百合な始祖は異世界でも理想郷を創りたい!

ひよこのこ

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75 難敵とは我儘なもの

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 リアは手に持つ直剣を見据えると、息を荒げ睨むような視線を向けてくるレクスィオへ視線を移す。


(剣の腕は悪くはない、機転が利いて全体の動きをよく見ている。ただ、スキル回しや魔法の腕がいまいちね。それに何か出し渋っている気がしてならないのだけど……)


 『何とか言ってみたら』と言われれも。
 リアはカセイドなどという輩に手を貸した覚えはないし、そもそも誰なのかすらわかっていない。


「何か、ね……――」


 取りあえずは十分な距離を取って、僅かでも気を抜いている王子様の懐へリアは一歩で詰め寄ると。
 ぎょっとした表情を浮かべたレクスィオへ、無造作に剣を打下ろした。

 鈍い金属音が鳴り響くと同時に、持っている手にも微弱な振動が伝わってきた。


「貴方はこの国の獣人、この際亜人でいいわ。どう思ってるのかしら?」

「大事な、愛すべき王国民だ。それが例え貧困層や奴隷であったとしても……守るべき、手を差し伸べるべき者達だ!」


 徐々に見えてきた悪い癖や太刀筋、強みから弱みまで観察したリアはまるで、指導するように弱点や嫌らしい箇所ばかりに斬撃を放ち、手足よりも器用に剣を巧みに振り回す。

 余裕なんてものは一切与えない。 欲しいのは本音であり、咄嗟に漏れた言葉のみ。

 リアの剣に必死に食らいつき、その剣を幾度となく受け止める第一王子。
 そして、少し強めに打ち込んだ一撃を辛うじて受け止めたレクスィオは荒げた呼吸を繰り返しながらも今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。


「だが、今の私には……彼らを助けられるだけの力がない」

「助ける気はあると?」


 至近距離で問いかけるリアの言葉に、レクスィオは後悔が漏れ出たかのような怒気を漂わせ、ギリッと歯軋りさせる。


「ッ、当たり前だ!!」


 その言葉に交差させた剣をぐいぐいと力任せに押し込んでくるレクスィオ。

 そんな攻めに、リアは思い出したかのように重心をずらしてバランスが崩れると、そのまま襟首を掴むと容赦なく地面へ叩きつけた。


「がはっ!?」


 完璧ではないにしろ、辛うじて受け身を取ったレクスィオ。
 リアは一拍置く間もなく、手に持った直剣をそれなりの速さで首元に切り払う。


(あ、調整間違えちゃった。寸止めをっ)


 レクスィオの勢いについ調整を間違えてしまったリアは、剣を切り払い途中で気付き内心少し慌てて力をセーブしようとした。
 しかし危機一髪の所で剣を挟ませ、生き長らえたレクスィオを見てリアは表情には出さなかったが微かに感心するのだった。


「……ぐっ、はぁ、はぁ……君こそ、それだけの腕がありながら何故、弟に手を貸す? 奴の思想は君の大事な獣人を殺しうるものだぞ?」


 持ち手と両刃の背を両手の血で滲ませながら、必死に抑え込むレクスィオ。

 最初に出会った頃の華美な服は土に汚れ、度重なる斬撃によって服は解れて切り傷を作り、乱れた髪も相まってイケメンの部類に入る美貌はもはや見る影もない。


(私はどうやら、王位継承権の対抗陣営、弟の手のものだと思われているらしい。まぁ咄嗟に思いついたことで、そういった輩だと思わせるのが目的ではあったけど。弟は聖王国思想で、目の前の男はディズニィ的な思想。……なるほどね)


