罪深き凡夫らの回旋

まる

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第三章

N1

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 ランディはエロ……いやセクシーで美しい。
 と本人に改めて伝えたら、死ぬほど嫌な顔をされた。
 しかし典型的マッチョという訳ではなく良い具合についた実用的な筋肉に、長い手足。妙に綺麗な肌。女受けが良さそうな少し垂れ目の美貌。
 王子様のように無駄にストイックそうなタイプがひんひん言うのも一般的に考えてそそる気はするが、残念ながら私がそそられるのは負の感情ばかりなので、単に不毛だ。
「ランディ」
「……。……何だ」
 旦那様の反応が遅かった。
 私たちはベッドに並んで横になっている。今日の行為はまだ無い。
「セックスしましょう」
「……おまえを見ているとな、俺は今までいかに自分が御婦人に対してまめで礼儀正しく紳士であったかを思い知る」
「そうですか。まあ、あれでしたら下着だけ下ろして適当に転がってて下さったら適当にやって終わらせますので……」
「……おまえ、どれだけ自分が最低なことを言っているか自覚はあるか?」
「え。いえ……一応、こう、ねっとりたっぷり弄くり回して泣き喚かせて山ほどいかせて下半身をメインに全身ガタガタにさせて翌日に差し障らせたい気持ちはありますけど」
「……それも確かに迷惑だ」
「適当に性欲満たしてさっさと切り上げる方が楽でいいのかなって、一応気を使ったんですけど」
「おまえは、もし俺にそんな扱いをされたなら嫌じゃないのか?」
「あー……別に……。膣も肛門も口もおっぱいも、ご用がお有りでしたら、適当に使って適当に切り上げて頂いて構いませんよ。結婚してますから子供が出来ても大丈夫な環境でもありますので、中出し等も好き放題なされば宜しいのでは?」
「……そうか。……まあ、そうだったな」
「という訳で。自分がされてもいいと思っている分、あなたに対する配慮もいよいよ薄らぐ次第です。ほら、別にどこに精子ぶち込まれたって妊娠もしやしないんだから、気軽に抱かれときゃいいじゃないですか」
「俺の妻が最低過ぎて言葉を失う」
「何なんです何なんです。あなたなんかもう何度も私に抱かれまくって散々な痴態を晒しまくってるくせに。直属の騎士団員に見せてやりたいですね? ……まあ、見せませんけどね! ランディのいやらしい姿を知っている人間は私一人でいいのです」
 ふふん、と笑って片目を閉じて見せる。
「それは独占欲か?」
「そうですね。私は、私なりに、多分あなたが好きなんでしょうよ」
 そう、私「なり」であり、それが一般的に見た時に、どれだけのものかは知らない。
「ヘルガ」
「はい」
「それは、もしおまえがペットを飼育したと仮定して、それに向ける気持ちとどれくらい違うんだ?」
「うわぁ……嫌なこと言いますね……。いや、伯爵位のそこそこの歳の美男とペットとは同一線上には並ばないでしょうよ。私そこまで図々しくないですよ……」
 そう答えたものの、正直分からない。
「……俺は今、おまえが好きだとはっきり口に出すのは難しい」
「構いませんよ」
「嫌いではない」
「それはどうも」
「……おまえが殿下を好きになることは、絶対に無いのか?」
「無いんじゃないですか。好きになれる理由がないです」
 私はつい、くすくす笑った。そもそも、本格的に人を好きになれる機能は故障して久しい。
「……無理ですね。殿下がどれ程私を好いて下さろうと、ああ……例えばあなたが私を嫌おうと?」
 私は身を起こし、布団をどかしてからランディの上に跨った。
 そして顔を覗き込む。
