罪深き凡夫らの回旋

まる

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第二章

N9

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 セックスが終わるとユーニスは普通に戻ったが、私に向ける眼差しは熱かった。
「奥様」
「何?」
「みっともない姿をお見せして済みません」
「そんなでもないよ」
「奥様の便器になりたいのは本心ですが、ご迷惑そうなので控えますね」
「いやぁ……迷惑という訳じゃないけど、少し困るよね」
「でもあの、ストレス解消に私に異物を突っ込むなりして下さっても大丈夫なので」
「えっ。……そう……多分しないけど、どうも。まあ……あんまり体に悪いことはしない方が良いんじゃない?」
「分かりました」
「ところで、一人称は普段は『ぼく』なの?」
「……普通に喋るとそうですね」
「ふうん」
 私は頷いた。
「ところで。陰から私を支えてくれるって言ったけど、頼めば調べものもしてくれるのかな?」
 そう問うと、ユーニスが満面の笑みで肯った。
「勿論です。奥様の為に働きます」
「ランディには黙っていてくれる?」
「勿論です」
 ユーニスはそう言って頷いた後、笑みを口元にだけ漂わせた。
「でもご褒美は貰えますか?」
「どんな」
「……また抱いて下さい」
 ユーニスの頬が少し赤く染まる。浮かされたような目が幾らか潤む。
「……いいけど」
 それだけでいいのか? とは思ったが、下手なことを言って『では』とばかりに本格的なSMプレイを求められてもややこしいので、私は大人しく了承した。
 しかしそれを読んだか、ユーニスが呟いた。
「……奥様は対応がちょっと雑ですし、あんな巨根なので、普通でも酷いことをされている気分になれるので……」
 そんなことを聞かされ、私は普段ランディがセックスの時にどう思っているか少し気になった。