 リアはディズニィから事前に設定は聴いていたが、王子については何も聴いて――いや聞かなかった、流してたとも言う。

 精々記憶に残ってるものとして、幾度もなく暗殺をされかけ、継承権を得るのに旗色が悪い事くらいだろうか。

 理由としては色々あるが、先入観なしに自分の目で見たかったのと、あとは単純にあんまり興味なかったからだ。


 リアは僅かに剣に力を込めながら顔をぎりぎりまでレクスィオに近付けると、その瞳を覗き込むようにして白銀の髪を垂らし、静かな口調で問いかける。


「今のこの世界。貴方は黙って大人しく、これまでの王家がやっていたようにしていれば安泰の人生が送れる。まぁ、王位が継げなければ知らないけど、それでも貴方は人類種で王族なのだから。にも関わらず、わざわざあちこちから反感を買ってまでやりたいこと?」

「……この世界に生れ落ち亜人という理由だけで、何の罪も謂れもない者達が貶められ蔑まれるのをっ、見て見ぬふりをしろというのか?」


 震える瞳で吐き出された言葉に、リアはこれがレクスィオがこれまで思い悩み抱えてきた本心だと理解する。

 その様子はまるで、出口のない迷路をぐるぐると周り続け、自分じゃどうしようもないことを理解しておきながらひたすらに、模索し続ける迷子のように見えた。


「……そう」


 素っ気なく返事を返すリアは瞼を閉じると、ゆっくりと顔を離していく。

 いつでも対処できる自信があったからこその余裕だったが、その隙をレクスィオは見逃がさなかったようだ。


 差し迫る剣を全力で押し上げ、リアがバランスを崩したところで蹴りを放ち、難なく避けられるとそのまま転がるようにして身を起こすレクスィオ。

 すると息つく暇も与えないといった様子で、勢いばかりの攻撃をしかけてきた。


 リアは斬り込まれた斬撃を刃渡りに滑らせながら詰め寄ると、頭部を狙っての拳打を放ち、避けられれば回し蹴りを叩き込む。

 剣技は十分に見終えたことで体術を織り交ぜながら反応を観察し、敷地の奥へ奥へと追い込んでいく。


 そんな攻撃を段々と回避し捌けるようになってきたレクスィオは、まるで説得するかのようにリアへと問いかける。


「魔王が討たれ、平和になる筈だった未来が現実はどうだ? 今では世界全体が良くない方向へと向かっている。 ならばせめて、自分の国だけでも万人の種族が過ごせる国にしたいと願って、何が可笑しい!」


 放たれた渾身の一撃ともいえるソレは、息遣いも体のリズムも剣筋だってブレブレだったがそれでも、今日一番に出来の良い一振り。


(中々出さないわね。何を隠しているのかしら? 条件がきつい? 消費が激しい?)


 当初の目的である第一王子の見定めは十分に達成しており、ついでにその能力も包み隠さず赤裸々にしようと考えていたリア。


 経験上、そういった手合いは追い込みに追い込んで焦らせれば見せてくれる傾向にある。


 リアは揺さぶりの意味も含めて剣の間合いから外れると、まるで宙に文字を描くかのように片腕をゆらゆらと躍らせた。


「おかしい、なんて思ってないわ。でも……貴方にそれを成し遂げるだけの覚悟はあるの?」

 ――【灼熱魔法】"烈火ノ牢獄"


 リアの周りには炎の羽衣が舞い踊り、それらは引火したように地面を駆け巡ると凄まじい速度でレクスィオの周囲を駆け巡り燃え上がらせる。

 そして、取り囲むようにしてサークルの形を成した業火は中央、王子の立つ頭上に幾つもの炎の道を伸ばしまるで吸収するかのように迸らせる火力は、やがて対象を燃やし尽くすほどの巨大な炎球を顕現させるのだった。

