罪深き凡夫らの回旋

まる

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第二章

N5

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 私の外出について、ランディは何も問わなかった。
 問われたところで真実など吐かないし、意味も無いことは彼も知っているからだろう。
 ただ、その夜はとても雰囲気たっぷりに押し倒されたので、素直に抱かれた。嗜好とはあまり合っていないが、これだけ好みのタイプが相手であればそう悪いものではない……とは思う。思うが、股に突っ込まれて出し入れされつつ、「興奮すると肛門は開いたりするけど、今ランディのそこは開いているのだろうか」などと考えている時点で駄目な気はした。
 終わった後、ランディがじっと私を見つめた。
「何です」
 私はとてもあんあん言った。それこそ全力だ。ちょっと喉が痛い。わざとらしくならないよう変化も付けた。
「……すごく演技をしてくれてありがとう」
「え。どういたしまして」
「やっぱりか……だろうな……」
 ランディががくっと肩を落としてしょんぼりとした。
「え。あー……いえ、良かったですよ。すごくいきました。はい。どうも。楽しかったです」
「別にいい。……目が死んだ魚のようだとは思っていたから」
「いや、そこまで酷くなかったはずですよ……もう少し生き生きしていたはず……」
「……俺もおまえをいかせたい」
「お尻を貸して頂ければいきますが」
「そっちでではなく」
「えぇ……これは性的嗜好という繊細な問題が絡みますので、何とも……」
「……男としての自信が失せる」
「ランディは男として魅力的ですよ。女だったら私は違うタイプの方が好きです」
「いや、そんなことを言われても困惑するんだが」
「……女だったとしても魅力的ですよ、と言えばいいのでしょうか」
「違う……今日も違い過ぎて何を言ったらいいのか分からなくなって来た……」
「分からないことは取りあえず保留にしましょう。で、セックスしましょう」
 私はランディを突き倒した。そこに覆い被さる。
「おまえ元気だな……俺がこんなに憔悴しているというのに」
「何ですか、人の膣に思い切り精子出しておいてその言いよう。赤ちゃん出来ちゃうかもしれませんねえ。あ、結婚してるし出来てもいいんでしたね」
 言いながら、可笑しくなってきた。
「……妊婦に抱かれるというのもまた、一般的にはえらくマニアックですよね」
 うちの一族では、ある程度良くあることだが。
「おまえ、妊娠しても俺を抱く気なのか……」
 ランディが困惑げに言う。
 彼としてはそこまでそそるシチュエーションではないようだった。王子様なら勃起するかもしれない。知らないが。
「むしろ抱かれないと何故思ったのでしょうか」
 笑ってしまいながら、首筋に歯を立てる。がぶがぶ噛むと、制止された。
「よせ、跡がつく」
「そんなに強く噛んでいませんし、朝には消えてますよ。……キスマークの方がまずいのでは?」
「確かに……っ、あ! おまえ、言っている側から……っ」
 私は思い切りランディの肌を吸い、完全に鬱血させた。
「でも結婚しているのですから、そう問題ありませんでしょ。まだ新婚ですしね」
 王子様に見せたくないのだろうな、と思いつつ、そらっとぼけて言う。
 そしてふと、思いついたままのことも口にする。
「ランディはもし殿下とセックスするなら、抱きたいんです? 抱かれたいんです?」
「え」
 ランディが目を見開いた。それから「うーん」と唸る。
「いや、別に……と言うか……敢えてなら抱く方だが、抱きたいと仰るならそれはそれで……ということだろうな……と言うか、別にセックスしたい訳でも……」
 然程の拘りは無いようだった。
「あなたは大体そういう感じなんですね」
「おまえに対してもそうだから?」
 ランディが笑う。
「そうですね。あなたがそういう方だからこそ、私も本来あまり好まない側も、誠意をもって務めようと思う次第ではありますが……」
「目は死んだ魚だったが」
「いやいや。こう……まあ、例え死んでいたとしても、獲れたてくらいの鮮度はあったはず……」
「いや、三日くらいは経っていたように感じた」
「それ食べたら駄目なやつですよ」
 下らないことを話しているうちに性欲が些か治まってきたので、ランディの横にごろりと転がった。
「ヘルガ」
「何です」
「ちなみにおまえは、そちらの穴を使用することに全く意欲的ではないのに、何故処女ではないんだ?」
「犯された、って言ったらどうします?」