 私は屋敷に帰り、やがて城から戻ったランディと夕食を共にした。
 その後は私の部屋でぐだぐだと話す。ランディに用事がない限りはそういうことが多い。恐らく傍から見ると、さぞ仲の良い夫婦だろう。
「殿下、バシュラールの姫と結婚するんですよね?」
 ソファーに並んで座り、私はランディの太股に手を置いている。
 ランディは最初「え、もしそうせねばならないのであれば俺がおまえの太股に手を置く方が自然では??」とか何とか言っていたが、もう慣れたか諦めたかしたらしい。
 少し手を内腿にずらして撫でると、ランディは「ん」と小さく息を吐き、それからはっとしたような素振りの後で眉を寄せた。
「……そうらしいが、俺の太股を撫でなくていい」
「そうですか。撫でたいです。姫とご成婚の暁には、私はお役御免になりますかね?」
 訊ねつつまた撫でると手を握って退かされた。
「どうだろうな。別腹じゃないのか」
「そんなおやつみたいな扱いですか」
 片手を封じられたので、もう一方の手で股間を撫でた。
「おまっ……」
 言い掛けるランディに、身を乗り出してちゅっとキスした。
 唇が離れると、ランディが深い溜息を吐いた。
「要するにこれは」
「はい」
「……俺を抱きたいという理解で合ってるか。それとも単なる戯れで俺の自意識過剰か」
「合ってます。自意識過剰ではないです」
「……なあ。俺を見るなり大体サカってくるのはどうにかならないのか?」
「世のセクシー美女の気持ちが分かりますでしょ」
「……分かるな。……分かる日が来るとは思わなかった」
「まあランディはセクシー美男ですから、そもそも似たようなものですよ」
「いやセクシー美男という言いようもなんだし、似ていないからな。俺はおまえ以外から、こんなに分かり易く性欲を向けられた経験はないぞ」
「分かり難く向けられてはいたかもしれませんねえ」
 私はランディを見つめて笑い掛けた。
 ランディが見つめ返してきた。それから、ふと視線が揺れた。
「……おまえは?」
「はい?」
「男にサカられて嫌な目に遭ったことは無いのか?」
「えっ。何です。自分が嫌な思いをしたことがあったなら他人にするなという?」
「いや……そういうことでも無くてな。俺は伯爵位を持つ男であり、騎士団の副団長だ。そういった嫌な目に遭わせるのは実質難しくはある」
「そうですね」
「だがおまえは、俺よりは遭い易いだろう」
「確かにそうですね。襲われたことは幾度もありますよ」
「……だろうな」
「でも私は、男でもありますので。力は女よりありますし、鍛えてますからその辺のごろつきより随分強いですし……この国ですと特に体を見られる訳にはいかない分、襲われたら殺す気で反撃しますしねえ。……まあ、そういった極端な話はともかく……軽くサカってくる程度は、あしらい慣れてますよ」
 言ってしまえば、王子様だってその一人ではあるだろう。
 私は殺す気ではなく、犯す気で反撃した訳だが。
 いや……反撃ではないか。王子様は私が嫌がれば何もしなかったろう。私が単に襲い、犯した。
 この件に関してのみ順を追って考えると、私こそ罪深いものだ。
 好意を示し、その延長から関係を望んできた男をぎったんぎったんに犯したのだ。倒錯的な行為を体に刻み付けるように。
「ふふ」
 初めての時の王子様の姿を思い出してつい笑う。多分、かなり意地の悪げな笑みだったとは思う。
「……ヘルガ」
 静かに名を呼ばれ、頬にランディの手が添えられた。
「……何ですか」
 今更ながら、ランディは体格がしっかりと男で身長も高い。手などのパーツも大きく、強靭そうだ。それは私には無いものだ。
「ここに至った成り行きは確かに、俺の意思ともおまえのそれとも言い切れないものだ。増して、俺は殿下との性行為の仲介までしている。だが、出来得る限りおまえを大事にしたいとは思っている」
 私は頬にある手に、自らの手を重ねた。
「ありがとうございます。私も、出来得る限りあなたを大事にしたいとは思っています」
 出来得る限り。条件を限定しない、都合のいい言葉だ。
 しかし私とランディとの関係には相応しい。むしろ誠意があるのであれば、そうとしか言えないだろう。
 いざとなれば……其々にとって究極的な状況が訪れれば、互いに切り捨てるのだろうと思う。
「私は、あなたの妻にして頂けて楽しいですよ」
 良かった、と言い切れる気は、やはりしない。私は望まないどぶ浚いを受けて複雑な思いを抱えている。
「……楽しい、か」
 ランディが苦笑のように呟いた。
「まあ、幸せと言えるほどのものではないのは重々承知しているが」
「幸せ、ねえ。それって完全なる主観で出来ているものですからねえ……」
 私が幸せだと感じることは無い。
「殿下は、俺に、おまえを……」
 ランディが呟き掛け、ふと私を見て、そこで言葉を止めた。
「何です?」
「……いや」
 ランディが続きを口にする気がないのを感じたので、こちらが勝手に呟くことにした。
「私はねえ、あなたを可哀想だと思っていますよ。こちらこそ、可能なら可哀想なあなたを幸せにしてあげたいものだと思いますが……私では無理ですねえ」
「そうか?」
「そりゃそうでしょうよ」
「頑張ってみろ」
「ええー……?」
「俺を幸せにしてみろ」
「堂々と言うものですね」
「幸せそうな俺を見て、おまえも幸せを感じるかもしれん」
「えぇ? そんなものですかねえ」
 つい笑ってしまう。
「あと、俺は自分をそんなに可哀想でもないと思っているぞ」
「ポジティブ思考は幸せへの第一歩です」
 私はランディの手に重ねていた手を離した。そして、両手を伸ばしてランディの頬を挟む。
「……そうですね。私はあなたを幸せにしたい。……出来得る限り」