「結局そういうのは、何と申しますか、まあ……関係ないですから。大丈夫ですよ。有り得ない仮定としてですけど、もしあなたが愛して下さっても……友情じみた好意を抱いてくれても、果てしなくどうでも良くても、嫌われたとしても、ぶっ殺したいくらい憎まれたとしても……うーん、最後の二つはなるべく避けたくはありますが、それはそれとして仕方がない」
「……だろうな」
 ふ、とランディが小さな吐息じみた笑いを漏らした。
「……俺は、おまえに惚れたくないな」
「残念ですねえ。あなたに惚れられたら光栄ですけどね?」
「その返事が全てを物語っていると思うぞ」
 ランディが苦笑した。
「私は、あなたがどう心変わりしようと、変わらぬ気持ちを持ち続けると申しておりますよ?」
「変わらぬ、どうでもいい気持ちをな」
「どうでもいいというのは、ある意味素晴らしいと思いませんか? ……何もしてくれないけれど、何の邪魔もされない。とても自由です」
「……おまえがどんな目に遭おうと知らぬ振りをされるぞ?」
「望むところです。私は勝手に生きて、勝手に死にます」
「おまえが勝手に死んだら、俺が悲しむ、などとは思わないか?」
「思いませんよ。そこまで悲しくないでしょう? もし万が一少しくらい悲しんで下さったとしても、半年もすれば……うーん、三か月……? もすれば、忘れますよ」
「おまえに俺の気持ちを決め付けられたくないな」
「済みません。じゃあ三年くらい覚えていてくれますかね」
「だから、俺の気持ちを決め付けられたくないと言っている」
「……済みません。では、あなたの気持ちのままに。……あ、でも私、あなたの体と容姿はとても好きです。どうでも良くないです」
 ランディが私を見て、ぐっと眉間に皺を寄せた。
「……おまえは最低だ」
「えっ」
「えっ、じゃない! おまえはもし俺が、おまえの顔と体だけは好きだと言ったらどう……。……もしないか……」
「……少なくともその点は好みだということですから、ありがとうございますと答えますよ……。え。私今、あなたの全てが好みだと言った方が良かったですか……? いえ、実際性格も素敵ですよ」
「……俺をそんな『何だろうこの乙女』みたいな目で見るな……」
 ランディが両手で自分の顔を覆ってしまった。
「俺はごく普通のことを言っている筈なのに、おまえがとびきり無神経なせいでおかしな話になってくる……」
「済みません。なんかほら、私って決して女性とは言い切れない何かなので、ほら、どっかの誰かに馬並みとか言われるちんぽくっついてるし……」
 ランディが顔から手を離した。
「……言っておくが、おまえは男のカテゴリーでも無神経な方だし、ゲスな方だぞ。まるで男でもあるから仕方ないみたいに言うな。世の男性に謝れ。特に俺に謝れ。あとちんぽちんぽ言うな」
「済みません。確かにランディはちんぽちんぽ言いませんね。育ちの違いでしょうか」
「……それもあるかもしれないが、ある程度の歳になったらそういう単語は控えめになっていくとも思うぞ。なのに何なんだおまえは、永遠の男児か」
「えぇー……」
「それにおまえは簡単にあっさりと謝るが、口調が『こんにちは』と変わらない。済まない感が少ない、もしくは無い」
「えぇー……ここで不満を噴出させないで下さいよ」
「今しないでいつしろと?」
「言われてみると良いタイミングではありますね。このまま押し切って私をうんざりさせ、セックスを回避しようとしているのですか?」
「うっ」
 ランディが呻いて目を逸らした。
「無駄ですよ。大体あなた、今までそういう習慣だったからって、全裸で寝るのやめたらどうです。嫌だ嫌だ言ったってほぼ誘ってますよ」
「習慣なのだから仕方ないだろうが……! おまえの欲情の矛先を逸らす為に寝心地の悪い思いをしろとでも??」
「そうですよ。あなただって男だから分かるでしょう? どうだこうだ言い訳されたって裸で横に性欲の対象に寝られてごらんなさいよ。誘っている以外の何に見えます」
 私に言われ、ランディは一瞬言葉を詰まらせた後、苦々しげに認めてきた。