「え」
 彼はそれを想定せずに問い掛けてきたらしい。驚いた顔をしてこちらを見た後、気まずげに目を逸らした。
 レイプはこのご時世良くあることだ。女日照りの性欲を持て余したクソ野郎がうようよしている。下手すると男だって危ない。
「集落がこの国の兵士に襲われた際に輪姦されたとしたら?」
「それは……」
 ランディが言葉を探すように語尾を途切れさせた。
「何しろ化け物ですから、どんな酷いことをしたっていいと思われる訳ですよね。どうせなら、触れたら汚れる無理! って思ってくれればいいのに、やるだけはやれるんだから都合のいい話です。殴られて蹴られて何だかもう良く分かんなくてゲロ吐きながら膣も肛門も擦り切れるくらいの回数ちんぽ突っ込まれた上……」
 私はそこで言葉を止めた。
 ランディが完全に黙り込んだが、やがて口を開いた。
「俺個人としては、我が国の兵士の暴挙を深謝したい。……幼い頃より慣れ親しんでいる教えの全てを否定する気はないが、本来そういった差別的な考えを助長するものではないし、開祖の思いとも違う筈だ、とは思う。……俺個人としてはな」
「私はむしろ、そういう考えに至っているあなたが不思議ですよ」
「そうか? 大きな流れに身を置いてはいるものの、特段それに興味が無い者は多い。それどころか、利用する者もな。まあ、そんなものだ」
「そんなものですかね。……ところで私は輪姦されていません。思わせぶりなことを言って申し訳ありません」
「ええっ!? そして俺はおまえのそんな傷ごと受け止めよう、という風に話を締めるつもりだったんだが!?」
「かっこいいですね。ありがとうございます」
 もうっ! となっているランディに、一応付け足しておいた。
「……私の一族が滅ぼされた後、そういう目に遭った知り合いの屍を見つけたりはしましたよ」
 ……知り合いと言うか、と頭の中で呟く。しかし込み上げる感覚は殺し、言葉は頭の中に留める。
 結局、再度ランディが口を噤んだ。
 彼は王子様の言う通り、いい人だと思う。何事も無ければ。
 伯爵として騎士団の副団長として、有事にはどこまで非情になれるのかは、まだ私は知り得ない。
「……今更ながら、おまえは良くこの国の兵士として勤めていたものだな」
「そうですね……」
 ランディも王子様も知らないだろうが(もしかして王子様は気づいているかもしれない)、確実に仇だと知れた者には相応しい対処をしている。死体を隠すなら戦場とは良く言ったものだ。ただ、自らクソな行為を喧伝する者ばかりでもないから、全員を探り出すのは難しい。まだ手当たり次第ぶち殺さないだけ、私の頭はおかしくはなっていないようだった。
 それが良いことなのか悪いことなのか、分からない。いっそとっとと崩壊して、関わった部隊にいた者を片っ端から惨殺して回り、止めようもなくその場で殺処分されてしまうのは分かり易い終わり方ではある。
 ぼんやりしていたら、抱き寄せられた。
 そうした方が良いだろうと思い、背に手を回す。
「……ランディはいい人ですねえ。見た目が良くて中身も良くて身分が高くて羽振りもいい……あなたの方こそある意味化け物ですよねえ」
「凄く褒められている気はした」
「褒めてますね、凄く。欠点はあるんですかね……あぁ、殿下に弱い所……」
「欠点など探らずに、素直に感心しておけばいいと思うぞ」
「まあそうですね。殿下に弱いのだって、忠誠心と考えればまた美点ですよね。化け物だ」
「それはどうも」
 ランディを好ましいと思う。思うが、それでも特段恋愛感情は湧かない。この人にそうなのだから、私にはもう無理なのだという気がする。
 性欲だけは残ってるというのがまた……と心の中で呟きつつ、ランディの体をごそごそとまさぐる。
「……結局するのか」
「したいです。宜しくお願いします」
「……わかった」
 案外簡単に頷いてくれるのは、先刻の話を聞いたからかもしれない。
 ランディが腕を解いたので、そのまま仰向けにさせて乗り上がった。
 白いシーツ上のプラチナブロンドを眺めてから顔を見ると、緑色の瞳と目が合う。高そうな組み合わせ、などと思う。
 そしてその瞳が私の胸を凝視しているようだった。
「……おっぱい揉みます?」
「えっ。……いや、後でいい」
 後では揉むのか。
「とりあえず挟んで扱いて一回出させてあげましょうか?」
「う。……あ、後でいい」
 後ではして欲しいのか。
 要するに今は大人しく抱かれてくれるということだと理解した。いい人だ。
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