 誰かを幸せにしたいなどと、例え都合のいい言葉を付け足してでも表明していることが笑えた。
 不意に、感じた。
 ……私にこんなことを言わせる彼が怖い。と。
 つい、熱いものに触れたかのように手を引いていた。
「……ヘルガ?」
 顔を覗き込まれる。
 結婚したのは、大きな間違いだったのではないだろうか。
 ぞくりとし、心臓が早鐘を打ち始める。
 多分、どぶと言うより……今の私はぺらぺらの紙箱か何かかもしれない。そして中に詰め込んだ黒いもので形を保っている。
 もしそれを掻き出されてしまったら、後は潰れてゴミにでも出すしかない。
 黒いものは湿って汚れてベタベタで、一度それを詰めてしまったならもう別のものは入れられないのだ。
「……ランディ」
「何だ?」
「……でもやっぱり、私はあなたを幸せには出来ませんよ」
 いっそゴミに出してしまうのも楽かもしれない。とは、思う。
 けれど、それは今ではないだろう。
 ユーニスと、彼に頼んだ事柄を思い浮かべる。
「いつかどっかの誰かに、幸せにしてもらって下さい」
 適当に言うと、ランディが少し目を眇めた。その口が動く。
「いや。おまえが頑張れ」
「えー。どうしてそう頑なに」
「おまえが俺を幸せにするんだ」
「強情な乙女みたいですけど何なんです」
「おまえなんか結婚したのをいいことに、夜毎俺の体を好き勝手にして今まで味わったことも無い恥ずかしい思いをさせて、羞恥に震える姿を見てほくそ笑んでいるだろう」
「いや、ほくそ笑んでまではいないかと……」
 羞恥に震えるランディの姿は大変好きだが。
「俺のプライドをこんなにもズタボロにしているのだから、せめて幸せにくらいするべきだ」
「えぇ……。……じゃあ、抱くのをやめたら幸せになるんです……?」
「今更なる訳ないだろうがふざけるな。あんな冗談のようなでかさの物を人の尻にずぼずぼと……そもそも肛門は出す器官だ。入れる器官ではない」
「それは確かに」
「なのにおまえのせいで、俺のそこは半ば入れる器官として順応してしまっただろうが。責任を取れ」
「済みません。あなたの大事な肛門を半ば性器にしてしまって本当に済みません」
「その言い方が非常に非常に嫌だ」
「済みません。こう……ケツマ〇コ的なものにしてしまって済みません」
「嫌な言い方を極めて来たな??」
「でも私には本物のマ〇コが付いてますから大丈夫ですよ」
「あのな。大丈夫の、意味が、全く、分からん」
 ランディは言葉を細かく区切り、低い声で私に言い聞かせるようにしてきた。
 私は首を傾げた。
「見ます?」
「えっ! 何なんだいきなり……っ、この状況では流石に見ないぞ!?」
「そうですか。じゃあ見せて下さい」
「じゃあって何だ?? 見せないからな??」
「肛門見られるのそんなに恥ずかしいですか?」
「多かれ少なかれ皆恥ずかしい筈だが??」
「別に排泄真っ最中を見せろと言っている訳でもあるまいし」
「それ、死ぬほど嫌だからな??」
「麗しのランディのいやらしい穴からそういったものが出される状況に興味が無いとは言い切れないです。特に、死ぬほど嫌なのに見られたらどんな反応をするのかと……」
「いやらしい穴じゃない。誰にでも付いている普通の穴だ。そんなことに興味を持つな。どんな反応かなど考えなくてもいい。もしそんな状況に陥っても俺は俺の全てを懸けて真顔と無反応を貫くぞ」
 どれだけ頑張っての真顔と無反応かと思うと、それはそれでいたくそそられる気がするのはともかく。
「そうですか。いえまあ、私も結局スカトロにさほどの思う所は無いのですけど。要はランディに興味があるだけですよね」
「だったら、おまえの興味をそこまで煽る麗しの俺を頑張って幸せにするがいい」
「話が戻りましたね」
「戻したんだ」
 はぁ、とランディが溜息を漏らした。
  それから突然、バッとこちらを見た。
「俺だって、そもそもおまえに幸せにしてくれとこうも詰め寄りたくはない。正直全く詰め寄りたくない。格好つけておまえを幸せにしてやると言い切りたい方だ」
「へえ」
「その気のない返事どうにかならんのか」
「えぇ……。そうなんですか!? 流石ですランディ!」
「……うーん……。いや、もういい……。とりあえず、俺など副騎士団長だし、格好つけたくて仕方ない。片膝を突いて手を取って、必ずおまえを幸せにしようだとかそういうことが言いたいんだ、本来」
「はあ。……いえ、すごいですねっ! 格好いい! 似合います!」
「……もういいから。……しかしまあ、俺だって客観的な目くらいは幾らか持っているし、己の限界は知っている。……だからおまえに俺を幸せにしろと言っている」
「……そうなんですか?」
「俺ではおまえを幸せには出来ない。真っ当な方法ではな」
「……おお……だからそんな無茶な方向から押し通そうと?」
 確かに、ランディをこの手で幸せにしたなら、思う所も生まれるかもしれないが……先刻通り「そんなものですかねぇ」がやはり相応しい気持ちではある。
「そうだ。分かったら頑張れ」
「いやぁ、自分でもうそこまで開示しちゃうランディって、いっそ格好いいですよ……外見も格好いいし、格好つけなくても元々格好いいですが」
「そんなに褒めるな。……一部の下ネタへの対応に疲れて照れる余力もない」
「でも、何でそんなに幸せにしたりされたりしたいんです?」
 私の問いに、ランディが一瞬考える素振りを見せた。しかし暫くの後、彼の口からは次の言葉が出てきた。
「……自分で考えろ」
「困りましたね」
 笑って肩を竦めておく。
 ランディはそれ以上言わなかった。
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