私よりそちら方面に敏い筈の二人がそうしているなら、もうそういうことだ。
 私としては、二人の男に食い散らかされているイメージ程度、全く構わない。身分の高い男に体を使って取り入って伯爵夫人の座に納まった卑しい女として見てくれても、まーったく構わない。私のプライドはそこには無い。
 そのうち王子様が去り、帰れることになった。
 馬車内で、私は一応ランディに訊ねることにした。
「いいんですか、あれ」
「あれとは?」
「あれだと、まるで私が未だに殿下と関係あるみたいでしょう」
「実際あるしな」
「だとしても」
「……捨てられて下げ渡された、より、友人に託して関係を隠している、の方がおまえの価値もそう下がらずに済む」
「別に私はどちらでもいいですけど、ランディがそちらがいいならそれでいいです」
 ランディがふと窓の外へと視線を移した。
「……時折、おまえが俺のことを思っているような錯覚を感じる」
「思ってますよ。立場が悪くならないかとか、心配ですし」
 心配はしているが、マクスウェルの件だとか、やりたいことはしている。最悪時における自らの尻の拭い方は考えているものの、それはあくまで私が思う所のベストな処理に過ぎない。
 正確には、それ程ランディのことを思ってはいないのかもしれない。
「……まあ私なりに、自分勝手に……自己中心的に、あなたを思っているのではないでしょうか」
 ランディがこちらに視線を戻した。
 胡散臭く笑い掛けておいた。
「あなたを守りたいと言うか……あなたに、私のことで不利益を被らせたくないですね。私如きでは、あなたの環境をちゃんと理解しているとは言えないでしょう。理解したいと願うのも一種の傲慢のように思います。恐らくそのものをそのまま理解できる下地が欲しいならば、私は生まれ直さないと」
 蛮族でド庶民で、女でもあり男でもある。
 そして彼が私の抱える暗いものを正確には知らないように、私も彼がもしそういったものを抱えていたとしても知らない。
「……ですからせめて、分かる範囲では……出来る範囲では、ですかね。守りたいとは思うんですよ。ただ、私自身が火の粉を振りまくことはあるので、そんなこと言っといてどうなの、という部分はありますかね。勿論、自分で引っ被るようにしますけど……その方法をあなたがどう思うかまではちょっと」
 だらだらとそう話す間、ランディは無表情だった。私が口を噤むと、彼がふと息を吐く。
「……俺は」
「はい」
「時々、どうしたらいいのか分からなくなる」
「それは大変ですね」
「……おまえに関してだけだ。他のことにはそれなりに指針はある」
「そうなんですね」
 ランディはしっかりしている気がする。
 伯爵だし騎士団の副団長だし、通常主婦が扱う雑事の指示も家令と共にこなしていた訳だし……それは過去形にするのも申し訳なく、あまり頼りにならない私をがっちりフォロー……というか半ば肩代わり……いや……頭良くないけどもう少し頑張ろう……という反省が湧くのもともかく。
「ランディはほんと化け物ですねえ」
「えっ。何だ」
「ほら、誉め言葉ですよ。以前も言ったかもしれませんが、頭も顔もスタイルも性格も良いし身分もお金もあるのに……妻が私という凄いオチが可哀想で仕方ない」
「俺は自分を可哀想とは思わないと返したと思うが」
「そしてポジティブだと返したのも思い出しました」
「俺は、おまえが妻であることを決して厭ってはいない」
「はあ。どうも」
「……殿下に、少し、感謝する部分が無くもない」
 彼はとても私に気を使ってくれているのだろうか。良い人だ。
「そうですか……ランディには結構な被虐趣味があるのだと知りました」
「えっ。何でだ」
 ランディがぎょっとしたように勢い良く私を見た。
 なので、にっこりと笑い掛けておく。
「だって、夜の生活を思い出して下さい。まあ、たまに昼にもありますが」
 どうせお外の御者には聞こえないだろうが、一応遠回しに言う。
「……。……また俺の肛門の話か」
 ランディが辟易した顔で、あからさまな表現なりに行為はぼかして言う。
「まあそうですね」
「そちらに関しては幾らか殿下が恨めしい」
「ですよねえ。すっかり竿きょ……いえ」
 竿兄弟という言い方でいいのか知らないが。
 はあっ、と大きくランディが溜息を吐いた。
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