「……確かに、そうだが」
「あなた、あれだけ私にやられまくっても、まだいまいちご自分が入れられる側として性欲の対象にされている事実に馴染んでないですよね……」
 王子様もそうだ。今まで一方的に入れる側だったからかもしれない。よって、まだちょっと「意味が分からない」などと言いたいような感が残っているのかもしれない。
「……頭では理解している。恐らくおまえが男の形をしていたらもう少し危機感……というか、状況も違うと思うが……」
 ランディの視線が私のおっぱい付近をさ迷った。私は寝衣を身に着けている。
 私は頷き、ランディの上から降りた。そして彼の膝を掴み、がばっと股を開かせた。
「な、何だいきなりっ」
 ランディが咄嗟に股間を手で隠した。
「村娘タイムですか」
「変なタイムを作るな」
「好きですよ、それ。恥じらうランディなんて、ふふっ……そんなの見せられたら勃起しますよねえ」
「しない」
「あぁ、まあ、ご自分でご自分に勃起したら最大級のナルシストですけど……」
 あなたならそうでも嘲笑されはしないのでは、とか適当に言いつつ、ぐい、と脚を上げさせる。勿論アナルが晒される。
「っ」
 ランディの手が下がり、穴を隠す。
「み、見るな」
「だからっ……」
 私の頭に一気に血が上った。
「エロいんですよ! ここで自分から肛門拡げて来るようなら私ももう少し落ち着いてられるんですけどね!?」
「意味が分からんぞ!? 自分で拡げる方が余程だろう!?」
「もう殆ど見られてるのに恥ずかしがって隠されてごらんなさいよ! この村娘! どうするんですか、最早レイプしたいレベルのこの衝動!」
「ええっ」
「とりあえず手を外しなさい。そして恥ずかしい所をしっかり見せなさい」
「な……何で俺は妻にこんなことを言われているんだ……」
 ランディが情けなさそうに呻く。
「そもそも何で隠すんですか。実は計算だったらどうしよう」
「計算!? 何の!? いや、これだけがつがつと来られたら恥ずかしくて隠したくなるだろうが!? 俺はおまえのせいで、卑猥な状況での女性の気持ちがもう痛い程、分かりたくも無いのに分かるからな??」
「凄いですね。女性の気持ちが分かるなら、ますますモテてしまいますね」
「モテ要素の絡む方向ではないだろ……」
「そうですかね」
 私はランディの膝裏から手を離し、彼の両手をがしっと掴んだ。
「な、なん……」
「手を、外しましょう、ね!」
「おまえのその常に無い熱心さが嫌だ……っ」
 状況は力比べの様相を呈している。
 グググググ、という擬態語が良く似合いそうだった。双方力を込めすぎて手が震えている。しかし力はランディの方が幾らか強い。
「チッ」
 私は手を離した。
「舌打ち……!?」
 ランディが目を見開いて呟いた。
「そうですよね。あなたの立場で舌打ちなんかされる機会無いですよね。……そんな立場の人なのに、私を対等に扱ってくれるし、下らないことにも付き合ってくれるんですよね。ご自分は全然嬉しくないのに、結局抱かれてまでくれる。……本当に私は、あなたの全てが好みなんです。こんな、心と頭の一部がちょっとぶっ壊れてさえいなければ、私はあなたを愛していたと思います。今日は少し、自分の壊れっぷりが悲しい気がします」
 ランディが私を見上げている。虚を突かれた表情をしている。
 そう。私は虚を突いた。
 油断させて手を引っぺがしてやろうと思ったのだ。
 しかしランディの表情がどこか悲しげに変わり、それを目にすると予定した行動が取り難くなった。
「えーっと……」
 どうしようかなあ、と思っていると、ランディが手を外した。それは私の背に回され、そのまま引き寄せられる。
 しっかりと抱きこまれて、何だか複雑な気持ちになった。
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