 レクスィオは自身の状況に加え、これ程の規模の上位魔法を無詠唱で行うリアに何度目かわからない驚愕の表情を見せる。

 しかし自身にじわじわと迫りくる業火を眼前に、覚悟を決めたような面持ちで閉じた瞼をゆっくりと開かせた。


「覚悟など……とうの昔に出来ている。私は私の成すべきことを成す」


 レクスィオは手元に黒い影の様なモノを蠢かせるとそれは次第に規模を膨らませ、彼を中心に周囲に拡散するかのように溢れ出させる。

 夜の空間とは別の暗闇が周囲を埋め尽くし、どこまでも真っ黒な影達はまるで生きてるかのようにリアの作り出した炎球へと手を伸ばし、呑み込むようにして浸食し始めた。


「ぐぅぅッ!! ――【闇黒魔法】"怨嗟する影"」


 次々と放出された常闇の影は炎を包み込み、突き抜けては別の常闇が焔を覆い重なり呑み込む。


(中位の闇系統魔法……? 特に変わった効果はない。LVに比較して練度が高いくらい? 渋る意味がわからないわ)


 喰って喰われてを繰り返す魔法の応酬は魔法制御を途中からやめて観察しだすリアと、額に汗を浮かべながら必死に魔法制御を行うレクスィオで勝敗が分かれた。


 常闇の影はリアの放った巨大な炎球を余すことなくその闇の中へ呑み込むと、続けて周囲をじわじわと収縮していく炎のサークルへと歯を食いしばりながら、影の手を伸ばした。


 メラメラと焔を燃え上がらせたサークルは、常闇の影に抑え込まれながらもその勢いは衰える様子を見せず。

 反対に見るからに発動時よりも勢いを劣らせ、規模を小さくさせた影では炎のサークルを無力化するのは、無理があるように思える。


(あの出力じゃ無理でしょう。いや、元々サークルは難しいとは思ってたけどね。だって込めた魔力量、サークルが7で炎球が3だもの)


 はなから出し惜しみしているものを出させるのがリアの目的であり、対処しやすい方を弱めただけに過ぎない。

 よってサークルに込められた魔力量とレクスィオの魔法練度では、最初から打ち消すことは不可能だったのだ。


 既にレクスィオを取り囲む炎の壁ともいえるそれは、手を伸ばせば触れられる距離まで縮まっており、炎球同様に闇の中へ呑み込もうとする影達は烈火の炎によって燃やし尽くされていた。


「くっ! 私は、ここで倒れるわけにはいかない。これまで私を信じ、支えてきてくれた者達の為にもっ、まだ成すべきことがあるのだぁぁ!」


 闇魔法は消失し、リアの【始祖ノ瞳】から見てもレクスィオの保有する魔力MPは底を尽いている。

 しかし、その黒い瞳に見せる闘志は消えることはなく、今も眼前に広がる絶望に向かって剣を構えたのがサークル越しにリアの瞳に映り込んだ。


 リアは宙で手を払い、【灼熱魔法】の発動を解除した。
 するとその瞬間から炎のサークルは見るからにその業火を急速に弱めていき、数秒後には最初から存在しなかったように空気へ溶けて消えていくのだった。

 残ったのは月明りに照らされ夜の世界で唖然と立ち尽くす、ボロボロな姿のレクスィオのみ。


「……はぁ、はぁ……。何の、つもりだ?」


 向けられた視線と余裕のない表情には『訳が分からない』といった様子がはっきりと見えたが、あらかた観察し終わったリアは内心で色々・・と満足していた。

(何のつもりねぇ。うーん、馬鹿正直に『貴方を観察してた』なんて言えないし。ここはやっぱり……)


「もういいわ、これで許してあげる」

「許す……? なんのことだ」


 レクスィオは言われた意味がわからないのか、剣を構えた状態を解くことなく疑問の表情を浮かべる。
 そんな目の前の鈍い男にリアはわざとやってるのかと思いつつ、せっかく忘れられてた黒歴史を思い出させながら、不貞腐れたように口籠る。


「……、ぃた、ことよ」

「……??」


 なるべく早口に、超特急で終わらせたいリアの言葉に、レクスィオは増々その顔にクエスチョンマークを浮かべた。


「だからっ、……覗き見た、ことよ」

「……は?」


 (鈍い男ねっ、察しなさいよ! あー思い出したら恥ずかしくなってきた。 本当に黒歴史よね……せっかく色々やり返せて気持ちよく終われたのに、なんであそこで話しかけちゃうかなぁ。 黙って立ち去ればいいじゃん……私のバカ)


 リアは眼前の男を睨みつつ、まだ依頼を受けると決めていない以上、下手に情報を渡す必要もないと考え踵を返す。
 しかし思い出したように立ち止まると、剣を降ろしながらもジッと見詰めてきていた王子に振り返った。


「ああ……それと今日、ここで会ったことは忘れなさい。じゃないと今度は本当に暗殺するから」

「……私の敵では、ないのか?」


 唖然と立ち尽くすレクスィオは無意識に漏れ出てしまった言葉を呟くと、リアは悪戯っこのようなにんまりと笑みを浮かべた。


「さぁ?」


 次元ポケットに直剣をしまい、代わりに『中級ポーション』を取り出して無造作に放り投げる。


「治療薬、ポーションよ。使うかどうかは好きにしなさい」


 赤い液体の入った容器が宙を舞い、ぽすっと乾いた音が響いた時には王子の眼前から姿を完全に消していたリア。

 変に呼び止められるのは面倒であり、追いかけられる可能性もなくはなかったからだ。




 会場に戻る際、ドレスの汚れや解れを軽くチェックしてから戻ることにしたリアは歩を進めながら、先程のことを少しだけ思い出していた。

 あの王子についてのことはある程度わかった。
 想像していたものとは少し違い、傲慢な様子も見られなければ下の者に対する考えや言動も悪くなかった。

 剣の腕はそれなりであり、魔法に関してはあのレベルにしては悪くない、いや闇魔法に関しては習熟すれば賢者など容易に超えられそうでもあった。

 考えや人柄は崇高といえばいいのか、思想が聖王国的なものじゃないことは明らかであり、自身の持つ力のなさに痛感しながらも足掻く様は嫌いじゃない。


(あれが王位についた場合、その夢の通りに万人の種族が過ごせる国に変えさせて、ルゥとセレネが過ごしやすい国にして貰うのもありか。友達は子供の成長に不可欠っていうし)


 リアはそうなった場合の未来を妄想し、無意識に口元を緩めるのだった。




 会場に戻ったリアは両開きの大扉を潜り抜け、またしても入口周辺の貴族達が騒めき始めるもそれらを無視して【戦域の掌握】で夥しい数の反応の中、ディズニィを探す出す。

 そうしてすぐさま反応を感知したリアは歩み寄ると、あちらも自身に接近してくる存在に気付いたようだ。


「ホワイト子爵令嬢、何処に行かれていたんだ? 探してしまったよ」

「涼みに行ってただけよ。ここは人が多すぎるんだもの」


 何てことのないように口にするリアだったが、その正体を知っているディズニィからすれば別の意味に聴こえたのだろう。

 一拍子開けて「そうか」と口にすると、気を取り直したかのように顔を上げ壁際に歩いていく。


「だが、今後は事前に言ってくれると助かるな。突然貴方が姿を消したものだから、正直気が気じゃなかったよ」


 壁に背を預け、腕を組みながら視線は真っすぐにして口を開くディズニィの言葉に、リアは皮肉気に微笑を浮かべた。


「あら、私の心配でもしてくれるの?」

「冗談を。相手の心配、……そして私の後処理が増えることへの心配だ」


 鼻で笑うかのように失笑するディズニィだったが、もしもの時はお仲間の貴族が帰らぬ人となるのにどこまでも自分本位な考えに、リアは自然と面白そうに笑みを溢す。

 やはり狂っているわね、この男。


「だから、私の今後の為にも――」

「ディズニィ」


 そう一言、名前を呼んで話を遮ったリア。

 ディズニィはその真剣な声音に思わずといった様子で、会場に向ける視線ごと、顔を振り向かせる。

 リアはその碧い瞳を横目に見据え、静かに言葉にするのだった。


「受けてあげてもいいわ。護衛の話」

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